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包丁2本で異世界転移した少女は、今日も敵を許さない  作者: 和泉發仙


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第4話 ゴブリンにも生活がある

 第一章 森の向こうの世界

 第4話 ゴブリンにも生活がある

 ――ギャッ! ギャギャッ!

「……うるせえ」

 黒瀬莉央は、寝返りを打った。

 硬い。

 背中が痛い。

 何かが頬に当たっている。

「……んだよ、もう」

 目を開けた。

 目の前には、土の壁。

 天井には、木の枝。

 隙間から朝日が差し込んでいる。

「…………」

 莉央は、しばらく天井を見つめた。

「……あ」

 そうだった。

 異世界に来たんだった。

 そして。

 自分は今、ゴブリンだった。

「…………」

 莉央は両手を持ち上げた。

 緑色。

 小さい。

 爪が黒い。

「……夢じゃねえのかよ」

 ため息をつく。

 そのとき。

 ――ギャッ!

「うわっ!?」

 小屋の入口から、緑色の顔が覗いた。

 昨日、最初に出会った小柄なゴブリンだった。

「……お前か」

「ギャギャ♪」

「朝から元気だな……」

 ゴブリンは莉央の顔を覗き込むと、何やら手招きした。

「何?」

「ギャ!」

「……飯?」

 ゴブリンは首を傾げた。

「ギャ?」

「いや、分かんねえよな」

 莉央は身体を起こした。

 昨日、裾を縛った制服は、すっかり皺だらけになっていた。

 靴は相変わらず大きすぎる。

「……これ、どうすっかな」

 莉央は靴を脱いだ。

 裸足で地面に立つ。

「うわ、冷たっ!」

 ゴブリンは不思議そうに莉央の足を見ていた。

「……何見てんだよ」

 すると、ゴブリンは自分の足を指さした。

 裸足だった。

「……ああ、そういうこと?」

 莉央は肩をすくめた。

「まあ、今日はこれでいいか」

 そう言って、小屋の外へ出た。

 * * *

 朝のゴブリン集落は、思った以上に騒がしかった。

 焚き火の周囲では、数匹のゴブリンが木の実を潰している。

 別の場所では、細い枝を束ねていた。

 子供たちは走り回り、年寄りらしいゴブリンが何かを怒鳴っている。

「……へえ」

 莉央は周囲を見渡した。

「意外と忙しそうじゃん」

 小柄なゴブリンが、莉央の袖を引っ張った。

「ギャ」

「何?」

 連れていかれた先には、木の器が並んでいた。

 中には、昨日と似たような茶色い粥。

「……またこれ?」

「ギャ!」

 ゴブリンは嬉しそうに器を差し出した。

「…………」

 莉央は受け取った。

「……まあ、食うけど」

 丸太に腰掛け、木の匙を口に運ぶ。

 昨日より少し薄い味だった。

「……塩足りなくね?」

「ギャ?」

「いや、だからさ……」

 莉央は説明しかけて、やめた。

「……何でもない」

 隣では、小柄なゴブリンが同じものを美味しそうに食べている。

 その向こうでは、子供のゴブリンが器を抱えていた。

 小さな子供は、粥をこぼしながら食べていた。

 すると、近くにいた大人が布切れで口元を拭ってやる。

「…………」

 莉央は、少しだけ目を細めた。

「……普通じゃん」

 思わず呟く。

 昨日まで、ゴブリンといえばゲームの雑魚モンスターだった。

 倒せば経験値。

 たまにアイテムを落とす。

 そんなイメージしかなかった。

 けれど。

 目の前の連中は、朝飯を食っていた。

 子供を世話していた。

 仕事をしていた。

 そして、どうでもいいことで喧嘩までしていた。

「……なんか変な感じ」

 莉央は粥をもう一口食べた。

 * * *

 朝食が終わると、小柄なゴブリンが籠を持ってきた。

「ギャ!」

「……何?」

 籠を差し出される。

「……私に?」

「ギャギャ!」

 ゴブリンは森の方を指さした。

「……ああ」

 莉央は理解した。

「食い物集め?」

 ゴブリンは大きく頷いた。

「……えー」

 莉央は露骨に嫌そうな顔をした。

「私、客じゃねえの?」

「ギャ?」

「……だよな」

 仕方なく、籠を受け取った。

 小柄なゴブリンと、もう一匹の少し背の高いゴブリン。

 その二匹について、森へ向かうことになった。

「……つーか、名前とかないの?」

 莉央は隣のゴブリンに尋ねた。

「ギャ?」

「名前。な・ま・え」

「ギャギャ?」

「……分かんねえか」

 莉央はため息をついた。

 今のところ、相手の言葉はまったく理解できない。

 人間の言葉は、なぜか意味が分かったのに。

「……不便すぎる」

 小柄なゴブリンは、そんな莉央を見て笑っていた。

「ギャギャ♪」

「何が面白いんだよ」

 * * *

 森に入って、しばらく。

 背の高いゴブリンが、一本の木を指さした。

「ギャ」

「……ん?」

 木には、小さな赤い実がなっていた。

 ゴブリンは籠を置き、実を摘み始める。

「……これ食えるの?」

「ギャ」

 小柄なゴブリンが一粒を口に入れた。

 もぐもぐ。

「……あ、食えるんだ」

 莉央も手を伸ばした。

 赤い実を摘む。

 口に入れようとした瞬間。

 ――パシッ!

「いった!?」

 小柄なゴブリンが、莉央の手を叩いた。

「何すんだよ!!」

「ギャギャッ!」

 ゴブリンは、莉央の持っている実を指さした。

 そして、自分が摘んだ実を見せる。

「……え?」

 よく見ると、少し違っていた。

 莉央が摘んだ実には、小さな黒い斑点がある。

 ゴブリンの実には、それがなかった。

「……何?」

 小柄なゴブリンは、黒い斑点のある実を地面に捨てた。

 そして、首を横に振る。

「……毒?」

「ギャ!」

「…………」

 莉央は地面に落ちた実を見つめた。

「……マジか」

 危うく食べるところだった。

「……ありがと」

 小柄なゴブリンは、嬉しそうに笑った。

「ギャギャ♪」

「……だから、笑うなって」

 莉央は少しだけ顔を背けた。

 * * *

 昼前。

 三匹は小さな沢に到着した。

「おお、水!」

 莉央は駆け寄った。

 透明な水が、岩の間を流れている。

「やっとまともな水が……!」

 しゃがみ込んで、両手ですくおうとする。

 その瞬間。

 ――グイッ!

「うわっ!?」

 背の高いゴブリンが、莉央の襟を引っ張った。

「何だよ!!」

 ゴブリンは、少し上流を指さした。

 そこには、小動物の死骸が引っかかっていた。

「…………」

 莉央は口を閉じた。

「……あ」

 背の高いゴブリンは、沢から離れた場所を指さす。

 そこには、岩の隙間から湧き出す小さな水場があった。

 小柄なゴブリンが、そこから水を汲んでいる。

「……そっちか」

 莉央は立ち上がった。

「……分かりにくいんだよ」

 文句を言いながらも、二匹の後についていく。

 そして、ふと思った。

 昨日の自分だったら。

 あの沢の水を、そのまま飲んでいたかもしれない。

「…………」

 莉央は、背の高いゴブリンの背中を見つめた。

「……こいつら、結構すげえな」

 * * *

 集落へ戻ったのは、昼過ぎだった。

 籠には赤い木の実と、何種類かの草。

 それから、小さなキノコが入っていた。

「……疲れた」

 莉央は丸太に座り込んだ。

 足の裏が痛い。

 裸足で森を歩くのは、想像以上に大変だった。

「……靴、どうにかしねえと」

 足の裏を見つめる。

 小さな傷がいくつもできていた。

「いってぇ……」

 すると、小柄なゴブリンが近づいてきた。

「ギャ?」

「何?」

 ゴブリンは莉央の足を見た。

 そして、どこかへ走っていった。

「……?」

 しばらくして戻ってくる。

 手には、葉っぱと布切れ。

「……何それ?」

 ゴブリンは莉央の足を持ち上げた。

「ちょっ!」

 傷のある部分に、潰した葉っぱを当てる。

「いった! ちょ、染みる!!」

「ギャギャ」

 その上から、布切れを巻いた。

「…………」

 莉央は足を見つめた。

 雑な手当てだった。

 けれど、ちゃんと傷を覆っている。

「……お前さ」

「ギャ?」

「……いや」

 莉央は少し考えてから、言った。

「ありがとな」

 小柄なゴブリンは、いつものように笑った。

「ギャ♪」

 * * *

 午後。

 集落の中央では、子供のゴブリンたちが木の棒を振り回していた。

「ギャー!」

「ギャギャ!」

 どうやら、戦いごっこをしているらしい。

「……元気だな、お前ら」

 莉央は丸太に腰掛け、眺めていた。

 すると、一匹の子供が近づいてきた。

「ギャ!」

 木の棒を差し出してくる。

「……何?」

「ギャギャ!」

 別の子供も棒を持ってきた。

「……ああ」

 莉央は理解した。

「私とやりたいの?」

「ギャ!」

「……ふーん」

 莉央は棒を受け取った。

「いいよ。相手してやる」

 立ち上がる。

 子供のゴブリンが、嬉しそうに棒を構えた。

「ギャアッ!」

「おっと!」

 莉央は軽く横へ避けた。

「へへっ。そんなの当たるかよ」

 棒を振る。

 しかし。

 ――スカッ。

「……あれ?」

 思ったより腕が短かった。

 子供のゴブリンが、莉央の脇腹を叩いた。

 ――ポカッ!

「いってぇ!!」

「ギャギャギャ!!」

 周囲の子供たちが笑い出した。

「……てめえ!」

 莉央は棒を振り回した。

 だが、足がもつれる。

「うわっ!?」

 ――ドサッ!

 見事に転んだ。

「…………」

 周囲が一瞬、静まり返る。

 そして。

「ギャハハハハ!!」

 子供たちが大笑いした。

「笑うなああああっ!!」

 莉央は真っ赤になって怒鳴った。

 いや、緑色なので分かりにくいのだが。

 その様子を、少し離れた場所から小柄なゴブリンが眺めていた。

「ギャギャ♪」

「お前も笑うな!!」

 * * *

 夕方。

 莉央は小屋の外で、一本の木の棒を握っていた。

「……くそ」

 昼間のことが、妙に悔しかった。

 子供のゴブリンに負けた。

 しかも、何匹にも笑われた。

「……マジでムカつく」

 莉央は棒を振った。

 ――ブンッ。

「……あれ?」

 もう一度。

 ――ブンッ。

 思ったより、身体が動かない。

 腕が短い。

 重心が低い。

 足の長さも違う。

「……人間のときと全然違うじゃん」

 莉央は棒を見つめた。

 昨日、包丁を握ったときもそうだった。

 重かった。

 思うように振れなかった。

「……こんなんで、あいつらに勝てるわけねえか」

 森で出会った三人の冒険者を思い出す。

 剣。

 槍。

 弓。

 そして、自分に向かって飛んできた矢。

 ――ドスッ!

「…………」

 莉央は無意識に首をすくめた。

 あのとき。

 本当に死ぬかと思った。

 いや。

 あと少しで、死んでいた。

「……クソ」

 莉央は棒を握り直した。

 もう一度、振る。

 ――ブンッ。

 すると。

「ギャ?」

 小柄なゴブリンが現れた。

「……またお前か」

「ギャ」

 ゴブリンは莉央の棒を見た。

 そして、自分も木の棒を拾った。

「……何?」

 ゴブリンは、ゆっくりと棒を構えた。

「……相手してくれんの?」

「ギャ!」

「……ふーん」

 莉央は口元を緩めた。

「いいじゃん」

 棒を構える。

「今度は負けねえからな!」

 小柄なゴブリンが、ゆっくりと近づいてくる。

 莉央は棒を振った。

 ――ブンッ!

 ゴブリンは簡単に避けた。

「……あ?」

 次の瞬間。

 ――コツン。

 額を軽く叩かれた。

「いって!」

「ギャギャ♪」

「……てめえ!」

 莉央は再び棒を振った。

 また避けられた。

 ――コツン。

「いってぇ!!」

 ゴブリンは楽しそうに笑っている。

「……クソッ!」

 莉央は歯を食いしばった。

 そして、三度目。

 今度は、少しだけ考えた。

 相手の顔を見る。

 棒を振り上げる。

 ゴブリンが動く。

 莉央は、振り下ろすのをやめた。

 代わりに、一歩踏み込む。

 ――コツッ。

「……あ」

 棒の先が、ゴブリンの肩に触れた。

「…………」

 莉央は目を見開いた。

「……当たった?」

 ゴブリンは自分の肩を見た。

 そして。

「ギャギャギャ♪」

 嬉しそうに笑った。

「……何だよ」

 莉央も、少しだけ笑った。

「……まだまだだな、私」

 森の向こうで、夕日が沈み始めていた。

 * * *

 その頃。

 人間の村では、村長の家に数人の男たちが集まっていた。

「ゴブリンの集落を見つけたそうだな」

 白髪の村長が尋ねた。

「ああ。森の北側だ」

 若い剣士が答える。

「数は?」

「少なくとも七匹。だが、巣にはもっといるはずだ」

 村長は腕を組んだ。

「最近、家畜が減っているという話もある」

「ゴブリンの仕業かもしれん」

「まだ分からんだろう」

 年配の男が口を挟んだ。

「森には狼もいる。足跡を確かめたわけじゃない」

「だからといって、放っておくのか?」

 剣士が言った。

「子供が襲われてからでは遅いぞ」

 部屋が静まり返った。

 やがて、村長が口を開いた。

「……まずは森の様子を調べよう」

「討伐は?」

「必要なら行う。ただし、村の男手を無駄に失うわけにはいかん」

 剣士は不満そうだったが、頷いた。

「分かった」

 村長は、壁に立てかけられた古い槍を見つめた。

「明日の朝、自警団から五人を出す。お前たち三人も同行してくれ」

「ああ」

「それと、森へ入る者には知らせておけ。北側には近づくなと」

 話し合いは、それで終わった。

 だが。

 村長の家を出た剣士は、仲間に小さく呟いた。

「……八人いれば十分だ」

 弓の男が尋ねる。

「何がだ?」

「ゴブリン狩りだよ」

 剣士は、暗くなり始めた森を見つめた。

「どうせ、いつかやることになる」

 * * *

 夜。

 ゴブリン集落では、焚き火が燃えていた。

 莉央は小柄なゴブリンの隣に座っていた。

「……なあ」

「ギャ?」

「お前、結構強いんだな」

「ギャギャ?」

「いや、だからさ」

 莉央は木の棒を持ち上げた。

「これ。明日もやろうぜ」

 ゴブリンは、少し考えるように首を傾げた。

 そして。

「ギャ!」

 大きく頷いた。

「……よし」

 莉央は笑った。

「今度は絶対勝つからな」

 焚き火が、ぱちぱちと音を立てる。

 周囲では、ゴブリンたちが食事をしていた。

 子供たちの笑い声。

 年寄りの小言。

 木の器が触れ合う音。

 そして、隣で笑う小柄なゴブリン。

 莉央は、ふと空を見上げた。

 知らない星が輝いていた。

「…………」

 昨日まで、ここはただの異世界だった。

 ゲームみたいな場所。

 冒険するための世界。

 けれど。

 ここにも、朝があって。

 昼があって。

 夜がある。

 食べて、働いて、笑って、眠る連中がいる。

「……変な世界」

 莉央は小さく呟いた。

 小柄なゴブリンが首を傾げる。

「ギャ?」

「……何でもねえよ」

 莉央は笑った。

 その夜。

 森の奥では、静かな風が吹いていた。

 まだ誰も知らない。

 数日後、この小さな集落に人間たちがやって来ることを。

 そして。

 莉央が、もう一度《恐怖のルーレット》の恐ろしさを思い知ることになることを。

 ――第4話・完――

 次のエピソードは…

 小柄なゴブリンとの棒術の稽古を続ける莉央。集落の暮らしにも少しずつ慣れ始めるが、森で食料を探している最中、人間の偵察隊と遭遇する。彼らはゴブリン集落の位置を探っていた。

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