第13話 家畜四頭の値段
包丁2本で異世界転移した少女は、今日も敵を許さない
第一章 森の向こうの世界
第13話 家畜四頭の値段
「……家畜じゃないだろ」
裏門の検査を担当していた若い門番が、荷台を覗き込んだまま言った。
黒瀬莉央は、木箱の陰で身を固くした。
目の前には、手首を縛られた四人の人間がいる。
二人の女性。
少年が一人。
そして、十歳ほどの少女。
門番は、まだ二十代前半に見えた。着古した革鎧に、飾り気のない槍。城門で荷を調べる、ごく普通の兵士だった。
「書類には家畜四頭とある」
「そうだ」
荷馬車の男が答えた。
「なら、こいつらは何だ?」
「商品だよ」
「……人間だぞ」
「見りゃ分かるだろ」
男は、面倒くさそうに鼻を鳴らした。
(……何だよ、その言い方)
莉央の腹の奥が冷たくなった。
若い門番は、男を睨んだ。
「人を運ぶなら、移送証と登録番号が必要だ。家畜の運搬許可では通せない」
「細けえな」
男は革袋から硬貨を取り出した。
――チャリ。
「……これでどうだ?」
門番は、差し出された硬貨を見下ろした。
そして、男の手を払いのけた。
――パシッ!
「ふざけるな」
(……おっ)
莉央は、思わず顔を上げた。
(……まともな奴もいるじゃん)
男の顔から笑みが消えた。
「……そうかい。なら、これを見ろ」
男は懐から、赤い封蝋の押された書類を取り出した。
封蝋には、二つに分かれた塔の紋章が刻まれていた。
若い門番は、書類を受け取ると眉をひそめた。
「……領主府の印?」
「そうだ。これでも通せないか?」
「印があるからといって、積荷の申告が偽りでいいわけじゃない」
門番は書類を畳んだ。
「ここで待て。上官に判断を仰ぐ」
そして、近くに立っていた別の兵士を呼んだ。
「詰所へ走れ! 班長を呼んでこい!」
「了解!」
兵士が駆け出した。
(……班長?)
莉央は、首を傾げた。
(……こいつより偉い奴か)
若い門番は、荷馬車の前に立ったまま動かなかった。
男が何を言おうと、通すつもりはないらしい。
* * *
やがて、詰所の方から三人の兵士が現れた。
先頭を歩くのは、四十代ほどの男。
短く刈った髪。
分厚い革鎧。
腰には、装飾の少ない剣。
ほかの兵士たちよりも装備が整っている。
この裏門の警備を取りまとめる班長だった。
若い門番は、姿勢を正した。
「班長。積荷の申告に不備があります」
「説明しろ」
「家畜四頭として申告されていますが、実際には人間四名です。移送証もありません」
「……ふむ」
班長は、荷台を覗き込んだ。
縛られた四人を確認する。
その目には、驚きも怒りも浮かばなかった。
「書類を見せろ」
運搬人が、赤い封蝋の押された紙を差し出した。
班長は紋章を見ると、わずかに目を細めた。
(……あ)
莉央は、その変化に気づいた。
班長は書類を開き、しばらく読んだ。
そして、静かに畳んだ。
「……通せ」
「班長!?」
若い門番が声を上げた。
「しかし、移送証がありません! それに、この者たちは――」
「見れば分かる」
班長は、門番を遮った。
「俺が責任を持つ。門を開けろ」
「……ですが!」
「命令だ」
低い声だった。
若い門番は、歯を食いしばった。
その拳が、わずかに震えている。
だが、上官の命令を覆すことはできなかった。
「……了解しました」
門番は、不本意そうに道を空けた。
運搬人の男が、薄く笑った。
「話が早くて助かるぜ、班長さん」
班長は、男を見なかった。
「次からは書類を揃えろ」
「はいはい」
男は軽く手を振った。
(……は?)
莉央は、呆然とした。
(……通すのかよ)
さっきの若い門番は、止めようとした。
賄賂も断った。
人間を家畜扱いすることに、怒っていた。
なのに。
上官が来た途端、全部ひっくり返った。
(……何だよ、それ)
莉央は、班長を睨んだ。
(……偉い奴が一言言えば、それで終わりかよ)
班長が門を指さした。
「開門!」
――ギギギ……。
重い扉が開いていく。
若い門番は、荷馬車の横を通り過ぎる少女を見つめていた。
少女も、門番を見た。
何かを訴えるような目だった。
門番は、視線を逸らさなかった。
だが、何もできなかった。
――バサッ。
荷台の布が下ろされる。
そして、馬車が動き始めた。
(……クソッ)
莉央は、前脚で藁を押した。
(……この街、上の方から腐ってんじゃねえのか)
ただ、一つだけ分かったことがある。
兵士が全員、同じ人間というわけではない。
止めようとした者がいた。
そして、それを止めた者もいた。
その違いを、莉央は忘れないことにした。
* * *
裏門を抜けると、車輪の音が変わった。
石畳の硬い響きが消え、土を踏む鈍い音になる。
(……街の外か)
莉央は荷台の隙間から顔を出した。
城壁が遠ざかっていく。
道の両側には畑。
その向こうには、低い丘と森が広がっていた。
荷台の奥では、四人が身を寄せ合っている。
「……お母さん」
少女が、小さく呟いた。
隣の女性が、少女を抱き寄せた。
「……大丈夫」
だが、その声は震えていた。
(……大丈夫じゃねえだろ)
莉央は、二人を見つめた。
助けたい。
だが、今の自分はカエルだった。
縄を切ることもできない。
男たちと戦うこともできない。
(……何ができんだよ、私に)
ゴブリンの幽霊が、莉央の隣へ近づいた。
「ギャ……」
(……分かってる)
莉央は、小さく頷いた。
(……無茶したら、私も死ぬ)
それでも。
(……見なかったことには、できねえだろ)
* * *
荷馬車は、畑の間を進み、やがて細い森道へ入った。
木々が近づき、辺りが暗くなる。
しばらくすると、石造りの塀が現れた。
鉄の門。
武器を持った見張り。
塀の向こうには、低い倉庫のような建物が並んでいた。
(……何だ、ここ)
門の前にいた男が、荷馬車へ近づいた。
「遅かったな」
「裏門で引っかかった」
「問題は?」
「班長が通した」
「……ならいい」
男は、門の方へ手を振った。
――ギギギ……。
鉄の門が開く。
荷馬車は、その中へ入っていった。
(……隠してるってことか)
莉央は、塀を見上げた。
街から離れ、森に囲まれた施設。
偶然ここに建てられたとは思えなかった。
荷馬車が、建物の前で止まる。
「着いたぞ」
荷台の布が持ち上げられた。
莉央は、すぐに木箱の奥へ潜り込んだ。
外では、男たちが集まっていた。
「四人か?」
「ああ」
「状態は?」
「問題ない」
「値は?」
運搬人が答えた。
「女二人で銀貨十八枚。少年が七枚。娘は十二枚だ」
(…………)
莉央は、固まった。
(……値段?)
人間に値段がついている。
女二人。
少年一人。
少女一人。
それぞれが、硬貨の枚数で数えられていた。
(……ふざけんなよ)
男たちは、平然と話している。
「娘の方が高いのか」
「買い手がついてる」
「なるほどな」
ゴブリンの幽霊が、莉央の前へ出た。
「……ギャ」
いつもの陽気な声ではなかった。
(……お前も怒ってんのか)
ゴブリンは、荷台の外を見つめたまま動かなかった。
* * *
四人は、荷台から降ろされた。
手首の縄は、解かれないままだった。
男たちに囲まれ、石造りの建物へ連れていかれる。
少女が、振り返った。
その目が、荷台の方へ向く。
(……あ)
莉央は、木箱の陰から少女を見た。
少女は、何かを探すように荷台を見つめていた。
あの小さなカエルを、もう一度探しているのかもしれなかった。
だが、男が少女の肩を押した。
「歩け」
少女は、慌てて前を向いた。
そして、建物の中へ消えていった。
(…………)
莉央は、しばらく動かなかった。
今なら、逃げられるかもしれない。
塀の外へ出て、森へ戻ることもできるかもしれない。
だが、あの四人はまだ中にいる。
(……クソッ)
莉央は、目を閉じた。
自分は勇者ではない。
剣も使えない。
魔法も使えない。
そもそも、今はカエルだ。
(……それでも)
莉央は、顔を上げた。
(……何が起きてるかくらい、見てやる)
莉央は、荷台の縁から車輪の陰へ降りた。
――ぽてっ。
周囲を確認する。
男たちは、少し離れた場所で話していた。
莉央は、建物の壁際へ向かった。
そこには、細い排水溝があった。
石の壁の下を通り、建物の内側へ続いている。
(……お)
莉央は、目を細めた。
(……これなら)
人間には通れない。
だが、カエルなら。
莉央は、排水溝へ身体を滑り込ませた。
――するっ。
暗い石の隙間。
湿った空気。
そして、奥から漂ってくる奇妙な臭い。
(……うわ)
莉央は、顔をしかめた。
(……また臭えとこかよ)
だが、引き返さなかった。
ゴブリンの幽霊が、壁をすり抜けて先へ進む。
「ギャ」
(……待てよ)
莉央は、小さく跳ねた。
――ぴょん。
――ぴょん。
排水溝の先には、薄い光が見えていた。
そして、その向こうから。
――カチャン。
金属の音。
――ガチャリ。
鍵のかかる音。
さらに、人間の声。
「……今夜はここに入れておけ」
「明朝、買い手が来る」
「例の娘は?」
「奥の部屋だ」
(…………)
莉央は、動きを止めた。
(……例の娘?)
男たちの声が、遠ざかっていく。
莉央は、暗い排水溝の中で目を細めた。
この建物には、まだ何かある。
そして、あの少女には、すでに買い手がついている。
(……ちきしょう)
莉央は、前脚を踏ん張った。
(……絶対、見てやるからな)
小さなカエルが、暗い排水溝の奥へ進んでいった。
その隣には、小さなゴブリンの幽霊。
ベルクハイムの城壁から離れた、名も知らぬ施設。
その地下には、まだ莉央の知らない秘密が眠っていた。
――第13話・完――
次のエピソードは…
排水溝から建物内部へ入り込んだ莉央は、囚われた人々が収容されている部屋を発見する。しかし、そこには普通の奴隷商とは異なる、不自然な警備体制が敷かれていた。さらに、男たちの会話から「領主府」「勇者召喚」「国境」という言葉が聞こえてくる。少女一人の売買と思われた事件は、やがてこの国の複雑な事情へつながっていく――。




