第1話
道が整備されていたこともあり、グレイシアまでの足取りは軽く、また賊や魔物の襲撃にも遭わなかったことで予定していた日よりも一日早く到着した。
小国と言われているが全体の印象としては都市部、城下町ともに綺麗な造りをしている。
ララやルティアから聞いた話では、この国には独自の技術や特産品があったりするらしい。それを応用して他国との貿易も盛んらしく、腕の立つ職人も多く珍しい品も意外と見ることができるとのこと。
「リオン、これからどうするの?」
尋ねてきたのはいつものように気だるげな顔をしているシアだ。
俺個人としては召喚術や不思議な力に関する情報を集めたい。が、それに他のメンバーを付き合わせる必要はない。魔法の類に詳しそうなララやルティアが居てくれると助かりはするが……。
シアはどことなく眠そうにも見えるし、荷物を持ったまま街を歩き回るのも疲れるか。最初に宿屋を見つけた方がいいかもしれないな。
「まずは宿屋を探そう」
「ヤー。……そのあとは?」
「リオン殿は召喚術や不思議な力に関して調べたいと前に言っていたな」
「ああ、ただ遊撃士としての仕事もしておかないと今後に響く可能性が高い」
公共の図書館のような場所があればいいのだが、なかった場合は魔法関連の本を扱っている店を巡る必要がある。立ち読み出来る気はあまりしないので、場合によっては買わなければならないだろう。そうなれば必然的に懐が寂しくなってしまう。
「それと……この国は貿易が盛んだって言ってたよな。銃弾を置いている店とかあったりしないか?」
「うーん、そうだねぇ……あたしはそのへんのお店は中まで見て回らないから絶対とは言えないけど、武器を扱ってるお店は結構あったと思うよ。探せば扱ってるお店はあるんじゃないかな」
グレイシアに出発した直後は気落ちしていたララだが、今では割り切ったのか普段の彼女に戻っている。まあ天真爛漫のように見えて頭が回る部分があったりするので、密かにティターナの人間に見つかった場合の算段は立てているかもしれない。
「銃弾を買ってくれるのはありがたいけど、お金は大丈夫なの? リオンは召喚術とか調べたいんでしょ。だったらそういう本とか買うのにお金要るんじゃない?」
「確かに。一般的な魔法の書籍ならば多く流通しているからそれほどではないが、召喚術といった類はあまり見ないからな。それにその手のものはその国だけが持ちえる魔法だったりする」
「うんうん、そうなんだよね。だからお城とかじゃないとリオンの探してるようなものは見つからないかも……」
遊撃士関連ならばエルザの弟子ということである程度話が通る可能性もあるが、遊撃士は民間の組織。さすがにこの国の王族と深い繋がりを築いている可能性は低い。ただこの国を勧めたのはエルザなので、もしかすると彼女と王族が繋がりを築いている可能性はある、
しかし……同じ流派を使うからといって俺がエルザの弟子だと証明する確実なものはない。疑いを持たれた時点で終わりだ。元々そう上手く自分の都合の良いように転がるとは思っていなかったし、ここは遊撃士として仕事をこなして旅や戦闘に必要なものの補充を優先するか。
「ですね。まあ私や姉上は過去に何度か城を訪れたことがあるので、もしかすると城の中に入れてくれるかもしれませんが」
「あ、そういやふたりはお姫様だったっけ。ルティアはともかく、ララは忘れそうになるけど」
「ちょっシア、毎度のことではあるけどあたしに対してひどくない!?」
確かにシアの言い回しはあれだが、それはララの普段の言動が根源にある。ララがお姫様だと思われるように言葉遣いや立ち振る舞いを変えない限り、彼女の言葉に変化は起こらないだろう。
「というか、その行動はあまり良くないよ!」
「自分の居場所が国に報告されるから?」
「え、ま、まあそれもありはするけど……ほ、ほら! 前もって話が行ってないのに訪ねるのは失礼でしょ。ティターナの姫は礼儀を弁えてないのか、みたいになっちゃうかもしれないし!」
言っていることはまともではあるが、数年前に家出して世界中を放浪していたことはすでに知られている気もするのだが。そんな姫様に対して礼儀云々の話を持ち出すだろうか、俺としてはララだから仕方がないといったように呆れられる気がしてならない。
「少しでも家に帰らせられないように、って感じではあるが……それが元で国同士の問題になっても困るからな。城を訪ねるのはやめておこう」
「じゃ、宿屋探そっか」
「そうだな。必要品の補充をするにしても、依頼をこなすにしても今のままでは荷物が多すぎる」
ということで俺達は宿屋を探して歩き始める。
ララやルティアがエルフということもあってか、周囲から視線を向けられることがある。だが特に鋭い視線を向けている者はいない。
まあ視界に映っている大半は人間だが、チラホラとララ達以外のエルフや獣人と呼べそうな種族の姿が確認できる。この国は他種族に対して、これといった差別意識や嫌悪感は持っていないのかもしれない。
「リオン、どうかしたの?」
「いや別に。ただ自分と違う種族が歩いてても空気が和やかだなって思っただけだ」
「あぁー、まあこの国は昔から色んな国と貿易してるからね。比較的どの種族もこの国の印象は良いんじゃないかな」
あらゆる場所を巡ってきたララが言うのだからそうなのだろう。
アルカディアみたいに人間のみしか認めないというか、人間が最も優れた種族だみたいに思ってそうな国もあれば、ここみたいに他の種族と共存的な考えを持つ国もあるんだな。
まあ国の規模が小さいだけにあらゆる文化を取り入れて発展させる必要があったのかもしれないのだが。とはいえ、理由は何であれ険しい空気を感じずに街を歩けるのは良いことだ――
「おいガキ、何ぶつかってきてんだ!」
――などと思った直後、不意に怒鳴り声が聞こえてきた。
声がした方へ意識を向けると、柄の悪そうな男と地面に座り込んでいる子供の姿が見えた。状況から考えて、子供がよく前を見ずに走っていて巨漢にぶつかってしまったのだろう。
慌てた様子で子供の母親らしき女性はその場に駆け寄っていき、巨漢に向かって謝り始める。
「すみません、私がよく見てなかったばかりに」
「すみませんってな、謝って済んだら世の中平和なんだよ。おー痛ぇ、ぶつかったところが痛みやがるぜ。これは怪我の治療費をもらわねぇとな」
どこからどう見ても男が怪我をしているようには見えない。
そもそも、大人が5歳にも満たないであろう子供にぶつかられたからといって怪我をする可能性は低い。またあの男が子供にぶつかられたことで転んだ雰囲気もなさそうだし、どちらかといえば子供の方が怪我をしているかもしれない。
あのような性根の腐った者はどこにでもいるとは思うが、さすがにこの状況を見過ごすのは気分が悪い。それに無関心を決め込んでも騎士道精神のありそうなルティアが介入しそうな雰囲気を醸し出している。下手に騒ぎが大きくなると、彼女の立場的にも極めて面倒なことになる恐れがある。
「何の騒ぎだ?」
間に割って入ろうとした矢先、涼しげな声が響いた。
腰ほどまで伸びた銀色の輝く長髪に雪のような白い肌。瞳はそれらとは対照的に燃えるように赤いが、男に向けられたそれには温かさを感じない。スレッドの入った薄紫色のドレスを身に纏っており、手には氷の結晶のような装飾が施された杖を持っている。
「アァン? そこのガキがオレ様にぶつかってきたんだよ。それで怪我したから治療費を請求してるだけだ」
「ふ……」
「何笑ってやがる?」
「笑いたくもなるだろう。普通ならばそのような小さな子供にぶつかられたからといって、怪我をするわけがない。にも関わらず貴様は怪我をしたと言う……どれだけ貴様は貧弱なのだ」
嘲笑する銀髪の女性に男の顔の赤みが一気に増して行く。彼女の言っていることは最もであるが、騒ぎを治めようとして介入したのならばもう少し言葉を選ぶべきだ。
「小娘が……オレ様を誰だか知って言ってんだろうな!」
「貴様のような小物を知るわけがないだろう」
「この小娘が!」
男が腰に提げていた剣を抜こうとする気配を感じた俺は、間に割って入ろうと動き始める。だがすぐさま制止を掛ける他になかった。何故ならば、一瞬冷気が流れたかと思った直後に地面から先端の尖った氷が無数に現れたからだ。
出現した鋭利な氷は、男を取り囲んでいる。少しでも男が動けば、氷槍はいとも簡単に男の体を貫くだろう。そうならば出血は免れないし、下手をすれば命を落とす。
「さっきまでの威勢はどうした?」
「…………」
「まあいい……愚かな貴様でも今自分が置かれている状況は分かるな? さて、貴様がこれから取る行動を選ばせてやろう。ひとつは大人しくこの場を立ち去る、もうひとつはここで死ぬかだ」
顔色ひとつ変えずに放たれた言葉に男の顔色は青ざめる。大人しくこの場から離れなければ、次の瞬間には己が氷槍に貫かれる未来が見えたのだろう。
感情を一切乱すことなく人を殺せそうな銀髪の女性に背筋が寒くなる。が、もしも殺るか殺られるかの状況に陥った場合……俺も手を血で染めるだろう。
この世界で生きていく上で人と相対する機会は何度もある。敵を殺さずに無力化するには敵よりも数倍の力量を持ち合わせないといけない。今の俺では下手に躊躇すれば命を落としてしまうだろう。
そんな考えが脳裏を過ぎった俺は左手で鞘に入っている太刀に触れながら、かつてエルザに問われた覚悟を思い出していた。
「さあどうする? 大人しく立ち去るか?」
銀髪の女性の問いかけに男はゆっくりと首を縦に振る。すると包囲していた氷槍の一部が消滅。男はゆっくりと2、3歩後退ると、振り返って必死な形相で走り始めた。おそらくあの男がここに訪れることは当分ないだろう。
一件落着したこともあり人ごみも拡散し始める。助けられた母親と子供は銀髪の女性に何度もお礼を言うと、手を繋いで歩いていく。
「やれやれ……ああいう余所者には困ったものだ。無駄な手間を掛けさせてくれる……ん?」
不意に銀髪の女性の視線がこちらに向いた。正確に言えば、俺の近くに居るエルフの姉妹に向いているようだ。
姉妹の方に意識を向けてみると、ルティアにこれといった変化は見られないが、ララは冷や汗を掻いた様子でぎこちない動きで踵を返そうとしていた。
「おい、そこのエルフ」
「――っ!? ななな何でしょう?」
「何故逃げようとしている?」
「イヤーニゲヨウナンテシテナイデスヨ」
ララ、それだけ棒読みだと逃げようとしてましたと言っているようなものだろ。というか、この反応からして顔見知りということだよな。銀髪の女性は見るからに品があるし、ララの言動からしてこの国の王族なのかもしれない。
「ならばこちらを向け。さもなくば、さっきの男より酷い目に遭うぞ」
「ちょっアイナ、それはおかしいんじゃないかな。あたし、アイナに対して何もしていないよね!」
「ルティアが隣に居るからもしやと思ったが、やはりララか」
間違いない。ララとルティアを知っていることに加えて、彼女達を呼び捨てに出来るとなればほぼ間違いなく王族またはそれに近い身分だ。下手をすれば面倒事になるだけに関わるのは避けようとした矢先にこれとは……ララ達とはここで別れろと誰かが言っているのかもしれない。
「ずいぶん前に家出したと聞いて心配していたが、元気そうだな」
「元気だけども……久しぶりの挨拶としてさっきのは不適切じゃないかな」
「不適切なのはお前の行動の方だ。何年も家出する王女がどこに居る……」
「それは目の前に居るよ」
「……串刺しにされたいのか?」
冷ややかな怒りに身の危険を感じ取ったのか、ララは全力でアイナという女性を宥め始める。大抵の者はララに振り回されるのがオチだが、アイナという女性は彼女を大人しく出来る人物のようだ。この様子を見ていると、先ほど城に行くのを嫌がっていた理由も分かる気がする。
「まあいい、立ち話も何だ。私のところに来るといい」
「いやいやいや、急にお邪魔するのも悪いし」
「遠慮するな、私が良いと言っているのだ。……ルティア、そっちのふたりもお前達の連れか?」
「はい。姉上が行き倒れた際にお世話になりまして」
「そうか。ならば一緒に来るといい」
「いや俺達は……」
「気にするな。友人を助けてもらった礼と思ってもらえればいい」
思いのほか社交的な人物のようだが、さすがに身分の差を考えると抵抗を感じてしまう。粗相があれば首が飛んでもおかしくないのだから。しかし、誘いを断るのも考え方によっては無礼に当たる。ここは潔く覚悟を決める他にないのかもしれない。
「シア、どうする?」
「付いてっていいんじゃない。別に断る理由もないし」
「お前のその動じなさが羨ましい……」




