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包丁2本で異世界転移した少女は、今日も敵を許さない  作者: 和泉發仙


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第12話 黒い荷馬車の行き先

包丁2本で異世界転移した少女は、今日も敵を許さない


第一章 森の向こうの世界


第12話 黒い荷馬車の行き先


 ――ぴょん。


 ――ぴょん。


 ――ぴょん。


(……ちょっと待てよ)


 黒瀬莉央は、石畳の隙間で動きを止めた。


 目の前には、黒い布で覆われた荷馬車が停まっている。


 場所は、ベルクハイムの教会から西へ延びる通り。


 昼間は商人や買い物客で賑わっていたが、夕暮れとともに人通りが減り始めていた。


 荷馬車は、その通りから一本入った細い路地の入口に停められていた。


 莉央がいるのは、路地の反対側。


 積み上げられた空樽の陰だった。


(……あれ、絶対おかしいだろ)


 荷台の中から、人間の声がした。


 それも、助けを求めるような声だった。


 なのに、男たちは平然としている。


 しかも、帳簿には家畜扱い。


(……何なんだよ、それ)


 莉央は、荷馬車を見つめた。


 男は二人。


 一人は荷台の横。


 もう一人は御者台の近く。


 どちらも短剣を腰に差している。


(……近づくか)


 そう思った瞬間。


 ――カツン。


 すぐ近くで、靴音が響いた。


(……っ!)


 莉央は、反射的に樽の下へ潜り込んだ。


 大きな革靴が、目の前を通り過ぎる。


 その後ろから、長いスカートの裾が続いた。


「今夜は冷えるねえ」


「そうだな。早く帰ろう」


 男女の会話が遠ざかっていく。


(……危ねえ)


 莉央は、樽の下から顔を出した。


 人間にとっては何でもない通り。


 だが、カエルにとっては巨大な足が行き交う危険地帯だった。


(……まずは、道を渡らねえと)


 莉央は、石畳の間を見た。


 道の中央には、浅い排水溝が通っている。


 その向こうに、荷馬車がある。


(……あそこを通るしかねえか)


 莉央は、前脚を踏ん張った。


 ――ぴょん。


 石の陰から、次の石の陰へ。


 ――ぴょん。


 今度は、排水溝の縁へ。


 そこには、昼間見たものと同じような濁った水が流れていた。


(……うわ)


 莉央は、顔をしかめた。


(……くっせえ)


 腐った野菜の臭い。


 湿った泥。


 そして、汚物の混じったような刺激臭。


(……これに入るのかよ)


 莉央は、しばらく迷った。


 だが、上を歩けば人間に踏まれる。


 馬車が動き出せば、車輪に巻き込まれる可能性もある。


(……クソッ)


 莉央は、覚悟を決めた。


 ――ぽちゃん。


 冷たい水が、腹に触れた。


(……うええ)


 莉央は、なるべく水の浅い場所を選びながら進んだ。


 頭上を、馬車の車輪が通り過ぎていく。


 ――ゴロゴロ……。


 石畳が震えた。


(……怖っ)


 莉央は、溝の壁に身体を寄せた。


 やがて、荷馬車の反対側へたどり着いた。


 そこから、路地の壁際へ這い上がる。


(……よし)


 莉央は、黒い荷馬車を見上げた。


(……着いた)


     * * *


 荷馬車の下は、薄暗かった。


 太い車軸。


 木製の梁。


 鉄の留め具。


 そして、泥のついた車輪。


 莉央は、その下へ潜り込んだ。


(……でけえな)


 人間の姿なら、簡単に覗き込める程度の高さ。


 しかし、今の莉央には巨大な建造物のようだった。


 荷台の底から、かすかな音が聞こえる。


 ――コトッ。


 ――ガサ……。


(……やっぱり、誰かいる)


 莉央は、荷台の後ろへ回った。


 そこには、黒い布が垂れ下がっていた。


 布の端は、縄で固定されている。


 だが、木枠との間に小さな隙間があった。


(……入れるか?)


 莉央は、身体を低くした。


 前脚を伸ばす。


 ――するっ。


 布の下へ潜り込む。


 そこには、暗い荷台が広がっていた。


 木箱。


 麻袋。


 積み重ねられた樽。


 そして、その奥。


(…………)


 莉央は、動きを止めた。


 人間がいた。


 三人。


 いや、四人。


 薄暗い荷台の奥に、四人の人影が座っていた。


 大人の女性が二人。


 少年が一人。


 そして、小さな少女が一人。


 全員、手首を縄で縛られていた。


(……マジかよ)


 莉央は、息を呑んだ。


 少女は、十歳前後だろうか。


 膝を抱え、俯いている。


 隣の女性が、何かを囁いていた。


「……大丈夫だから」


 だが、その声は震えていた。


(……大丈夫じゃねえだろ)


 莉央は、木箱の陰へ身を寄せた。


 荷台の床には、藁が敷かれている。


 その上に、古びた毛布が一枚。


 水の入った小さな桶が置かれていた。


 食べ物らしきものは見当たらない。


(……ひでえな)


 莉央は、四人を見つめた。


 少女が、ふと顔を上げた。


 その視線が、莉央の方へ向く。


(……っ!)


 莉央は、慌てて木箱の陰へ引っ込んだ。


 だが、遅かった。


「あ……」


 少女が、小さく声を漏らした。


(……やべ)


 少女は、莉央を見つめた。


 そして、かすかに微笑んだ。


「……カエル」


(…………)


 莉央は、動かなかった。


 少女は、隣の女性へ顔を向けた。


「……ねえ、カエルがいる」


「……え?」


「ほら、あそこ」


 女性が、莉央の方を見る。


 その瞬間。


 ――ドンッ!


 荷台の外から、男が布を叩いた。


「静かにしろ!」


 少女は、びくりと身体を震わせた。


 女性が、慌てて少女を抱き寄せる。


「……すみません」


 男は、舌打ちした。


「余計な声を出すな。もうすぐ移動する」


 足音が遠ざかる。


 荷台の中に、再び静けさが戻った。


(……クソ野郎)


 莉央は、心の中で吐き捨てた。


     * * *


 しばらくして、荷馬車が動き始めた。


 ――ガタン。


 ――ゴトゴト……。


 莉央は、木箱の陰で身体を低くした。


(……どこ行くんだ?)


 荷台の外から、男たちの会話が聞こえた。


「裏門の通行証は?」


「持ってる」


「荷の数は?」


「四つだ」


(……四つ?)


 莉央は、奥の人々を見た。


 四人。


 つまり、彼らを荷物として数えている。


(……ふざけんな)


 莉央は、前脚で藁を押した。


 そのとき。


 ゴブリンの幽霊が、荷台の奥から現れた。


「ギャ……」


(……お前も見たか)


 ゴブリンは、四人を見つめていた。


 その表情は、悲しそうだった。


 莉央は、少しだけ目を伏せた。


(……そうだよな)


 あの集落。


 焼かれた住居。


 殺されたゴブリンたち。


 そして、今度は人間が人間を縛って運んでいる。


(……何なんだよ、この世界)


 莉央は、唇を噛もうとした。


 だが、カエルの口ではうまくできなかった。


     * * *


 荷馬車は、市場の西側を抜け、さらに細い道へ入った。


 荷台の隙間から見える景色が変わっていく。


 商店の看板が減り、代わりに石造りの倉庫が増えた。


 通りには、荷車を引く男たちがいる。


 樽を運ぶ労働者。


 布を担いだ少年。


 そして、壁際で眠る浮浪者。


(……こっちは、雰囲気違うな)


 莉央は、外を覗いた。


 石畳は荒れ、ところどころに水たまりがある。


 排水溝には、黒い泥が溜まっていた。


 建物の壁には、古い染みが広がっている。


 昼間の市場とは、まるで別の街だった。


(……同じ街なのに)


 莉央は、少し驚いた。


 やがて、荷馬車が止まった。


 ――ギィ……。


 大きな木製の扉が開く音がした。


(……ん?)


 莉央は、荷台の隙間から外を覗いた。


 そこには、石壁に囲まれた小さな門があった。


 門の上には、見張り台。


 だが、正門ほど立派ではない。


 周囲には、数人の兵士が立っていた。


(……裏門か)


 莉央は、目を細めた。


 門番が、荷馬車へ近づいてくる。


「通行証を」


「ここに」


 紙が渡される音。


「積荷は?」


「家畜四頭」


(……っ!)


 莉央は、身体を硬くした。


 門番は、しばらく黙っていた。


 そして。


「……確認する」


 その一言で、荷台の空気が変わった。


 奥の少女が、女性の腕をつかむ。


 少年は、俯いたまま動かない。


 男たちの一人が、少し声を強めた。


「書類は揃ってるだろ」


「規則だ」


「……面倒な」


 莉央は、木箱の陰へ身を寄せた。


(……やべえ)


 門番が、荷台の後ろへ回ってくる。


 ――ジャラ……。


 金具が外される音。


 そして。


 ――バサッ!


 黒い布が、大きく持ち上げられた。


 夕暮れの光が、荷台の中へ差し込む。


(……っ!)


 莉央は、息を潜めた。


 門番は、荷台の奥を覗き込んだ。


 四人の人間。


 縛られた手首。


 怯えた少女。


 そして、薄暗い木箱の陰に潜む小さなカエル。


 門番の目が、ゆっくりと動いた。


「…………」


 しばらくの沈黙。


 そして、門番は口を開いた。


「……これは」


 莉央は、身体を硬くした。


(……どうなる?)


 門番は、荷台の奥を見つめたまま言った。


「……家畜じゃないだろ」


 男たちの表情が変わった。


 その瞬間。


 莉央は、初めて気づいた。


 この街の兵士たちが、全員同じ考えで動いているとは限らないということに。


――第12話・完――


次のエピソードは…


裏門の検査で、人間を家畜と偽って運んでいたことが発覚する。だが、荷馬車の男たちは慌てるどころか、ある人物の名前を口にする。街の裏側で動く商人、役人、そして貴族たち。小さなカエルの莉央は、思いがけずベルクハイムの闇に触れることになる――。

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