03 天才魔術師、説得する
それからすぐに、ルシオラ侯爵と令息ヴィンスが我が邸にやってきた。
「久しいな、ガイウス・ルシオラ。相変わらず辛気くさい仏頂面が得意のようだな」
「会いたくもないやつにわざわざ会いに来たんだ。にこやかな顔などできるわけがなかろう? レギオ・ローヴァル」
お父様と侯爵の鋭い視線が、バチバチと激しくぶつかり合う。
言うまでもなく、お互い初手から完全に喧嘩腰である。
一方ヴィンスは、そんな一触即発の空気もなんのその。悠々と私に近づいたかと思うと、「アメリア、会いたかった」とか言いながら私の指先に口づける。
それを見たお父様と侯爵の顔といったら、もう。
驚きすぎて、瞬きすら忘れる勢いである。
実は、今回の初顔合わせを前に、入念な打合せをしていた私たち。
「うちの親なら、簡単に説得できると思うよ」
ヴィンスは事もなげにそう言った。
「侯爵夫人はともかく、侯爵がこの縁談を受け入れるなんて信じられないんですけど」
「父上はさ、王家や国の上層部に対して結構な不満を溜め込んでいるんだよ。有事の際には魔術師団だって戦闘に参加するし、そもそも魔術師団が開発した魔導具のおかげで今の生活水準が維持できているというのに、その恩恵を忘れて自分たちを甘く見すぎている、なんていつも嘆いてて」
筆頭魔術師であるルシオラ侯爵がそのトップを務める宮廷魔術師団とは、魔法や魔術について調査・研究する特殊機関である。研究結果をもとに新たな術式を考案したり便利な魔導具を開発したりと、その活動範囲は意外に幅広い。
もちろん、他国との戦争が勃発したときには直接戦地に赴き、魔法による攻撃を加えることもある。戦闘用魔導具の配備だって、万全の態勢を整えている。
内政的にも対外的にも重要な役割を担う宮廷魔導師団が、なぜか王家に軽視され、ともすれば疎まれているという現実。その理由について、以前お父様はこう話していた。
「魔法や魔術の研究には、どうしたって金がかかる。ルシオラは正論を振りかざすのが好きだからな。膨大な予算を請求するのに理詰めで攻めすぎて、王家や国の上層部に煙たがれているんだよ。もっと頭を使えばいいものを」
つまり、ルシオラ侯爵は、魔法や魔術を駆使してこの国に貢献している魔術師団が正当に評価されない現状を嘆き、鬱屈した思いを抱えているらしい。
「でも、王家に不満があるからといって、侯爵が私たちの婚約をすんなり受け入れてくれるとは限らないんじゃ……?」
私の疑問に、ヴィンスはあっけらかんと答える。
「そうでもないさ。多分、ダイロン殿下が面白半分に俺たちの婚約を命じたと聞けば、すぐに逆上して『王家がそこまで我らを愚弄するなら、こちらも受けて立とうではないか!』とか言いそう」
そんなにうまくいくものか?
訝しむ気持ちはあれど、ヴィンスは自信ありげにほくそ笑んでいる。
ちなみに侯爵夫人は現在領地にいるらしく、すでに今回の婚約を知らせる書簡を送ったとのこと。ずいぶん仕事が早い。
だから私は、ずっと気になっていたことを思い切って尋ねてみた。
「それよりあなた、別の令嬢との婚約が決まっていたのでしょう……?」
私の言葉に、ヴィンスははっきりと眉根を寄せた。
「何それ」
「噂で聞いたのよ。あなたとネリッサ・オクルス伯爵令嬢が婚約間近だって」
「あー……」
すぐにピンときたらしく、恐ろしく盛大なため息をつくヴィンス。
「あとで誤解されるのも嫌だから、正直に言うけどさ」
「は、はい」
「確かに、オクルス伯爵家からそういう打診はあったよ。父上は、わりと乗り気だったと思う」
「そう、なの?」
「でも断った」
「どうして?」
「知ってると思うけど、俺ってほら、『伝説の魔術師フォルティスの再来』とか言われているくらいの天才だろ?」
涼しい顔でとんでもないことをさらりと言っちゃうヴィンスに、私もひとまず「そ、そうね」と言うしかない。
ヴィンス・ルシオラ侯爵令息が規格外の膨大な魔力を有しているとわかったのは、五歳になる直前だったという。
以降、ありとあらゆる魔法を習得し、高度な魔術研究に心血を注ぎ、十二歳で上級魔術師試験に一発合格したヴィンスは、現在十八歳にして『天才魔術師』の名をほしいままにしているのだ。
「ネリッサ嬢も結構な魔力量を持っているうえに、魔法や魔術に精通しているらしくてね。父上は申し分ない相手だと思ったみたいだけど、魔力量も魔法のセンスも限界突破している俺としては、生涯の伴侶に求めるものはそれじゃないっていうかさ」
「じゃあ、何を求めているの?」
「さあ? なんだろうね?」
いや、知るか。
「とにかく、ネリッサ嬢のことは気にしなくていいから」
平然と言い切るヴィンスに、そうもいかないのでは? と思ってしまう。
ヴィンス・ルシオラという人は『天才魔術師』の呼び声もさることながら、実はその端正な顔立ちで令嬢たちにキャーキャー言われまくっているカリスマ的存在なのである。
闇夜を溶かしたような漆黒の髪と神秘的な冥色の瞳を持ち、長身痩躯で眉目秀麗とくれば、学園中の令嬢たちが放っておくはずはない。
口を開けば素っ気なく、常に一匹狼で、何を考えているのかわからないミステリアスなところもまた人気みたいだけど。
ただ、ヴィンス自身は令嬢たちの熱い視線などまったく気にしていないらしい。
そんなヴィンスにネリッサ・オクルス伯爵令嬢が入れ込んでいるという話はわりと有名だったから、このまま何事もなく終わってくれる気がしない。
いろいろと前途多難であることはわかりきっているものの、このふざけた縁談に一番乗り気なのが、他ならぬヴィンス・ルシオラその人なのだ。
理由はよくわからないし、ただ単に面白がっているようにも見えるけど、今日のこの顔合わせにルシオラ侯爵が現れた時点で、ヴィンスが説得に成功したことは疑いようがない。
私たちの婚約を承諾したからこそ、侯爵はここまで出向いてきたのだろうから。
となると、残る砦はお父様のみ。
応接室に通されるや否や、ヴィンスはお父様をまっすぐ見据えて臆することなくこう言った。
「ローヴァル辺境伯。すでにお聞き及びと存じますが、ダイロン殿下にアメリア嬢との婚約を命じられました。しかしそれとは関係なく、どうかアメリア嬢との婚約をお認めいただきたいのです」
先手必勝のストレートな物言いに、歴戦の将たるお父様は「それとは関係なく……?」と訝しむ。
その隙をついて、ヴィンスはすかさず猛攻を開始した。
「建国以来、ローヴァル辺境伯家と我がルシオラ侯爵家は互いにいがみ合い、憎しみを深め、強い敵意すら抱いて長く対立してきました。両家が犬猿の仲であることは周知の事実であり、この国の常識であり、長きにわたる険悪な関係性に変化が生じる未来を想像する者は誰一人としておりません。しかし私は、その愚かな思い込みに一石を投じたい。なぜなら、アメリア嬢を心から愛しているからです」
「なっ――!」
思いもよらない言葉が飛び出して、お父様はわかりやすく絶句する。
かく言う私だって、内心びっくりしてソファから立ち上がるところだったわよ……!
ヴィンスがこの場でお父様を説得するのは打合せ通りだけど、何を話すかまでは知らなかったんだもの。まさかそんな、嘘八百を堂々と披露するなんて。
でも、ヴィンスは至って余裕、平然とした顔をしている。
「驚かれるのも無理はありません。アメリア嬢はつい先日まで、第二王子の婚約者でしたからね。この想いを気取られることがあってはならないとひた隠しに隠してきたのですが、幸いにもその第二王子殿下からアメリア嬢との婚約を命じられました。これは私にとって望外の僥倖、神の与えし恩寵というよりほかありません。美しく、気高く聡明で、そのうえ強く、何者にも屈しないアメリア嬢は、もはや私にとって唯一無二の愛おしい存在。生涯をともにしたいと思えるのは、アメリア嬢以外にいないのです」
よくもまあぺらぺらと、よどみなく思ってもないことが言えるわよね。つくづく感心してしまう。寡黙だの素っ気ないだのと言われているわりには、ガンガンしゃべってるし。
でも、これくらいのことでお父様が絆されるわけないし、と思いながら隣を見たら、なぜか感極まったようにうるうるしてるんだけど……!!
ちょちょちょちょっと。
うちのお父様、だいぶちょろすぎない……?
お読みいただき、ありがとうございました。
辺境伯がちょろすぎてすみません(笑)
明日も三話投稿する予定です。
暑い日が続きますので、みなさま熱中症等に気をつけてお過ごしくださいませ。




