13 本当に怒らせてはいけないのは
その後の聞き取り調査によれば、ネリッサ様は模擬戦の騒動もお茶会でのことも、自分が主導して企てたと認めたらしい。
模擬戦に関しては、私に見当違いな恨みつらみを募らせていたあの令息に自分から計画を持ちかけ、お茶会に関しては専属侍女が話していた通り、私に媚薬を飲ませて醜聞を引き起こすつもりだったという。
もちろん、誓約魔法をかけたのは、自分が首謀者だとバレないようにするため。
そうして私の排除を目論み、ヴィンスの婚約者の座を奪おうとしたわけである。
彼女は今でも、「あの女さえいなければ!」とか「ヴィンス様は騙されているのよ!」とか言って、まわりの言葉には耳も貸さないらしい。
「やっぱり、物理的に息の根を止めたほうがよかったんじゃないか?」
「どう考えても、ダメでしょう?」
「でもああいう性根の腐ったやつはさ、どうあっても改心しないだろうからさ。やっぱり息の根を――」
「ダメです」
ちなみに模擬戦のときと同様、お父様とルシオラ侯爵は連名で、ネリッサ様の生家であるオクルス伯爵家に対し断固抗議した。
オクルス伯爵は全面的に非を認め、早々にネリッサ様を退学させて、戒律の厳しい西の修道院に送ろうとしたのだけど。
「それでは生温い、と妻が言い出してな」
お父様は困り果てた様子で、ルシオラ侯爵にコソコソと打ち明けた。
「自分の娘が理不尽な理由で二度も狙われたのだ。奥方の怒りはもっともであろう」
「しかし妻は、自分の実家がある近隣国の辺境伯領へ送るべき、と言って聞かんのだ。あそこは群れをなして人を襲う魔獣が棲む森に隣接していて、年がら年中討伐に明け暮れておる。魔法が使えるのなら、魔獣討伐隊に入れてこき使えばいい、と言ってな」
「名案といえば名案だが、ずいぶん容赦がないな……」
それからしばらくして、ネリッサ様は本当にお母様の実家がある近隣国の辺境伯領へと送られたらしい。
その後どんな生活をしているのかは、まったくわからない。
でも、魔法が使える自分に相当自信があったみたいだから、なんだかんだ言って活躍しているのでは? という気がしないでもない。
ついでにいうと、お茶会を開いたあの侯爵令嬢も、すぐに学園を退学してしまった。
騒動の全容が明らかになるということは、彼女が犯そうとしていた罪も、平民の想い人がいたという秘密も、すべて暴かれるということ。
でも、彼女は過ちをすんなり認め、婚約に関しては自分の有責で破棄にしたらしい。侯爵家は多額の賠償金や違約金を支払うことになったそうだけど、こればかりは致し方ない、と思う。
ただ、彼女は私たちの因縁に巻き込まれただけの、ある意味被害者である。ネリッサ様に脅されていた彼女を気の毒だと思うことはあっても、恨む気持ちはまったくない。幸い、事なきを得たわけだし。
だからできれば、あの侍女と一緒にどこかで心穏やかに暮らしていてほしい、と思う。
一連の騒動が収束し、穏やかな日常が戻りつつある中、私にはどうしても気になることがあった。
「フリュムのことなんだけど」
私の言葉に、同じことを考えていたらしいヴィンスが身を乗り出す。
「ネリッサは、王都の街で知らない老婆にもらったって言っていたらしいな」
「とんでもなく怪しいと思わない?」
「まあな」
ネリッサ様の話によれば、王都の街で買い物をしているとき、突然見知らぬ老婆からフリュムを渡されたのだという。
普通は、近づいてきた見知らぬ老婆に「いい魔法薬がありますよ」なんて言われても、怪しいとしか思わない。
フリュムは一般市場に出回っているわけではなく、あくまでも密かに、そして不正に取引されている。売買は平民の間だけで横行しているため、ほとんどの貴族はフリュムについてまったく知らないといっていい。
そんな謎の魔法薬をいきなり手渡され、「数滴で狂おしいほどの媚薬効果が得られる」「ただ大量に摂取しすぎると、廃人になる」なんて聞かされたら、たいていの人間は怖がって逃げ出すだろう。
でも、一度私の排除に失敗し、いちゃいちゃしまくっている私とヴィンスを前にして嫉妬と屈辱に身悶えしていたネリッサ様にとって、フリュムは起死回生の一手になり得る秘策だったに違いない。
喉から手が出るほどほしいと思ったとしても、不思議ではないのだ。
つまり、ネリッサ様にフリュムを渡した老婆はフリュムの効果を熟知していたのはもちろんのこと、ネリッサ様の事情についてもよく知っていたのでは……?
「じゃあ、ネリッサ様にフリュムを渡したその老婆は誰かって話になるわよね?」
「ああ。それに、そいつの本当の目的は何だったのかってところも気になる。単なる親切心でネリッサにフリュムを渡しただけなのか、それとも――」
「……フリュムを使うことで、最終的には私たちの婚約を破談に追い込もうとした、とか……?」
ネリッサ様が手に入れたフリュムをヴィンスではなく私に使おうとしたのは、分量を間違えると取り返しのつかないことになる危険性があったからだと思う。
だって、フリュムの効果が単に媚薬効果のみなら、ヴィンスに使ってもよかったはず。タイミングよく飲ませられれば、自分に欲情させて既成事実を作らせ、強制的に婚約者を変えさせる手段だってあったのだから。
でもそうしなかったのは、フリュムという危険な魔法薬をヴィンスに飲ませたくなかったのだ。
私なら、多少分量を間違えたところで廃人になるだけだし(いや、それも迷惑な話だけど)、むしろ廃人になってもいいとさえ思っていたかもしれない。
それでも、あの侯爵令嬢に「数滴だけ飲ませて」と指示したのは、媚薬効果で有無を言わさず私を欲情させ、スキャンダラスな結果を引き起こしたほうがずっとずっと面白いと思ったからでは?
私への憎しみを拗らせていたネリッサ様なら、単に私を廃人にするよりも、もっと無残で救い難い結末を望んでいただろうから。
いずれにしても、フリュムを使う計画が成功していたら、私とヴィンスの婚約はきっと解消されていた。
それがネリッサ様の思惑だったのはもちろんだけど、同時にフリュムを渡した老婆の狙いでもあったとしたら……?
「……私たちの婚約って、そこまで歓迎されないもの……?」
ついつい不満が漏れてしまう。
「俺たちの婚約がっていうより、俺の家と君の家とが結びつくことに焦りを覚えたやつがいるってことだろ。建国以来対立してきた二つの有力貴族が手を組んだら、そりゃ脅威になるよな」
「そういえば、婚約が決まった直後にもそんなことを言っていたわよね」
「だってさ、和解してからの父上たちなんて、やりたい放題だろう? 元騎士団長を失脚させた辺りで、これはまずいと思った貴族が何人もいたんじゃないの? あの二人にタッグを組ませたら、とんでもないことになるってさ」
ヴィンスの言う通り、お父様とルシオラ侯爵のわちゃわちゃな蜜月関係はいまだに続いている。
まるで、ずっと昔からの親友だったかのように、騒動が起こると阿吽の呼吸で連係プレーを見せつける二人。永く反目し合ってきた家門の当主同士とは、とても思えない。
最近は二人で魔術師団の施設に入り浸り、フリュムの解析に日々没頭しているらしい。お父様がいたところで、あまり役には立たないと思うのだけど。
ていうか、お父様はいつ辺境伯領に帰るつもりなのか……?
「今はとにかく、父上の解析結果を待つしかないよな」
そう言って、ヴィンスは私をその腕の中にふわりと閉じ込める。
「何があっても、俺たちの婚約は破談にさせないし、当然アメリアのことも守るから。心配しなくていいよ」
どこまでも甘く優しい声色に、心臓がぎゅっと鷲掴みにされる。愛されているのだと、素直に感じることができる。
でも。
「これから先、狙われる可能性があるのは私だけじゃなくて、多分ヴィンスもよ?」
「まあ、そうかもな」
「だったら、ヴィンスのことは私が守るから」
まっすぐにヴィンスを見上げてそう言うと、冥色の瞳がとろりと溶ける。
「……俺の婚約者、マジで最高なんだけど」
うれしさを隠そうともしないヴィンスの笑顔を眺めながら、私は誓った。
相手が誰でも、どんな敵でも、私たちに喧嘩を売ったことを絶対に後悔させてやる、と。




