09 仲よしコンビの華麗なる報復
結局、あの令息は学園を退学することになってしまった。
彼のしたことを考えれば、学園の退学という結果は少々重すぎたのかもしれない。
でも、事態は思わぬ方向に転がっていったのだ。
騒動のあと、怒りを露わにして実力行使に及んだのは、ヴィンスではなくお父様とルシオラ侯爵だった。
魔術師団の施設を視察したり、魔導具の開発に協力したり、つまりはルシオラ侯爵となんだかんだでわちゃわちゃ楽しく過ごしていたお父様は、いまだ辺境伯領に帰らず王都に留まっていた。
だから騒動のことを耳にした途端、怒髪天を衝く勢いで件の令息の生家である王立騎士団長家へ殴り込みに行こうとしたのだ。
それを止めたのは、他ならぬルシオラ侯爵だった。
「お前の気持ちはよくわかる。私とて、跡取り息子の未来の嫁を傷つけられたと聞いて、黙っていられるわけがない。しかし、急いては事をし損ずる。激情に任せて動くのみでは、相手の息の根を止められまい」
いやいや、息の根を止めちゃダメでしょう!
意外に(?)物騒なルシオラ侯爵は、まず王立騎士団長家について(開発中の探索魔導具なんかも駆使して)情報を集め始めた。
当代の騎士団長のことは、お父様も侯爵もよく知っている。お互いに国の重要ポストに就いているわけだから、当然面識がある。
「そういえばあいつ、会議の席でもよく『女は黙って男のあとをついてくればいいんだ』みたいなことを言っていなかったか……?」
「そうだな。確か、どこぞの伯爵家の第一子が女児だったと聞いたときにも、『男を産めない妻など、何の役にも立たん』と言っていたはずだ」
うわ。最低すぎない?
その後の調査の結果、騎士団長家は予想通り、根強い男尊女卑思想にどっぷりつかった家門だということが判明する。
だからあの令息も、「女のくせに」と悪しざまに罵って、私を打ち負かすことばかりに固執したのだ。妙に納得してしまう。
「しかし、魔術師業界には男性魔術師に勝るとも劣らない女性魔術師が大勢いるぞ? 女性は男性に劣っているなどという考えは、あまりにも前時代的ではないか?」
「辺境伯騎士団にも、強い女性騎士はわんさかおる。その筆頭は、我が妻なのだがな」
はっはっはー! と楽しげに笑う、お父様。
何を隠そう、私のお母様は、勇猛果敢で知られた近隣国の辺境伯領出身。
その強さは折り紙付きで、私やお兄様を生む前には隣国マグノールとの戦争にも出陣していたほど。『馬上槍の女神』という二つ名だってある。とにかく強いのである。
「そこまで根強い男尊女卑思想を持つ男が、王立騎士団長などやっていていいものか? 女性騎士の扱いが差別的になっているのではないか?」
「その可能性はあるだろうな。なんせ、父親の影響を直に受けた嫡男が今回の騒動を起こしているのだ。騎士団全体にも、悪影響を及ぼしていると見てまず間違いない」
果たして、お父様たちの言う通りだった。
王立騎士団の女性騎士たちは冷遇されたり閑職に追いやられたりして、全員ひどい扱いを受けていたのだ。
調査を受けて、お父様とルシオラ侯爵は連名で、今回の模擬戦の騒動について正式に騎士団長家を抗議した。さらには、騎士団長家に巣食う悪しき風潮と騎士団の運営実態について白日の下にさらし、非難し、糾弾した。
驚いたのは、騎士団長とその嫡男である。
さすがに、ルールを破って怪我をさせたことについては、騎士団長もはじめからきちんと謝罪するつもりでいたらしい。でもまさか、家門内部にはびこる古い価値観や腐敗した騎士団の内情を暴露され、責任を問われることになるなんて思ってもみなかったはずである。
最終的に、この問題は社交界全体にまで飛び火した。
面目を失った騎士団長は、結果としてその職を追われることになったのだ。
新しい騎士団長には、副騎士団長が就任すると決まったようである。元騎士団長のやり方に、長く反発してきた人らしい。
そして元騎士団長家の令息も、父親の失脚の煽りを受けて最終的には退学を余儀なくされた。
わけだけど。
「行き場をなくしたあの令息を預かることになってな。このまま辺境伯騎士団に送り込んで、鍛え直してやることにしたぞ」
「うむ。名案だ」
これは慈悲なのか? それとも報復なのか?
「『ランスの女神』が直接鍛えてやると気炎を上げておったからな。俺が辺境伯領に戻る頃まで、生きていられるといいが」
どうやら完全に、報復だったみたい。
◇・◇・◇
元騎士団長家の令息がいなくなってから、剣術の授業の雰囲気はがらりと変わった。
どうもあの令息は、父親の威光を笠に着て威張り散らしていただけでなく、声高に女性蔑視をも叫んでいたらしい。
思った以上に彼の抱える闇は深く、その影響力もまた大きかったのだ。
模擬戦後にあっさり罪を認めたのも、父親の力があれば何をしてもうまくもみ消してくれるだろうし、軽い処分で済むだろうと高を括っていたからだという。
でも、如何せん、彼はやりすぎた。
ヴィンスがいてくれたから事なきを得たものの、下手をしたらもっと取り返しのつかないことになっていた可能性だってあったのだから。
模擬戦で魔法を使う計画を予め知っていた者も複数いたらしく、軒並み停学処分を受けたらしい。
あの令息に同調して私を蔑んでいた者たちは一気に大人しくなり、お父様やルシオラ侯爵の報復を恐れて戦々恐々としているんだとか。
何人かの令息たちは、「今まであいつが怖くて、何もできなかった。見て見ぬふりをして、本当に悪かった」とわざわざ謝りに来てくれた。
「今更遅いんだよ。あと、俺のアメリアに気安く話しかけるな。鬱陶しい」
ヴィンスは相も変わらず荒ぶっている。
「でもさ、雑魚はともかくとして、そろそろ本丸を攻め落とさないとな」
「本丸?」
「魔法をかけた張本人だよ。あいつは今も、罰を逃れてのうのうとしているんだ。許せるわけがないだろう?」
ヴィンスがぎりりと歯噛みする。
ネリッサ様は、この騒動の最中も素知らぬ顔で日々を過ごしていた。普通に学園にも登校していたし、彼女に捜査の手が及んでいる様子はない。
魔法をかけた張本人を野放しにするつもりはないものの、学園側の捜査も難航しているようだった。
「魔法を使ったのはあいつだっていう、確たる証拠がないからな。俺の魔力感知だけじゃ、証拠にならないし」
「でもネリッサ様には、私を蹴落としてヴィンスの婚約者になりたいっていうはっきりとした動機があるものね……」
いつぞやの、なりふり構わず突撃してきたネリッサ様を思い出す。
尖った視線で私を睨みつけ、「ヴィンス様に相応しいのは、この私よ!」と絶叫した彼女なら、私の排除も辞さない覚悟だっただろう。
でも結局、私は何事もなく、むしろヴィンスやお父様たちに守られて、超絶安心安全な生活を送ることができている。魔法をかけた張本人が判明していない事態を重く見ているお父様とルシオラ侯爵は、私の身辺警護を怠らないよう学園側に圧力をかけているのだ。
これってもしかして、ネリッサ様にとっては一番腹立たしい結果なのでは……?
だとしたら、ネリッサ様はもう一度、私の排除を画策するのでは……?
「ねえ、ヴィンス」
私はすぐ真横でしかめ面をする、端正な顔を見返した。
「本丸を攻め落としに行くより、向こうから来てもらったほうが早いんじゃないかしら?」




