↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

0.5 満たされるものを探して


日本人は『秋田県』という地名に、どんなイメージを持ってるんだろう。


東北のド田舎、自殺率&ガン死亡率No.1、超過疎地域、豪雪地帯……少なくとも、あまり良い印象は抱かないだろう。極端な話をしてしまえば、秋田には魅力がほとんどない。秋田美人くらいしか魅力がない。若者はどんどん都心に流れ、秋田は衰退の一途をまっしぐら! ってのが現状だね。


まあそんなことは、ぶっちゃけどうでもいい。秋田に生まれ、秋田で育ったオレにそんなことを言われても、いまいち実感が湧かない。生活する上で何かしらの影響が出る訳じゃないし。


今のオレにとって大事なのは、今日から始まる高校生活をどのように過ごすか、ということだ。


これまでの15年の人生は、常に心のどこかで物足りなさを感じていた。いや、何もなかったって訳じゃないよ? 野球部にて4番でエースだった時期があったり、猛吹雪なのに友達と外で遊んだ結果危うく凍死しかけたり、学校祭の演劇で頭がおかしい天才科学者の役をやらされたり、そりゃもう色々あったよ。


でも、それでも満たされない何かが心の片隅に引っ掛かる。何かが足りない。その何かって何だ? 分からない。一つ言えるのは、今の環境にいたままじゃ答えは永遠に出ないってことだ。そりゃそうだよ、オレの地区では幼稚園から中学校まで、同級生の面々が全く変わらないんだから。15年間の大して変わりのない生活から答えを導き出せないなら、広い世界へと答えを探しに行くしかない。世界っていうと少し大袈裟に聞こえるけどさ。


足りない何かが見つかりそうな高校。その観点から、オレは鳳嶺[ほうれい]高校に入学することに決めた。


鳳嶺高校、正式には秋田県立鳳嶺高等学校は、県内で5本の指に入るそこそこ有名な進学校であるため、それなりの成績がなければ入学できない。とはいっても、学年44人の中で5位の成績を持つオレからしてみれば、余裕で合格圏内だった。その分母に対してその順位ってどうなのよ、とか思ってはいけない。細かいことは気にするな。


鳳嶺高校に進学することを決意した決め手は、ズバリ校風。『自由』という単語がパンフレットに書いてあった時点で即決した。これまでの学校生活は『自由』とはかけ離れたからものだったから――


「では、これから共に学ぶクラスの仲間との顔合わせということで、まずは自己紹介をしてもらおうと思います」


――なんて考えていたら、いつの間にか担任教師の話が一区切りついていた。ってあんたの自己紹介は? ……ああ、オレが考え事をしている間に終わったのか。


入学式にてクソ長い校長の祝辞を聞かされて、式が終わりやっと解放されたと思いつつ教室に戻ったら、今度は担任教師の長話が始まったもんだから、つい聞き流してしまっていた。


「出席番号順にいきましょうか。記念すべき最初の一人目は……蒼木君ですね、お願いします」


こういう時の一番始めの人って緊張するよね。一人目が二人目以降の流れを作ると言っても過言じゃないし。下手なことをしでかしたら今後の学校生活にも響くだろう。


……まあ、その一番始めの人が、オレなんだけどさ。


「はい」と返事をして立ち上がり、クラスメイトの方へと向き直る。前述の通りに少し緊張はしていたが、今まで嫌というほど人前で何かをするという経験をしてきたから、ガッチガチという訳ではなかった。いつもより少し長めに息を吸い込み、持ち前のハキハキとした声で話し始めた。


「蒼木 正文[あおき まさふみ]です。出身中学は波座[はざ]で……好きな食べ物は甘いもの全般です。んーと……あ、陸上部に入ろうと思ってます。坊主頭だけど、硬式野球部じゃありません。一年間よろしくお願いします!」


……うん、普通だ。我ながら何の面白味もない。もう少しウケ狙いで行けば良かったかな。


少し後悔を感じつつ席に座る。担任教師が拍手をしたことで、周りからも拍手が起こった。


「それでは次の人、お願いします」


こうして自己紹介は続いていくが、次々と名前を言われても覚えられる訳がない。無理。ましてやオレは人の名前を覚えるのが苦手だ。毎年会う親戚の名前ですら、ちょくちょく忘れる。顔は分かるけど名前が出て来ない、なんていう状況はオレにとっては茶飯事だ。


それでも最初のうちは何とか覚えようと努力したが、出席番号5番の辺りで早くも挫折した。脳の記憶処理が追い付かない。キャパオーバー。諦めてボーッとすることにした。


それからさらに数人が自己紹介を終え、そろそろ拍手するのが面倒になってきた頃。


「――く上部に入ろうか考え中です。よろしくお願いします」


ん? 今の女子、陸上部に入るみたいなこと言ってたよな? 名前聞いてなかったな。ちゃんと聞いときゃ良かった。というか最低限、同じ部活の奴くらいは覚えた方が良いよな。てか覚えなきゃまずい。


とりあえず顔だけでも覚えよう。ショートカットで癖のない直毛、細目に整えられた眉にキリッとした目付き、特にこれといって特徴のない鼻、なんとなくおしゃべりな印象を受ける口元。全体的に気の強そうな感じ。数十秒凝視し続けて、彼女の顔情報を脳にインプットした。これでしばらくは忘れない。多分。


それからは少し注意しながら他のクラスメイトの自己紹介を聞いていたが、最後の出席番号35番の人に至るまで、彼女以外に陸上部に入るつもりだと言った人はいなかった。


□□□


全員が自己紹介を終え、担任教師が軽く連絡事項の確認を行い、今日は放課になった。そう、ここからが本番である。


充実した高校生活に不可欠なもの、それはズバリ良好な交友関係。友達いない奴が充実した日々を送れるとは考えがたい。


今、クラスメイトは互いに自己紹介にて話した内容以外の情報はノーデータ。同じ中学同士のまとまりを除けば、派閥のようなものもまだ存在しない。つまり、この放課後は友達作りの絶好のチャンス! 家に直行するなんて愚の骨頂! 先手必勝だ!


と、こんな感じに意気込んで席から立ち上がったのは良いものの、誰に話すのか決めてなかった。名前を確実に覚えている自信のある奴なんて誰一人いないし、趣味とか部活とかのプロフィールも覚えてない。誰とも話せなくね?


いや、一人いたわ、話せそうな人。陸上部に入るって言ってた女子。名前は知らんけど、顔はさっき覚えた。いきなり女子とか難易度高いけど、話せそうなのがこの子しかいないからしょうがない。


よし、と心の中で呟き、彼女の方へと歩みを進める意思を固めたその時。


「こぉんの裏切りもんがああぁぁ!」


なんて怒号と共に、ガタイの良い男子がオレの脇腹に右ストレートを撃ち込んできた。思わず「ぐふぉあ」なんて声を上げてしまったが、そこまで痛くなかった。当然だけど手加減したんだろう。さしずめ元気溢れる男子高校生の挨拶替わり、といった感じの一撃なんだろうけどさ。ツッコミどころが多すぎる。


「いきなり何すんだよ! てかいつオレがお前を裏切ったっていうんだ! 初対面だろオレたち!」


オレより一回り大きい身長、イケメンとゴリラを足して2で割ったような顔つきと坊主頭と呼ぶには少し長い髪型の男は、人差し指を突きつけながら威圧的な口調で話し始める。


「いーや、今日のあれは裏切り以外の何物でもない。胸に手を当てて振り返ってみろ」


2秒ほど考えたけど身に覚えがない。さっきも言ったけどコイツとは本当に初対面だ。


「全く心当たりがないんだけど」


「自らの罪を自覚していないとは……哀れ」


なんか勝手に見下された。冗談なんだろうけど、それでも少しムカつく。


「てかさっきから回りくどいな! オレが何をしたっていうんだ」


イケメンとゴリラの申し子はフッと軽く笑った後に捲し立てるように話し始めた。


「分からないなら教えてやる。お前は俺にその坊主頭で『僕も硬式野球部だよ、これから一緒に甲子園目指そうアピール』を散々しておきながら、陸上部に入ると残酷に言い放ち俺の期待を裏切ったんだ!」


「知らねえよ!」


一息に話し終えたイケメンとゴリラのサラブレッドの話に即答してやった。本当に知らん。ただのとばっちりじゃねえか。硬式野球部はみんな坊主頭なのかも知れないけど、坊主頭がみんな硬式野球部って訳じゃないだろ。


「と、いうわけで俺は義岡 弘士[よしおか ひろし]。15才独身だ」


「何故このタイミングで自己紹介したのかさっぱり分かんねえんだけど」


話題を輪切り大根のごとくぶった切りやがった。あと独身って当たり前だろ。彼女いないって意味か?それこそ『……哀れ』じゃねえか。まあオレもいないけどさ。哀れな二人。


「考えるから分からないんだ、感じるんだ。そうすれば答えは見えてくる」


なんか諭された。さっきからコイツのペースに振り回されてばっかりな気がしてならない。


「やるだけ時間の無駄だろうからやめとくわ。……オレは蒼木だ。よろしくな、ゴリ岡」


やべっ、ついゴリラと義岡が混ざっちゃった。わざとだけど。


「誰がゴリラだ! 俺はドラミングとバナナの大食いだけが取り柄の単細胞生物だってか!?」


「そこまで言ってないけどな、あとゴリラに謝れ」


ゴリラの扱いがひどすぎる。過去にゴリラと何かあったのか? ちなみにオレは小学校高学年辺りから今までサル呼ばわりされてきたけど、サルは嫌いじゃない。むしろ好きだ。いつか一緒に露天風呂に入りたい。


「ところで蒼木、お前は一般と推薦どっち?」


相変わらず話題転換が急だな。ここでゴリ……義岡が聞いているのは入試のことだ。


鳳嶺高校の入試には1月末に行われる推薦入試と、2月末に行われる一般入試がある。推薦入試はいわゆるスポーツ推薦だ。試験は面接だけだから、部活動での実績とコミュニケーション能力さえあればバカでも合格出来る。一般入試は普通の学力テスト。国数英理社の5科目、500点満点のテストだ。点数さえ取れればバカでも合格出来る。ってバカだと合格点まで届かないか。


「一般。ゴ……義岡は?」


「俺もだ。問題難しくて超焦った」


お前も一般か。推薦って結構な数の枠を野球に当ててるから、てっきり義岡は推薦なのかと思った。失礼だけど、見た感じバカっぽいし。


「だよな。噂だと今年の入試は、ここ10年で一番難しかったらしいぜ。オレは全体的にひどかったけど、数学が特に悲惨だった」


「お、てことは蒼木も得点開示に行ったのか。何点だった?」


そういう時って自分の点数を先に言うのが筋なんじゃない? まあいいけどさ。


「403点。中学生活最後のテストで最低点取っちまった」


いつもは440点くらい取れるのに。数学は20点、それ以外は5点ずつくらい下がった。それでも合格圏内なんだけど、試験後の手応えが全くなかったから不安だった……ってあれ? なんか義岡が変な表情のまま固まってる。ウンコでも漏らしたのか?


「こぉんの裏切りもんがああぁぁ!」


「がはぁっ」


またも義岡の右ストレートがオレの脇腹に命中。さっきよりも痛い。まさか1日に2度も裏切り者扱いされるとは。そして今回も理由に心当たりがないんだけど。


「今度は何だよ!」


「貴様ぁ! なぁにが『全体的にひどい』だ! 普通に良いじゃねえか!」


「え、そうなの? だって鳳嶺を受けた同じ中学の友達が438点で落ち込んでたから、オレの点数って低いのかと」


ちなみにそいつは首席で合格した。数時間前には新入生代表で挨拶してた。


「んなわけねえだろ! 俺なんか347点だったけど俺の中学の中じゃ3番目だったんだぞ!」


「それはお前の中学のレベルが低いんじゃn」


「うるせえ! 俺はもう帰る! 帰って泣く! じゃあな!」


オレの言葉を遮り、そう言い放った義岡は颯爽と教室を去っていった。……変な奴。一緒にいて退屈はしなさそうだけど。


――あ、あの女子に話しかけてねえや。もう教室に居ないし。まあ明日でいいか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。