第12話
行き倒れそうになったエルフの少女ララを家に招き、満腹まで食事をさせようと俺は考えた。
そのときに遠慮なく食べていいとは言ったわけだが、俺とシアの分を合わせても足りないほど食うとは思っていなかった。残っていた食料をほとんど食べられてしまったわけだが、彼女のあまりの食べっぷりに怒りを通り越して呆れてしまった。
それから約1週間、俺はシアと共に遊撃士として旅に必要な資金集めに励んだ。依頼は採取だけでなく魔物の討伐も行った。シアがどの程度の実力を持っているのか知りたかったのだ。
結果から言えば、彼女の実力は測れなかった。
敵対した魔物が弱かったのも理由だろうが、何より今のシアは何事もあまりやる気が見られない。間違いなく本気では戦っていなかっただろう。
しかし、それでも彼女のスピードには目を見張るものがあった。本気を出せば残像が見えるのではないか、と思うほどに。戦闘のほうは近接のみで銃撃は確認できなかったが、近接戦闘の技術を見る限り銃撃が苦手ということはあるまい。ただ――
『このへんじゃ弾買えないから撃たないようにしている。最近撃ってないから精度は結構落ちてるかも』
――とも言っていた。銃を使った経験がないので何とも言えないが、1日訓練を怠れば取り戻すのに3日掛かるという言葉はあちらの世界でも聞いたことだ。
現状での戦闘力はおそらく俺よりもシアのほうが高い。旅先で彼女の力に助けられることもあるだろうから、銃弾は買える時にはきちんと買っておいたほうがいいだろう。まあそのためにも遊撃士として依頼をこなさなければならないが。
「いや~旅立つには最高の日和だね」
空に輝く太陽に負けないほど明るい笑顔でそう言ったのは、同居人であるシアではなくララだ。彼女は気の向くままに世界を旅しているそうなのだが、なぜか食事を振舞った日から居ついてしまったのだ。
この1週間、俺とシアは基本的に依頼をこなしていたのでララの相手をしたのは夜だけだ。
これだけ聞くとあちらで言うところのニートのように思えるかもしれないが、彼女は行き倒れたのが嘘ではないかと思うほどの狩猟スキルを発揮し、小屋に帰ると仕留めた動物やら山菜やらが謙譲されていた。
恩返しと言われてしまい、またこれだけ早く旅立つ日を迎えられたことから無下に扱うこともできず、今に至るというわけだ。
「そだね。ララとの過ごした日々は騒がしかったけど……ま、楽しかったよ」
「あはは、何だか今日で終わりみたいな言い方だね」
ララの返事にシアは小首を傾げた。それは無理もない。
俺だってララが居るのは旅立つまでの恩返しだからと思っていたのだ。普通は今日でお別れだと思うだろう。
「えっと、ふたりとも何でそんな不思議そうな顔してるのかな?」
「だって……」
「お前……付いてくるつもりなのか?」
「えっ、付いて行っちゃダメなの?」
付いて行っちゃダメって……むしろ何で付いてくるんだ?
シアも同じように思っているようなので、俺が代表して聞くとララは苦笑いしながら口を開く。
「いやね、言ったと思うけどあたしって気の向くままに旅してるからさ。悪い噂を聞く場所とかには行きたくはないんだけど、それ以外だとこれといって目的地もないし。リオン達と一緒にいるの楽しいからしばらく一緒に居ようかなって……ダメかな?」
ダメかと言われると……別にダメではない。
純粋というか無邪気な子供のようにしか見えないことが多いララだが、狩猟や薬草の知識と自給自足に必要な技術に富んでいる。彼女が居れば旅の途中で問題があっても、どうにか乗り切れる可能性が高まるだろう。
それに俺とシアだけは自然と口数が少なくなる。ムードメーカー的存在は居たほうが楽しい旅になるのではないだろうか。
「わたしはダメじゃないけど。わたしも暇潰しでリオンを手伝ってるようなもんだし、一緒にいる理由としてはララと大差ないしね」
「まあ俺も来たいって言うなら止めはしないし、一緒にいる以上は料理とかの用意もする。その代わり、色々と手伝ってもらうからな」
「シア、リオン……うん、任せてよ!」
ララは返事をしながら背中に手を伸ばし、愛用のクロスボウを掲げた。
クロスボウとは名前の通り、形状が十字架に似ている板バネと弦で矢を飛ばす武器だ。機械的に弓を引くので他の弓を使うよりも強力な矢が撃ち出せる。その代わり、連射性においては劣ってしまうが。
これは余談になるが、ララのクロスボウは弦に鉄を使っている大型のものなので、《アーバレスト》と呼ばれるものだろう。まあこの世界では単純にクロスボウと呼ばれているかもしれないが。
「必要もないのに得物を出すな。危ないだろう」
「え、矢は装填してないよ?」
「してなくても鈍器にはなる。戦闘とか狩猟に使うとき以外は無闇に出さない」
少し叱るような口調が功を奏したのか、ララはしょんぼりしながらクロスボウをしまった。
俺達の年齢はそう変わらないはずだが、どうにも俺が保護者の立ち位置に追いやられている。前の俺ならば気にしなかっただろうが、何かと構ってしまうようになったのはエルザと共に過ごしたのが原因だろう。
「はぁ……ここで会話するのも時間を無駄だし、とりあえず出発するか」
「ん」
「おー!」
テンションが真逆過ぎるが……まあいいか。ある意味バランスが取れているとも言えるし。
「ねぇねぇリオン、これからどこに行くの?」
「とりあえず、ここから東に向かうつもりだ」
東に行けば《ガルダン》という街があるはずだし、反対側にある《アルカディア》には個人的に向かいたくない。クラスメイト達が活躍しているという噂は耳にしているので多少気になりはするが、別れてからすでに半年が経過しているのだ。俺のことを気に掛けている者はほぼいないだろう。
それに東に進めばエルザの手紙に書かれていた《グレイシア》という小国に行けるはずだ。もうひとつ書かれていた《ティターナ》という国はそこから考えても遠方に存在しているらしい。なので東に向かって進んでみることにしたのだ。
「そっか……どこか行きたい国とか旅の目的ってあるの?」
「あ、それはわたしも気になる」
一緒に旅をする以上は言わないわけにもいかないだろうが、素直に言うのも躊躇われる。異世界のことだとか、自分自身に宿っている力のことはあまり他言しないほうがいいとエルザにも言われている。まあ言ったところで信じてもらえるか微妙なところもあるが。
「そうだな……知人から進められた場所はあるが、そこ以外は今のところ行ってみたい場所はないな。目的というかやってみたいことは……特殊な魔法とか力のことを調べることかな」
「なるほどね……特殊な魔法や力かぁ。確かに結構あるし、これから先その使い手と戦う可能性はあるだろうから知っておいて損もないし。うん、なかなか良い趣味だと思うよ」
趣味って……別に俺はその手のマニアってわけじゃないんだが。まあ良い意味で捉えてくれてるみたいだからこのままにしておくけど。
「……ん? 今の口ぶりからするとララは何かしら特殊な魔法とか知ってるのか?」
「そりゃあ、あたしも一応エルフだから。小さい頃は色んな書物を読まされたし、身を守る術も覚えさせられたからね。それなりに知識は持ってるよ」
何だか物事が上手い方向に転がり過ぎている様な気がするが、ララが他人を騙せるようなタイプには見えない。運が良かったと思うしかないだろう。
「じゃあ、召喚術とかに関して分かったりするか? 異世界から来た勇者が活躍してるって噂、最近よく耳にするから気になってさ」
「あぁ……うーん、ごめん。それはあんまり力になれないかも。あたしもエルフではかなり若手だし、異世界を対象とした召喚術の文献とかほとんど残ってないからね。召喚する方法とかも一部が知っているだけで」
「そうか……」
「でも、そう気落ちする必要はないんじゃないかな。召喚術を研究してる人はいるし、何よりこの世界は広いからね。まだ誰も見たことがない文献とかがどこかに眠ってるかもしれない。そういうのを探すのも旅の醍醐味だよ。リオンもまだ若いんだからさ、気楽に旅をしようよ」
楽観的に考えすぎるのもどうかと思うが、確かに焦っても仕方がない。
この世界では、力がなければ理不尽に死んでしまうことがある。焦ったり、自分の力を過信して先を急げば死に急ぐだけだろう。
それに元々すぐに帰る方法や自分のことが分かるとも思っていなかったし、まだ20歳にもなっていない。ララの言うように旅を楽しむのもありだろう。楽しまなければ途中で挫折してしまうかもしれないのだから。
「そうだな……手の掛かりそうな奴も傍にいることだし」
「えっと、それってあたしのことかな?」
「そうに決まってるじゃん。だってついこの前行き倒れそうになったわけだし」
「そ、それはそうだけど! ……迷惑掛けないように頑張る」
「ん、頑張って」
ララを励ますシアに対して、お前も手間が掛かりそうな奴なんだが……、と思いもしたが、話がややこしい方向に転がるのも面倒だ。
そう思った俺は、ふたりに気づかれないように小さく息を吐きて空を見上げた。終わりの見えない旅が始まったのだ。




