3.4 副委員長だもの
オレが『学級副委員長兼選挙管理委員会』という、名前の長さだけならクラスの誰にも負けない役職に就任した日の翌日。
昨日言っていたように、今日も授業は無い。カッシーの号令で一時間目が始まるが、何をするかは全く聞かされていない。委員会や係はもう決まったし、今日は何すんのよと思いつつ、教室でぼんやりと担任の話を聞いていたら――
「みなさんがお互いに親睦を深められるように、ちょっとしたゲームをしようかと思います」
――だってさ。
いやいやいや、唐突すぎるでしょ。一時間目にいきなりそんなこと言われましても。というか、なんかもっと、他にやるべき事とかないの? 横目でゴリ岡とかカナとかカッシーとか、その他のクラスメイトの表情をうかがってみても、大半が「え?」って顔をしてるし。
そんなことはお構い無しに、担任教師は生徒に紙を配り始める。B4サイズの半分程度の大きさで、何も書かれていない白紙だった。うん、昨日の投票用紙と一緒だ。
「これから皆さんには、自由に席を立ってもらって、好きな人とペアを組んで貰います。ペアとなった二人は、相手の紙に名前と出身校を書いて、お互いに『よろしく』と挨拶をする。これを、4人の名前が紙に書かれるまで、ペアを変えて行って貰います。ここまで大丈夫ですか?」
ゲームの意義についてはともかく、ルールについて疑問はない。オレを含む数人の生徒が頷くのを確認して、担任は話を続ける。
「ただし、自分と同じ出身校の人や、これまでに書かれた人の出身校が重複してはいけません。そうなった場合はペアを組み直して下さい。無事に4人の名前が書かれた人から、自分の席に座って下さい。何か質問は有りますか?」
無い。出身中学の重複不可のルールが面倒だけど、これがないと同じ中学の奴ら同士で済ませちゃうしね。親睦を深めるって意味で、このルールは必要だ。
「では、どうぞ始めてください」
「早速だけど書いてくれるかしら?」
担任が言い終わるのとほぼ同時に、隣のカッシーから声がかかる。はやっ。
「ああ、やるか」
互いにまだ何も書かれていない紙を交換する。書くのは名前と出身中学……っと。
「ほい。他に書くことあったっけ?」
「これでいいはずよ。ありがと」
てなわけで一人目終了。カッシーは南中出身か。つくづく思うんだけど、なんでうちの地区には東中って無いんだろう? 鳳嶺北中学、鳳嶺南中学、鳳嶺西中学はあるのに。考えてもキリがないけど。
さて、次は誰にしようか。席を立って辺りを見渡すと、昨日の選挙の時に奇行に走っていた男子がちょうど誰ともペアを組んでいなかった。面白そうだからこいつにしよう。
「よっ、書いてくれ」
「蒼木じゃん! 昨日は惜しかったな」
予想通り、陽気で親しみやすい感じ。学校行事とかで盛り上げてくれそう。
「全力で応援したんだけどな〜」
やっぱり応援だったんだ、あれ。まあ、そうは言ってもさ。
「投票した後に応援しても意味あるのか?」
固まった。今気付いたのかよ。
「……その、あれだ。おまじないみたいなもんだ」
「だったら昨日は災難だったな。おまじないは効かないわ、みんなから変人だと思われるわで」
「え!? 俺ってそんな風に思われたの!?」
逆に自覚なかったの? 昨日の行動を見れば、大抵の人間はお前のことをおかしい奴だと思うだろ。
「少なくともオレはそう思ったぞ」
「うそ〜ん……」
「まあ、元気だせよ。最初は辛いだろうけど、徐々にみんなにも受け入れてもらえるさ」
「俺は出所したての元殺人犯かよ! 俺って社会復帰が困難なほどにおかしいの!?」
よくとっさにそんな返し思い付くよな。尊敬するよ、いろんな意味で。
「3割は冗談だ。ほい、書き終わったぞ」
「おう――って残りの7割は?」
「秘密。じゃあね」
「ちょ――」
二人目強制終了。加藤 悠哉[かとう ゆうや]か。面白いな。何の部活やるんだろ。ダメ元で陸上部に誘ってみるか。
次――は探す必要ねえわ。向こうからやって来た。そう、ゴリラが。
「蒼木、やるぞ」
珍しく普通に義岡が紙を差し出してきた。初めて『挨拶代わりの右ストレート』無しに会話が始まった気がする。断る理由も無いし、さっさとやるか。
「お前まだ二人目かよ。おせえな」
「逆に貴様が早いんだ。――って貴様ぁ! また女子に売名行為をしやがって!」
オレの紙に書かれていたカッシーの名前を見て、義岡はウホウホ言い出した。『義岡の奴、今日は珍しく落ち着いてるな』なんて一瞬でも考えたオレが馬鹿でした。「いいだろ別に! 同性同士でやらなきゃいけない、なんてルールねえだろ。そんなに羨ましいなら、お前も女子に声かけてみれば?」
「べべべ別に羨ましくなんかねえよ! それにこの状況じゃ無理だろ!」
めっちゃ動揺してますやん。それよりも今の状況? ……なるほど、確かにこりゃ厳しいわ。男子と女子がくっきり分かれてる。まるで決められた境界線でもあるかのように。
「ああ、これは無理だな。御愁傷様」
「べっ別に女子なんて興味無いけどな。それより前から気になってたんだが――」
義岡は本心を隠しきれてない供述の後で、オレの左手に目線を向けて言葉を続ける。
この後、義岡が言うことは予想がついている。だって見るからにおかしいもん、オレの左手は。むしろ今まで聞かれなかったのが不思議なくらいだ。
「――何でいつも手袋つけてるんだ?それも左手だけに」
あの日を境に、風呂の時以外は常につけ続けている黒色の手袋。別に左手の機能自体に異常があるわけではない。指はちゃんと動くし、握力も右手と大差ないし。
でも。これが無いと……誰もが嫌な思いをするハメになる。左手を見るたびに、過去の記憶が蘇る。
……ああ、こうなることは覚悟していたはずなのに。いざ聞かれてみると気分が沈む。こればっかりは受け入れるしかないけど。
「……まあ、ちょっとな。いろいろ事情があるんだよ」
自然と声のトーンが落ちる。出来れば説明したくない。話す方も聞く方も、なんとも言えない気分になるから。
「なるほど、どうやら訳アリみたいだな。詮索はやめておこう」
そんなオレの気持ちを汲んでくれたのか、いつになくシリアスなオレの雰囲気から察したのか。いずれにしろ、義岡はしつこく聞いてくることはしなかった。素直にありがたい。
「なんか悪いな、気を遣わせたみたいで」
「気にするな。俺と貴様の仲だろう?」
そうは言っても、会ってからまだ一週間も経ってないけどな。まあ、何となくオレと義岡は長い付き合いになりそうな気はするけどさ。
「ハハッ、そうだな。これからもよろしくなゴリ岡!」
「その呼び方はやめろおぉぉお!」
お礼にいじってあげたら怒られました。
□□□
で、三人目終了。あと一人。見た感じだと、手持ち無沙汰な男子は居なさそうだ。念のため、女子の方も見てみるか。いや、女子の集団に突っ込む勇気なんて無いけどさ。あくまで念のため。
予想通り、女子も女子で盛り上がっていた。男の入る余地なし。みんな仲いいね。どっかの男子ペアが終わるのを待とうか。
なんて思った矢先、女子集団の中に入らず、立ち尽くしている一人の女子が目に入ってきた。いや、入らないんじゃなくて入れないのか。見るからにおどおどしているし。
人を見た目で判断するのは良くないし、言っちゃ悪いんだけどさ。あの子、デブ。本当に失礼だけど、顔面偏差値も低め。なんとなく近寄りがたい感じだ。集団に入れないのも直感的に納得してしまう。
それに、女でデブなんて――嫌でもアイツを思い出しちまう。
でもさ、入学早々に仲間外れってのはしんどい。本人もそうだけど、クラスの雰囲気もなんか……ねえ? みんな仲良く、とまでは言わないが、ギスギスした空気は出来るだけ作りたくない。
てかカッシー何やってんの? 委員長選挙の演説で『皆が楽しく過ごせるクラスにしたい』的なこと言ってたよね? あんたが話し掛けるべきなんじゃないの? 委員長として、そして同じ女子として。
なんて思いは通じず、カッシーはおしゃべりに花を咲かせている。あ、カナと話してるや。わぁ楽しそう。って、んなことどうでもいいわ。
はあ……結局、オレが行かなきゃいけないパターンのやつだよな。副委員長だし。委員長が掲げた公約は、副委員長だって実行しなきゃな。クソ真面目な性格だと自分でも思うけど、こればっかりは染み付いて取れない。
小さく溜め息を漏らし、例の女子のもとへと向かう。
「ん、やるぞ」
例のデb……ぽっちゃりを超越した体型の女子の前に立ち、既に三人の名前が書かれた紙を差し出す。カッシーへの苛立ちと、面倒事から逃れられない宿命に対する脱力感から、少しぶっきらぼうな態度になってしまった。
「え……あ……うん」
2秒ほどおろおろした後に、彼女はおずおずと紙を差し出した。予想はしていたが、いまだに白紙だった。
書く作業の間、特に会話は無い。話すことはないし、仲良くなりたいわけでもない。ただ、こいつがクラスに馴染むきっかけを作っているだけだ。
「……あの」
「ん、終わったか。もうちょい待って……ほい」
四人目終了。ミッションコンプリート。踵[きびす]を返して席に戻ろうとしたが、こいつがその場から動こうとしない。それだと、オレが仕掛けた意味がない。
はあ……めんどくせえ。もう一肌脱いでやるか。服は脱がないけど。脱いだらただの変態。
「あのさ」
オレの声に肩を強ばらせる。どんだけ緊張してんだよ。構わず続ける。
「行ってみろよ。意外と大丈夫なもんだぜ?」
「…………」
うん、こんなもんだろ。ちょっとキザっぽくなっちゃったけど。これ以上は知ったこっちゃない。後は本人次第だ。今度こそ踵を返してオレの席に戻る。他に着席している生徒はおらず、オレが一番乗りだった。だからといって何も無いんだろうけどさ。
横目にさっきの女子を見てみると、おどおどしながらも、何とか女子集団の中に混ざって紙を交換していた。よかったね。手元の紙によると、あいつの名前は八神 夢花[やがみ ゆめか]っていうみたい。それがどうした、って感じだけど。というかむしろ、もう関わりたくない。八神の外見はアイツを彷彿[ほうふつ]させるから。
しばらくしてカッシーが席に戻ってきたので、軽く冷ややかな視線を投げかけてやった。カッシーがオレの視線に気付く。
「……私、何かしたかしら?」
「自分の心に聞いてみな」
少しイライラしてるのは確かだけど、別にカッシーに説教するつもりはない。それに説明するのも面倒だったから、声のトーンはそのままで少し回りくどい言い方をしてみた。
「? 心当たりがないわね」
「ふん! カッシーなんか知らないもんっ! ぷんぷんっ」
わざとおどけた調子で答えて、そっぽを向いた。カッシーなんか『モヤモヤした気持ちを抱えながら1日を過ごさなければいけない刑』に処してやる!
まあでもこの言動がカッシーには奇行に見えたようで。
「……頭、大丈夫?」
思考回路の心配された。余計なお世話だこんちくしょう。




