第11話
「いや~ほんとにごめんね」
と、笑いながら謝ってきたのは先ほど土下座の途中で目を回した少女だ。
改めて見てみても、彼女の整った顔立ちや蒼穹の瞳には目を惹きつけられる。腰ほどまで伸びた金髪も美しい。またスタイルも抜群で、緑と白の2色を基調とした上着は胸元と腹部が露出しており、下も淡い黄緑のミニスカートだ。少し……いや、かなり俺には刺激が強い。
だがそれ以上に、彼女の耳のほうが気になってしまう。長く尖った耳は、どう考えても人間のもののようには見えない。
「助けてもらった上に食料まで分けてもらっちゃって……」
感謝するならばもう少し真顔で言ったらどうなのだろうか。笑ったままでは申し訳なさがあまり感じられないのだが……。
――まあ……行き倒れた割りには元気そうだからいいか。
思い出しても、実に凄い音だった。シアもあんな爆音は聞いたことがないと言っていたし、もちろん俺もなかった。あれ以上の音は今後聞くことはないかもしれない。
あのような爆音が出せるのは、やはり少女が人間とは異なる種族だからだろうか。はっきりとは断言できないが、おそらく彼女の耳からしてエルフと呼ばれる種族だろう。
「うん?」
俺の視線に気づいた少女は首を傾げる。何を見ているのか聞かれるかと思ったのだが、彼女は難しい顔を浮かべた。顔や組んだ腕から想像するに、こちらが何を見ていたのか考えているのだろう。
「……あっ」
自分なりの答えが導き出せたのか、少女は握った右手で左手を叩く。自信に満ちた笑みを浮かべながら口を開く。
「イヤリングを見てるんだね」
ここでまさかボケが来ると思っていなかった。俺はどうにか堪えたが、シアは上半身が傾いている。
確かに俺達は耳を見ていたし、実際に少女の耳には羽の形をしたイヤリングがある。勘違いしてもおかしくはないだが……普通はイヤリングよりも耳の形の方に行かないだろうか。
「何でそっち……普通は耳なんじゃないの?」
「耳? あたしの耳っておかしい?」
「おかしいというか……尖ってるな、と思ってさ」
こう言えば伝わるだろうと思った自分が居た。シアに視線で確認も取ったが、大丈夫だという意思が帰ってきた。しかし
「うん、確かに尖ってるよ」
と、笑顔で返事された。
素直というか馬鹿正直というか……見た目は俺と同じくらいだが、もしかしてかなり下だったりするのだろうか。
多分この子はエルフだろう。心身の成長速度は人間とは違ってもおかしくない。また人間にも、小学生で馬鹿みたいに大きくなる奴は存在していた。見た目に反して精神年齢が低い可能性は充分にある。
そう考えた俺は、この場で唯一頼れる銀髪の少女に相談してみることにした。
「なあシア……この子って何歳くらいだと思う?」
「……口説くの? お盛んだね」
にやけるシアに苛立ちを覚えたものの、この程度のことで切れる俺ではない。がさつで自由奔放なあの女と共に暮らした時間があるのだ。あいつに比べれば、この程度のこと屁でもない。
「違う、受け答えが素直すぎるから気になってるだけだ」
「別に言い訳しなくても」
「言い訳じゃない」
はっきりと言っているのにシアの口角は上がったままだ。
お盛んなのはお前のほうだろ、と言おうかと思った矢先、見慣れぬ顔がすぐ傍に来ていた。状況から考えてあの少女ということは理解できるのだが、突然近くに現れられれば驚きもする。
「何話してるの?」
「いや、その……君は何歳なのかと思って」
口にしてから気づいたが、たとえ種族が違ったとしても女性に年齢のことを尋ねるのは失礼に当たるのではないだろうか。シアも「それ言っちゃうんだ……」とでも言いたげな目で見ているし。
機嫌を損ねてしまったらどうすべきか、頭をフル回転させて考えたものの、エルフと思わしき少女は愉快そうに笑った。
「あはは、まあエルフは他の種族に比べて老化するのが遅いというか、寿命が長いからね。年齢が気になるは当然だよ。あたしは今年で……17になるんだったかな?」
いや、こっちに聞かれても肯定も否定もできないんだが。今分かっている情報は、空腹で行き倒れたエルフくらいしかないのだし。
「もしかして凄いお婆ちゃん?」
「なっ!? 違うよ、あたしお婆ちゃんなんかじゃないから。今のは自分の生まれた日がいつだったかなぁって思い出してただけで!」
「必死なところがますます怪しい」
シアにからかわれてエルフの少女はますます必死に否定する。森の中で騒ぐのもどうかと思うが、周囲にこれといった気配はないし、見ている分には面白いので傍観することにした。すると不意にエルフの少女が俺の両肩を掴んできた。
「嘘じゃないよ。あたしは今年で17になるうら若き乙女なんだから。お願いだから信じて……えっと、君の名前何だっけ? というか、あたし自分の名前言った?」
言ってない、と口で言おうかと思ったのだが、いつの間にか首を横に振る方法を取っていた。予想していなかった接触に加え、至近距離に顔があったのでどうやら緊張してしまったらしい。
「それじゃ改めて自己紹介、あたしはララ。自給自足で旅している貧乏なエルフだよ」
名前はともかく、後半部分は笑って言うことではあるまい。というか、このような自己紹介は初めて聞いた。この子はもしかするとエルザ以上に無計画な人間――もといエルフかもしれない。
「俺はリオン・カンダ。こっちは」
「シア・ベーチェル」
「リオンにシアだね。よろしく」
ララというエルフは、俺とシアの手をがっしりと握りながら笑顔を振りまく。彼女のように予想以上に踏み込んで接してくる相手に慣れていない俺は内心で少し引いていた。
――いきなり下の名前か……まあここでは苗字で呼ばれるよりは名前で呼ばれたほうがいいけど。にしても……この子は俺の腕の関節を外したいのか。こんな握手の仕方をするのは小さな子供くらいだと思うんだが。口にしていた年齢は嘘なのでは?
「ところでふたりはこの森に何しに来たの?」
「キュアハーブを取りにだけど」
「なるほど、ならあたしのほうが先に見つけてなくてよかったね。リオン達が先にいなかったら間違いなく一心不乱に食べてただろうし」
照れ笑いを浮かべるララは可愛らしくも見えるのだが、一心不乱に薬草を食べていた彼女を想像するとなかなかにシュールだ。
「よし、ご飯を恵んでもらったお礼にあたしもリオン達を手伝うよ!」
「気持ちはありがたいけど……そこに生えてる分だけで足りるんだよな」
「な、何だって!?」
ショックを受けたような顔を浮かべたララは、盛大に四つん這いになる。
「あたしはどうやって恩返しすれば……」
「別に返さなくていいんじゃない。リオンも返してもらおうなんて顔してないし」
「まあ、もう少しで腐りそうなやつだったからな」
……いや、腐り始めてるとは言ってないだろ。そんな心配そうな顔を向けないでくれ。
「……目的のものは見つけてるわけだし、ここに居ても時間の無駄だ。俺達はもう行くからもう行き倒れるなよ」
「うん、この恩はいつか必ず返……」
言葉を遮るように鳴り響く乙女らしかぬ空腹音。ララの頬には赤みが差し、誤魔化すように笑みを浮かべる。
ララとは先ほど出会ったばかりだ。意識は充分にあるのだから、これ以上面倒を見る必要はないだろう。ただでさえ俺は、ネコのような銀髪の少女の面倒を見なくてはいけないのだから。
しかし、ここで別れて……数日後にエルフの変死体が発見されたと聞くかもしれないと思うと気分が悪くなる。それくらいならもう少し面倒を見たほうがいいのではないか。
視線をシアに向けてみると、「好きにしたら」といった視線が返ってきた。彼女はこのエルフに大した興味は抱いていないらしい。
「はぁ……今日はうちに来い。また倒れられても困る」
「……いいの?」
「良くないのなら言ってない」
「リオン……ありがとう!」
突然飛びつくように抱きついてきたララを俺はどうにか受け止めた。女性特有の柔らかくも弾力のある感触に意識が向きそうになるが、妙な臭いが鼻腔に侵入してきた。異性の感触を楽しめる余裕が皆無になるほどの気分を害する臭いだ。
見た目が薄汚れているのは森の中を散策したり、先ほどの土下座が原因かと思っていたが、冷静に考えてみればララは行き倒れるほど何も食べていなかったのだ。自給自足をしていると言っていたし、何日も水浴びすらしていない可能性は大いにある。
「あのさ……何か臭うんだけど」
「へ?」
「この臭いからして、多分3日くらいは綺麗にしてないね」
「シア良く分かったね」
「近づかないで。臭いから」
さっと風上のほうへと距離を取るシア。それを見たララは傷ついたような顔を浮かべたが、正直これに限ってはフォローはできない。というか、俺からもいい加減離れてほしい。
「このまま連れて帰るのもあれだし、一回川にでも落とすか」
「ちょっ、臭うあたしが悪いのは分かるけどさ、落とすってのはあんまりじゃないかな!?」
「じゃあ自分で落ちて」
「いやいやいや、普通に水浴びさせてよ!?」
「だから近づかないで。今のララ臭いから」




