第19話
ルティアとの出会いは、様々な変化をもたらした。まずはケンカ中にさらりと明らかになったララの身分だ。
家出少女だけなら問題ないのだが、まさかララがエルフの国の王女様だったとは驚きだった。
正直に言って、未だにララが王女だということを信じていない自分もいる。普段の彼女を見ていた限り、気品といったものはまるで感じられないのだ。
あんな頻繁に地面を滑ったり、頭の上に葉っぱを付ける姫様なんて普通は想像できないよな。小さな子供を見ているような気にしかならない。
だが生真面目なルティアが言ったことなのだから信じるほかにあるまい。
身分が分かったので話す口調を変えようかともしたのだが、ララは今のままでいいと口にし、ルティアも別に砕けた感じで構わないと言ってきた。ララはともかく、ルティアがそう言ってくれるのは予想外だった。念のために確認を取ってみると
『君達は姉上の恩人であり、これからしばらく共に旅をする仲間でもある。それに私や姉上は身分を隠して旅をするのだ。変に堅苦しく話していては疑いを持たれ易いだろう』
とのこと。最もな考えだと思ったこともあり、気難しく考えずに話すことにした。
ルティアが共に行動するようになってから数日間は、ガルダンで依頼をこなす日々を送った。
一緒に行動する人物が増えたことで旅費がさらに必要になったことも理由ではあるが、幸いなことにルティアは姉のララほど大食いではなかった。食べる量は俺とさほど変わらない。
というか……普通に考えるとララが大食い過ぎるなんだよな。
シアも食べる方ではあるが、傭兵生活だっただけに食べられる時は食べるという考えがあるのだろう。それに最も食べなければならない時期なだけに食べるなとは言えない。
「今日でこの街ともお別れだね」
「そうですね。リオン殿、確か次に向かわれるのは《グレイシア》だったな?」
「ああ」
俺の師匠であるエルザが勧めた場所でもあり、小国ながらアルカディアよりも歴史のある国だと聞いている。
グレイシアに行けば、元の世界の戻るための方法や俺の中に封印されているという謎の力について何かしら分かるかもしれない。それだけに行ってみる理由は充分にある。ただ面倒事がひとつ……
「ついに今日という日が来てしまったよ……グレイシアかぁ。良いところではあるけど、ティターナに近づくことになっちゃう。下手をすると見つかる可能性が……」
のように、ララがいつ逃走してもおかしくない雰囲気を発していることだ。
まあ元々ララはこれといった理由もなく俺達に同行していただけなので、自分の旅に戻るというのならば引き止める理由はない。本来ならば俺ひとりで行っていた旅なのだし、露骨に帰りたくないオーラを出しているだけに帰れとも言いにくい。
「姉上、つい先日いつかは国に戻ると言いましたよね?」
「確かに言ったけど、いつかはいつかだよ。今すぐ帰るなんて言ってない」
「別にリオン殿はティターナに行くとは言っていないでしょう。それにグレイシアを基準にしてティターナまでの距離を考えてみてください。そこまで気落ちするほど近い距離ではないでしょう?」
「それは……まあそうだけど」
でもリオンはティターナにも行くみたいだし……、と言いたげな目でララはこちらを見ている。
「別に付いて来る必要はないからな」
「そだね。嫌なら自分の旅に戻ればいい」
「ちょっ、短い間とはいえ一緒に過ごした相手に冷たすぎない!?」
「別に。間違ったことは言ってないと思うし」
俺達の対応はこれまでと差はないはずだが、故郷に近づくということで気落ちしているからか、これまでよりもララは精神的にダメージを受けているようだ。その証拠に地面に崩れ落ちている。
「確かに間違ってはないけど……もう少し言い方ってものがあるんじゃないかな。一緒に来てほしいけど、無理に付いて来る必要はないよ……みたいに。あたしにだって心はあるんだよ」
「姉上、周囲の目もあるのですからそのような真似はおやめください。恥ずかしいではないですか」
「ぐす……妹でさえ慰めの言葉を掛けてくれない」
何だか相手するのが面倒になってきたな……。
ガルダンからグレイシアまでは数日掛かるし、早めに出発して距離を稼いでおきたい。また俺とシアがこの場を離れたとしても、ルティアはララと一緒に居るはずだ。彼女にはララと一緒に国に帰るという目的があるのだから。
それだけにこのままララを放置して出発してしまおうか、といった考えが脳裏を過ぎる。
「ねぇリオン、面倒だし置いていけば? この調子で相手してると日が暮れそうだし」
「それもそうだな」
「ふたりはホントにブレないね……って、何で出発しようとするの!? 分かったよ、あたしも覚悟を決めた。一緒に行くから置いていかないで!」
切実な声を発しながら慌てて追いかけてくるララを見ていると、本当に彼女はティターナの王女なのかと思わずにはいられない。呆れ顔で静かに歩いてくるルティアが居るおかげでどうにか王女なのだと言い聞かせることができるが。
ようやくガルダンを出発した俺達はグレイシアに向けて歩いていく。規模が小さいとはいえ、国として認められている場所への道だけあってきちんと整備されている。こうした道が続くならば、今思っているよりも早くグレイシアに到着できるかもしれない。
「そういえばリオン殿、ここ数日行動を共にしてみて思ったことがあるのだが」
「ん、何だ?」
「リオン殿は少しだが魔力を有しているように思える。が、戦いにおいてそれを使う素振りがない。それは七星一刀流の教えなのか?」
ルティアの問いかけに俺は思考を巡らせる。
この世界でエルフは一般的に他の種族よりも筋力が劣っているとされている。故に戦う場合は魔法主体になる者が多い。だがルティアは槍に魔法を纏わせたりすることで筋力不足を補い近接戦闘もこなしている。
普通に考えれば、魔力があれば得手不得手はあれど何かしらの魔法は使えると考える。魔法が使えるならば、それを応用して技の威力を上げることも出来るのではないか。そう考えてもおかしくないな。
ただルティアの感じている俺の魔力は、エルザ曰く封印で抑えることが出来ていない力の一部。それを使おうとすれば、封印が外れて強大な力が溢れ出してしまう可能性があるため、魔力感知といった修行しか行わなかった。
エルザのおかげで謎の力を短い時間なら使うことは出来る。だがそれは力を完全解放しているわけじゃない。力の引き出し方を間違えれば理性を忘れて暴走する可能性もある。
行動を共にするのであれば俺の内にある力について説明しておいたほうがいいかもしれない。
だがエルザからは他言するなと言われている。彼女は俺よりも早く生まれているし、魔眼という一般人にはない力を持ってこの世界を生きてきた。どんなことがあったのか、あまり詳しくは語ってくれたことはないが、可能な限り言いつけは守るのが賢明な判断だろう。
「そういうわけでもないんだが……持ってる魔力量は大したことじゃないし、師匠と一緒に居たのは半年くらいだから剣術だけを叩き込まれたんだ」
「なるほど。確かにリオン殿の使う七星一刀流は、全ての型を極めれば天空に輝く星々さえも斬り裂くとされる流派だ。変に魔法の鍛錬をするよりも技を磨いた方が良いのは道理だな」
エルザからも似たような言葉を聞いたことがあるが、元の世界の常識で考えると「ありえないだろ」と言いたくなる。
とはいえ、全ての型を極めたわけではないエルザでさえ容易に岩を斬り裂いたりする。それだけに隕石のように斬撃が届く可能性のあるものならば、本当に斬り裂いてしまうかもしれない。同じ流派を使っている身ではあるが、正直彼女のような剣聖達と比べると同じ技を使っている気がしない。
「……リオン殿、不躾なお願いなのだが姉上がいつまでリオン殿達と行動を共にするか分からぬし、七星一刀流の使い手は滅多にいない。道中機会があった時でいい。私と手合わせしてもらえないだろうか?」
「必ず、とは何が起こるか分からないだけに言えないが……それでもよければ」
「ありがとう、感謝する」
嬉しそうに浮かべられたルティアの笑みは、彼女が普段真顔ばかりでいることもあって可愛らしく思える。が、彼女の立場や出会ってから日が浅いこともあって強い異性意識は持っていないらしく、頬が緩んだり鼻の下が伸びたりすることはなかった。
「出来ればシア殿とも手合わせしたいのだが?」
「機会があればね」
「シア……あまりするつもりじゃないだろ」
「ま、そだね。銃弾も切れちゃってるし、ぶっちゃけ面倒臭い」
それは何でも正直に言い過ぎだろ……まあここで乗り気でいいよと言われていたほうが違和感があるのだが。一緒に行動しているのもエルザから俺のところの行くように言われたからとか、やることがないから暇潰しとして……みたいな理由のはずだし。
「色々と面倒臭いだとか言うが……銃弾の補充のしないのも面倒臭いからか?」
「それは違う。ただ単にこのへんじゃ置いてる店がないだけ……まああったとしても、安物でもそれなりの値段だから補充できるか分からないけど」
「そこはどうにかなるだろ。例えば……食費を削るとか」
「何でそこであたしを見るかな! 確かにみんなより食べてるけど、街に着くまでは狩りで貢献してるよね。それを考えればそこまで責められないと思うんだけど!」
ララの言うことも一理ありはするのだが、基本的に狩ってきたものはその日の内に全て消えてしまうケースがほとんどだ。しかも俺達は街で買っておいた食料を中心に食べ、狩りで得たものは大半がララが食す。それだけに貢献度が低いように思えてしまうのだろう。
「別に補充するのは余裕があるときでいいよ。銃弾がなくても戦えるし」
「そうか、悪いな」
「こらぁ、あたしのせいで弾が買えないみたいな流れにしないでくれるかな。あたしは矢だって自作してるし、リオンの遊撃士としての仕事もちゃんと手伝ってるんだよ。そこまでお金が掛かる女じゃないよね!」




