05 鬱陶しいことこの上ない
やっぱり来た……!
心の中の第一声は、これである。
ヴィンスは「気にしなくていい」と言っていたけど、そんなわけはないのよ。
だってネリッサ・オクルス伯爵令嬢は、自分とヴィンスの婚約が間近だと自慢げに吹聴して歩いていたんだもの。
「天才魔術師ヴィンス様に最も相応しいのは、魔法に秀でたこの私以外にいないでしょう?」
とかなんとか言っていたのを、私も聞いたことがある。
実際、ネリッサ様の魔力量は貴族令嬢の平均をはるかに上回っているらしい。おまけに魔法関連の授業では、ヴィンスに負けず劣らずの優秀さを見せつけていると聞く。
そこまであからさまにヴィンスを狙っていた人が、全然別の令嬢と婚約したと聞きつけて黙っているはずがない。大人しく引き下がってくれるとは、到底思えない。
私は小さくため息をついてから、ネリッサ様に対峙した。
「……私に何か御用ですか?」
まあ、だいたい、何を言われるのかは想像がつくんだけど。
多分、「どうしてあなたなんかがヴィンス様の婚約者に選ばれるのよ!」とか、「魔法の何たるかも知らないで、ヴィンス様の隣に立とうだなんて烏滸がましいのよ!」とか、「とっとと婚約は辞退して、辺境伯領にでも帰りなさい!」とか、そんな感じのことでしょ、どうせ。
「どうしてあなたなんかが、ヴィンス様の婚約者に選ばれるのよ? おかしいじゃないの!」
おっと。期待を裏切らない、模範回答だった……!
でもこう見えて、一応王子妃教育を受けていた私としては、これしきのことで動じるわけがない。
「おかしい? 何がですか?」
涼しい顔で言葉を返すと、ネリッサ様は射殺さんばかりの尖った視線で私を睨みつける。
「武力で他をねじ伏せてきた辺境伯家のあなたなんか、崇高なる魔術師の家門であるルシオラ侯爵家には相応しくないと言っているのよ。あなたが嫁いだって、ヴィンス様の役に立てるわけがないでしょう?」
「確かに私にはほとんど魔力がありませんし、魔法に関してもそれほど詳しくはありません。でも役に立たないと決めつけるのは、早計に過ぎるのでは?」
「魔法も満足に使えないあなたに、どんな価値があるというのよ? ヴィンス様に迷惑をかけないうちに、さっさと婚約を辞退したらどう?」
「そういうわけにはいきません。私たちの婚約は、すでに陛下の承認を得ていますから。それに、何より――」
私はもったいぶったように、たまたま居合わせた学園生たちの困惑している顔を見回した。
そして、にっこりと微笑む。
「ヴィンスはあなたと婚約するつもりなどないと、はっきり言っていましたので」
「は!? な、なんですって――!?」
「ご存じの通り、私たちの婚約はダイロン殿下の他愛もないお言葉がきっかけです。でもこの婚約に積極的だったのは、むしろヴィンスのほうなのですよ? 生涯をともにしたいと思えるのは、私以外にいないとまで言ってくれたのですから」
恥じらうように視線を落とすと、ネリッサ様は二の句が継げずに目を見開く。
まあ、嘘ではない。お父様を説得するとき、確かにヴィンスはそう言っていたわけだし。本心じゃないのはわかっているけど。でも言ったこと自体は、事実だし。
「そ、そんなの嘘よ! あなたなんかがヴィンス様に愛されるわけないでしょう……! あなたなんか、あなたなんか……!」
ネリッサ様は衝撃のあまり取り乱し、声を限りに叫び出す。
「私はそんなの信じないんだから! 私のほうがヴィンス様のことを愛しているし、私のほうがヴィンス様のことを幸せにできる! ヴィンス様に相応しいのは、この私よ!」
ぎりりと私を睨みつけたネリッサ様は、捨て台詞を残して足早に去っていく。
怒涛の勢いに気圧されて、私は呆然とその背中を見送ることしかできなかった。
◇・◇・◇
ヴィンスと一緒に王城に呼び出されたのは、その翌週だった。
呼び出したのは、なんと――――。
「久しぶりだね、ヴィンス。アメリア嬢は、学園を卒業して以来かな」
「先月会ったばかりだろ」
「お久しぶりです、カストル殿下」
そう。ダイロン殿下のお兄様で、王太子のカストル殿下である。
一応、第二王子と長く婚約していた私は、カストル殿下とも面識がある。殿下が学園に在籍していた頃はよく声をかけてくれたし、私を蔑ろにするダイロン殿下にもたびたび苦言を呈してくれていたらしい。
意外だったのは、ヴィンスとカストル殿下も面識があるだけでなく、存外気心の知れた仲だということである。
ヴィンスは幼い頃から宮廷魔術師団長であるルシオラ侯爵に連れられて、王城を訪れる機会が多かったという。その縁で、王子二人とは遊び仲間として過ごしてきたんだとか。
まあ、同い年のダイロン殿下とは反りが合わず、二つ年上のカストル殿下のほうが相性がよかったらしいのだけど。
「今日来てもらったのはほかでもない。二人の婚約が決まったと聞いたから、直接お祝いを言いたくてね。それと、アメリア嬢には陛下やダイロンに代わって、謝罪の意を伝えなければと思って」
そう言った殿下が徐に頭を下げようとするから、私は慌てて押し留める。
「お、おやめください、殿下! 殿下に謝っていただくことでは――!」
「いや、これは本来、王家がしっかりと謝罪すべきことなんだ。こちらの都合で半ば強引に婚約を決めておきながら、ほかの女性に心を移したなんて勝手な理由で婚約破棄を突きつけたダイロンの行為は到底許されるものではない。そのうえ、そんなダイロンの傲慢さを最終的には容認しただけでなく、婚約を白紙撤回することでうやむやにしようとしている陛下の判断も恥ずべきものだと思っている。しかし、いくら正式な謝罪と相応の補償が必要だと進言しても、聞き入れてはもらえなくてね。本当に申し訳ない」
「殿下……」
苦悶の表情を見せるカストル殿下に、お父様やルシオラ侯爵の言葉を思い出す。確かに、王家の中でまともなのは、カストル殿下だけなのかも。
「ほんとにさ、あいつらもうちょいどうにかなんないの?」
突然砕けた調子で悪態をつくヴィンスに、思わずぎょっとしてしまう。
「ちょ、ちょっと! ヴィンス!」
「あー、いいんだ、アメリア嬢。ヴィンスはいつもこんな感じだから」
「え、いつもこんな、不敬スレスレの感じなのですか?」
「まあ、幼い頃からの仲だからね。これでもよくなったほうだよ」
これでよくなったほうって、以前はどんなだったの? 知りたいような、知りたくないような。
「あんな無能で無責任な陛下にはとっとと退位してもらって、カストル殿下が即位しちゃえばいいんだよ」
いや、これ、全然よくなってないでしょ。むしろ、悪いほうに振り切っている気がするんですけど。
ヴィンスの聞き捨てならない暴言を苦笑いでスルーしたカストル殿下は、もう一度私のほうを向いて「本当にすまないね、アメリア嬢」と言った。
「ただ、私が言うべきことではないのかもしれないが、ヴィンスはこう見えて信頼の置ける男だからね。婚約の経緯はどうあれ、君を不幸にすることはないと思うから安心してほしい」
「『こう見えて』って何だよ。見た目からして、信頼できる男だろうよ」
「だってお前、学園では誰に対しても塩対応だろう? あんなんで友だちができるのか、私としては心配だったんだぞ」
「は? 友だちくらい、いるし」
え? いる? 誰かと一緒にいるところ、見たことないんだけど。
そんな私の疑念をよそに、わちゃわちゃと楽しげにじゃれ合うヴィンスとカストル殿下。
みんなに見せる無愛想な態度でもなく、私に対する甲斐甲斐しい姿とも違う、気の置けない相手との飾らないやり取りに、なんだか微笑ましい新鮮さを感じてしまう。
また新たな一面を知っちゃったかも、なんて悠長に言っている場合ではなかった。
なぜなら、王城からの帰り際、今一番会いたくない人に遭遇してしまったのだから。
「アメリア! 僕はお前のせいで、謹慎することになったんだぞ!」




