第10話
翌朝、俺は眠そうに目元を擦るシアを連れてリトリアのギルドに赴いた。
ここのギルドに来るのは初めてではあるが、俺はすでに遊撃士として登録してあるので面倒な手続きは必要ない。登録している証拠であるカードもきちんと所持している。もしも紛失してしまった場合は、再発行に様々な手続きが必要になるので、可能な限り紛失しないようにしなければ。
「ようこそギルドへ、今日はどういったご用件でしょうか?」
カウンターに足を進めると、受付をしている女性が営業スマイルで話しかけてきた。
「依頼を確認したいんですが……」
「かしこまりました……そちらの方は?」
受付嬢の視線を追ってみると、後ろで手を組みながらぼんやりしているシアが見えた。立っている姿もそうだが、俺との距離感的に順番を待っているのか連れなのか分かりづらい。小さくため息を吐きながら意識を受付嬢に戻す。
「連れなのでお気になさらず」
「分かりました。ではまず、遊撃士カードの確認をさせていただいてよろしいですか?」
渡さなければ依頼の確認はできないので、素直に受付嬢にカードを渡す。このように確認されるのは当然と思うだろうが、身の丈以上の依頼を受けさせたいためでもある。
遊撃士はF級からA級の6段階に加え、非公式にされているS級と呼ばれる7段階に実力ごとに分けられている。このような分け方をされているのも、過去に召喚された異世界の人間が影響を与えられているかもしれない。
ちなみに、一般的にS級のことを知っている人間は限られている。
にもかかわらず、俺が存在を知っているのはA級遊撃士であるエルザに聞かされたからだ。そのときS級への昇格の話が来たがあるとも言っていたが、今以上に束縛されたくないから断ったとも言っていた。彼女らしいと言えば彼女らしいだろう。
「はい、確認できました。F級遊撃士リオン・カンダさんですね」
「ええ」
「今F級に指定されている依頼をお持ちしますので少々お待ちください」
そう言って受付嬢はカウンターを離れると、すぐにいくつかの紙を持って戻ってきた。
「こちらが現在届いている依頼になります」
依頼書を受け取って内容を確認すると魔物の討伐、魔物が出るかもしれない地域での採取といったものばかりだった。魔物の名前を見た限り、武装した者ならば比較的安全に倒せるものばかり。最低ランクであるF級の依頼なので当然といえば当然だ。
「何か良いのある?」
「労力的に言えば、どれも大した差はないだろうな」
「じゃあ一番手頃なやつで」
手頃と言われても、F級への依頼というものは手頃なものばかりなのではないだろうか。
このように言うと自信過剰だとか調子に乗っていると思われるかもしれないが、俺は修行中にF級以上の魔物とも戦ったことがある。
エルザもよほどの油断がなければ負けることはないと言われた。負けることはないというのは、必ずしも勝てるという意味ではないだろうが……今の俺には手加減できるほどの腕はない。全力で行くしかないのだから油断といった気持ちはないだろう。
「手頃ね……じゃあ、このキュアハーブの採取はどうだ?」
薬草の一種だから取れる場所にも心当たりがあるし、採取してくる数もそう多くない。魔物と出会わなければ、すぐに終わる依頼のはずだ。
「ん、いいと思う」
「……何でもいいとか思ってないか?」
「否定はしない」
そこはしろよ。真剣に考えた俺が馬鹿みたいじゃないか。
と思いはしたものの、口にしたところで聞き流されるのがオチだ。それに年下相手にムキになるのもそうかと思う。ここは俺が大人の対応をするべきだろう。
受ける依頼を決めた俺はシアと一緒に外に出た。太陽の位置から推測するに、現時刻は午前10時を回ったところだろうか。上手く事が進めば、昼前には戻ってこられるかもしれない。
「……行くか」
「ゴーゴー」
元気良く歩き始めた……ならば良かったのだが、シアはギルドの前に立ち止まって手を振っている。手伝うと言っておきながら何をやっているのだろうか。
「お前も行くんだろ?」
「……ヤー」
それは『嫌』を省略して言っているのか。それとも、ドイツ語での『はい』のどっちなんだ。お前とは出会ったばかりだからが結論が出せん。
というか後者だった場合、この世界はあれこれ言葉が混じり過ぎだ。言葉通じるのは不思議なくらいに。俺は異世界から召喚された身なので不思議な力が働いている可能性があるが、それがなかったら会話は成り立っていないんじゃないだろうか。
「……嫌なら来なくていいよ」
「行かないとは言ってない。面倒だし、さっさと終わらせよう」
さっさと終わらせる、と口にした割には歩く速度は緩やかだ。
何ていうか……シアを見ていると、ダルそうな表情とか気分屋と呼べそうな性格とか、小柄な体のせいかネコを見ているような気分になる。妙な疲労感があるのはそのせいなのか?
目的の薬草は森にあるので街の外に向かって歩く。その道中、屋台に興味を示したり、空を見上げたりと様々な行動を取る。一緒に居る身としては、まるで保護者のような気分だった。
「とうちゃーく……リオン、何だかお疲れだね」
「どっかのネコがうろちょろしてたからな」
「ネコ? ネコなんか居た?」
居た、というか今も居るよ。短い銀髪の大きなネコが……小首を傾げてるお前のことだよ。分からないならそれでいいけど。
「そんなことはいいから目的の物を見つけるぞ。キュアハーブがどんなのかは分かるよな?」
「もち。リオンこそ分かってる?」
馬鹿にするな。この世界に来てまだ半年くらいだが、少し前まで地獄のような生活を送っていたんだ。自給自足していた時期だってある。一般的に知られている薬草くらい分かるに決まっているだろう。
「分かってないなら、この依頼を受けてないと思うが?」
「そだね。じゃあ、さっさと見つけよう」
声から判断するに、少しはやる気を出してくれているようだが……緊張感があるように見えない。傭兵として生きてきたのだから相応の実力があると思いたいが、どうにも不安になる。この森に出る魔物くらいなら俺ひとりでもどうにかできるとは思うが……。
――できることなら……腰にある2丁の銃剣が飾りでないと祈りたい。
そう思いながらいつでも太刀を抜けるよう準備し、周囲を警戒しながら森の中を進んでいく。少し前を歩く少女は散歩しているような雰囲気だけに余計に気が抜けない。
森の中を散策することおよそ30分。結果的に言えば、一度も危険に遭遇することなくキュアハーブを見つけることが出来た。
一瞬気が緩みそうになるが、帰り道も危険と遭遇しないという保証はない。最低でも街に戻るまでは気を引き締めておかなければ。
「ちょぉぉと待ったぁぁぁッ!」
キュアハーブを取ろうとした矢先、突然女性の声が響いた。反射的に太刀に手を掛けながら意識を向けて見ると、近くにあった茂みからひとつの影が勢い良く上空に舞い上がった。
その影は空中で華麗に何度も回転し、綺麗に着地を決める。直後、勢いを殺さないまま両膝を着いたかと、上半身を折り曲げながら両手を地面に着けた。
「その薬草、あたしに譲って……!」
突如、爆音にも等しい音が発生し拡散していく。魔物の咆哮かとも思ったが……どうやら目の前で土下座している人物の腹の音のようだ。
直後、土下座していた人物は力なく倒れる。突然の事態に理解は追いついていなかったものの、目の前で人が倒れれば気にもなる。
「お、おい……!」
近づいて抱きかかえると、被ってフードが取れて隠れていた顔が明らかになる。整った顔立ちや金色の髪にも意識を向けられそうになるが、俺が何より気になったのは人間のものより長く先が尖っている耳だった。




