第13話
日が沈む頃に《ガルダン》に到着した俺達は、入り口近くにあった手頃な宿屋に泊まることにした。
空いている部屋はひとつしかなかったのだが、小屋で1週間ほど生活しガルダンに至る数日の間も共に野宿したのだ。今更同じ部屋に寝泊りしたからといって何か問題があるわけでもない。またの地べたよりも格段に寝やすい環境だけにすぐに眠ってしまった。
明くる日、俺達は旅に必要な物資の買出しに出かけ、一度宿に帰ったあとガルダンにある遊撃士協会に向かった。資金調達を怠っては今後の旅に支障が出かねない。
「……ララ、何だかえらくご機嫌だね」
「うん、ギルドは何度も見たことあるけど中にに入ったことないからね」
確かに自給自足の生活を送っていたララとは無縁の建物かもしれない。
ララってサバイバル技術が高いだけに、クロスボウに必要な矢もそのへんの木や石を利用して手作りしてたからな。他にも簡単な罠とかも作れるようだし……今にして思うと、何で行き倒れたんだ?
普通に考えれば、あれだけの能力があるなら獲物が取れないことはないはずだ。
いや待てよ、そういえばエルザが出発する前に狩猟や採取を行っていたような……もしかして、ララが行き倒れになったのはあの女が原因なのか……。
「リオン、どうかした?」
「ん、いや何でもない」
「そう、ならいいんだけど……あ、そういえば今日はどんな依頼受けるの?」
「それは……見てみないことには何とも。何か受けたいものでもあるのか?」
「受けたいというか、リオンの戦ってるところを見てみたいなぁっと思って」
「俺の? 何で?」
「だってリオン、珍しい剣使うみたいじゃん」
俺の視線は、ララの視線に誘導されるように自然と腰に着けている太刀へと移る。
――ここに来るまで運良く魔物と出会わなかったから手入れでくらいしか抜いてないからな。太刀はこのへんでは見かけない武器だろうし、シアのように他に太刀を扱う人間を知らないのなら、ララが興味を持つのも当然か。
「まあ東方の剣だからな」
「おぉ、なるほど。確かに雰囲気からしてこのへんの剣とは違うもんね。こう何ていうのかな……刀身が芸術的っていうかすっごく綺麗!」
元々この太刀は俺のものでないのだが、これまで苦楽を共にしてきただけにそのように言われると嬉しくもある。
その一方で、太刀の芸術として見たララの感性にも驚かされた。自給自足の生活を送り、あまり自分の格好にもこだわりがないようなので芸術の類には興味がないと思っていたのだ。
「東方の剣ってことは、リオンは東方の剣術使うんだよね」
「まあな」
「リオンに剣を教えた人物が人物だけに、そのうち化け物みたいに強くなるかもね」
「おぉー、凄いねリオン!」
ララ、もう一度きちんとシアが言ったことを思い返せ。今の俺が凄いとは一言も言っていないから。それと、あの女ほど強くなれる自信はないぞ。マジで化け物じみた腕前だから。
「ねぇ、依頼はあったら魔物の討伐にしようよ。あたし、リオンの剣見てみたい!」
キラキラと目を輝かせるララの姿は、図体だけ育ってしまった子供のようだ。どのように育ったならば、彼女のような天真爛漫に育つのだろう。幼い頃は本といったものを読まされていたと聞いたが、あれは嘘で外で遊んでばかりいたのではないだろうか。
「リオン、モテモテだね」
「どこがだ。子供に駄々をこねられてるだけだろ」
「リオン、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。魔物の討伐があったら受けてやるから」
だから大人しくしててくれ、と続けたのだが、テンションが上がったララの耳には届いていないようだった。成人もしていない俺が言うのもどうかと思うが、子供の面倒を見るのは実に大変だ。
会話しているうちにギルドを見つけ、中に入っていつものようにカードを提出し依頼を確認する。どうやら最近この街の周辺では、ゴブリンが大量発生しているらしく、討伐の依頼のほとんどがそれに関するものだった。
「おいおい、いつからこのギルドはガキの来るところになったんだ!」
依頼を確認していると、突然野太い大声が背後から聞こえてきた。
振り返ってみると、身長が2メートル近くある巨漢の男がまず目に入る。こちらを見ている視線は見下したようなものであり、スキンヘッドと口元の髭からして遊撃士というよりは盗賊のほうがしっくりくる。
その男の近くには、170センチほどの痩せ型の男が立っている。他に特徴を挙げれば出っ歯だろう。立ち位置からして巨漢の取り巻きと言ったところか。
「なあソーザ?」
「へ、へい! そうでやんすね旦那!」
この男達はいったい何なのだろうか。俺達くらいの遊撃士は他にもたくさんいるだろうし、見た限りそれほど高い力量があるとは思えない。
関わるのも面倒だと思った俺は視線を受付に戻して契約に移ろうとする。だが
「おい、てめぇら! このリーンジャ・ヨゼラ様を無視するとは良い度胸じゃねぇか!」
「旦那とこの俺、ソーザ・アクゥイナを無視するたぁ良い度胸じゃねぇか!」
話を進めようとすると、巨漢と出っ歯の男は大声を出しながら足音を立てて近づいてきた。
「近くで見ると、さっき思ってたよりもガキばっかだな。ん? おいおい、なんでぇそのひょろっちい剣は。軟弱な武器を使いやがるぜ」
「いやいや旦那、旦那みてぇな体には遠く及ばねぇ軟弱そうなガキだからしょうがねぇですぜ」
「そりゃそうだな、握ったら折れそうな腕してるひょろいガキには軟弱な剣がお似合いか!」
取り巻きの言葉で気分を良くしたのか、巨漢の男は豪快に笑う。
確かに巨漢の背中にある、身の丈ほどある鉄板のような剣に比べれば太刀は軟弱に見えるだろう。だが見るからに型に品質の悪い金属を流し込んで作った粗品だ。
俺の持っている太刀も業物と呼べるような代物ではないが、それでもそのへんの剣に比べたら充分に優れた切れ味を持っている。それにエルザに仕込まれた《七星一刀流》は武の世界において最強の部類に入る流派だ。初伝ほどの実力がない俺でも、巨漢の大剣くらいは斬り捨てることができるだろう。
しかし、ここで騒ぎを起こせばギルドに迷惑を掛ける。何よりこのような連中を相手するのは時間の無駄だ。さっさと契約を済ませるのが得策だろう。
「何も言い返さねぇのか? がはは、まあ言い返せるわけねぇよな!」
「やれやれ、弱い犬ほどよく吼えるって言うけど本当みたいだね」
巨漢が口を閉じた瞬間、狙い済ましたようにあまり抑揚がない声が静かに響いた。それはもちろん、俺だけでなくこの場に居た全員の耳に届いており、巨漢の顔が不自然に固まったのは言うまでもない。
「……ガキ、おめぇ今なんつった?」
「別に」
巨漢はシアの態度が気に入らないらしく、額に筋が浮かび上がっている。これ以上挑発すれば、背中にある大剣に手を伸ばしかねない。
「やい小娘、旦那はE級遊撃士だぞ! 見たところ、てめぇらは遊撃士になったばっかだろ。身の程ってもんを弁えやがれ!」
確かに遊撃士のランクは基本的にFからAの6段階しかないため、階級が上がるだけで実力は大きく跳ね上がる。こなした依頼の数も巨漢達のほうが上だろう。
だが依頼さえこなしていれば階級は上がるのだ。F級の依頼ならば大抵の遊撃士がこなし、E級に昇格するだろう。E級程度で自慢しているようでは上に行くことは叶うまい。
「大体、ガキは帰ってママのおっぱいでも吸ってりゃいいんだよ!」
出っ歯の言葉にシアの眉がわずかばかり動く。手が腰にある銃剣に伸びようとしているのは、俺の勘違いではないはずだ。このまま放置すれば殺傷ごとになる恐れがある。
「シア、よせ」
抗議の眼差しを向けられたが、ここで騒ぎを起こすのは不味い、もしくは相手にするような連中ではないと思ってくれたのか、シアは腰から手を離した。
「ハ、根性のねぇガキだな」
「ですね。きっとその小娘に守ってもらってるんですぜ。腰にある剣は飾りでさぁ」
「ちげぇねぇ!」
再びギルド内に野太い声が響き渡る。
好き勝手言われることに思うところがないわけではないが、ここで力に訴え出てはこいつらと同じ土俵に落ちてしまう。自分を立派な人間だとか善人だとか思ってはいないが、無闇に力を振るう人間だとも思っていない。
エルザからも修行中に言われたのだ。
力の使いどころを間違えるな。もしも間違った道に七星一刀流を使えば、そのときは私がお前を消す、と。
あのときのエルザの瞳は真剣そのものだった。
彼女と過ごした日々には日頃文句ばかり口にしてはいるが、本当は心から感謝している。彼女は自分のために行ったのかもしれないが、彼女は七星一刀流だけでなくこの世界を知識、自給自足の術、心構えといった様々なものを教えてくれた。
彼女が居たから今の俺が居る。旅をする力があるのだ。彼女の想いに反するような真似はしたくない。
「それにもう1人の小娘は、上玉な小娘だな。チビっ子もあと何年かすりゃ上玉になりそうだ。このガキ、腕っ節はダメでも女の扱いは上手いってか!」
「旦那、よく見てくださぇ。こっちの小娘はエルフでっせ」
「何……」
愉快そうに笑っていた巨漢が不意に顔を歪める。身を屈めながらララの顔を覗きこみ、上体を戻したかと思うと吐き捨てるように言った。
「け、エルフがこんなところで何してやがる。おめぇらみたいな連中は、大人しく森の中で暮らしとけばいいんだよ」
「そうだそうだ、それが嫌なら自分の国にいるんだな」
「ガキ、退きやがれ。エルフなんかと一緒の空気をこれ以上吸え……!」
巨漢が言い切る前に口を閉じたのには理由がある。俺が太刀の切っ先を喉元に突きつけたからだ。
俺の行動には巨漢や取り巻きの出っ歯だけでなく、シアやララも驚きの表情を浮かべている。まあそれも無理はない。先ほどまで争い事を起こさないように制止を掛けていた男がいきなり抜刀したのだから。
「人のことをガキだと言うのなら、大人らしくマナーやルールは守るべきなんじゃないのか」
普段どおり言ったつもりだったが、思った以上に低く冷たい声が出た。このようなことをするキャラではなかったはずなのだが、エルザの影響を受けてしまったのだろうか。
いや、今はそのへんのことはどうでもいいことか。
今の威嚇で巨漢は身動きを止めたのだから、今のうちに契約を済ませてしまおう。受付も固まっている恐れもあったが、俺が声を掛けるとすぐさま笑顔で対応してくれた。遊撃士同士の衝突は度々あるのかもしれない。
「シアにララ、行こう」
返事を待たずに歩き始めると、シアは遅れることなく付いてきたが、ララは一歩出遅れてしまい慌てて追いかけてきた。外に出ると隣に居たシアが話し掛けてくる。
「止めたのにやるのはどうかと思う」
「……俺だってするつもりはなかったんだよ」
「どうだか……ララに気があったりするんじゃないの?」
いつもと変わらないように見えるが、かすかに口角が上がっている。今の言葉からも含めて、俺をからかっているようにしか思えない。
「あるわけないだろ。単純に我慢の限界に来ただけだ」
「フーン……ま、そういうことにしとく」
どうやら完全にではないが納得してくれたらしい。なぜ疑われるのかが現状では分からないだけに、これ以上このことで話すのはやめておこう。
「あはは、何かごめんね。あたしのせいで」
「別にララのせいじゃない。どちらかといえば、わたしやリオンに言ってたし。というか……あのハゲ頭、エルフってだけで差別しすぎ」
「あはは……まあ仕方ないよ。人っていうのは自分と違う姿のものを恐れたりするし、自分よりも劣っている生き物を見下したりする。エルフの中にも大抵の種族を蛮族とか言って見下してる人もいるしね。だから……お互い様なんだよ」
そう言うララの顔は笑っているはいるが、そこに明るさはなく悲しげだ。
畏怖したり、見下す行為は同種族でも起こりえることだ。それが元で、あちらの世界では事件が起こったりしていた。様々な種族が存在しているこの世界では、もっと身近で深刻な問題なのだろう。
アルカディア王国の勇者召喚にも多少なりとも関わっているはずだ。このまま時が経てば、いつの間にか戦争が始まるかもしれない。
だが希望がないわけでもないはずだ。
全ての国の指導者が他種族を認めない、という考えを抱いているわけではないだろう。もし抱いているのならば、今の貿易体制は出来上がっていないはずだ。
だからといって、俺に何か出来るのかと言われれば……これといってできることはない。今の俺は異世界から来た学生であることを除けば、F級遊撃士という肩書きを持つ放浪者だ。また遊撃士は基本的に国家に干渉することができないため、どう考えても何もできることはない。
「あはは、何か暗い空気になっちゃったね。気を取り直して、依頼をこなしに行こう。さっきのリオンを見て、ますますリオンの剣を見てみたくなっちゃったし!」
「……そうだな。さっきの奴らとまた顔を合わせても面倒だし行くか」
「ラジャ」
「ちょっと、ふたりとも元気がないよ!」
「ララが元気すぎるだけ」
「周囲に迷惑だから大人しくな」
「うぅ……ふたりしていじめないでよ」




