1.5 ゴリラとの接し方
うわぁ……最悪。仕事、二つもやんの? それって委員長並にめんどくさくない? ないわぁ……
ってまてまて。絶望するのはまだ早い。そうだ、副委員長はもう既に決まっている。オレが副委員長になったら今度はそいつの役割が無くなってしまう。担任にその旨を伝えたら――
「二人でやってもらいます。委員長はともかく、副委員長なら二人でも問題ありませんので」
――だとさ。まじかぁ……
こうなったら、副委員長の仕事は、できるだけもう一人の奴にやらせよう。うん、オレは兼任なんだし問題ないはず。選挙管理委員会の方はオレ一人しかいないから、自分でどうにかするしかないけど。
なんとなく左に目を向けると、カッシーが勝ち誇った様子でこちらを見ていた。なんかうぜえ。
「安心しなさい。ちゃんとこき使ってあげるから」
「やめて」
不安材料が増えました。頭痛い……
□□□
担任の無駄な尺稼ぎの甲斐[かい]あってか、委員長選挙の終わりと同時に終業のチャイムが鳴った。そのまま担任が連絡事項を話し、皆が愛してやまない放課後となった。
委員長選挙で結構疲れたが、オレにはまだやるべき事が残っている。
今日こそは、昨日の自己紹介で『陸上部に入る』的な事を言ってた女子に話しかけなければ。昨日は義岡の襲撃のせいでタイミングを逃したが、今日はそうはさせない。
先の委員長選挙で奇抜な行動をした男子のおかげか、幸いにもクラス全体の雰囲気が昨日よりは和らいでるように感じる。さっそくそいつは数人の男子に囲まれながら談笑してるし。行くなら今しか――
「何負けてやがんだ貴様ぁぁ!」
「っと!」
オレは義岡の右ストレートを身を翻[ひるがえ]して回避する。同じ技が三度も通じると思ったか! もうその技は見切った!
「躱[かわ]した……だと?」
「なめてもらっちゃ困るぜ。あと、選挙に関しちゃ仕方ねえだろ」
負けるように仕向けたんだけどね。全力で演説しても勝てたかどうかは分からんけど。
「って今日はお前に構ってる場合じゃねえ。じゃあなゴリ岡!」
「え、ちょっ――」
素早くその場を離れる。どっかの義岡が「誰がマウンテンゴリラだぁ!」とか捨て台詞吐いてたけど、もちろんスルー。今日は勘弁してくれ。明日バナナあげるから。
さて、あの子はどこかな。……いた、真ん中付近の最後列の席。帰り支度を済ませて、今まさに帰ろうとしている。逃がすか!
「ねえ」
「……私?」
よし、声を掛ける段階は難なく突破。無視されたらどうしようかと思った。
「――って、選挙で負けた蒼木君じゃん」
不名誉な理由ながら、向こうはオレのことを覚えてくれたみたい。
「蒼木でいいよ、クラスメイトなんだし。ところで君、確か昨日の自己紹介で陸上部に入るみたいなこと言ってたよね?」
「覚えてくれてたんだ」
彼女は少し嬉しそうに表情を和らげる。名前は覚えてないけどね。
「まだ迷い中なんだ。カナは中学までバスケやってたんだけど、鳳嶺って女子バスケ部が無いからどうしようかな〜って」
自分のことを名前で呼ぶタイプの子か。お陰で名前が分かった。カナね。
「じゃあさ、陸上部の見学に行かない? 昨日、陸上部の先輩にクラスの人を誘ってくるように言われてさ」
「あ、カナも今から行こうと思ってたとこ。女の人に声かけられて、考えておきますって言ったら『じゃあ明日、見学においでよ』って言われたから」
おそらく実穂[みほ]さんだな。これはあくまで予想だけど、カナ以外にも見学に誘われた人って結構いそう。
「お、そうなの? んじゃ、さっそく行きま――」
すか! と続くはずだったんだけど。
「こぉのチャラ男があぁぁ!」
「すごふっ!」
ゴリラ、再び。1日につき2回殴るのがノルマなの? ていうか、会話中に殴りかかってくるなよ。しかも背後から。いくらなんでもよけれねえよ。
「なんだよお前は毎度毎度!」
「貴様ぁ! 俺との会話を断ち切る位だからよほどの用事があるのかと思えば! 女子に媚売って好感度アップを図るなど姑息な真似を!」
そういうことを平然と女子の前で言っちゃうのってどうなのよ?
「ばっ、ちげえよ! この子が陸上部に入るかどうか迷ってるみたいだから、一緒に見学行かないかって誘ってただけだ!」
「ん、そうなのか?」
勘違いも甚だしいぜ。もしかして、かまってもらえなくて拗ねてる? なんて言ったら、さらに興奮してドラミングとかしだしそうだからやめとおくけど。
「そうだよ。別にやましい理由なんてねえよ。ってそろそろ行かないと遅れちまう。てなわけで今度こそじゃあなゴリラ!」
「おい、待っ――」
「カナ、行こう」
「う、うん」
義岡の横をすり抜け、オレの席の横に掛けてあるバッグを素早く回収して廊下へ。多少の戸惑いを見せながらも、カナはオレについて来てくれた。どっかのゴリラが「誰がヒガシローランドゴリラだぁぁ!」みたいな雄叫びを上げてたけど、たぶん気のせい。てか義岡、何だかんだでお前ゴリラ好きだろ。そんなゴリラの分類名、初めて聞いたよ。
「良かったの? ゴリラ君放置しちゃって」
隣を歩くカナが、少し心配そうな表情をしながら聞いてくる。
「大丈夫。多分あいつはああいうキャラだから」
よくよく考えて見ると、義岡って色々とカワイソウな奴だな。ネタ的な意味で。カナからもゴリラ呼ばわりされてるし、自分で言うのも何だかオレからも軽くあしらわれてるし。高校生活が始まってから、まだ2日しか経ってないのに。明日、忘れずにバナナ持っていってあげよう。なんか可哀想だから。
「そっか。それはそうと……さっき私のことカナって呼んだよね?」
「……ダメだった?」
確かに、いきなり下の名前で呼ぶのは馴れ馴れしいか。
「う、ううん。そういう訳じゃないんだけどさ。私は渾名[あだな]なのに、蒼木のことは名字で呼ぶのって、なんか不平等じゃない?」
え? カナって愛称なの? って言われても、本名知らないからそれ以外に呼び方が無いんだけど……このタイミングで名前聞くのもなんか失礼だし……
平等を求めるなら、オレもニックネームか下の名前で呼ばれるべきなんだろうけど、生憎オレにはニックネームを付けられた経験がない。物心ついたときから『蒼木』で定着してるから、いきなり『正文』って呼ばれてるのは少し抵抗がある。
でもこっちはカナと呼ばせてもらってる以上、仕方ないか。
「……じゃあ、『正文』でいいよ。あまり呼ばれ馴れて無いけど」
「まさふみ、か……なんかしっくり来ない」
そんなこと言われても。どうしようもないじゃん。文句なら親に言ってください。
「渾名とかないの?」
「残念ながら」
「……じゃあやっぱり蒼木でいいや。無理に慣れない呼び方しても、お互いにヘンな感じになっちゃうと思うし。だから蒼木も、カナでいいよ」
結局そのまま。
「分かった。よろしくな、カナ」
「よろしく」
そう言って無邪気に笑ったカナにつられて、オレもつい微笑んでしまった。まさか、これが恋……? なんて展開にはならなかったけど。
それにしても、義岡もカナもカッシーも、みんなフレンドリーで助かった。お陰でこれからの高校生活、なかなか楽しめそう。




