第17話
突然現れた長い銀髪のポニーテールにまとめた少女は、ララとは対照的に真剣な顔つきをしており、生真面目そうな印象を受けるエルフだ。
見た限りララとそう変わらないようにも思えるが、種族的に年齢が分かりにくい。年上の可能性もあるが、人間とエルフの年齢を同じように考えてはいけないかもしれない。
怪我はないか……と聞いてきたことから、この子は悲鳴を上げていたのが俺達だと誤解している可能性がある。別に解いてもいいが、解かなくてもこれといって問題はない。あちらとしては助けたと思っているだろうし、明るめに接してみるか。それなら多少フランクに話しても悪い気は与えないだろうし。
そう思った俺は、抜き身だった太刀を鞘に納めながら少女に返事をすることにした。
「ああ、助かったよ」
「いや、気にしないでくれ。騎士として務めを果たしただけだ」
少女の顔を見る限り、冗談ではなく真面目に言っているのだろう。ただ騎士が守るのはその国の民がメインなのではないだろうか。
ララと同じ身体的特徴からして彼女がエルフなのは間違いない。ここから比較的近いのはアルカディア王国であるが、あそこはエルフの騎士などは認めないだろう。今度向かおうと思っているグレイシア公国がどういう思想を持っているのはか不明だ。そちらから何かしらの用件でこのへんにやってきているのだろうか。
「……む? その剣は……もしや君は七星一刀流の使い手なのだろうか?」
やや興奮気味に近づかれながらの質問だったので理解するのが遅れてしまったが、槍を持っているということは彼女も武の道に歩んでいるのかもしれない。
エルフは他の種族に比べると筋力面に劣るが、寿命は他よりも長い。力だけで全てが決まるわけではないので、長い目で見ればエルフは達人になれる者が多いのではないだろうか。
そのようなことを思いながら肯定の返事をすると、次の瞬間がっしりと手を握り締められる。
「私と……一戦交えてもらえないだろうか?」
真剣味溢れる顔と声からして本気で言っているのだろう。別に手合わせするのは構わないが、このタイミングで言うのはおかしくないだろうか。
ちなみに目の前にいる少女は、ララと違って真面目な表情とつり目をしているので少々怖かったりする。ただ彼女以上に目つきの鋭い人間を知っているので怯えたりはしない。
「えっと……」
「え、いや、すまない。今言うようなことではなかったな……ん、七星一刀流は武の世界では最強の一角と噂される流派のはず。先ほどの魔物程度に苦戦するとは思えないが……」
まあ君が来なくてもどうにかなったとは思うが、剣を持って日の浅い俺では噂で聞くほどの技の冴えはないと思う。というか、いつまで手を握っているつもりなのだろう。
「何か勘違いしてるっぽいけど、わたし達別に助けとか求めてなかったから」
「何……待ってくれ、こちらのほうから悲鳴が聞こえたのだが?」
「それは別の人間のだね……というか、いい加減手放したら?」
シアの援護射撃? によって、銀髪のエルフは意識をこちらに向け、次にがっしりと俺の手を握っている自分の手を見る。無意識だったのか、自分の行動を理解した彼女は顔を赤く染め、慌てた様子で離れる。
「す、すまない!」
「いや別にいいんだが」
「……鼻の下伸びてる」
「嘘付け」
照れたりした覚えはないぞ……自分の顔を見ることはできない状況なので多分としか言えないが。
俺が自分の表情について考えていると、シアは銀髪のエルフと会話を続け、彼女がしていた誤解を解いていた。
「そうか……すまなかった。確かに君達が苦戦するように思えない」
「ん、分かればいい」
「……ところで、君達は……兄妹なのだろうか?」
何をどう考えればそのような疑問が出てくるのだろうか。
背丈や年齢的に言えば兄妹に見えないこともないだろうが、俺は黒髪でシアは銀髪だ。普通は血の繋がりがあるように見えないだろう。
知り合って間もない俺が兄と言われて思うところがあったのか、シアのだるそうな顔が少々険しくなる。
「兄妹に見える?」
「あ、いや……すまない。そういう関係だったか」
「そういう?」
シアが聞き返すと銀髪のエルフの頬にさっと赤みが差した。
これから考えるに、彼女は俺とシアが特別な関係にあるとでも考えているのだろう。兄妹よりも可能性の低いことを考えるものだ。
――この子、生真面目そうに見えて恋愛事に興味津々なんだな。ということは、あまり年齢の差はないのかもしれない。騎士という言葉を信じるならば、男性と出会う機会がないとも考えられるが。
と思っていると、ふと視線を感じた。シアがにやけながらこちらを見ている。これから発せられる言葉は、間違いなく俺をからかうものだろう。
「そういう関係だってさ」
「兄妹よりもありえないな」
「……それって、わたしには魅力がないってこと?」
「そういうのはもっと大きくなってから言えってこと」
身長の差はともかく、シアは顔立ちが幼いので実年齢よりも下に見える。
今後顔立ちだけでなくスタイルも変わってきそうではあるが、今の彼女ともしもそういう関係になれば、元の世界でなら俺は世間から危ない人間と思われてもおかしくない。この世界ではどうか分からないが、自分の感性というものはそう簡単に変えられるものではない。
事あるごとに俺をからかってくるネコのような少女に呆れながら、銀髪のエルフに話しかける。
「俺達は一緒に旅をしている仲間だ。変な誤解はしないでくれ。もうひとり仲間も……」
不意に近くの茂みが揺れたかと思うと、大きく息を吐きながらララが顔を出した。頭には葉っぱが乗っている。彼女はこちらに出ようとしているのだが、服でも引っかかっているのかジタバタしている。助けを求める姿からは、的確に敵を射抜く狙撃手の一面があるようには全く見えない。
「ちょっと、見てないで助け……ひゃっ!?」
これまた絶妙なタイミングで制止がなくなったようで、ララは盛大に顔面から落ちた。この子は俺の世界でもお笑いに関われば食べていけるのではないだろうか。ある意味運が良すぎる。
「いつつ……」
鼻あたりをさすりながら体を起こすララを、俺とシアは黙った見ているだけだ。本来ならば駆け寄って心配するべきなのだろうが、彼女の場合毎回付き合っていては身が持たない。
それに銀髪の騎士様が近づいて手を差し伸べているのだ。邪魔をするのも良くないだろう。
「大丈夫か?」
「あ、うん……慣れてるから」
「そ、そうか……む?」
銀髪のエルフはララの手を取ったのだが立ち上がらせようとはせず、彼女の顔を覗きこんでいる。
なかなかに鋭い目つきをしているので覗きこまれたら多少身を引きそうではあるが、ララの表情はいつもどおりだと言える。
「どうかした? ……あっもしかして、あたしの顔に何かついてる? う~ん……そうか、耳が尖ってるからだね!」
それはまず100パーセントないだろう。ララの目の前にいる少女はは同じエルフなのだから。言うにしてもイヤリングだっただろう。
ララの言葉に呆気に取られたのか、銀髪のエルフは無反応に近い。だがララは「違ったか~」と笑って言いながら、また考え始める。このままでは話が進まないと思った俺は、彼女達の元に歩み寄る。
「……あ、あの」
「ん、なに?」
「あなたの名前は……」
「名前? あたしはララだよ」
銀髪のエルフの目が大きく見開かせたと思えば、顔を俯かせてしまった。
「……っと」
「どうかしたかな?」
「やっと見つけましたよ!」
俯いていた少女は、顔を上げると同時に大声を出した。
――見つけた? ……銀髪のエルフはララの追っ手か何かなのか。だが、こんな自由奔放のエルフに追っ手がいるように思えない。待てよ、ララは自給自足の生活をしていた。もしかして食い逃げのような真似をしたことがあるのでは……。
「え? 会ったことあったっけ?」
「何惚けているんですか!」
「別に惚けてるわけじゃないけど……」
少女達のやりとりを見ていると、追っ手では気がしてきた。追っ手なら問答無用でララを取り押さえたり、連行するだろう。考えられる可能性としてララの知り合いというのが最も高い。
「知り合いだったのか?」
「う~ん……違うと思う。だって記憶にないし」
「……あなたは本気で言っているんですか。私のことを覚えていないのですか?」
ララの言葉に銀髪のエルフは悲しそうな顔を浮かべしおらしくなってしまった。これほど傷ついた表情を浮かべるということは、赤の他人とは到底思えない。
「え、いや、その、ちょっと待って!」
ララも彼女の言動から自分が忘れているのだと思ったのか、慌てながら返事をして自身の記憶をさかのぼり始める。表情を見た限り、先ほどよりも真剣に思い出しているようだ。
「…………あっ!」
「っ!?」
「いや違うか、髪って銀じゃなかったし……」
……ララ、お前は無自覚に人を傷つける奴だな。思い出したと期待させて、即行でヘシ折るって結構傷つくぞ。
ララが声を上げた瞬間、銀髪の少女の顔は幼児が浮かべるような純粋な笑顔だった。だが一瞬で先ほど以上にひどい顔になってしまい、今では肩を落として項垂れている。
「髪が銀色で、あたしと同じ蒼い瞳……。あっ、もしかしてだけど……ルティア?」
「は……はい!」
どうやら無事に思い出せたらしく、感極まった銀髪のエルフは涙を浮かべながらララに抱きついた。至近距離からタックルに等しい抱きつきを行うとは、そのへんはララにも負けていない。後頭部を打ち付けたような音と「うごっ!?」といった悲鳴が聞こえたが、まあ気にすることはあるまい。
「ずっと……会いたかった」
銀髪の少女はララに抱きついた状態で泣いているのだ。ドラマならば感動の再会と呼べるような場面だろう。
ララは人前では恥ずかしいのか視線をこちらに向けているが、俺も空気が読めない人間ではない。ここは少し離れた位置からシアと共に静観することにしよう。無視しないで助けて、という視線を浴びせられている気がするが気にしない。




