第4話
明くる日、俺はグレイシア城の図書室を訪れていた。
本来は資料室と呼ぶべきなのかもしれないが、置いてあるものが基本的に本なので図書室で問題あるまい。まあ言葉にする際は気にするべきだとは思うが。
「……にしても」
国の規模では小さいとはいえ、さすがは一国の図書室。置いてある本の数も尋常ではない。
アイナはここにあるのはほとんど市販されているものだと言っていたが……市販されているものだけでもこれだけの量があるとなると、この世界にはどれだけの本が溢れているのだろうか。
まあ本の数だけで言えば元居た世界も負けていないというか、むしろ多い気さえもするが。
そういう意味では召喚や特異な力に関する記述がある本だけを探せばいいので楽だ。
とはいえ、楽といっても本のタイトルである程度内容を推測できるが、実際に中身を見て探さないといけない。つまり多少精神的に楽ではあるが、大変なのに変わりないと言える。
「まあ……気長にやるとするか」
急ぎの用事はないし、簡単に見つかるものでもない。下手をすれば人生を掛けて調べなければならないことだ。
両親のことや自分の中に秘められていた力、それに関わりそうな出生と気になることは多い。だが焦ったところで好転することでもない。
それに……意外と今の生活が気に入っていたりもする。
ずっとアルカディアに居たなら違ったかもしれないが、自分で考えて自分で行動する。明日のために今日を懸命に生きるという生活は案外悪くない。むしろ今までどれだけ親に迷惑を掛けていたと、面倒を見てもらっていたのだと実感する。
自立を促されたという観点では、この世界に来たことは決して無駄にはならないだろう。
あちらの世界でなら経験しないでいいものも経験してしまってはいるが、この世界で生きていくためには仕方がないことだ。それに……その経験があるからこそ考えられることもある。
などと考えながら図書室を歩いていると、力んでいるような声が聞こえてきた。それを辿っていくと、懸命に背伸びをして本を取ろうとしているエルシアの姿が見える。
どうしてエルシアがここにいるかというと、アイナの命令で俺の手伝いをしてくれているからだ。
エルシアは男が苦手なようなので個人的にあまり近づかない方が良いかなとも思っているのだが、ドジな一面があるのもまた事実。このまま放置していたら転ぶどころか最悪本棚ごと倒れるかもしれない。そうなるよりはビクつかれるほうがマシだろう。
「んぅ……!」
「……これ?」
「え……!?」
背後から声を掛けられるだけでなく、取ろうとしていた本まで取られたことで驚いたのかエルシアは体勢を崩す。
幸い俺の方に倒れてきたので転倒はしなかったが、ある意味この方がエルシアにとっては問題だったのかもしれない。
エルシアは一瞬の間の後、若干取り乱しながら体勢を直すと勢い良く振り返った。
「リリリオン様、そ、そのすみませしぇ……!? あぅ……」
噛んだことでさらに恥ずかしさが増したのか、それとも盛大に舌を噛んでしまったのかエルシアは俯いてしまう。
分かっていたことではあるが、異性の俺ではこの子との付き合いは色々と問題がある。
アイナはエルシアのためを思って俺の手伝いをさせてるんだろうが、正直改善される見込みが今のところない。下手をすれば現状よりも悪化してしまう可能性があるだけにどうしたものか……
「えっと……大丈夫?」
「は……はい。す、すみません」
「別に謝らなくていいけど。どちらかといえば悪いのはこっちだし……とりあえずこれ」
エルシアが取ろうとしていた本を差し出すと、彼女はこちらの様子を窺うようにしながらゆっくりと手に取った。
距離感を詰めるためには話すしかないわけだが、エルシアのようなタイプにグイグイ行くのは悪手だろう。男性が苦手でなかったとしても人と距離を詰める人は居るのだから。
むしろどこぞのエルフの姫がおかしいんだよな。この城の姫様は強気だけど割とフレンドリーというか、身内には優しいところがあるから普通だけど。あのエルフの妹はザ・真面目って感じだから日常会話なら誰にだって出来るだろう。
マイペースな大きな小猫は……会話を面倒に思わなければ大丈夫か。誰に対しても基本的に臆したりするようなタイプじゃないし。
正直……大人しい奴は居たけど、エルシアみたいなタイプはいなかったから接し方に困るな。まあこれが普通の女の子って感じもするが……
「えーと……エルシアさん」
「は、はい! あああの……別にさんは付けないでいいです。リオン様はララ様達のご友人ですし……アイナ様も気さくに接するようにされているようですから。なので私にもララ様達と同じようにしてください」
「そっか、ならエルシアで……その本題に入る前にひとつお願いなんだけど」
「な、何でしょう?」
「出来れば様付けはやめてほしい。俺はララ達と違って身分のある人間じゃないし」
大体身分の話をすれば、間違いなくエルシアの方が高い。
アイナ姫の幼馴染ということは、それ相応の身分なはずだ。そうでなければ顔を合わせることもないだろうし、付き人として働いたりもしないはず。普通に考えれば皇族に近い貴族だろう。
性格が性格だから割とフランクに話すことが出来るけど、今後のことを考えるともっと緊張感のある状態で話したりもしたいような気がする。
簡単に身分の高い人物と話すことはないだろうが、人生何が起こるか分からないわけだし。いや……簡単に身分の高い人間と話すことはないと言ったけど間違いだ。ララやらアイナと出会った時点で、そのへんの人間よりも出会う確率は高くなっている。
城に滞在している間にルティアかアイナに礼儀面の講義やらをしてもらうべきかもしれない。アイナは公務があるので難しいかもしれないが、現状最も姫様感というか上の人間って風格があるのは彼女だし。
「で、では…………リオン……さん、でよろしいですか?」
「うん、それで」
「分かりました……それで本題というのは」
凄くビクビクしているのでこれ以上話すのが可哀想に思えてくる。アイナ姫、やっぱり男に慣れさせるにはもっとゆっくりゆったりとすべきだったと思うよ。これじゃあ俺の精神だって地味にすり減るし。
「それは……無理して手伝わなくていいから」
「え……そ、それは私がお邪魔ということですか!? なな何かリオンさ……リオンさんのお気に障るようなことしたのでしょうか!?」
「あ、いや……そういうわけじゃないんだけど。その……エルシアって俺というか男と一緒に居るの苦手だろ?」
いくらアイナの言いつけがあるとはいえ、精神的にきついのが分かっているのに手伝わせるのは正直心苦しい。
エルシアがそれでもやると言うのなら止めないが、表情を見る限り一時的にしろ別の空間に行った方がいい気がするのだが……果たして彼女はどう答える。
「それは……その…………確かにリオンさんと一緒に居るのはきついです。あっでも、リオンさんが嫌いだとかそういう意味ではないですよ!?」
「あぁ、それは分かってるから落ち着いて」
「はい……あの、お気遣いしてくださって言ってくれたことは嬉しいです。でもアイナ様は少しでも私が男性に慣れるように今回の事を言われたわけですし、私としても今後のことを考えると少しでも治したいと思ってるんです」
まあ俺みたいな平民扱いされる立場の人間なら粗相をしても大した問題にはならないけど、他国の来賓に対してやったら国際問題になるからな。
これまではエルシアが席を外したりしてどうにかしてきたんだろうけど、アイナにも立場的に見栄を張らなければならない時はある。使用人や付き人のひとりでもいないと下に見られたりすることもあるはずだ。
個人的にあの姫様はそんなことよりも単純にエルシアの今後を考えて今回の荒療治を設けたような気がしないでもないが。
「なので……リオンさんがご迷惑でなければ…………手伝わせていただけませんか?」
「エルシアがそう言うなら断る理由はないよ。正直……どこに何があるか分からないし」
「ありがとうございます。……その、なら私がリオンさんの調べたいことが乗ってそうな本を探しますからリオンさんはこれでも読みながら待っててください」
そう言ってエルシアは手に持っていた本を差し出してくる。
確かに効率を考えるならそれが最も良い気がする。が、その一方でエルシアが次々と本を持ってくると溜まって山になる。あちらの世界の文字ほど慣れているわけではないため、読むのも時間が掛かるのだ。
それに……さっきみたいに手の届かないものがあるかもしれない。台座のようなものは室内のどこかにあるのだろうが、エルシアのドジな一面を考えると一緒にいないと不安に思う。
「いや、俺も一緒に探すよ。さっきみたいに届かないところがあるかもしれないし、そんなに読むの早くないから机に溜まりすぎるのもあれだから。もちろんエルシアが嫌でなければだけど」
「えっと、その……嫌ではないです。私としてもその方が男の人に慣れると思うので」
こうして俺とエルシアは一緒に召喚術や特異な力について記述がありそうな本を探し始める。
ララ達と比べるとエルシアとの距離は離れているし、こちらの一挙一動につい彼女が反応してしまうで思うところはある。それはあちらにもあるだろうから微妙な気まずさが生まれてしまうのは仕方がない。
しかし、先ほどまでと違って意思確認をしたうえで一緒に居る。
相手の合意を得ているのだから必要以上に考えることはないため、そういう意味では多少なりとも先ほどまでよりは改善された部分もあるのだろう。
「……そ、その」
「ん?」
「リオン……さんは……どうして召喚術とかについて調べているんですか?」
まさかエルシアの方から話しかけてくるとは。
自分から男に慣れたいというだけあって勇気を振り絞ったのだろうか。調べ物を手伝っているので単純に気になっただけなのかもしれないが。
何にせよエルシアの方から歩み寄ろうとしてくれたのに変わりはない。馬鹿正直に全て言うのはあれだが、漠然と伝えるくらいの誠意は見せるべきだろう。
「ああそれは……知り合いに召喚術に巻き込まれり、特異な力に関わってる奴が居るんだ。調べたところで何かしてやれるかは分からないけど、まあ調べないよりはマシだろうし」
「なるほど……リオンさんはお優しいんですね」
「別に優しくはないと思うけど。単純に今後そういうのに関わって危険な目に遭うかもしれないから知っておきたいって気持ちもあるわけだし」
「そういう気持ちがあったとしてもお優しいと思います。本当に冷たい方ならララ様があそこまで親しくはされないでしょうし」
エルシアといいアイナといい……ララはそういうものを計る物差しなのか?
俺からすればあいつは誰とでも親しくしそうな気がするんだが。冷たくされても平然としていることが多いし、ギャグとしか思えない行動をしても怪我とかしないわけだから。
「食い倒れてたところに餌付けしたから懐いたって感じがしないでもないんだがな……」
「ふふ、そういう風に照れ隠しされるからララ様に冷たいって言われるんですね」
「別に照れてはないんだけど……あいつがバカみたいに騒いだりしなければもっとまともに接するだろうし。アイナやエルシアと知り合いだからエルフの姫ってのは間違いないんだろうけど、正直今でも信じられない自分は居るよ」
「ララ様は堅苦しいのが嫌いですからね。でもちゃんと公務の際はきちんとされるんですよ」
エルシアの笑みからして嘘を言っているわけではないのだろうが、信じがたい言葉だ。
そもそもエルシアが今語っているララはいつのララのことなのだろう。何年も国に帰っていないようだから子供の頃のような気がするのだが。
寿命の長さなどは違うとはいえ、エルフも人。ならば忘れることもあるだろう。今のララに王族としての礼儀が残っているかは怪しいところである。
「そういう意味ではララ様はお母様……エルフィーナ様に似られたんだと思います。ララ様が大人になったらこうなるんだろうなってお姿をされていますし、普段と公務の時では印象が違いますから」
さらりとティターナの女王の名前が出されたわけだが、ララ達との繋がりや俺の目的のことを考えると会うことがあるかもしれないから覚えておこう。
「へぇ……会ったことはないけど、確かに似てる気はするなぁ。聞いた話ではララのお母さんも若い頃は色々と好き勝手やってたみたいだし。何をしたのかまでは知らないけど」
「エルフィーナ様の昔のことは私もあまり聞いたことありません。聞いてみたい気持ちはありますけど……ちょっと聞くのが怖い自分もいます」
「まあ……あのララの母親だからな。下手したらララよりも過激だったかもしれないし」
そう考えるとよくエルフィーナって人は女王をやれているよな。
まあ大人になったと言えばそれで終わりなのだろうが……魔物が闊歩しているだけでなく種族による差別や偏見のあるこの世界でよく愛娘を好き勝手させられるものだ。普通は目の届く範囲に置いておきたいものだろうに。可愛い子には旅をさせよ精神なのかもしれないが。
「リオンさん、そういう言い方は少し失礼な気がします。今後もしもエルフィーナ様に会うことがあれば、そういうこと言ったらダメですよ。ララ様は笑って許してくださるどころか、むしろエルフィーナ様の過去を意気揚々と話しそうですけど」
「さすがに女王様に会ってすぐにそんなこと言える度胸は俺にはないよ。というか……何となく思っていたけど、エルシアって意外と毒吐くよな」
「え……私おかしなこと言いましたか?」
別におかしなことは言ってないけど、毒として取られそうな事実を言ったのは間違いない。それを理解してなさそうなので……アイナも苦労しているところがありそうだ。いやはや天然というのは恐ろしい。
「別におかしなことは言ってないよ。おかしなことは」
「リオン様、その言い方はおかしなことを言ったと言っているようなものではないですか」
「いや本当おかしなことは言ってないから」
「もう、いじわるしないで教えてください~!」




