1.4 偽りの信頼
入学式の翌日。オレのクラス、1年F組にて。
朝のHR[ホームルーム]での担任の話によると、色々とやることがあるらしく、授業が始まるのは明後日かららしい。
その言葉の通り、担任引率の学校案内や、生徒会による新入生歓迎会、追加の教材配付とそれへの記名で午前中は終わってしまった。昼休みはゴリ岡と駄弁りながら弁当を食べ、なんやかんやで始まった五時間目。
「さっそくですが、委員会やクラス係を決めたいと思います」
――来た。オレが学校生活の中で、最も嫌いな時間が始まる。
担任は黒板に、役職名を次々に書き連ねていく。役職の近くには小さく数字がかかれており、おそらくその役職の人数を示しているのだろう。
「では、今から各自で、やりたい役職の下に名前を書いて貰います。定員をオーバーしても構わないので、ひとまず名前を書いた人は素早く着席して下さい。では、どうぞ」
担任の言葉と同時に、オレは少し乱暴に椅子を引いて立ち上がる。素早く黒板の前まで行き、オレは名前を書いた。
――『学級委員長』の役職の下に。
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オレの出身校、波座中学校。今と同じように、役割決めの話し合いの最中。
いつの事かははっきり覚えてないけど、多分3年の頃。同じような事がありすぎて、記憶が曖昧になってる。
「委員長、誰も立候補してくれないんですか?」
当時の担任が生徒へ問いかける。誰も反応しない。当然だよ。こんな面倒な役割、誰もやりたくない。
「しょうがないですね……。では、委員長に推薦したい人が居れば挙手をして教えてください」
途端に、数人の手が上がる。他人を推薦すれば、自分は委員長をやらなくて済む可能性が上がるから。普段の授業じゃ、手なんて挙げないくせに。
「じゃあ、大谷君」
「僕は蒼木君がいいと思います」
……は?
「二田さんは?」
「私も大谷と同じです」
おい。
「広瀬さん」
「蒼木君が適任だと思います」
ふざけるな。
「渡部くん」
「俺も――」
なんだよ、これ。バカの一つ覚えみたいに、僕も、私も、蒼木、蒼木。
さらに数人の蒼木支持を得た後に、担任がオレに聞いてくる。
「じゃあ蒼木君、お願いしてもいいかな?」
「嫌です」
即答。
「どうして?」
「面倒だからですよ。話し合いの時に意見は出さないくせに、オレの提案には批判ばかり。じゃあ何か意見あるのかと聞いた途端に黙りこくる。そんな人たちのまとめ役なんかやりたくないです。というか毎度毎度オレじゃないですか」
反抗的な物言いになってしまったが、言ってることは何一つ間違ってはいないはずだ。実際、それがクラスの現状だし。
「でも、みんな蒼木君にやってほしいと思ってるんだよ。その信頼に応えようとは思わないの?」
信頼? これが? 笑わせんな。面倒事は人に任せて、自分は楽をする。それのどこが信頼なんだよ。そして、その偽りの信頼に応えようとしないオレを、担任は悪者扱いする。口調こそ穏やかだけど、責めるような態度が見え見えなんだよ。
まあ、さっさと終わらせたいもんな、こんな下らない話し合い。だからお前も、教師であるお前でさえも、オレに偽りの信頼をなすりつけようとする。
もちろんこの場に味方なんていない。普段それなりに仲良く接している友達にも、わざわざ楽な立場を手放してまでオレの代わりに委員長をやろうなんて奴はいない。いくらオレが拒んでも、クラスメイトが、教師が、それを許さない。確か2年の時だったか、執拗に拒み続けたら説教を食らった時もあった。
結局、どうあがいても、学級委員長という名の面倒事は、オレに押し付けられた。誰も、オレの気持ちなんて考えずに。
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非常に残念なことに、このクラスには波座中出身の奴が数人いる。誰も委員長に立候補しなければ、奴らはオレを委員長に推薦するだろう。
だったら。
どうせなすりつけられる位なら。
オレ自ら委員長に立候補してやるよ。
そんなことを思いつつ、手持ちぶさたなので取り敢えず黒板を眺める。よくよく見てみると、なんか不気味な役職名を発見。なんだよ担任秘書って。しかも定員三人。他の委員会とか係は基本的に二人なのに。謎すぎる。
段々と黒板前の人も減っていき、下の名前も見えるようになる。あ、義岡の奴、体育係選んでる。ゴリラにはぴったり……ん? オレの幻覚じゃなければ、『学級委員長』の文字の下に、オレの他にもう一人の名前が書いてあるんだが。
鹿島 奈緒
かじま なお? 読み方が合ってるかは知らん。そんなことより委員長に立候補するなんて、んなアホな。普通じゃない。変質者かもしれない。こいつにはあまり近づかない方が良さそうかも。
って、端から見たらオレもそんな風に思われてんのかな。やべ、どうしよ。
「あなたが蒼木よね?」
「ぬおっ!?」
って誰だか知らんが、いきなり話しかけんなよ。変な声出ちゃったじゃん。
「どうやらそうみたいね。改めて自己紹介するけど、私は鹿島 奈緒[かしま なお]。カッシーって呼んでくれて構わないわ。あなたの事は蒼木でいいかしら?」
そう言いつつ彼女はオレの左隣の席に座る。って隣の席だったの? 言いたいことは色々あるけど、取り敢えず相手の言葉を返すだけに留めておいた。
「ああ、いいよ」
「分かったわ。よろしくね。とはいっても、あなたとはこれから、委員長の座をかけて血なまぐさい戦いをするわけだけど」
「出来れば普通に多数決とかで穏便に済ませたいんですけど」
「そんなのありきたりでつまらないじゃない。まあ、対決内容は先生が決めることだから何とも言えないけどね」
なんだ、どうやらこの鹿島――いや、本人が呼んでいいって言うからカッシーにするか。カッシーという女子はそこまでクレイジーな子ではないみたいだ。少し安心。見た目もそれなりに良いし、話していて悪い気はしない。お世辞にも普通の女子、とは言い難いけど。
何にせよ、カッシーが委員長をやってくれるなら、話は別だ。わざわざやりたくもない委員長をやる必要はない。喜んで彼女にお任せしよう。今まで苦労してきたんだから、今回くらい楽しても罰は当たらないはずだ。
かといって、立候補しておきながら「やっぱやめます」ってのはカッコ悪い。どんな決め方になるにせよ、理想的な展開は『自然な成り行きで譲るor負ける』といったところだな。そうすれば、クラスメイトにあまり悪印象を与えずに、かつ委員長をやらずに済ますことができる。
「まだ書いてない人……はいないみたいですね。おっ、委員長が二人! 意欲があっていいですね。まだ決まってないのが美化と保健と数学と……なるほど」
生徒が全員着席したのを確認した後、担任が黒板を見渡す。委員長に立候補したオレとカッシーは早くも好評価を頂きました。やったね! 別に教師に媚びるつもりはないけどさ。一通り黒板を眺め終わった担任は、生徒の方へと向き直る。
「ではまず、委員長以外のまだ確定していない役割は、決まってない人達同士で話し合って決めてください。私は『選挙』の準備をするために一旦職員室に行くので、その間に決めておいてください」
そう言い残した担任は小走りに教室を出ていった。その走り方は運動不足感が丸出しだった。普段運動してねえな、あいつ。
「選挙、ということは投票で決めるみたいね。演説ともするのかしら? 私、拡声器もってないけど」
「……拡声器?」
「議員選挙は街頭演説とかで使ってるじゃない。私の頭には『選挙=拡声器』みたいなイメージが成り立ってるわ」
「だからってここで使ったら、ただの迷惑行為じゃねえか」
「面白そうじゃない」
結構おしゃべりなんだね、カッシーって。まあこんな下らないやり取りは置いといて、やっぱり多数決か。おそらく演説とまではいかずとも、意気込みを軽く話すくらいのことはすることになるだろう。
さっきも言ったけど、オレは自然に負ける予定だ。カッシーの委員長に対する熱意はどれ程のものかは分からないが、少なくともやる気ゼロのオレよりは強いはずだ。それに、カッシーからはどことなく委員長オーラを感じる。できる子の風格みたいな。
これなら、負けるのは難しくない。
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しばらくして、担任が紙と段ボール製の投票箱を抱えて戻ってきた。
「では、みなさんお待ちかねの選挙の時間です」
誰も待ってねえよ。
「これから候補者の二人には軽く演説をしてもらい、それを聞いて委員長に相応しいと思った方の名字を、今から配る投票用紙に書いてください。投票用紙に『蒼木』『鹿島』以外を記入した場合は無効票になります」
無駄に本格的だな。別に『カッシー』『まさふみ』とかも有効にしてあげてもいいじゃん。
「では、立候補者のお二人は、前の方へとお願いします」
指示の通り、オレとカッシーは教卓の脇まで移動する。時間にして約3秒、二人とも一番前の席だから当たり前。
「どちらから先に始めますか?」
「じゃあオレからで」
カッシーが何か言う前に、ズカズカと教卓の前まで移動する。
「この度、委員長に立候補した蒼木です。自分にできることを全力でやっていきたいと思います。投票よろしくお願いします」
委員長選挙での負け方。演説で先に話す。そして、何の印象も残らない、より抽象的な決まり文句を、なるべく短く述べる。カッシーの出方次第で効果は違って来るけど、まあ大丈夫。たぶん。
「委員長に立候補させて頂いた鹿島 奈緒です。私が委員長になった暁には、中学時代に委員長を務めていた経験を生かし、話し合いがより活発になるように尽力したいと思います。また、話し合いだけでなく、クラスの環境の向上にも力を入れて、皆が楽しく過ごせるような雰囲気づくりにも力を入れたいと思っています。清き一票をよろしくお願いします。以上です」
ナイス、カッシー。投票するまでもねえよ。ちゃっかり委員長経験アピールしてるし、委員長としてやりたいことも明確。そして何より、最後に聞いた演説の方が耳に残りやすい。だからオレは先手を取った。オレが勝てる要素なんて何一つ無い。完敗だ。まあ、それが狙いだけど。
そして投票タイム。オレはダメ押しでカッシーの名前を書いた。普通、立候補者は自分の名前書くんだけどね。
「では、今から一枚一枚読み上げていきます」
なんだよその無駄な尺稼ぎ。さっさと集計すりゃいいじゃん。
「鹿島」
まあな。予定通り。
「鹿島」
うんうん。てか間が長い。さっさと次いこうよ。
「蒼木」
えぇ……。誰だよ入れたの……。
「いいぞー」
オレの名前が読み上げられた直後、いきなり担任じゃない人間の声が教室に響いた。声のした方を振り向くと、明後日の方向に首がねじ曲がっている男子が一人。本人は知らんぷりをしているつもりなんだろうけど、みんな注目してるからバレバレ。
……よく分からんが、オレに投票した人みたいだ。普段なら応援してくれるのはありがたいけど、今はノーサンキュー。
「鹿島」
担任は何事もなかったかのように読み上げ作業を再開する。
「蒼木」
「よしっ」
またかよ。呆れつつも一応声のした方を向くと、先程と同様だった。首のねじ曲がっている方向はさっきと逆だったけど。
その後もオレの名前が読み上げられるたびに「やったぜ」だの「ひゃっは」だの聞こえてきた。こいつ、絶対後でネタにされる。
そんな名も知らぬ彼の応援むなしく、結果は15対20で敗北。意外と接戦だった。
「では、委員長は鹿島さんに決定しました。皆さん拍手!」
パチパチパチ。じゃあオレは余ってる選挙管理委員会になるのかな?
「しかし、僅差で負けてしまったものの、委員長に立候補してくれた蒼木君の熱意を無下にはしたくないので――」
……なんか嫌な予感。
「――学級副委員長と選挙管理委員会を兼任して貰おうと思います」




