06 嵐の模擬戦
私たちが王城に来ていることをどこでどうやって聞きつけたのか、いまだ謹慎中のダイロン殿下が突然目の前に躍り出てきたから驚いた。
「アメリア! お前、こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」
激昂するダイロン殿下とは対照的に、私とヴィンスは静かに顔を見合わせる。
こんなこと、とは、何ぞや……?
「僕に婚約破棄された腹いせに、罰を与えてほしいとでも言って陛下に泣きついたのであろう!? お前のせいで、僕は学園にも行けず、リナにも会えないんだぞ!」
なんだそれ。一方的すぎる物言いに、何をどう返せばいいのかわからない。どこからそんな考えに行きついたのか、まるで意味不明である。
ダイロン殿下って、ここまでわからずやな人だったの……?
「恐れながら、殿下」
ヴィンスの冷静な声には、そこはかとない苛立ちが混じっていた。
「殿下とアメリアとの婚約は、白紙撤回されたはずです。アメリアの名前を呼び捨てにするのはおやめください」
え? そこ?
何を言い出すかと思えば、そこなの?
ヴィンスの言葉に、ダイロン殿下はますます怒りを露わにする。
「うるさい! お前も何なんだよ、ヴィンス!」
「何、とは?」
「なんですんなりアメリアと婚約してるんだよ! ルシオラとローヴァルは犬猿の仲なんだから、いきなり婚約を命じられたらもっと困るものだろう!」
「と、言われましても」
余裕の表情でほくそ笑むヴィンスに、悔しさをこらえきれずギャンギャン吠えまくるダイロン殿下。
つまり、殿下はあのとき、私だけではなくヴィンスのことをも困らせようという明確な意図があったらしい。悪質である。性格悪すぎない?
「それにお前たち、わざとらしく仲睦まじげに過ごしているそうじゃないか! 僕に対する当てつけか!? 仲のよさを見せつけて、そのうえルシオラとローヴァルが和解したことをも強調して、僕や陛下をぎゃふんと言わせてやろうとでも思っているのだろう!?」
あらま。こっちの魂胆は、うっすらバレているらしい。
でもヴィンスはまったく動じず、どこ吹く風。思わせぶりな顔つきで、平然と答える。
「違いますよ。俺はもともと、アメリアのことが好きだったんです」
「はあ!?」
「でもアメリアは殿下の婚約者でしたからね、ずっと隠していたのですよ。いわば秘めたる片想いってやつです。それが殿下のおかげで思いがけず婚約できることになったわけですから、そりゃ思う存分甘やかしたくもなりますよ」
挑むような笑みさえ浮かべるヴィンスに、ダイロン殿下は息もつけないほど驚いている。
お父様を説得したときと同じような台詞を言っているということは、しばらくこの設定で行くつもりなのだろう。人を食ったようなふてぶてしい態度も、腹黒さが垣間見える思考回路も、ヴィンスらしいというか、なんというか。
「それでは、殿下。俺たちはそろそろ失礼いたします」
慇懃無礼な様子でそう言って、ヴィンスは私の背中に手を回す。
何も言えず、ただ口を開けたり閉めたりしているだけの殿下を尻目に、私も王城をあとにした。
◇・◇・◇
それから数週間は、穏やかな日々が続いた。
ヴィンスの甲斐甲斐しさはとどまることを知らず、いつでもどこでも私をとことん甘やかそうとする。
しかも、『実はヴィンスがずっと片想いしていました設定』がどこからか漏れたらしく、それならばと私たちの婚約を好意的に受け止めてくれる学園生が増えているらしい。
この流れすら、ヴィンスは予め想定していたのだろう。そう思うと、何もかもがヴィンスの思い通りでなんだか癪に触る。と同時に、さすが天才よね、とも思う。
「今日は模擬戦なんだろ?」
週に三回の剣術の授業前、ヴィンスは私を校庭まで送ってくれるようになった。
つい数週間前、ネリッサ様の突撃に遭ったことはヴィンスに直接伝えていない。でもどういうわけかヴィンスは知っていて、「これからはできるだけ一人にしないし、校庭まで送る」と言い出したのだ。
実は、オクルス伯爵家に断固抗議する、とだいぶ強い調子で息巻いていたヴィンス。その姿に、ちょっと戸惑った。あれくらいのことで大ごとにする必要なんかないし、なんとなく、ヴィンスの言動がどんどん暴走しているような気がしないでもない。
校庭に出ると、先に集まっていた令息たちの妙にいやらしい視線が容赦なく絡みついてきた。ニヤニヤとこちらを窺う者もいれば、コソコソささやき合う者もいる。
いつも通りの、嫌な雰囲気である。
今日の剣術の授業は、模擬戦を実施することが決まっていた。
模擬戦は、剣術の授業の中で時々行われる余興のようなもの。殺傷能力の低い木剣を使うとはいえ、真剣勝負であることに変わりはない。
模擬戦に出て戦う者は己の実力を出し合って真正面からぶつかり、それ以外の者は目の前の激戦に熱狂しながらしのぎを削る両者を力の限り応援する。
私はこの模擬戦に、負けたことがない。
模擬戦は基本的に希望制で、戦いたい相手がいる場合は指名することもできる。
学園に入学し、初めて授業で模擬戦をやるとなったとき、私の素性も実力もよく知らない令息が私を相手に指名した。令息は私が女だからと油断したのだろうけど、私は秒で打ち負かしてしまったのだ。
だって、普通に弱かったんだもの。
それ以降、令息たちの見る目が変わった。
間違いなく、よくないほうへ。
その後も模擬戦が行われるとなると、我こそはと思う令息が手を挙げて、毎回私を指名する。そのたびに、私が秒で打ち負かす。
そんなことを繰り返しているうちに、どうやっても私に勝てない令息たちから『脳筋令嬢』と揶揄されるようになってしまったのだ。悪かったわね、脳筋で。仕方ないじゃない、『血まみれ辺境伯』の娘なんだもの。
「先生! 俺にやらせてください!」
その日、模擬戦に名乗りを上げたのは王立騎士団長家の嫡男だった。
確か、彼とは一度対戦したことがある。恵まれた体格をしているわりには、案外弱かったのよね、なんて思っていたら。
「相手はアメリア・ローヴァル辺境伯令嬢でお願いします!」
案の定、指名されてしまった。
令息を見返すと、一度負けているはずなのになんだかやけに自信ありげである。
今思えば、この時点で何かおかしいと気づくべきだったのだ。
名指しされた私は、仕方なく立ち上がって生徒の輪の中央に進み出た。対戦相手に指名されて、辞退するなんてあり得ない。『売られた喧嘩は買い占めろ』と、お父様からも常々言われているわけだし。
生徒たちのざわつく声を背中に受けながら、向かい合った私たちは「お願いします!」と礼をする。
顔を上げると、目の前の令息が侮りを隠し切れない空気を纏うのがわかった。
私は一瞬だけ目を閉じて、呼吸を整える。
「はじめ!」
開始を告げる先生の声で、令息が一気に間合いを詰めて突っ込んできた。
その攻撃を難なくかわした私は、瞬時に気づいてしまう。
――――この人、自分自身に身体強化魔法を使ってるじゃないの……!!
剣術の授業は、純粋に剣の技を磨き合うもの。
だから魔法の使用は禁止されている。どんな魔法も、剣術の授業の中では使ってはいけないルールなのだ。
その禁を犯してまで、私に勝ちたいの……?
そんなことしたって、仮にそれで勝てたって、本当の意味での勝利とは言えないじゃない。『勝つためなら何でもあり』が信条のローヴァル辺境伯家だって、そんな卑怯な真似はしないのに。
普段なら、身体強化魔法を使われたところで別に痛くもかゆくもない。でも戸惑う私は防戦一方になり、令息は勢いを増してどんどん攻め込んでくる。
木剣同士が激しくぶつかり合う音よりも、観戦している令息たちの「やれ!」「相手は女だ、やっちまえ!」という罵声が校庭を埋め尽くす。
そして、次の瞬間――――
「女のくせに、いい気になるんじゃねえよ!」
暴言を吐いた令息が木剣を振り上げると、突如として突風が巻き起こった。
激しく渦巻く強風が、私に襲いかかる。
「あっ……!」
風に煽られ、宙に浮いた体は地面に強く叩きつけられて――――
私はそのまま、意識を失った。




