12 喧嘩を売ってはいけない令息
「それは、誰なのだ?」
答えを急かすお父様に、私は冷静な口調で告げる。
「お茶会を開いた侯爵令嬢の、専属侍女です」
実はあのお茶会のあと、隠し持っていた媚薬の小瓶を差し出しながら、侍女が私に打ち明けてくれたのだ。
「私は、すべての事情を知っております。お嬢様がとあるご令嬢からこの魔法薬を使うよう命じられた際、一部始終を隠れて聞いておりましたので」
侍女の話によれば、あの侯爵令嬢には婚約者がいるにもかかわらず、市井に平民の想い人がいたらしい。
侍女の協力もあり、密かにその想い人との逢瀬を重ねていたところ、運悪くネリッサ様に彼の存在を知られてしまった。ネリッサ様は「秘密を明かされたくないのなら、私の言うことを聞いてくださらない?」と言ってあの小瓶を手渡したうえ、お茶会を開いて紅茶にでも数滴垂らし、私に飲ませるよう命じたのだという。
もちろん、悪事の首謀者であるネリッサ様の名前を明かさないよう、念入りに誓約魔法を施して。
「ネリッサ様は、侍女が隠れて話を聞いていたなんて知らないから、侍女には誓約魔法をかけていないのよ。侍女のほうはネリッサ様の顔も名前も覚えているから、いつでも証言してくれるそうよ」
「でかしたぞ、アメリア!」
大声を上げて喜ぶお父様だけど、この場合、「でかした」のは私じゃないと思う。
「ようやくあの女を血祭りにあげることができるな」
ヴィンスも不敵な笑みを浮かべている。いや、血祭りに上げちゃダメだから。
ヴィンスは私のことを心配するあまり、辺境伯邸で私の帰りを待っていた。私がお茶会から帰ってくるや否や、真っ先に事の顛末を聞いて、安心したように私を抱きしめたのだ。
「アメリアが帰ってくるまで、ほんと気が気じゃなかったよ。マジで寿命が縮んだ」
「心配かけて、ごめんなさい」
「反省してるなら、俺にキスして?」
「はい!?」
「今すぐキスしてくれないと、俺死ぬかも」
「もう!! 何言ってるのよ!!」
私がどさくさに紛れて告白して、両想いだとわかった途端、ヴィンスの破廉恥な要求が日を追うごとにどんどんどんどん増えている。毎日、こんなふうに翻弄されている現在。
なんだか、ヴィンスの変態ぶりに拍車がかかっているような気がするのは、私だけ?
「この魔法薬、しばらくこちらで預からせてくれないか?」
ルシオラ侯爵が唐突に、真剣なまなざしで言った。
「実は最近、この『フリュム』の被害が至るところで増えているのだ」
侯爵は眉をひそめて、ひどく憂鬱そうな顔をする。
「どういうことだ? この媚薬を使ったいかがしい事件が増えているということか?」
「いや、そうではない。『フリュム』という魔法薬の本質は、媚薬ではないのだ。これは摂取する量によって効果が変わるという、実に面倒な性質を持った魔法薬でな。ごくごく微量、例えば数滴程度であれば媚薬の効果が発現するのだが、それ以上を摂取すると一気に精神異常をきたすという、いわば悪魔の薬なのだ」
侯爵の説明に、お父様も驚きを隠せない。
「どこのどいつだ、そんな危ない薬を開発したのは!」
「知るか。ただ、数年前からこのフリュムが市井に出回り、密かに売買されるようになっていてな。国としても取り締まりを強化しているのだが、むしろ被害が拡大している。常々現物を手に入れて解析してみたいと思っていたのだが、なかなか手に入らなかったのだ」
侯爵は徐に小瓶を手に取って、自分の眼前に近づける。
「どこの誰が、いったい何のために、こんないかがわしい魔法薬を開発したのか。魔術師団の誇りにかけて、その正体を暴いてやろうではないか」
まさかこの魔法薬が、とんでもない騒動の鍵を握っていたなんて、このときの私たちには知る由もなかったのだ。
◇・◇・◇
それからの動きは早かった。
断罪の場に選んだのは、学園だった。
会議室に呼び出されたネリッサ様は、部屋に入るなり私たちの顔を見て、一瞬身構えた。
でも、自分が悪事の首謀者だと示す証拠はないと高を括っているのか、余裕のある表情でゆったりと微笑む。
「こんなところに呼び出すなんて、いったい何事でしょうか?」
「はっ! 白々しい」
間髪を入れず悪態をついたのは、ヴィンスである。
ヴィンスはようやく訪れた断罪の機会に対し、並々ならぬ闘志を燃やしていた。
「やっとあいつの息の根を止められる……!」
とまで言いいながら、今日のこの日を指折り数えて待っていたのだ。いや、だから、息の根を止めちゃダメだってば。
鋭い視線を向けるヴィンスに傷ついたような顔をしながらも、ネリッサ様は毅然とした態度で席に着く。
ただ、その強気な姿勢も、あの侯爵令嬢の専属侍女が部屋に入ってくるまでだった。
侍女を見たネリッサ様は眉根を寄せ、私がテーブルの上に置いたフリュムの小瓶を見て、さらに顔色を変える。
まさかこれが、私たちの手に渡るなんて思いもしなかったのだろう。というか、自分の悪事が露呈するなんて、想像もしていなかったはずである。
もっと言えば、媚薬を飲ませたはずの私はピンピンしているし、媚薬摂取の結果として私とヴィンスとの関係に亀裂が生じている様子もない。
ここへきてようやく、自分の目論見がどうやら失敗したらしいと気づいたネリッサ様は、わかりやすく狼狽える。
「これは、あなたが侯爵令嬢に渡したものですよね?」
私が静かに尋ねると、ネリッサ様は即座に反論した。
「何ですか、それは。そのようなもの、私は知りませんよ」
「そうですか? でもこちらにいる侯爵家の侍女が、あなたに渡されたものだと証言していますが?」
「知りませんよ、そんなの。言いがかりよ」
「あなたはこれを私に飲ませるよう、あの侯爵令嬢に命じたのですよね? そして侯爵令嬢には、絶対に秘密を明かさないよう誓約魔法をかけた」
「だから知らないって言っているでしょう!」
声を荒げるネリッサ様に、ヴィンスが素知らぬ顔で尋ねる。
「なあ、この魔法薬、いったいどんな効果があるんだ?」
「え……?」
ヴィンスは魔法薬に手を伸ばし、ゆらゆらと瓶を振った。
「お前がこれを使おうとしていたことには気づいたんだけど、この魔法薬にどんな効果があるのかまではわからなくてさ。いっそ飲んでみれば、わかるかな」
ヴィンスはわざとらしくそう言って、いとも容易く小瓶のコルク栓をポンッと抜いた。
そのまま勢いよく小瓶を口元に近づけ、ごくごく飲み始めると、血相を変えたネリッサ様が慌てて叫び出す。
「ダ、ダメですっ!! それは大量に飲んだら、一気に廃人に――!」
「――やっぱり、知ってたんじゃないか」
抑揚のないヴィンスの声に、ネリッサ様が「え……?」と怯む。
「こっちだって、薬の効果なんかとっくに知ってたよ。お前に口を割らせるために、わざわざ演技してやったんだろ」
「あ……」
「瓶の中身だって、本物じゃないしさ」
残りもごくりと飲み干して、ヴィンスがほくそ笑む。
「さて、ネリッサ・オクルス伯爵令嬢。もう一切言い逃れができない状況だってことは、わかっているよな?」
ヴィンスの言葉に、ネリッサ様は顔を歪めて俯いた。
かと思ったら、突然火がついたように叫び出す。
「だ、だって! こんな女、ヴィンス様には相応しくありませんもの! ろくに魔法も使えない、筋肉だけが取り柄の女なんて、ヴィンス様にとってもルシオラ侯爵家にとってもお荷物でしかないでしょう!? それなのに、ヴィンス様をたぶらかして、惑わせるなんて許せない! ヴィンス様はこの女に騙されているのです! 私のほうがヴィンス様を純粋に愛していますし、私のほうがヴィンス様に――」
「お前、話が長えよ」
おっと。一刀両断である。
「あとなんだっけ? 筋肉だけが取り柄の女? お前馬鹿か? 筋肉は尊いだろ」
「え……?」
「なんかもう、一個一個に反論するのは面倒だから、一言だけ言うけどさ。アメリアがいないと、俺は生きていけない。俺の生きる意味を奪うやつに、容赦はしないから。それだけ」
がたん、と立ち上がったヴィンスは、「あ、一言だけって言ったくせに、二言言っちゃった」とかなんとか言いながら、無邪気に笑っている。
「お前のことなんか、端から眼中にないんだよ」
とどめを刺すような冷たい言葉に撃ち抜かれ、ネリッサ様は凍りつく。
そのまま放心したかのように、ただ虚空を見つめていた。




