第15話
戦闘が終了するのと同時に周囲を警戒し、敵影がないことを確認した俺は、太刀に付いていた血を払って鞘に納めた。
討伐したゴブリンは全部で16体。おおよそ、ララが言っていたとおりの数だったと言える。
2桁に上る魔物と死体と飛散した血のあるの森というのは、一般人が見れば何とも悲惨な光景に違いない。何度も魔物の討伐を行ったことがある俺でも長居したいとは思わない。
「戦闘終了だね」
「そうだな」
「リ~オン!」
後方から声が聞こえた瞬間、俺は反射的に屈んだ。頭上を何かが通り越し、盛大に地面を滑っていく。爆笑もなければ失笑もない。流れたのは刹那の沈黙だった。
「何で避けるの!?」
「何でって……」
後方から地面を滑るほどの勢いで飛びつかれれば、間違いなく俺は転倒し地面に体を強打していただろう。俺は一般的な感性の人間なので、好き好んで痛い思いをしたいとは思わない。
「逆に聞くが、何で避けたらいけないんだ?」
「それはさっきみたいにあたしの喜びが地面に吸収されるからだよ!」
「なら良かったじゃないか。俺にはさっきのを受け止める器量はないから」
せめて走ってきて抱擁くらいならば、俺でも受け止めることは出来ただろうが……シアの居る前ではされたくないな。
俺も男なので可愛い女の子から抱きつかれれば人並みに嬉しいとは思うだろうが、シアに見られてしまえば「お盛んだね」といった意味の言葉を言われるに違いない。あのやりとりは割りと面倒なので、出来ることならばやりたくないものだ。
「うぅ……シア、リオンが」
「近づかないで。今のララ汚れてるから」
「……はい」
ララは肩を落とした後、体に付いた土を払い始める。彼女の落胆ぶりを見る限り、どうやらシアの言葉はクリティカルしやすいようだ。まあシアの物言いはストレートなものが多いので当然かもしれないが。
「ここにあまり長居するのもあれだし、さっさとやること済ませよ」
シアの言っているやることというのは、ゴブリンの右耳を剥ぎ取ることだ。
ギルドでは討伐依頼の場合、指定された魔物の一部を依頼に指定された頭数分持ってくることが義務付けられている。そうしなければ依頼内容を達成したかどうか確認ができないからだ。指定された部分以外は好きにしていいという決まりになっている。
何故ならば、魔物の素材の中には武具を作る素材になるものが多いのだ。遊撃士の装備が良くなれば、一般的に考えれば依頼を達成できる可能性は高くなる。遊撃士・ギルドの双方にとってデメリットはないと言えるだろう。
ただ今回討伐したゴブリンは、頑丈な鎧もなければ鋭利な牙もない。生えている体毛は硬めではあるが、防具にできるほどのものではないし、見た目も良くない。ゴブリンの素材で作った防具を纏っている者が居たならば、周囲は奇妙な視線を送ることだろう。
ちなみに採取の場合は、指定された物を必要な量ギルドに持ってこなければならない。
「はぁ……」
正直遊撃士になって日が浅い俺は、まだ魔物の剥ぎ取り作業に慣れていない。死体の耳を支給されたナイフで切り取っていると気分が悪くなってしまう。まあ数をこなせば何とも思わなくなるのだろうが。
シアは感情をあまり出さないからよく分からないが、ララはせっせと剥ぎ取りしていくな。やっぱり自給自足で生活してきただけあって、ああいう作業には慣れてるんだろう。鼻歌交じりにやられると少し怖い気もするが……。
「遠くから見てても思ったけど、やっぱりリオンの技は冴えてるね」
「そうか?」
「うん、だって死体にある切り口綺麗だし」
剣の腕前を褒めてもらえるのは嬉しくないわけではないが、同年代の少女が平然と死体の切り口を見ているかと思うと複雑な気分になる。未だに学生としての部分が抜けていないのかもしれない。
「シアが倒したのは見事に急所ばかり斬られてるね」
「まあね、急所を攻撃したほうが効率良いし。……正直ララのこと見直した。あんな場所から的確に頭部射抜けるなんて凄い」
「シア……」
「抱きつこうとしても避けるよ。というか、そんなことする暇があるなら手を動かして」
距離が縮まったかと思ったが、俺の気のせいだったらしい。
上げて落とされたララの気持ちは分からなくもないが、こちらに抱きつこうとしても俺は避けるぞ。だから大人しく剥ぎ取りをしておきなさい。
俺の言いたいことが伝わったのか、ララは一度大きく肩を落とす。だが次の瞬間にはいつもの彼女に戻り剥ぎ取りを再開。実に切り替えが早いことだ。
「よし、終わり。リオン、これからどうするの?」
「そうだな……」
依頼に書いてあった討伐の数は10体。すでに目的は達成している。目的以上に討伐した分は、それに応じて追加報酬を出してもらえるので問題ない。
ここで引き上げるのも手ではあるが、見た限りシアやララには余裕がある。森の中に洞窟といった住処があると考えると、もう少し森の中を見て回っておいたほうがいいかもしれない。
「できればもう少し散策しておきたいんだが?」
「あたしはいいよ。矢もまだ残ってるし、倒しておいて損はないからね。ね、シア?」
「ま、そだね……ひとりだけ戻っても仕方ないし、どうせ暇だから付き合うよ」
シアの言い方はあれだが、まあ了承は得ることができたと思っていいだろう。
森の中を歩き回るが、ゴブリンといった魔物に遭遇もしなければ、洞窟のような場所も発見できない。体力的にはまだ余裕があるが、蒸し暑い環境というのは過ごしにくいものだ。衣類もへばりついて気持ちが悪い。
「あっ……」
一回り大きな茂みを抜けたかと思うと、穏やかに流れる川に出た。風通りが良くなったこともあって、肌に感じる温度も下がった気がする。
契約した時のことを思い出しながら地図を見た限り、この川を越えた森は俺達の担当外のエリアになってしまう。もしも進んで他の遊撃士と顔を合わせるようなことになれば面倒事になりかねない。
「ここで一休みしたら街に戻るか」
「賛成」
「うん、これといって何もなかったしね」
シアやララは川に近づいたかと思うと靴を脱いだ。どうやら足を水に着けて体を冷やすらしい。
俺はそんなふたりを横目に見ながら着ていたコートを脱ぐ。ちょうど風が吹いてきたこともあって、汗ばんだ肌が冷やされ気持ちが良い。
「…………ん?」
川越しにある森から何か聞こえた気がした。耳に意識を集中してみると、微かだが何か叫んでいるような声が聞こえてくる。
「何か聞こえないか?」
「……叫んでる感じだね」
「そうみたいだね……助けに行くの?」
問いかけてきたシアの顔は、聞こえてきた声に全く関心がないように見える。
「面倒だから行きたくないのか?」
「別に……まあ面倒といえば面倒だけどさ」
「言いたいことがあるならはっきりと言ったらどうだ?」
視線を逸らされてしまったので無視されると思ったが、シアは淡々と話し始める。
「リオンには目的があって、それを達成するための資金集めとして遊撃士やってるんだよね?」
「まあ……そうだな」
「なら、あれこれと首を突っ込む必要はないんじゃないの?」
確かに俺は正義の味方を気取っているつもりはないし、自分から危険に飛び込むのは馬鹿なことだとも思う。
「確かに見捨てるのが1番安全だな」
エルザほどの力を持っていれば大抵のことはどうにかなるだろうが、俺は彼女に比べればひよっこも同然。助けに行ったところで何も出来ない可能性は充分にある。勇気と無謀を履き違えてはならない。
「だが……遊撃士には民間人を守る義務みたいなものがある。それに俺の剣の師匠はあの女だぞ?」
「……そだね。ここで何もしないほうが後で面倒になるかも。行ってみて無理そうなら退けばいいだけだし、とりあえず行こっか」
エルザにバレたら面倒だから行く、といったように思えるが、おそらく傭兵としての経験から忠告してくれたのだろう。ここで切り捨てることができる人間ならば、そもそも暇潰しだからと俺の旅に付いてきたり、遊撃士の仕事を手伝っていないはずだ。
「ララもいいか?」
「うん、個人的に見捨てるのは嫌だし。さっきの戦闘を見る限り、大抵のことはどうにかなりそうだからね」
「油断大敵」
「あはは、それは分かってるって」
今に始まったことではないが、緊張感がない連中だ。まあそれだけ余裕があるとも取れる。
さっきの戦闘を見た限り、シアもだがララも本気は出していないように思える。弓だけで魔法は一切使っていなかったわけだし。
シアの言うように楽観的に物事を考えるのは危険だとは思うが、それでも彼女達が一緒ならばある程度のことはどうにかできるように思えた。
「よし、じゃあ行くか」
「ヤー」
「え、ちょっ……あたし、まだ靴履いてないんだけどぉぉッ!?」




