10 煽って煽って煽りまくる
「向こうから来てもらう? どういうことだ?」
怪訝な顔をするヴィンスに、私は持論を披露した。
「ネリッサ様はきっと、まだヴィンスのことを諦めていないと思うのよ。だとしたら、もう一度私を排除するために策を練るんじゃないかしら。それを逆手に取って、証拠を掴むのよ」
「……ちょっと待て。それってつまり――」
「ネリッサ様が、また私を狙うようにけしかければいいんじゃない?」
さらりと言ったその言葉に、ヴィンスはわかりやすく狼狽える。
「そ、そんなのダメに決まっているだろう!? あんな危険な目に遭ったばかりだってのに!」
「でも、それが一番手っ取り早いと思うのよ。ネリッサ様があの令息と共謀したっていう証拠を見つけられないのなら、別の悪事を画策させて、尻尾を掴んだほうが確実でしょう?」
「だからって、危険すぎるだろ! 何を仕掛けてくるかわからないんだぞ!?」
「そうだけど、ネリッサ様が仕掛けてくるのはきっと魔法よ? だったら、ヴィンスのほうに分があるじゃない。天才魔術師なんだから」
「あのなあ……」
「守ってくれるって、言ったでしょう?」
ふふ、と微笑むと、「可愛すぎるけど無茶ぶりがひどい……!」とかなんとか、ぶつくさ言うヴィンス。
「それに、お父様にも『売られた喧嘩は買い占めろ』っていつも言われてるし」
「なんだよそのとんでも家訓……!」
「ヴィンスだって、大人しく引き下がるつもりはないって言っていたわよね?」
「そりゃ、言ったけど……!」
「同じ手を二度も食らう気はないから、安心して」
「全然安心できないんだけど!」
そう言ったヴィンスの眉間には、何本ものしわが寄っている。
とてもとても、嫌そうな顔をして、私を睨んでいる。
「……止めても、聞かないよな?」
「そのつもりよ」
「まったく、困った婚約者だよ、ほんと」
「ごめんなさい」
「わかった。じゃあ、条件がある」
「条件?」
聞き返す私の手を取り、ぐぐぐっと距離を詰めたヴィンスは、その端正な顔をずい、と近づけた。
「キスさせて。そしたら、言う通りにする」
「は、はい!?」
「いいだろ、それくらい。どんな理由があったって、俺はアメリアを危険な目に遭わせたくないんだよ。それでもやるっていうのなら、せめてキスさせて」
「そ、それはちょっと、屁理屈が過ぎない!? どうせ、キ、キスしたいだけでしょう!?」
「そうだけど。アメリアは嫌なのか?」
「えっ!? あ、その、嫌、ではないけど……」
「……ふーん。嫌じゃないんだ?」
途端にヴィンスの声は上機嫌になって、気づいたら私は優しくキスされていた。
◇・◇・◇
それからすぐに、私たちは作戦を開始した。
名づけて、『煽って煽って大作戦』。
ヴィンスとの仲睦まじさをこれ以上ないくらい見せつけて、ネリッサ様の嫉妬心を煽り、何らかの悪事を計画させようというものである。
そのまんまなネーミングなのは、許してほしい。
これまでだってヴィンスは私に甲斐甲斐しく、わりと仲よく過ごしていた私たちだけど、本当にもう、わざとらしいくらい、いちゃいちゃを見せつけるよう意識しながらの学園生活が始まった。
例えば、昼どきのカフェテリアで、お互いに「はい、あーん」と言いながら食べさせ合うとか。
人前だろうがなんだろうが、必要以上にベタベタしまくり、なんなら膝枕したりヴィンスの膝の上に座ったりするとか。
どこへ行くにも手をつなぎ、きゃっきゃうふふと笑い合いながら、二人きりの世界に浸り切るとか。
「なんか俺、明日死ぬのかなって気がしてきた」
「え? なんで?」
「幸せすぎてさ。相思相愛って、こんな感じなのかな。こんなに幸せなら明日死んでもいいやって一瞬思うけど、でももっとアメリアといちゃいちゃしたいし、まだまだしたいこといっぱいあるし、ちゃんと両想いになりたいからやっぱり死ねない」
「……ちなみに聞くけど、したいことって何なの?」
「え、今ここで言っていいの?」
ニヤリと笑うヴィンスに、絶句する。
絶対いかがわしいこと考えてるでしょ、この人!!
とはいえ、とてもうれしそうな、幸せそうなヴィンスを見ていると、私までどうしようもなくうれしくなってきてしまう。ニヤニヤしてしまう。
多分、私もなんだかんだ言って、すっかり絆されちゃっているのだ。お父様ほどではないにしろ、私も案外ちょろかった。
だって、あんなに大事に大事にされて、ストレートな愛情をぶつけられて、強さも弱さも全部受け止めてもらえて、思い切った変態宣言までされたら、好きにならないはずがない。いや、別に、変態だから好きってわけじゃないけど(そりゃそうだ)。
だからもう、私たちは両想いだし、相思相愛といっていい。でも、それを改めてヴィンスに伝えるとなると、どうしても二の足を踏んでしまうというか。
どんなタイミングで伝えればいいのか、ちょっと尻込みしてしまう。
そんな中、私は珍しく、令嬢同士のお茶会に招待されることになった。
もちろん、これまでお茶会のお誘いなんて、一度も受けたことがない。
学園に入学するまで辺境伯領から出たことがなかった私には、仲のいい友だちもいないし、入学早々強すぎるという噂が広まって『脳筋令嬢』なんて言われるようになったせいか、ほかの令嬢たちにも遠巻きにされてきたのだ。
ヴィンスと婚約することになって、必要以上にいちゃいちゃしまくっていることもあって、令嬢たちとしても直接私に話を聞きたい熱が高じているのだろう。
「それにしても、タイミングがよすぎないか?」
「まあ、罠としか考えられないわよね」
「お茶会の主催者はネリッサじゃないけど、裏で通じてるってことかな」
「とにかく私をヴィンスから離して、一人きりにさせたいんでしょ。学園だとヴィンスがいつも一緒だし、身辺警護が万全すぎて狙えないもの」
「……まったくもう、何なんだよ。アメリアが心配すぎて、吐きそうなんだけど」
「えっ……!?」
驚いて声を上げる私に、ヴィンスはひどく真面目な顔をした。
「アメリア、手を出して」
「手?」
「いいから」
戸惑いながらも右手を差し出すと、ヴィンスは私の手のひらを開いて、しゃらりと冷たい何かを載せる。
「え……? これ……?」
「ネックレス。肌身離さず着けといて。ありったけの加護魔法と防御魔法を付与しておいたから、普通の攻撃魔法なら跳ね返せると思う」
言われて、ゆっくりと視線を落とす。
手の中にあったのは、ヴィンスの瞳の色と同じ、深くて暗い、青色の石のついたネックレス。
「これ、わざわざ私のために……?」
「さすがに、お茶会には一緒に行けないからさ。でもこれがあれば、ネリッサが魔法で君を傷つけようとしても、きっと防げる」
「ヴィンス……」
「本当は、今だって嫌だよ。君が危険な目に遭うかもしれないのに、お茶会になんか絶対行かせたくない。でも惚れた弱みっていうかさ、どうしてもって言われたら、わかったって言うしかないだろ? 俺はそういうアメリアが、どうしようもなく好きなんだから」
困ったように笑うヴィンスが、なんだかとても、愛おしい。
思わず抱きついて、ついつい「ヴィンス、大好き」なんて勢いに任せてつぶやいたら、収拾がつかないほどとんでもない事態になってしまったことは、言うまでもない。
どんな事態になったのかは、ご想像にお任せします(笑)




