第18話
ルティアと呼ばれたエルフは、長年会っていなかったのか、しばらくララに抱きついたまま泣いた。俺とシアはその間待っていたわけだが、途中で「先に戻ってもいいんじゃないの?」と言われた。まあ俺が返事をする前にララから制止をかけられたが。
オークに吹き飛ばされていた巨漢が動く気配を感じた矢先、ちょうどルティアも泣き止んだのでその場から立ち去ることにした。
「……ここまで来れば大丈夫か」
俺達は先ほど休憩していた川まで辿り着いた。負傷した巨漢を放っておくのは危険かとも思ったが、あの場に留まっていても面倒事になるだけだ。
まあ倒したオークはそのままにしてきたので、あの巨漢も文句はあるまい。剥ぎ取りを済ませてギルドに行けば依頼を達成できるのだから。それに奴はプライドは高そうに見えたので、そのあと俺達にいちゃもんをつけてくることはあるまい。それをしては倒したのが自分ではないのがバレてしまうのだから。
「さてと……」
次に対応しなければならないのはルティアという少女だ。
さっきのやりとりからしてララの知り合いなのは間違いない。俺とシアは初対面なのでこれといって話ができるわけでもないため、先に宿に戻るのも手だ。
もしかするとララとはここで別れることになるかもしれないが、元々彼女は気の向くままに旅をしていた。共に居てくれれば心強い部分もあるが、頼んでまで一緒に旅をしてもらう理由はない。
「確認だけど、その人はララの知り合いなんだよな?」
「うん、この子はルティアって言って……」
「姉上、自己紹介くらい自分で出来ます」
……姉上?
俺の聞き間違いでなければ、このルティアというエルフはララの妹ということだろうか。
ララが今年で17と言っていたので、ルティアはそれより下ということになる。見た目はララよりも大人びて見えるが、体格はそこまで変わらないので年の差は1、2歳くらいだろう。
――つまり……シアと同い年くらいか。
このように思うのはシアには失礼だが、正直同い年に見えない。種族も違うのだから比べてはいけない気もするが、ルティアに比べると彼女は幼く見える。こちらの視線に気が付いて少し睨んできたのでこれ以上は考えないが。
それにしてもララの妹……確かに瞳の色はララと同じだ。顔つきもララに似ているいえば似ている。目つきは少々違うが……しかし、髪色ほどではない。
ララの髪は金色で、ルティアは銀色。姉妹なのに髪色が違い過ぎる。まさか血が繋がってないのだろうか……いや、この世界にはあちらではありえない地毛の者がたくさん存在している。両親が金髪と銀髪と考えれば、それほどおかしいことではないのかもしれない。
「先ほどは名乗りもせず失礼した。私はルティア、すでに分かっているとは思うがララの妹に当たる」
「ま、あれだけ泣いてたら信じないわけにはいかないね」
「それは……忘れてもらえるとありがたい」
あれを忘れるのは難しい気もするが、本気で恥ずかしがっているルティアを見ていると忘れてあげたほうがいいように思えてくる。
「ルティア、何だかずいぶんと変わったね。話し方とか固くなってるし、槍なんか持ってるし……昔はあたしのあとをついてきて『お姉ちゃん』って何度も言いながら甘えてくる子だったのになぁ」
ララの言葉は事実のようで、ルティアの顔が一段と赤面する。ただ恥ずかしさ以外に怒りの感情も抱いているようで表情が少し険しい。
「姉上……あなたが家出してから何年経っていると思うのですか。変わるのは当たり前でしょう」
「あはは、それもそうだね」
「笑い事ではありません!」
ララの言動で一瞬流しそうになったが、確かに笑い事ではない。
ルティアはララが昔に家出したと言ったよな……ララの性格を考えれば親御さんに反対されてもやりそうなことではあるが。……自給自足で生活していたのはそれが原因なのでは?
「まあまあ、そんなに怒らないで」
「……まったく、姉上は相変わらずのようですね」
「えへへ」
いや、ルティアは間違いなく褒めてないと思うぞ。口調からして少し成長してないって言いたげだったし。
「……そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺は……」
リオン・カンダだと言おうとして不意に思った。このへんでカンダという苗字は聞かない。ここは名前だけ名乗ったほうが良いのではないか、と。
だがシアやララあたりが俺の苗字を言ってしまう可能性がある。下手に言わないでおくと面倒になるのでは。それにルティアは七星一刀流を知っているようだった。型はともかく、東方の剣術ということくらいは知っているはず。ならば苗字も言っても問題はないのではないか……。
「リオン・カンダだ」
「カンダ? 聞かな……いや、何でもない。そちらは?」
「この子はシア・ベーチェル」
「よろしく」
俺とシアの関係をもう一度はっきりと言おうかとも思ったが、シアも最小限の挨拶で済ませたのだ。わざわざ掘り返すこともないだろう。
先ほどと違ってララもいるわけだしな……まあ彼女に恋愛事が分かるかは微妙なところだが。今までの言動からしてあまり異性のことを意識してないように思えるし。
「ちなみにリオン達とは、この前行き倒れたところを助けてもらったんだ。それで」
「寂しいからわたし達に付いてきてるんだよね」
「そうそう……って、寂しいからじゃないよ。確かにそういう気持ちがないわけでもないけど!?」
お前らってこういうとき本当に仲が良いよな。けどさ、実の妹さんは久しぶりに姉と再会したんだぞ。少しは自重するべきだろう。妹さんは別に気にしてないみたいだけど……。
「なるほど……あの姉上」
「うん?」
「私の聞き間違えでなければ……行き倒れたと聞こえたのですが?」
「うん、言ったよ」
満面の笑みでそのまま続けて「何か問題でも?」と言ったララには呆れてしまった。行き倒れるのは問題があるだろう、と思わず口にしそうになったが、俺より先に口を開いた者がいた。
「問題あるに決まっているでしょう! こちらからすれば死に掛けたと言われたようなものですよ。それに他所様に迷惑を掛けたどころか、寂しいから一緒に旅って……あなたはなぜそうなのですか!」
「いやいや、寂しいからってだけじゃ……」
「そこは今重要ではありません!」
目の前で言い争われるのは困るのだが、こればかりはララが悪いとしか言いようがない。ルティアの言っているのは正論なのだから。
「あぁもう、やはりあなたをこれ以上野放しにはできません。私と一緒に帰りますよ!」
「え、やだよ。帰らない!」
「ダメです。私と一緒に帰るんです!」
どんどん姉妹のケンカはヒートアップしていくが、実際の姉妹関係とはたから見た場合の姉妹関係は違って見える。見ている身としては、どこからどう見てもルティアが姉だ。駄々をこねているララは下にしか見えない。
「やだよ! まだ見てない場所たくさんあるし、リオン達との旅だって始まったばかりなんだから!」
「あなたは私よりも年上でしょう。子供みたいに駄々をこねないでください。大体、姉上が家出してから私達がどれだけ心配したと思っているのですか!」
「心配って……今まで誰一人迎えにこなかったじゃん!」
何だか……聞くに堪えなくなってきた。完全にふたりの世界に入っているみたいだし、先に戻ったらいけないだろうか。宿に戻る前にギルドにも寄らないといけないし。
「そ、それは……姉上があらゆる手で撒いたからでしょう。そもそも、姉上は一国の王女なのですよ。この世界のどこに家出して自由気ままに世界を見て回る王女がいるのですか!」
「ルティアの目の前にいるよ」
「っ……あなたという人は……」
ルティアの顔がみるみる険しくなる。拳を握り締め、身体を小刻みに震えさせている姿からして、相当な苛立ちを覚えているに違いない。
殴り合うような展開になったらさすがに止めなければならないが……さらりとルティアがとんでもないことを口にしていなかっただろうか。俺の聞き間違いかもしれないから確認しておいたほうがいいかもしれない。
「なあシア」
「ん?」
「今……ララが王女だとか聞こえたんだが」
「そだね。わたしもそう聞こえたよ」
……どうやら聞き間違えではないらしい。エルフの王女ということは、おそらく出身はティターナ王国だろう。
ララが王女……自由奔放な姿からはにわかに信じがたいが、生真面目そうなルティアが嘘を言っているとも思えない。というか、ララが王女ならば妹である彼女も王女ということになる。今更ながら敬語で話しておくべきだったと後悔してきた。
「もう、あたしは帰るつもりはないんだからルティアだけ帰ればいいじゃん」
「姉上を見つけたのに私ひとりで帰れるわけないでしょう!」
「……もしかしてルティアって帰り道分からないの?」
「そうではありませんッ!」
「じゃあなんで?」
「なんでって、姉さんが家出してから何年経ってると思ってるんですか! 先ほど言いましたが、父上も母上も心配しているのですよ!」
「う~ん……父さんはまだしも、母さんは別に心配してないと思うんだけど?」
「ぐっ……確かに母上は私が何度も姉上を探そうと言っても、笑いながら『ララなら大丈夫よ、私の娘だもの。私も若い頃は……』などとか言うだけでしたが」
家出したのに自分の娘だから大丈夫……まるでかつて自分もしていたような発言だな。その人が女王で大丈夫なのか?
会った事はないが、この姉妹の母親はララをそのまま大人にしたような感じがする。何故なら性格がララに似ていそうだから。いや、ララが母親に似たのか。
ララのペースにされつつあると思ったのか、ルティアは一度咳払いを行い、先ほどまでと違って落ち着きのある声で話し始める。
「とにかく、私と一緒に国に帰りますよ」
「だから嫌って言ってるでしょ。帰るときに帰るから放っておいて」
「ほとんど何も持たずに家出して、つい最近行き倒れたばかりの姉を放っておけるわけがないでしょう!」
だよな。俺がルティアの立場だったら絶対同じことを言っている。これはどう考えてもララの分が悪い。
「そ、それは……今はリオン達がいるから大丈夫だもん」
「大丈夫って……人様に迷惑を掛けないでください!」
「迷惑なんて掛けてないよ。行き倒れたときは……掛けたかもしれないけど。今は……」
ララがチラっとこちらを見てきたが、俺もシアも視線を逸らした。ケンカに巻き込まれたくもないし、ルティアが間違っているとも思えない。そもそも、俺達にはララを留める理由が不足している。
「あの反応からして掛けているではありませんか!」
「そ、それは……ルティアが心配してくれてるのは分かってるよ。ルティアは昔から優しい子だから。だけど、あたしはあたしの決めた道を進む。ルティアが何て言ってもね」
あれこれ言い訳をするのをやめたのか、ララはいつものように笑いながらではなく、真剣な顔で力強く告げた。彼女の瞳には、何を言われても考えは変えないという決意が見て取れる。
ルティアは姉の決意を感じたようだが、彼女の立場上ここで引き下がるようにはいかないようだ。
「ですが……」
「ルティアだってさ、城の中にいるよりも世界を見て回りたい、旅したいって思ったことあるでしょ? 他の国に行くときくらいにしか外に出れなかったし」
「それは……小さい頃はそうでしたが、今は……」
「前よりなくても、少しはあるよね? だからさ、あたしと一緒にリオン達について行こうよ」
ララ……追い返せないなら巻き込んでしまおうってか。無邪気な顔をするくせに、こういうときは頭が働くものだ。戦っているときといい、ギャップがあり過ぎる。
これまでのやり取りでルティアはどことなくシスコンの気があるようだし、今浮かべている表情からして満更でもなさそうだ。この姉妹ケンカ……一進一退の攻防が繰り広げられている。
「姉上……いや、ここで乗せられてはダメだ。私は何が何でも姉上を連れて帰ります!」
「さっきも言ったけど、ルティアの意見を聞くつもりはないよ。それにしても、ルティアも頑固になったね。昔はあたしの言うことは素直に聞いてくれてたのに」
「いちいち昔の話を持ち出さないでください。今は関係ないでしょう!」
「何でこんな風に育っちゃったんだが……」
いや……お前からは言われたくないと思うぞ。主観的にも客観的にも、ララのほうが良くない方向に育っていると思うし。
「帰りたくなったらちゃんと帰るから、それまで旅しようよ。ルティアって、本当はあたしがいないと帰れないんでしょ?」
「な、何を言ってるんですか。帰り道くらい分かりますよ」
「そういう意味じゃなくてさ。ルティアって家出してきたでしょ?」
先ほどまでとは打って変わって、ララは笑みを浮かべている。その笑みはいつも浮かべている純粋な笑みではなく、イタズラするときに浮かべそうないやらしいものだ。
「ね、姉さんは……な、何を言っているんですか?」
「ルティア、惚けても無駄だよ」
「と、惚けてなど……」
「じゃあさ、なんでルティア1人なのかな? 許可をもらって来てるとしても、護衛がいないのはおかしいよね。だってルティアはあたしの妹……王女なんだから」
笑みを浮かべたララに言い寄られたルティアの目には涙が見て取れる。
それも無理はない。最後の間を置いてからの『王女なんだから』は、俺でもララのことが怖いと感じるほどの狂気にも似た迫力があった。
あの天真爛漫なララが「何か反論できる? できないよね」と、言葉がなくても伝わりそうな表情を浮かべている姿はある意味エルザよりも怖いかもしれない。
ララ、お前ってルティアにはドがつくSなんだな。でも……何で基本的に正しい事を言っているシスコン気味の妹さんが逆らえないのか分かった気がする。
ララはしばらくその状態をキープした後、安心させるように普段の明るい笑みを浮かべてルティアに話しかける。
「家出しちゃった以上、帰ったら怒られるよね。例えあたしを連れ帰ったとしてもさ。どうせ怒られるなら、好きなだけ世界を回ってさ、やることがなくなってからでいいじゃない。そのときはお姉ちゃんも一緒だから」
「……ちゃんといつかは帰るんだよね? お姉ちゃんも一緒なんだよね?」
「うん」
どうやら一段落したようだが……今の終わり方をそう片付けてもいいのだろうか。
というか、家出した王女をふたりも連れて旅をしたくない。余計な事に巻き込まれそうな気がするし。国家的な問題が起きてしまった場合、俺は遊撃士なのでさらに面倒なことになる可能性が……。
「というわけで、これからもよろしくね……リオンどうしたの? 何だか難しい顔をしてるけど」
「誰のせいだと……まあいい。いずれティターナ王国には行こうと思っていたし」
直後、視界に映っていたララが固まる。おそらく今言った後半部分に反応したのだろう。
「リオン……今何て言ったのかな?」
「いつかティターナに行くって言ったんだ」
「あは、あはは、アハハハ……」
乾いた笑い声を発したかと思うと、ララは凄まじい勢いで逃走を謀る。が、ルティアが彼女の首根っこを掴んで制止を掛けた。
「おっと姉上、どこに行かれるつもりですか? 一緒に旅をしようと言ったのは姉上でしょう。それにいつか帰るとも仰ったはずです」
「うぅ……わかったよ」
大きなため息を吐きながら項垂れるララをよそに、ルティアは真面目な顔で俺の手を握り締めると誠心誠意感謝の言葉を述べてきた。呑気に欠伸をしているシアを羨ましいと思ったのは言うまでもない。




