第2話
銀髪の女性――アイナに連れてこられたのはグレイシアの中心部。そこのさらに中心に佇んでいた城だ。アルカディアのものと小規模なものではあるが、それでも十分に堅牢さと煌びやかさを感じさせる。
ティターナの王女であるララやルティアと知り合いだっただけにアイナは上流階級の人間だとは思っていたが、ここに来るまでの市民の反応や城門での兵士の反応から推測するに王族なのだろう。
とはいえ……少しばかり気になるところもある。
アイナは見た目からして人間であるだろうし、ララとの接し方からして年齢的は俺とそう変わらないだろう。だが人々の反応が王女に対するものというよりはそれよりも上……国を取り纏めている王やそれに次ぐ人物に対するもののように思える。
まあアイナはどこぞの家出エルフとは違い幼い頃から真面目に王女として生活をし、またかなりの魔法の使い手のように思えるので別におかしいとまでは思わない。というか、普通ならそこに居るエルフ姉妹がおかしいのだろう。片方が前述のとおり家出してるし、もう片方も最近までは真面目に王女やっていたようだが姉恋しさに耐え切れず探しに出てしまったのだから。
「ここに来るのも久しぶりだな~」
「姉上が来たのは大分前ですからね。先に言っておきますが、隙を見て逃げようなどと思わないでください」
「言われなくても分かってるよぉ……大体アイナに見つかって時点で半ば諦めてるし。下手なことしたら氷漬けにされちゃうよ」
さすがは一般的なものとはずれているとは思うが王女だけあって城内に通されても普段と変わらないテンションだ。俺も一時期は城に居たわけだが、あの頃は訓練しかやっていなかったし、今のように周囲に目を向ける余裕もあまりない時期だったのでどことなく落ち着かない。
緊張感を覚える俺に対して隣を歩いているシアはというと、相変わらず無表情というか気だるげな顔をしている。かつては傭兵として暮らしていたので様々な環境に耐性があるのかもしれないが、普通に考えると城内にはあまり縁がないのではなかろうか。そう考えるとある意味こいつは大物だ。
「さっきからこっち見てるけど……あっ、もしかしてわたしに欲情したとか?」
「そういうことはもう少し女らしく成長してから言え」
「む……成長期だからすぐに大きくなるし」
年齢的には成長の余地はあるだろうが……大人びたシアはどこか想像できない。多少身長は伸びるかもしれないし、雰囲気も変わるかもしれないが大人っぽさはない気がする。野良猫が毛並みの整った猫になるくらいで。まあ口に出すと不機嫌になりそうなので黙っておくが。
「時間が勿体ないので歩きながらで失礼するが、私の名はアイナ・グレイシア。私自身は関与していないが私の友人を助けてくれたことに改めて礼を言う」
「いえ……別に大したことはしてないので」
「だね、大変だったのは助けたあとからだし……臭うのに人に抱き着こうとするとか最悪。挙句の果てに大食いだし」
「ちょっ、確かにそれは否定できない事実だけど掘り返す必要はないんじゃない!? というか、あたしそこまで食べてないよ……って、みんなしてそんな目で見ないでよ!」
いや、だって……お前以外は食べる量は普通だし。
しかし、アイナが凛とした感じに話しかけてきたのに一瞬にして緊張感が霧散してしまった。その大きな原因はララにあるわけだが、俺達が関わっていないわけでもない。アイナの性格を考えると多少なりとも不機嫌になっているのではないだろうか。
構って構ってと周囲にアピールするララをしり目にアイナの様子を窺う。彼女は作り物のように整った顔をしているし、醸し出す雰囲気的にどこか冷たい印象を受けがするが、こちらに向いている赤い瞳には苛立ちや敵意のようなものは宿っていない。微かではあるが懐かしさを覚えているような温かさが見て取れる。
「やれやれ……お前は昔と変わらずうるさいな。体は大きくなったというのに心は子供のままか……友人としては嘆かわしく思うぞ」
「何でアイナも乗っかるようにそういうこと言うの。みんなはあたしのことが嫌いなわけ。いくらあたしでも傷つきはするんだからね。あんまりひどいと泣くよ!?」
「姉上、私の記憶が正しければアイナ様の接し方は昔と相違ありません。むしろ姉上に好意を抱いているからこそやっているものかと」
「そんな温かみのない好意なんて誰も望まないよ!」
ララの切実な叫びが城内に響き渡る。が、この場に居るのはララという存在に慣れているものだけ。故に何の反応も起こらない。その静寂が逆にララを苦しめたらしく盛大に崩れ落ちている。一国の王女が簡単に跪いていいものなのだろうか。
「そこの馬鹿のせいで話どころか足も止まってしまったな。続きは進みながらするとしよう」
アイナがララを一切見向きもせずに歩き始めたこともあり、俺達は彼女のあとを追いかけ始める。ララは少しばかり抵抗しその場に留まっていたが、ひとりは嫌のようですぐさま追いかけてきた。顔面の崩れ方といい、一緒に居ればいるほど王女としての品格が感じられなくなるエルフである。
内心でそんなことを考えていると、正面からひとりの少女が駆けてきた。アイナの名を呼んでいるため、おそらくここの使用人なのだろう。ただ何故だろうか……遠目にしか見えていないが走り方がどことなく危なっかしい。
「ア、アイナ様~!」
「そんなに走っていると転……」
「――ふぇ? あわわわ……!?」
まるでタイミングを見計らっていたかのように絶妙な瞬間に少女は足をもつれさせた。走る速度がそこまで速くなかったのでララのように地面をすべっていくようなことにはならなかったが、アイナはやれやれと言わんばかりに顔に手を当てている。
「す、すみません……アイナ様」
「お前の場合よくあることだ。別に謝らなくとも良い……大丈夫か?」
「あっ、はい……ありがとうございます」
アイナに手を差し伸べられた少女は照れと申し訳なさの混じった顔を浮かべている。
やや長めの金髪で毛先にはウェーブが掛かっており、頭の上にカチューシャ。背丈はどちらかといえば小柄な部類に入るだろうが、発育はアイナよりも良いように見える。顔立ちはアイナを綺麗系とするならば可愛い系になるだろう。
「ところで……慌てていたようだけどどうかしたの?」
「あ、そうでした。アイナ様、街の方で騒ぎがあったと聞きましたけどお怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。このとおり傷ひとつ負っていない」
「よかった……」
良き主従のように見える光景なのかもしれないが、俺の常識で考えるならば今の会話にはおかしい点がある。
それは……まるで街で起きた騒ぎにはいつもアイナがいるように聞こえるからだ。グレイシアの名を持つ彼女は間違いなく王族。王族が争いの中心に居るのはどうなのだろうか。国同士の争いなら話は違うが市民の争いに普通は存在しない人物だろう。
いえ……待てよ。
この世には家出をする王女だとか姉が恋しくなって連れ戻すという建前で家出をする王女も居る。そう考えたら市民の争いを治める王女というのは普通どころか民のために働いている良い王女なのではないだろうか。
「うーん……誰だったっけ」
「どうかしたのですか姉上?」
「いやね、あの子どこかで見たような気がするんだけど……ここまでは出かかってるんだけど、あと1歩出てこなくて」
「エルシアですよ。アイナ様の幼馴染の」
「――はっ!?」
ルティアの言葉で完全に思い出したのか、ララの顔つきが変わる。そこで終わるならば良かったのだが、アイナから馬鹿呼ばわりされたりするエルフなだけあって、そのあとの行動は迅速かつ愚かだった。
まずエルシアという少女に狙いを定める。そのあと一瞬身を屈めると力強く床を踏み切って加速。そして……最後には満面の笑みを浮かべながらのダイブだ。
「エ~ル~シ~ア~! ぐふっ!?」
「え? え? え!?」
「落ち着けエルシア。お前は久しぶりに会うだろうがこいつはララだ。氷の壁にぶつかった程度でくたばるようなエルフではない」
確かにこれまでに何度も盛大に地面を滑走してきたエルフではあるが、それで怪我をしたことは一度としてない。まるでギャグ補正が働いているかのように……。
魔法による補正と思わないあたり、俺もそこの氷の王女のようにララに対して何かしらのエフェクターが入ってしまっているのだろう。それにしても、あのわずかな時間で薄目とはいえ氷の壁を形成できるあたり、ここの王女は優れた魔法使いのようだ。
「なるほど……って、今のぶつかり方というか音はよろしくないものでしたよ。というか、壁にぶつかったとき盛大に首が良からぬ方向に曲がってましたよね!?」
「そうだよアイナ、鷲掴みにされて叩き落すならまだしも氷の壁で防ぐってのはどうかと思う。あたしじゃなかったら怪我してるよ!」
「安心しろ、お前以外にそのようなことをするのは悪党や魔獣くらいだ」
「なら安心……って、それはあたしが人扱いされてないってことだよね!?」
全力でツッコむララを見て思うことは、こいつの体力と精神力はどうなっているのだろう……といったものだった。
俺ならば1回やっただけでも体力はともかく精神力の方は限界に来てしまいそうなものなのに、短時間に何度もやっているララには疲れがまったく見えない。ある意味人ではないのではなかろうか。
「まあいいけどさ……久しぶりだねエルシア」
「ララ様……本当にララ様なんですね?」
「うん、そうだよ。大きくなったね……おっぱい!」
「はい……え?」
まさかの笑顔で投下された爆弾に涙ぐんでいたエルシアも固まる。
「いやーあたし達も結構大きくなったとは思うけど、エルシアはダントツだね。パッと見ただけでアイナよりも大きいって分かる……」
次の瞬間、どこからともなく現れた氷の塊がララを吹き飛ばした。
吹き飛んだララは盛大に床を転がって行く。その姿は笑いの神様が付いているのではないかと思うほど綺麗な回り方をしている。ようやく停止したかと思った直後には、元の位置まで戻ってきているのだからさすがとしか言いようがない。
「アイナ、さすがに今のは痛いよ!」
「満面の笑みでセクハラをするお前が悪い。そこには異性も居るのだぞ。大体……なぜ今のでお前は痛みだけで済む。お前は不死身か?」
「うーん……それは精霊の加護というかあたしだから」
何でお前の存在そのものが精霊よりも上みたいな発言になる。常識的に考えたら逆だろうに。お前はエルフの皮を被った別の何かなのか……というか、まったく話が進んでいない。俺やシアは自己紹介すらしていないぞ。
「アイナ様、私から一言よろしいでしょうか?」
「ルティア……いいよ、何でも言っちゃって。主にあたしの扱いに対して!」
「何故お前が許可を出すのか問い詰めたいところではあるがまあ良い。それでルティア、何が言いたい?」
「はい、それは……先ほどから話が一向に進んでいないということです。そこに居る彼らに関してはまだ名乗ってもいません」
「そうそう……え、そっち!?」
いや、まあ気持ちは分からなくもないけどララへの接し方に関しては優先度は大分低いと思うぞ。俺達の中でもアイナの中でも。エルシアって別だとは思うけど世の中には数の暴力って言葉もあるから今は何もできないだろうし。
「確かに……とはいえ、ここまで話が逸れてしまってはな。……うむ、続きは私の部屋でするとしよう。エルシア、お前は人数分の茶を用意してこい」
「は、はい、分かりました」
「先に言っておくが慌てる必要はないからな。この者たちは他国からの来賓ではないのだから」
「分かりました。では用意がありますので先に失礼します」
丁寧に頭を下げたエルシアは小走りでお茶を用意しに向かう。まだ出会って間もないのだが、やはりその姿はどこか危なっかしく見える。それ故にアイナは姿が見えなくなるまで見送るのだろう。冷たい言動もありはするが、根は優しいというかきちんと接すればそれ相応の対応をする人物なのだろう。
「いつも思うけどアイナはエルシアには優しいよね」
「何を言っている。私はお前以外にはそれ相応の対応をしているぞ」
「ちょっ、だから何であたしにだけそんななの!?」
「ふふ、お前だからに決まっているだろう。さて、我らも向かうとしよう」
「アイナ、あたしの話はまだ終わってない……だから置いて行こうとしないで。というか、リオン達も何で普通に置いて行こうとするの!」




