08 証拠がない
模擬戦で使用が禁止されている魔法を使い、私に怪我をさせた令息は、身体強化魔法のことも木剣に付与された風魔法のこともすんなり認めたらしい。
動機は、「どうしてもあの女に勝ちたかったから」。
彼は模擬戦で一度敗れてから、私への個人的な恨みつらみを募らせていたという。
そのうえ、誰が何度戦っても、女である私を打ち負かすことができない。この学園で一番強いのは本来か弱いはずの令嬢だという事実に、令息は憎悪や鬱憤をどんどん拗らせていく。
そして、どんな汚い手を使ってでもあいつに勝ちたい、という狂気じみた欲望に突き動かされた彼は、とうとう禁止されている魔法の使用を決意する。
それは、対戦後に魔法を使ったことがバレて罰せられても構わないという、半ば自暴自棄な計画だったのだ。
ただし。
ヴィンスが言っていた通り、彼には魔法を自在に扱えるだけの魔力量も魔法技術もなかった。それは、学園側も把握していたことである。
となると、別の誰かが彼に協力し、魔法を使ったということ。
でも、令息はその協力者が誰なのか、最後まで明かさなかった。
いや、明かせなかったのだ。
「まさか、魔法の使用者を明かさないっていう誓約魔法までかけていたとはな」
ヴィンスが噛みつくような口調で言う。
「誓約魔法って、結構高度な魔法なんじゃないの?」
「そうだよ。上級魔法の授業の中で習うけど、学園生の中でも使える人間は限られるだろうな」
「『限られる』ってことは、一人しかいないってわけじゃないのね? 誓約魔法を根拠に、協力したのはネリッサ様だと断定はできないってことよね?」
「残念ながら、そういうことだ」
ではなぜ、ヴィンスは協力者がネリッサ様だと断言しているのか?
「魔法はさ、かけたときに使用者の魔力の痕跡がうっすら残るものなんだ。普通はそんな微弱な痕跡を感知することはできないんだけど、俺はできるんだよ」
どうだ! と言わんばかりのドヤ顔で、天才ぶりを見せつけるヴィンス。
「でもそれだって、客観的な証拠にはなり得ないのでしょう?」
「うーん、まあな。はっきり言って、俺自身の感覚的なものだから」
一応、特定の道具に付与された魔法が誰によるものなのか、客観的に測定する機械はあるらしい。
学園側も、その測定器を使って木剣に残された魔力を調べてはみたものの、検知することはできなかったのだ。
「一回だけ発動するようにうまく調整して魔法を付与したから、魔力痕跡もほとんど残らなかったんだろ。あいつのやりそうなことだよ」
ヴィンスは忌々しげにため息をつく。
つまり、どうにかして私を打ち負かしたい令息と、私を傷つけ排除することでヴィンスの婚約者の座を奪いたいネリッサ様とが共謀し、今回の騒動を企てたということなのだろう。
「でも証拠がないからって、大人しく引き下がるつもりはないからな。アメリアを傷つけた報いは、きっちりと受けたもらう」
「……私、あんまりっていうか、全然傷ついてないんだけど」
口を挟むと、ヴィンスは途端に声を荒げた。
「何言ってんだよ。あんな目に遭って、痛かったし怖かっただろう?」
「あの瞬間のことは、あんまり覚えていないのよ。おまけにヴィンスがすぐに治癒魔法と回復魔法をかけてくれたおかげで、傷も後遺症もないし。むしろ前より体調がいいんだけど」
もともと、身体は丈夫なほうである。
それに、幼い頃から辺境伯領で散々鍛えられてきたこともあって、不測の事態でもたとえ無意識でも、受け身は取れる。だから、身体のほうは何の問題もない。
問題があるとすれば、むしろ心のほうだった。
怖かったわけではない。
ただ、理解ができないのだ。
あそこまで女である私を憎悪し、ねじ伏せることに固執する怨念じみた狂気を、私は理解できない。
「……女が強かったら、やっぱりダメなのかな……」
ぽつりと落ちた言葉に、ヴィンスが素早く反応した。
「そんなわけないだろ」
「でも、女の私が強すぎたから、あの令息はあそこまで暴走したわけでしょう? 剣術の授業を受けている令息たちだって、私が強いから面白くないのよ。だからあのとき、防戦一方になった私を見て、みんなうれしそうに興奮して――」
「それは、そいつらが馬鹿だからだ」
「いや、馬鹿って……」
「馬鹿でも足りないな。愚かで、無能で、愚鈍で、浅はかで、無能」
「無能って、二回言ったわよ?」
口調はだいぶ荒っぽいけど、私を見下ろすヴィンスの目には慈愛の光が溢れている。
「強さに男も女も関係ないだろう? 男だからとか女だからとか、そんなつまらないことにこだわってるからいつまで経っても強くなれないんだよ」
「ヴィンス……」
「それに、アメリアだってその強さを簡単に手に入れたわけじゃないんだろ? そりゃ、生まれ持った資質とかもともとの身体能力の高さとかはあったと思うけど、小さい頃から強くなるための努力を惜しまなかった話は、俺も親父殿から聞いてるし」
「……いつのまにそんな、仲よくなったの?」
「俺と親父殿は、最初から仲いいよ? なんせ、アメリアを愛してやまないっていう共通点があるわけだから」
ふふ、と悪戯っぽく笑って、ヴィンスは私のこめかみにちゅ、と口づける。
「強い女で上等じゃないか。俺はアメリアの強さに惹かれたんだから、それを否定するやつに容赦はしない。アメリアの強さは、俺が守るよ」
「……ありがとう、ヴィンス」
「あ、でもさ、強いアメリアじゃなきゃ嫌だってわけじゃないから。強くても弱くても、勝っても負けても、どんなアメリアでも好きだから。大好きだから」
こぼれるような笑顔を見せて、ヴィンスが私を抱き寄せる。
あの模擬戦以降、困ったことに(?)ヴィンスの愛情表現が爆発している。
それまでだって、ヴィンスはとことん私を甘やかしてくれていたけど、なんというか、直接的な愛の言葉が加速度的に増えているのだ。いや、増えている、なんてもんじゃない。もう、それしか言わないくらいの勢いである。
「そりゃあ、はじめはアメリアの強さとか、剣技の美しさとかに惹かれたんだけどさ。婚約を機に一緒にいるようになったら、もうなんていうか、信じられないくらい全部可愛くてさ。言わずにはいられないっというかさ」
にこやかな笑顔でそんなことばかり言っちゃうヴィンスに、私も開いた口が塞がらない。
この人、無愛想で有名だったはずよね?
誰に対しても素っ気ない、塩対応の権化じゃなかったっけ……?
「まあ、ほかのやつらのことは、わりとどうでもいいと思っていたからな。確かに、態度は悪かったかも」
「……自覚はあるのね……」
「でもアメリアには、もうあれこれ隠し事とかしたくないし、ちゃんと好きになってもらうためにも素の自分で勝負するって決めたから」
「素の自分……?」
「俺、自分で言うのもアレだけど、多分変態だから」
「…………はあ!?」
ななな何を言っちゃってるのよ、この人は……!!!
「だって俺、いつでもアメリアの隣にいたいし、常に触れていたいし、正直アメリアのことしか考えてないんだよ。本当はアメリアをどこかに閉じ込めて、誰の目にも触れさせずに独り占めしたいくらいだし」
「ちょ、なに言って――!?」
「ほら、魔力量の多さと執着の強さは比例するって言うだろ? アメリアのこと考えて、毎日エロい妄想ばっかりしてるしさ。アメリアも早く俺のことを好きになってくれたら、いろいろできるのに、とかさ」
「いろいろって、何よもうーーーー!!!」
これって明らかに、キャラ崩壊だと思うんですけど!!!




