04 想定外の溺愛生活始まる
まさかお父様が、あそこまで簡単に堕ちるとは思わなかった。
ヴィンスが繰り出す甘言にまんまと絆されたお父様は、「よくぞ言ってくれた!」「ルシオラのせがれにしては、ずいぶんと見る目があるじゃないか!」などと上機嫌でヴィンスを絶賛し、「そこまでアメリアに惚れ込んでいるのなら、お前に託してやってもいいぞ」とふんぞり返ったかと思うと、ルシオラ侯爵に向かってこう言ったのだ。
「どこぞの第二王子より、お前の息子のほうが余程信頼に値する」
その言葉で、ルシオラ侯爵も心を動かされたらしい。
それから二人はお互いの子どもを賞賛し合い、これまで積み重ねてきたそれぞれの功績を称え合い、積年の不和を吹き飛ばすように笑い合ったかと思ったら、いつのまにか王家に対する悪口大会に突入していた。
ダイロン殿下は見目がいいだけで中身は凡庸どころか愚鈍極まりないだの、国王夫妻は第二王子を甘やかしすぎているだの、王太子のカストル殿下がまともなことだけが唯一の救いだの、とても公にはできない罵詈雑言を並べ立てた挙句、陛下の頭頂部の生え際がだんだん後退している気がするとか、陛下自身はまだ気づいていないんじゃないかとか、ハゲと白髪ならどちらがいいか、いやどっちも嫌だとか、いったい何の話をしているんだこの人たちは。
あれだけいがみ合い、反目し合い、何でもかんでも決闘に持ち込んで対立してきた不俱戴天の二人が、こうもあっさり意気投合するなんて。
意外に似た者同士という気がしないでもない。
そんなわけで、私とヴィンスとの婚約は、拍子抜けするほどすんなり決まってしまったのだ。
私たちの婚約が正式に公表されると、噂はあっという間に学園内を駆け巡った。
あの日、学園内のカフェテリアで、ダイロン殿下が半ば嫌がらせのように婚約を命じたことは誰もが知っている。でも、それが現実のものになるとは誰も思っていなかったらしい。
学園生たちは一様に、いつも一緒にいるようになった私とヴィンスを目にして信じられないという顔をする。
そんな中、お父様とルシオラ侯爵も二人そろって王城へ向かい、婚約が調ったことを陛下に報告したらしい。
「こうして侯爵家と縁を結べたのも、すべてダイロン殿下のおかげですな」
「殿下の英断には、心より感謝いたします」
犬猿の仲の二人が和気あいあいとした様子で報告するものだから、陛下も口をあんぐりと開けて言葉を失っていたんだとか。
それを見て、「一泡吹かせてやった」と無邪気に喜ぶ親二人。
ちなみに、騒動の発端となったダイロン殿下は、王命で決められた婚約を勝手に反故にしたとして謹慎を命じられている。
本来なら、私との婚約を破棄することもほかの令息との婚約を命じることも、殿下の権限でできることではない。殿下のしたことは完全なる越権行為であり、謹慎なんかで幕引きにすべきことではない。
でも、王家は私とダイロン殿下の婚約を白紙撤回し、最初からなかったことにすれば責任の所在を曖昧にできると考えているらしい。お父様の予想通り、非を認めたくないという思惑がうっすらと透けて見える。
そんな王家の身勝手な振る舞いは、多くの貴族家から反感を買っているという。
「アメリア」
今日も今日とて、ヴィンスは私のそばを離れない。
婚約が決まってからというもの、学園の登下校はヴィンスが送り迎えをしてくれるようになった。
それ自体は別に構わないのだけど、馬車の中だろうが学園の中だろうが、ヴィンスは一貫して私の隣の位置を死守しようとするのだ。トイレにまでついてこようとするから全力で止めたときには、「なんで?」と言われて目が点になった。
しかもどさくさに紛れて、そっと触れたり腰に腕を回したり、傍から見れば仲睦まじい婚約者を殊更演出しようとする。
無愛想で素っ気ない態度しか見せなかった人なのに、婚約した途端、私を優しく気遣い、下にも置かない扱いをして、愛おしげな笑みさえ浮かべるようになったヴィンス。
彼が微笑むたびに、あちらこちらから悲鳴のようなため息のような声が漏れるのを、何度耳にしたことか。
「あなた、いったい何を企んでいるの?」
警戒心も露わに尋ねると、ヴィンスはわざとらしく驚いたような顔をした。
「別に、何も企んでないけど?」
「そんなわけないでしょう? わかりやすく大袈裟に溺愛している素振りなんか見せて、まわりの反応を楽しんでいるとしか思えないわよ」
「確かに、そこは否定できないな」
言いながら、ヴィンスはにやりと口角を上げる。
「これまで誰も、俺と君とが縁付くなんて考えもしなかっただろ? だから俺たちの一挙手一投足にみんながみんな驚いて、唖然としているのははっきり言って相当ウケる」
「まさかそれだけのために、この婚約を受け入れたの?」
「どう思う?」
いや、こっちが知りたいんですけど。
「まあ、一言で言えばさ、この国の有力貴族でありながら対立してきた俺の家と君の家とが手を結ぶメリットは計り知れないってことだよ。これまでいろんな意味で俺たちを軽んじてきた王家にとって、この婚約は確実に脅威になる。父上だって親父殿だって、陛下をぎゃふんと言わせることができて楽しそうだろ?」
「それは、そうだけど……」
「君だって、婚約者とは言いながら長年冷めた関係だったダイロン殿下から解放されたうえに、俺という天才と婚約することができたんだからさ。もっと喜んでいいんだよ?」
そう言って、ヴィンスはうれしそうに顔を綻ばせる。
確かに彼の言う通り、ダイロン殿下との婚約がなくなったのは素直にうれしい。王命なのだから我慢するしかないと思っていた私にとって、本当に思いがけない、降って湧いたような幸運だった。
でも、だからといって、ヴィンスとの婚約がうれしいかと聞かれたら、微妙である。
だって、それを判断できるほど、この人のことをよく知らないのだもの。
魔法の名門ルシオラ侯爵家に生まれ、『天才魔術師』と称され、見目麗しく、誰に対しても基本的には塩対応。私がヴィンスに関して知っているのは、その程度でしかない。
それに、ダイロン殿下が面白半分に命じただけの婚約が、なぜかとんとん拍子に決まってしまった現状を受け止め切れない気持ちもある。
そのうえ、無愛想で有名だった新たな婚約者はやけににこやかだし、甲斐甲斐しいし、親切だし。意味がわからないし。
「心配しなくても、俺が君を蔑ろにしたり冷遇したりなんてことは絶対にない。殿下とは違うから、そこは安心していいよ」
「……そ、そう?」
「まあ、君がどう思おうと、もう手放すつもりはないんだけどさ」
「……え?」
なんか今、とてつもなく不穏なつぶやきが聞こえたような気がしない……?
でもヴィンスは、何食わぬ顔をして微笑んでいる。なんなの?
ほんと、天才の考えていることは、よくわからない。
◇・◇・◇
私たちの婚約が公になって、数日後。
私は一人で廊下を歩いていた。
珍しくヴィンスが一緒じゃないのは、次の授業が選択科目だから。私が剣術の授業を受けている時間、ヴィンスは『魔法学演習』という授業を取っている。
いや、正確に言うと、取っているだけで受けてはいないらしい。
「だってさ、俺にとっては知ってることばっかりで新鮮味に欠けるし全然面白くないし、時間が無駄だなーって思ってさ」
などと言って学園に申請したら、受講に関しては好きにしていいと許可をもらったという。なんとなく不公平な気もするけど、上級魔術師試験に合格しちゃっている規格外の天才だから、学園としても強くは言えないらしい。
「んじゃ、剣術の授業が終わる頃に迎えに行くから」
ヴィンスはそう言って、さっさとどこかに消えていった。
この時間、いつもどうしているのか聞いてみたら、「うーん、その辺をプラプラしてる感じ?」なんて適当な答えしか返ってこなかった。いったい、どこで何をしているのやら。
校庭に向かおうと踵を返した私の前に、一人の令嬢が現れたのはそのときだった。
「あなたがアメリア・ローヴァル辺境伯令嬢かしら?」
立ちはだかったのは、亜麻色の髪に明るいライムグリーン色の目をした、なんだかやけに偉そうな雰囲気の令嬢である。
一目見た瞬間、私はがっくりと膝をつきたくなった。
だって、この人がネリッサ・オクルス伯爵令嬢なのだから。




