第16話
声が聞こえる方へと移動していくと、前方に大剣を背負った巨漢の姿が見えてきた。開けた場所の中央に腕を組んで立っている姿は、まるで何かを待っているかのようだ。
「あれって……」
「ギルドで会ったハゲ頭だね」
人に向かってハゲというのはどうかと思うが、俺もあの巨漢に対して良いイメージを持ってはいない。本人に聞こえる距離にもいないのだから注意する必要もないだろう。
「だ、旦那ぁぁッ!」
叫び声と共に奥の茂みから巨漢の取り巻きだった出っ歯の男が出てきた。遠目にでも分かるほど息を切らしている。どうやら先ほどから聞こえていた声はあの男が発生源のようだ。
「ソーザ、首尾はどうだ?」
「へ……へい、もうすぐ……来やす」
「そうか! さっさと来い、このリーンジャ様が相手になってやるぞ!」
巨漢の男は遠くにいる俺達に聞こえるほど、高らかに声を上げた。
相手になるということは……何かと戦うということか。まあ依頼を受けようとしていたから、ここに居てもおかしくはない。……にしても、戦いやすいようにあそこに誘導したのだろうが……下手したら出っ歯の男死んでいるぞ。
「民間人じゃないみたいだし、戻ってもいいんじゃない?」
確かにシアの言うとおり、出っ歯は分からないが巨漢は遊撃士だ。E級とも言っていたし、俺達と同じようにゴブリンの討伐を行っているのならば特に問題はないだろう。
それに……ここで鉢合わせると面倒なことになるだろう。悲鳴を聞いて駆けつけたといえば、普通の遊撃士は納得してくれるだろうが、ギルドの一件に加えあの連中の性格を考えると……。
街に戻ろう、とシア達に声を掛けようとした瞬間、重みのある咆哮が奥の茂みから響き渡る。
「ブオォォッ!」
出っ歯の男が走ってきた茂みから現れたのは、巨漢と同じくらいの体格をしている何か。距離があるのではっきりとは見えないが、全身が焦げ茶色の毛で覆われているように見える。
「あれは……オーク」
ララの目は的確に魔物を捉えているようだ。きっとこの場に居た人間ならば、俺と同様に彼女ほど視力に一度くらいはなってみたいと思ったのではないだろうか。
オークと言えば、あちらの世界では豚に似た頭を持った魔物で描かれたりしていたが……いや、そこは今重要じゃないな。これまでに得た魔物の知識では、確かオークは日光で目が眩んでしまうので活動するのは夜だったはずだ。
「何で昼間に……ほとんど日差しが入らないからか」
「そうだと思う。光の下では目が見えなくなるってだけで、夜行性ってわけじゃないから」
「あのさ、呑気に話してて大丈夫なの? あいつ、ゴブリンなんかより格段にやばそうだけど」
確かにシアの言うとおり、見た限りオークの戦闘力はゴブリンよりも格段に上だろう。
だが巨漢達の言動からしてオークを討伐しに来たと思われる。ということは、オークはE級遊撃士ならば討伐が可能だと判断されている魔物なのだろう。
出っ歯はともかく、巨漢は怯えている様子はない。E級遊撃士という肩書きが嘘でなければ、討伐することは可能のはずだ。
「ふん、威勢は良いが……これで終わりじゃぁぁぁ!」
巨漢は身の丈ほどある巨大な剣を抜き放ちながらオークに接近する。大剣を最上段に振り上げ、全体重を乗せた一撃をオークの顔面目掛けて振り下ろした。直後、鈍い金属音が響き渡る。
「な、なんだと!?」
巨漢の放った一撃は、オークの丸太のような腕で防がれていた。
あれだけの一撃を片腕で受け止めるなんて……オークの筋力は俺の予想を遥かに超えている。……いや待てよ、受け流したのならともかくまともに受けたのにどうして全く傷ついていないんだ。全体重を乗せた一撃なら多少なりとも斬れると思うのだが……。
「あの人、ろくに大剣の手入れしてないみたいだね」
「そうなのか?」
「うん、刃こぼれとか結構見えるし」
ララの言葉で理解できた。
オークの体に生えてる毛は硬いらしく、またその下には強固な筋肉の鎧がある。大剣はその重さで敵を叩き斬る武器だ。刃の状態が悪ければ斬れないのも当然と言える。
――あの男……武器の手入れを怠るなんて自殺願望でもあるのか。
思わず左手で鞘を握り締める。
武器に意思があるとまでは言わないが、生死を共にする相棒なのは誰もが認めるところだろう。その認識がない者は、自分自身の力を過信している傾向が強いように思える。あの男はこのままでは勝てないとうことが分かっているのだろうか。
「だ、旦那! 逃げましょうぜ、そいつ足は遅いでやんすから!」
「う、うるせぇ! こんなやつ如きにこの俺様が逃げてたまるかよ!」
「そ、そんな! ……も、もう付き合ってられないっす!」
出っ歯の男は巨漢では勝てないと判断したらしく、全力で逃亡を計った。巨漢は怒りの罵声を発しているが、俺は最前の判断だと思う。
「はん、こんな奴は俺様だけで充分だぁぁ!」
巨漢は全身に力を込め、強引にオークの腕を叩き斬ろうとする。武器の状態がもう少しまともだったならば、それでも良かっただろうが現実は何も変化がない。
このままではいずれ巨漢が力尽き、オークに殺されてしまう。そう思った俺は、右手を太刀に伸ばしながら走り出そうとする。だがそこにだるそうな声が制止を掛けた。
「助けるの? あのハゲ頭は赤の他人だよね。別に死んだからって困らないと思うけど」
もしも俺が正義感の強い熱血漢だったならば、シアを怒鳴りつけていたことだろう。漫画やアニメに出てくる主人公はきっとそうしたに違いない。
だが俺は違う。
自分に関係がなければ、時に悪さをする連中を目撃しても見て見ぬ振りをしてきた。あの男が死んだからといって、別に困るようなこともない。
シアの発言も傭兵として生きてきたから彼女からのアドバイスだ。それも充分に理解している。けれど――
「ブヒィィァッ!」
「ぬおっ!?」
オークが雄叫びと共に大剣を受け止めている腕を振り抜く。大剣は宙を舞って、巨漢とほぼ同じタイミングで地面に横になる。オークは一片の慈悲もなく巨漢へと近づく。
「――確かにあいつが死んでも困ったりはしない。けれど、目の前で死なれたら気分が悪い」
「うん、同感。あたしが援護するからリオンは行っちゃっていいよ」
笑ってそう言ってくれたララに向かって小さく頷くと、俺はオーク目掛けて駆け出した。
視界に映る巨漢とオークとの距離は徐々にだが縮まっている。しかし、覆い茂る草木のせいで一瞬で距離を詰めることはできない。
――飛び道具がないわけじゃないが、ここからじゃ草木が邪魔だ。空中で放てないことはないだろうが、やったことないだけに当たられる可能性は低い。木を使ってショートカットして行ったとしても間に合うかどうか……。
「やれやれだね」
近くから聞こえたやる気のない声に意識を向けてみると、いつの間にかシアが隣を走っていた。
ここは障害物の多い森の中であり、俺が走り始めてから数秒が経っていた。にも関わらず距離を詰めた彼女の速度はやはり目を見張るものがある。
「手伝ってくれるのか?」
「まあね。リオンの手伝いするって言っちゃったし、死なれでもされたら今後エルザに会ったときにわたしが殺されそうだから」
いや、さすがにそこまで……、と言いたいところだが、完全には否定できないのが俺の師匠である。
「じゃあ、先に行くね」
シアはそう言って跳躍すると、木々を上手く使って進んでいく。彼女の素早い身のこなしを見ていると、俺の中にあるネコというイメージがさらに固いものになっていく気がした。
オークは巨漢に向かって丸太のような腕を振り上げる。あれを顔面に降ろされたならば、兜を被っていない巨漢の命は死に絶えるだろう。
だが――唸りを上げて飛んで行った1本の矢がオークの手をを正確に射抜く。
このような展開を全く予想していなかったのか、オークは驚愕が混じったような悲鳴を上げながら後退る。そこに空中から二振りの銃剣を手にした少女が、回転しながら襲い掛かった。だが斬撃の嵐を浴びた割りにオークは平然としている。
おそらくシアの持つ銃剣はハンドガンに片刃のダガーを付けたようなものなので軽量だ。また彼女自身も小柄で体重が軽いはず。そのため敵の表面しか傷つけることができなかったのだろう。
「思ったより硬い……なら」
シアは着地した直後、後方へ宙返りするように跳ぶとオークの顔の前で両手を突き出した。直後、無数のマズルフラッシュが森を照らす。
射撃の腕は落ちていると言っていたが、確かにあの距離で撃てば多少狙いが狂ったとしても命中する。また銃撃ならばオークの硬い毛も貫通できるだろう。その証拠に蜂の巣にされたオークは静かに天を見上げながら倒れた。
どうやら俺が行く前に倒してしまったらしい。何とも言えない気分になったものの、あそこにシアひとり放置すれば巨漢と口論になりかねない。いや、下手をすれば戦いかねないか。
「ぐ……て、てめぇは今朝の小娘。おい、そいつは俺様が契約して狩るはずだった獲物なんだぞ!」
「だから?」
「だからだと……他人の獲物を奪うのは違反行為だろうが!」
「別にわたし遊撃士じゃないし」
予想通り……いや予想以上の勢いで険悪なムードになりつつある。早くあの場に行ってシアを連れて立ち去らなければ。
と思った矢先、仲間の死を感知したかのように新たなオークが2体現れ。その片方が巨漢を殴り飛ばした。攻撃で着ていた鎧は砕けてしまったが、元々あれだけ体格が良かったのだ。絶命していることはあるまい。
「やれやれ……だね」
シアは2体のオークを見つめながら銃剣を構え直す。ここまで銃弾の補給は行っていないし、元々予備の銃弾を持っているようには見えなかった。つまり、今の彼女には有効な攻撃手段がないと言える。
前方に段差状になっている根を見つけた俺は、そこを太刀を抜き放ちながら全力で駆け上がる。太刀を最上段に振り上げ、オークへと向かっていく。
「一の型……烈火!」
圧倒的速度で振り下ろされた刃は、敵の頭から侵入し一瞬で地面まで駆け抜けた。一刀両断されたことも気が付かなかったのか、オークは悲鳴も上げないまま絶命する。
太刀に付いた血を払いながら構え直し、近くにいるシアに声を掛ける。
「あと1体だ。即行で片を付けるぞ」
「ん」
小さく頷き返したシアが動こうとした瞬間、茂みから謎の影がオークの頭上に現れる。
「我求めるは雷光の刃!」
フードを被った人物は凛とした言葉を発しながら十字型の刃を持つ槍を振り回し、オークに叩き付ける。
俺が読んだ本の中では、長大な槍は時として振り下ろしてぶん殴るという攻撃にも使われたと書いてあった。しかし、フードを被った人物が使っている槍の長さはそういう用途に使われた物よりも短い。いくら先端部分で行っているとはいえ、ダメージを与えるのは難しいのではないだろうか。
――だが。
槍は何の抵抗も受けていないと思えるほど、いとも簡単にオークの頭部を切り裂いた。先端部分が青白く発光していたように見えたのは俺の気のせいだろうか。
一撃でオークを仕留めた謎の人物は、音も立てずに着地。フードを取り去った後、真っ直ぐにこちらを見つめて話しかけてきた。
「怪我はないだろうか?」
綺麗に束ねられた銀色の髪。透き通るように白い肌。そして、ララと同じように澄んだ青い瞳と長く尖った耳。槍を手にした謎の人物は、騎士のような印象を受けるエルフだった。




