第3話
アイナの案内で連れてこられたのは彼女の執務室だった。私室や寝室の類を期待した者も居るかもしれないが、部屋の雰囲気からしてその可能性は万にひとつもない。
俺達が部屋に通されてすぐにエルシアも到着しお茶の用意をしてくれた。お茶の準備をしている姿は慣れているだけあって安心して見られたのだが、テーブルに置く時などはどこか危なっかしく見え不安の時間だった。おそらくこれは俺だけでなくこの部屋に居る多くの人間が感じていたことだろう。
「先ほどの続きだが……もう一度自己紹介しておこう。私はアイナ・グレイシア、すでに分かっているとは思うがそこに居るエルフの王女達とは子供の頃からの付き合いだ。……まあ今は昔と違って王女同士という立場ではないから私用以外で会うと面倒な関係なのだが」
「え……アイナはここの王女だよね? 立場が変わったって……もしかして」
「はい姉上、先代のグレイシア王は昨年お亡くなりになりました」
「な、何で……」
「突然の病でな。まあ父上もそれなりに老いていたし、母上が早くに亡くなったこともあって私が幼い頃から多忙な生活を送っていた。ある意味……訪れるべくして訪れたことなのかもしれん」
淡々とした口調だが悲しみや寂しさが感じられるだけに完全には割り切れていないのだろう。
ただ父親が守ってきたものを壊すわけにはいかない。王女として生まれ育った責務を果たすためにその気持ちは押し殺しているのだ。そんな雰囲気が今のアイナからは感じられる。
「アイナ……大丈夫?」
「今のところ身体的にも精神的にも問題はない……国の頂点が私に代わってしまったことで城の者が減ってしまったのは問題だがな。まあ私は若輩者、それ故に仕方がないことではあるが……とはいえ、公務に支障は出ていない。このままの調子で事が運んでいれば自然と回復するだろう」
なるほど……城の大きさの割に人を見ないと思ったらそういう理由があったのか。
まあ下手に人が居すぎても楽をしようとしたり、陰険なことが起こる可能性も増えるので支障がないのなら現状のままで良いのかもしれない。とはいえ、国の仕事なんてものは俺には分からないので迂闊な発言はしないのが賢明だろう。
「そっか……あとでお墓に案内して。久しぶりにふたりと話したいし」
「あぁ……さて、湿っぽい話はここまでにして話を進めよう。ララとルティアに関しては分かっているが、そちらのふたりとは初対面だ。簡潔で構わんから自己紹介を頼めるか? あぁそれと別に敬語でなくとも構わん」
「アイナ様、よろしいのですか?」
「構わんさ。その者らはララやルティアの友人に等しい存在なのだろう? ならば私が邪険に扱う理由もない。それに堅苦しいのは公務だけで間に合っているからな。私用の時くらい気楽に話したいのだ」
とアイナ本人から許しは出たものの俺とシアはララやルティアと違って王女でもなければ貴族でもない。立場としてはそのへんの一般人と変わらない。いくら許しが出たからといって簡単に敬語を外してもいいのだろうか。
とはいえ、街での一件やララへの対応を見ている限りアイナは怒らせると危険な人物のように思える。ならば砕けすぎないように気を付けて話す方が無難ではないだろうか。
「じゃあ俺から……俺はリオン・カンダです」
「わたしはシア・ベーチェル」
「ふむ……名前を聞く限り兄妹ではないようだな。まあ見た目も大分違うから分かっていたことだが……なるほど、お前達は恋人同士なのだな」
「な……そうだったの!?」
アイナの表情を見る限り冗談だと分かるが、どこをどう見てもそのような関係には見えないだろう。それ以上にそこのお馬鹿エルフ、何でお前が驚愕の声を上げる。普通なら俺かシアが上げるべきところだろう。大体今まで一緒に居たのにどうしてそんな反応が出来るんだお前は。
「アイナのせいでバレちゃったね。騒がしくなるから黙ってたのに」
「お前も乗るのやめろ。そもそも、そんな無気力な顔で言われて誰が信じ……」
「い、いつから! いつからふたりは付き合ってたの。あたしはそんなことを許した覚えはないんだけど!」
いつも何も付き合っていないし、なぜ付き合うにしてもララの許可が必要なのだろうか。そういうのは本人同士の問題だと思うのだが。
というか、体を揺らすのやめてほしいんだけど。何でお前は俺に絡みたがるの? 俺以外にもシアとかもいるだろうに……しかし、こういうときのララは馬鹿力だな。またギャグ補正みたいな力が働いているのだろうか。
「姉上、落ち着いてください。どう考えてもふたりが付き合っているようには……」
「ルティア、落ち着けるわけないでしょ! ふたりが付き合ってたんだよ。しかもあたし達に内緒で。というか、何でリオンはシアを選ぶわけ。確かにこの中では1番付き合いは長いだろうけど、でもシアは1番子供でもあるんだよ。体のメリハリだってあたし達よりもないし!」
おーいララ、何度も言ってるけど俺とシアは付き合ってないから。それに感情優先で話してるからだろうけど、なかなかにひどいこと言ってるぞ。確かにシアはこの中で最も小柄で発育もしてないけど。でも一応女の子だからそういうことは言わないであげるべきなんじゃないかな。
「わたしはこれからだし……てか、大きくても将来垂れるだけだし」
ララに直接言うと絡まれて面倒だから座ったままなのだろうが、俺が思っている以上にダメージがあったようだ。独り言は俺くらいにしか聞こえていないようだが、それを抜きにしても表情を見る限り若干拗ねているらしい。
「た、確かにシア殿は私達よりも小柄ではありますがこれから大きくなる可能性はあるわけで……。年齢的にそこまで離れているわけでもないのですから別に良いのではありませんか。大切なのは外見よりも内面でしょうし」
「そういうことを話してるんじゃないよ!」
「違うのですか!?」
「違う、全然違うよ。あたしが問題視してるのはあたし達の知らないところでリオンとシアがあんなことやこんなこと、そんなことまでやったことだから!」
「あ、あんなことやこんなこと……そ、そんなことまでですか?」
「そうだよ!」
いや、何がだよ。それにルティアも何を考えてるんだ。顔の赤みからして誰よりも過激なことを考えてるだろ。あいにく俺は初体験どころかキスだってしたことがない清らかな体だからな。人並みにはそういう気持ちはあるから言ってて少し悲しくもなるが。
ちなみにこれは余談ではあるが、エルザに修行を付けてもらっている時に何度か酔っぱらった彼女に迫られたことがある。まあ冗談も含めれば素面の時にも何度かあるのだが……言っておくがあいつとは何もしていない。「君の初めてをもらう代わりに私が誠心誠意気持ちよくしてやろう」なんて言われたがきちんと断った。さすがに素面の時に真剣に言われたならともかく酔っ払いの戯言を真に受けるのは良くないからだ。
「というわけで、一から百まで全部吐いてもらうからね!」
「吐くも何も俺とシアは付き合ってないからな」
「え……でも」
「逆に聞くが俺達にそういう素振りあったか?」
俺の問いかけにララは過去を思い返し始める。しばしの沈黙の後、カッと目を開くと真剣な表情で「ない!」と口にする。これでどうにか一連の流れは終わりを迎えたと言えるだろう。
それにしても……アイナは真面目に話をするつもりがあるのだろうか。最初こそ真面目にスタートさせたもののこのような流れのきっかけを作ったのは彼女であり、笑い声は殺していたものの今もそこで腹を抱えて悶えている。ララがこんな風になったのも多少はこの人が関係しているのではないだろうか。
「えっと……アイナ様」
「くく……大丈夫だエルシア、予想以上に騒がしくなったが……ふふ、問題ない。……やはりララが居ると場がおかしくなるな」
「ちょっアイナ、それは何かすっごく馬鹿にされてる気分なんだけど!」
「馬鹿にしていないさ。むしろ褒めている。お前のそれは一種の才能だよ。お前が居れば大抵の場面からは緊張感がなくなる」
確かにララが居るとシリアスな話とか続かない気がするけど、それを正面切って誉め言葉として送るアイナもなかなかのものだ。
まあララは褒めていると言われたせいか何だか嬉しそうな顔をしているわけだが。妹のルティアの方は姉の天然というか能天気さに肩を落としているようにも見える。何も言わないのはきっと性格を直すのは無理だと思っているからだろう。
「それにしても……私の予想していた以上の反応だった。ララ、お前もしかしてその男に気でもあるのか?」
「なっ――なな何言ってるの、あたしは別にリオンのこととかそんな風に思ってないし!」
「姉上、その反応はどう考えても怪しいです!」
「何でルティアまで敵になるのかな!? 本当にリオンのことなんか何とも思ってないから。あたしに対して冷たいし馬鹿にするし!」
「だってさ。リオン、残念だったね」
あのなシア、別に残念だとか思ってないからその腹立つ顔を今すぐやめろ。俺は女だから手を出さないなんて考えるほど優しくはないからな。必要があれば誰にだって力は振るうし。
こんなことを言うとひどい奴だと思う者もいるかもしれないが、エルザなんて女を師匠に持った時点で女は男が守るものだ、みたいな概念はほぼ消し飛ぶ。逆によく俺は女性恐怖症になっていないものだ。あれだけ厳しく扱かれたらトラウマになってもおかしくないんだから。
「あっ、でも嫌いとかそういうわけでもないからね。冷たいし馬鹿にはするけど、なんだかんだで相手はしてくれるし! それに……エルフだってことで差別とかもしないし、たまに優しいし……」
「い、行けませんよ姉上! 放浪中とはいえ姉上はティターナの姫、そう簡単に結婚相手を決められて困ります。リオン殿がダメとは言いませんが異種族との結婚には色々と障害もあります。せめて母君達の許可は取ってからにしてください!」
「だ、誰も結婚するとか言ってないから!」
「エルシア、どうやら私達の幼馴染は遠くない未来に一足先に嫁に行ってしまうようだ」
「大丈夫です、アイナ様もすぐに行けますよ。実年齢よりも上に見られることも多いですが美人ですし、何よりお優しいですから」
「ふざけた私が悪いんだろうし、エルシアに悪気はないんでしょうけど……なかなか心に来るものがある」
「え? 私何か不味いこと言ってしまいましたか!?」
……何なんだこの空気は。俺とシアを除けばここに居るのは王女だとかその側近とかで上流階級の皆様だよな。堅苦しい感じも嫌だが今みたいなカオスな感じも正直困るんだが。
というか、こいつらどんだけ恋話が好きなんだよ。まあ身分のある人間達だから政略結婚だとかで自由な恋愛とかできないこともあるんだろうけど……何だかこいつらを見ていると恋愛も自由にできるんじゃないかって気がしてくる。
「ねぇリオン、何かぐだぐだしてきたよ。てか……まったく話が進んだ気がしない」
「それには同意するが俺にどうしろと?」
「んー……下手にリオンが入ると余計にぐだぐだしそうだし、収まるまで待っとけばいいんじゃない」
だったら何で話しかけたんですかね。じっと待つのも暇だから話し相手がほしかったんですか。さすがは大きな猫だけあって自由気ままですね……まともな奴は俺しかいないのだろうか。
俯きながらぼんやりと待っていると次第に周囲が落ち着き始める。いささかアイナもやり過ぎたと思ったのか、軽く咳払いすると再び口を開いた。
「話が大分逸れてしまったわけだが……リオンにシア、もう少しお前達のことを聞かせろ。名前は分かったがそれ以外分かっていないからな。ルティアはともかく放浪していたララが一緒に付いて来ていたのだ。何かしら興味を引くようなことをしているんじゃないか?」
「別に特別なことはしてないと思うけど。ララも寂しいからひとりが付いて来てるようなものだし。まあリオンは遊撃士してるけど……あとは何か特別な力だとか召喚術について調べたいらしい」
「ほぅ……遊撃士という肩書きは珍しくもないが、お前は何故にそのようなことを調べようとしている? お前からさほど魔力は感じられぬし、使う得物からしても魔法を中心に戦うわけでもあるまい。ただの興味で調べているのならお前はよほどの物好きということになるが?」
先ほどまでの空気とは一変して冷たく何でも見通すような目を向けられる。
アイナの言ったことは正論だ。シアはあまり人のことに興味を示さないので特に突っ込まずに付き合ってくれていたが、魔法に長けた者や学者でもない者が調べようとしていたら不思議に思うのは当然。ここは素直に言うべきだろうか……しかし、異世界から来た人間だということが分かれば一悶着起こるかもしれない。
――だがそれ以上に……俺の中に眠る力を知られる方が危険だ。
素直に話した方が何かしら分かるかもしれないが、見せろと言われてもすんなりと見せるわけにはいかない。迂闊に使えば俺自身はもちろん周囲にも危険が及ぶ。エルザのおかげで多少は使えるようになってはいるが、それでもおいそれと使っていいものじゃない。どうする……
「……まあ言いたくなければそれで構わんさ。別にそれらのことを知っても悪用しようと思っているわけではないだろうからな」
「え、そうなんですかアイナ様?」
「ルティアは真っ直ぐ過ぎる故に誤魔化せる可能性もあるが、ララはああ見えてそういう部分には敏感だ。悪人と口を利くことはあっても懐きはせん。これまでのやりとりを見て懐いているのは明白。それに我が友人の恩人のようだからな。強引に聞くような真似はせんさ」
アイナは作り物のような顔立ちをしているだけに不意に笑われると幻想的な魅力を発する。おそらく大抵の男はこの笑みを見れば見惚れるだろう。俺も彼女にナチュラルにディスられたエルフ姉妹が騒ぎ始めなければ見惚れていたに違いない。
「リオンよ、お前は遊撃士らしいが急ぎの依頼などは入っているのか?」
「いえ、街を移動する度に資金集めをしているくらいなので特に」
「ならしばらくここでゆっくりしていけ」
「いいんですか?」
「私が言うのだから構わんさ。どうせ客間は空いているし、街の宿に泊まるのも金が必要だろう。それに……私の記憶が正しければララの食欲は並の男よりもあるからな。日頃世話になっているのだ、こういうときくらい友である私が負担するべきだろう」
「そ、そんなに食べてないから! みんながあたしより食べないというか食べなさすぎなだけで!」
いやいや、どう考えても俺達の食べる量が普通だからな。というか……冷静に考えてみると、よくもまあその体にあれだけの量が入るよな。何故太らないのか正直不思議なんだが……胸とかに全部栄養が回ってるのだろうか。セクハラになるだろうから口には出さないが。
「じゃあ遠慮なくお世話になります」
「うむ、そうしろ。ただし……先ほども言ったが敬語は無用だ。徐々にでいいから直せ。それと城にある魔導書は勝手に見て構わん」
「アイナ様、よろしいんですか?」
「他の国と違ってここにあるものはこれといって秘匿するような内容ではない。ほとんどが市販もされているものばかりだ。気にすることはあるまい……なのでエルシア、お前はリオンの探し物を手伝ってやれ」
「え……えぇ!? わ、私がですか!?」
「あいにく私には公務もあるのでな。それに……男が苦手なのは分かるが少しは慣れる努力もするべきだろう。他国の来賓があったときに粗相を起こされると困るからな」
「わ、分かりました……。あの、リオンさん……よろしくお願いします」
深々と頭を下げるエルシアだがどことなく距離を感じるというか動きがぎこちない。ここに至るまでにそれらしい節はあったが、アイナが言ったように男が苦手なようだ。話したりできるあたり男性恐怖症と呼べるほどひどいものではないのだろうが。
宿や食事の問題が一気に解決されただけじゃなく情報収集まで出来ることになるとは……何だか上手く行き過ぎてる気がする。そういう時も人生にはあるんだろうが……まあ今考えても仕方がない。とりあえずアイナの好意に甘えるとしよう。楽を出来るときはしておくべきなのだから。




