11 喧嘩を売ってはいけない令嬢
お茶会当日。
何人かの令嬢が集まったけど、その中にネリッサ様はいなかった。
とはいえ、油断はできない。
お茶会自体はとても和やかな雰囲気で、初参加の私にもみんな親切だった。
私はヴィンスとの日常について、あれこれ、根掘り葉掘り、とにかく細かく質問攻めにされ、令嬢たちは噂以上の溺愛ぶりに「うらやましいですわ」とか「愛されていますのね」とか「ヴィンス様、ちょっとヤンデレぎみ……?」とか「え? 変態?」とか、さまざまな感想を漏らしていた。
お茶会も終盤に差しかかった頃、主催者の侯爵令嬢が「今日のために取り寄せた、とっておきの茶葉がありますの」と言って侍女に用意させると、集まった令嬢たちから歓声が上がった。
「今回はどちらの茶葉なのですか?」
「ふふ、リネイセル産です」
「まあ! ずいぶん遠いところから!」
盛り上がる令嬢たちを眺めながら、リネイセルってどこだっけ? と考える。確か、海を隔てた向こうの大陸にある国だったはず。
「せっかくですから、まずはアメリア様からお召し上がりになって? 今回初めて、我が家のお茶会にご参加いただいたことですし」
侯爵令嬢がにこやかにそう言うと、侍女が私の目の前にティーカップを置いて、ゆっくりと紅茶を注ぎ出す。
私は「では、早速」と言って、そのカップを手に取った。
鼻先に近づけると、花のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
次の瞬間、胸の辺りにある石がじんわりと熱を持ち、私はピタリと手を止めた。
「……アメリア様?」
突然静止した私に、侯爵令嬢は首を傾げて不思議そうな顔をする。
「どうかされたましたか?」
「……申し訳ございませんが、この紅茶は飲めません」
「……え?」
「失礼ですが、この紅茶に何が混じっているのか、調べさせてもらってもよろしいですか?」
事務的な声でそう言うと、侯爵令嬢が弾かれたようにがたりと立ち上がった。
「な、何を仰るのです!? その紅茶に、毒か何かが入っているとでも――!?」
「毒かどうかはわかりませんが、何かは入っていますよね?」
「は!? そんなこと――!」
「今日の私は、とても鼻が利くのです。紅茶に何かしらの異物が混入されているのが、匂いでわかってしまうくらいにね」
会心の笑みを返すと、侯爵令嬢は途端にわなわなと震え出す。
「そ、そんなの、言いがかりです! 確たる証拠もないのに、毒だのなんだのと騒ぎ立てるなんて失礼が過ぎます! 私を愚弄するおつもりですか!?」
「それは、異物の混入などあり得ない、ということでしょうか?」
「当たり前です!」
「でしたら、調べさせてもらっても構いませんよね?」
「……っ!」
「何も入れていないと自信をもって言えるのでしたら、検査や解析の一つや二つ、なんの問題もありませんよね?」
「それは――!」
蒼ざめる侯爵令嬢と、何が起こっているのかを理解し始め、おろおろと取り乱す令嬢たちの対比がすごい。
私は連れてきた侍女に命じて、ティーカップと紅茶の両方を回収した。侍女の手際がよすぎて、ちょっと感心してしまう。
「あの……! わ、私は――!」
侯爵令嬢は半ばパニックになって、はくはくと浅い呼吸を繰り返した。何か言おうとしているけど、言葉にならないらしい。
「わかっていますよ。誓約魔法をかけられているのでしょう?」
私が尋ねると、侯爵令嬢は驚いたように目を見開いて、それからこくこくと首を縦に振る。
まわりの令嬢たちも、『誓約魔法』という言葉にピンと来たらしい。つい先日学園を震撼させた騒動を思い出し、みんなの顔に緊張が走る。
「いずれ、改めてお話をうかがう機会があるかと思います。そのとき話せることはお話しになったほうが、身のためだと思いますよ?」
私の言葉の意味がわかったらしい侯爵令嬢は、脱力したようにその場に頽れる。
慌てて駆け寄る侍女に支えられながら、令嬢はただ黙って泣き崩れた。
◇・◇・◇
「媚薬の一種だな」
回収した紅茶とティーカップを宮廷魔術師団の施設に持ち込むと、ルシオラ侯爵がすぐに解析してくれた。
魔術師団には、混入した異物や毒物を解析するための専用魔導具があるらしい。すごい。
ちなみに、私がお茶会に連れていった侍女は、実は宮廷魔術師団の女性魔術師。ヴィンスが念のために連れていくよう、手配してくれたのだ。いろいろと手際がよかったのも、頷ける。
「媚薬って……」
「最近よく出回っている、『フリュム』という質の悪い魔法薬だ。これを飲んで最初に目にした異性に対し、狂おしいほど欲情してしまうという、厄介な代物だな」
「くっそ、あの女……!!」
ヴィンスが瞬時に、どす黒い殺気を纏う。
恐らく怒りの矛先は、お茶会を主催した侯爵令嬢ではなく、ネリッサ様だろう。
もしもこの薬物を誤って口にしていたら、きっと最悪の事態に陥っていたに違いない。想像しただけで、ぞわりと背筋が寒くなる。
「しかし、よくこんなものが入れられているとわかったな」
お父様が感心したように頷くから、私は胸元のネックレスをひょい、と取り出した。
「多分、これのおかげだと思う」
「これは……?」
「ヴィンスがこの石に加護魔法と防御魔法をかけてくれていたから、媚薬の匂いに気づけたの。媚薬のほとんどはほのかに甘い匂いがするって王子妃教育で学んでいたし、このネックレスを身に着けるようになってから、なんだかやけに五感が研ぎ澄まされている感覚があって」
そうなのだ。
ヴィンスがあの石にありったけの加護魔法と防御魔法をかけてくれたからなのか、身に着けた瞬間から自分の身体感覚が信じられないくらい鋭敏になっているような気がしていた。
それに、普段はただのネックレスなのだけど、さっきみたいな緊急事態に遭遇すると石そのものがじんわりと熱を持つ。
まるで、危険を事前に察知して、警鐘を鳴らすみたいに。
だからこそ、あの紅茶に媚薬が入れられていると瞬時にわかったのだ。
「件の令嬢は、今回は魔法を使わず、魔法薬を使ったということか。なかなかに賢しらな娘のようだな」
そう言って、ルシオラ侯爵はヴィンスによく似た仏頂面になる。
お父様にもルシオラ侯爵にも、あの元騎士団長家の令息と共謀したのはネリッサ様だろうという推測は、すでに伝えてあった。
悪事の証拠を掴むため、彼女をけしかけようと計画していることも話したら、お父様たちは快く全面協力を買って出てくれたのだ。
「アメリアがヴィンスの加護魔法を受けている可能性は予想していただろうし、魔法ではヴィンスに太刀打ちできるわけがないからな。となると、別の方法を考えるしかなかったのだろうよ」
「しかし、媚薬が使われたことは暴けても、その娘が首謀者だという証拠は何一つない。お茶会を開いた侯爵令嬢も、誓約魔法をかけられているのなら首謀者の名を明かすことはできまい」
お父様とルシオラ侯爵が同時に眉根を寄せたところで、私は一歩前に出る。
「ところが、そうでもないのです」
「何?」
「どういうことだ?」
私が目配せすると、侍女に扮してお茶会についてきてくれた女性魔術師が、とある小瓶を取り出した。
小瓶の中では、淡いピンク色の液体が妖しく揺らめいている。
「それはもしや……!」
「はい、使われた媚薬です。ネリッサ様は、今日のお茶会を開いた侯爵令嬢にこれを直接手渡したそうなのですが、その事実を証言できる人間が一人だけいるのですよ」




