07 腹黒令息、本音をぶちまける
目が覚めたら、見覚えのない部屋のベッドの上だった。
「気がついたのか……?」
声のしたほうに顔を向けると、顔面蒼白のヴィンスが視界に映る。
「あ、私……」
「よかった……!」
すかさず、ぎゅ、と左手が強く握られる。私の手を包み込むヴィンスの両手から、優しい何かが流れてくる。
ずっとそばにいてくれたのだろうか。
「ヴィンス……」
「痛いところとか、ないか?」
「……うん、大丈夫……」
「気を失ってすぐにありったけの治癒魔法と回復魔法をかけたんだけど、全然目が覚めないからマジで焦った……」
私の手を握ったまま、深い安堵のため息を漏らすヴィンス。
でも。あれ。
ちょっと待って。
「……本当に、気を失ってすぐ治癒魔法と回復魔法をかけてくれたの……?」
掠れた声で尋ねると、ヴィンスがさも当然といった顔をする。
「そうだよ」
「……でも、ヴィンスは剣術の授業を受けていないじゃない。あの場にいなかったのに、すぐ魔法をかけるのは不可能よね……?」
「あ」
私の指摘に、固まるヴィンス。しかも、「目が覚めたばかりのくせに、鋭すぎるんだよ」とかなんとかぶつくさ言っている。
「どういうこと?」
じっとヴィンスを見つめると、なぜか観念したように、ふっと笑った。
「その答えを教える前に、言っておきたいことがあるんだけど」
「……何?」
「俺、アメリアが好きだよ」
「……はい?」
「アメリアが好きだ。ずっと好きだった。ほしくてほしくてたまらなくて、毎日夢に見るくらい、ずっと好きだった」
いつものどこかふざけた調子とは違う、切羽詰まった真剣な声。
「言っとくけど、そういう『設定』の話じゃないからな」
言おうと思ったことを先に言われて、退路を断たれた気分になる。
「あのとき親父殿を説得するために言った言葉も、王城でダイロン殿下に言ってやったことも、全部本当だよ。嘘は一つもない。俺はアメリアがずっと好きで、でもこの想いは死ぬまで隠し続けるしかないと覚悟を決めていたんだ。ダイロン殿下が面白半分に俺たちの婚約を命じたとき、これは千載一遇のチャンスだと思った。絶対に君を逃したくなかったから、必死に婚約まで漕ぎつけたんだ」
「……じゃあ、どうして、最初にそう言ってくれなかったの?」
「言っても信じてくれないと思ったからさ。俺は君のことをずっと見てきたけど、君は俺のことをよく知らなかっただろう? そんな相手からいきなり好きだのなんだの言われたって信用できないだろうと思ったし、そもそもローヴァル辺境伯家の君は、ルシオラ侯爵家の俺の言葉なんか信じないだろうと思ってさ」
「……まあ、それは、そうだったかも……」
「だから、先に婚約を結んで囲い込んで、ちょっとずつでも好きになってもらおうとひたすら甘やかしたんだ。君の隣にいられることがうれしくて、毎日毎日夢みたいで、君のいない生活なんかもう考えられないくらいになっていたのに、さっきの模擬戦で倒れる君を見て血の気が引いたよ。大事なことは何一つ伝えていないのに、君を失うなんて耐えられない。だからもう、洗いざらい全部話してしまおうと決めた」
あっけらかんと笑うヴィンスの言葉が、じんわりと胸に響いてくる。
信じられないと思う反面、ヴィンスの目を見れば嘘は一つもないのだろうということが、素直に信じられる。
「……いつから、好きでいてくれたの?」
おずおずと尋ねてみた。
ヴィンスはちょっと恥ずかしそうに笑って、それから「学園に入学して、半年くらい経った頃かな」と答える。
「そんなに前から?」
「ちょうどその頃、『魔法学演習』の授業を受けなくてもいいって話になってさ。時間も空いたし、学園の中をフラフラするつもりでいたら、校庭で剣術の授業をしているのが見えたんだ。剣術なんて俺には縁がないから興味本位で見に行っただけなのに、模擬戦で踊るように剣を振るう君に一瞬で目を奪われた」
「え……?」
「美しかった。この世にこんな美しいものがあるのかと思った。初めて魔法を使ったときと同じくらい、心が震えた。あの美しい人を手に入れることができるなら、何もかも捨ててもいいと思うほど」
愛を乞うヴィンスの瞳に、これまで目にしたことのない情欲の炎が宿る。
得体の知れない不安に駆られつつも、私はなぜかその目から視線を逸らすことができない。
「でも、それからすぐに、君がローヴァル辺境伯家の令嬢で、ダイロン殿下の婚約者だと知ったんだ。あのときは、俺の人生終わったと思ったけどな」
「そんな、大袈裟じゃない……?」
「だって死ぬほど手に入れたいのに、もう絶対手に入らないんだよ? 控えめにいって、絶望だよ? それなのに殿下は君を蔑ろにしまくるし、だったら俺にくれよって何度言いそうになったことか。ローヴァルとかルシオラとか、俺にとってはどうでもよかった。君がほしくてほしくて、諦めきれなかったんだ。手が届かないことはわかりきっていたけど、それでも剣術の授業をこっそり見に行くのはやめられなくてさ。君の姿を、遠くからでもずっと眺めていたかったんだ」
するりと伸びてきたヴィンスの手が、私の頬にそっと触れる。
その優しい温度に、気づいたら涙が溢れていた。
「……泣くなよ」
引き寄せられて、抱きしめられて、涙が全然止まらない。
ヴィンスは私の頭をふわりと撫でて、「好きだよ、アメリア」と耳元でもう一度ささやく。
「さっきの模擬戦、怖かったよな? 守れなくて、ごめんな」
「ヴィンスのせいじゃ……」
「いや、見てたのに、魔法に気づいたのに、君を守れなかった。俺のせいだ」
その言葉で、私は反射的に顔を上げた。
「さ、さっきのあの人、自分自身に身体強化魔法をかけていたの。剣術の授業では、魔法の使用が禁止されているのに……」
「わかってるよ。見ていたからわかってる。あの突風も、木剣に風魔法が付与されていたからだ」
「え……?」
わけがわからなくて、私は思わずヴィンスの顔を見返した。
じゃあ、何?
あの人は自分自身に身体強化魔法をかけていただけでなく、木剣のほうにも突風を起こすための風魔法を付与していたってこと?
そこまでして、私に勝ちたかったの……?
不意に、あのとき彼が吐き捨てた、悪意ある言葉を思い出す。
憎しみにまみれた、歪んだ笑顔も。
――――女のくせに、いい気になるんじゃねえよ!
「あの令息は、すぐに連れていかれたよ。今頃教官室で事情を聞かれているだろうけど、厳罰は免れないだろうな」
呆れたような、突き放したような口調で、ヴィンスはそう言った。
でもなんだか、思った以上に難しい顔をしている。
「ヴィンス……?」
「あの令息には、自分自身に身体強化魔法をかけられるほど十分な魔力量はないはずなんだ」
「え? そうなの?」
「ああ。それに、身体強化魔法はともかく、特定の道具に直接攻撃魔法を付与するなんて、そんなに簡単じゃないんだよ。それ相応の魔力量と魔法技術が必要になる」
「……じゃあ、あの人にかけられていた身体強化魔法も木剣に付与されていた風魔法も、あの人が自分でやったわけじゃないってこと?」
「そういうこと。誰か別のやつが、魔法をかけたんだ」
それって誰、と聞くより早く、ヴィンスは『犯人』の名前をあっさり口にした。
「――――魔法を使ったのは、十中八九、ネリッサ・オクルス伯爵令嬢だよ」




