19 天才と変態は紙一重
翌日。
私とヴィンスは、王城の王太子執務室に再び呼び出されていた。
ちなみにパーティーのあと、お父様とルシオラ侯爵は帰宅していない。
マグノールの刺客の取り調べに協力すべく、そのまま王城に残ったのだ。
「昨日のことに関しては、改めて礼を言う。本当に助かった」
頭を下げるカストル殿下に、慌てる私とふんぞり返るヴィンス。
「騒動が一段落したら、君たちにはぜひ褒美を与えたいと思っている。何を望むか、考えておいてくれ」
その言葉に、ヴィンスがこの上なく悪い顔をする。何を企んでいるんだか。
まあ、ろくなことではなさそうである。
「それはそうと、マグノールの刺客たちは順調に洗いざらい話してくれているよ」
さも当然といった様子でにっこりと微笑むカストル殿下に、私は驚いた。
「彼らはあれでも、一応マグノールの精鋭部隊です。さまざまな特殊訓練を重ねていると聞いておりますし、どんなにひどい拷問を受けても簡単に口を割ることはないと思うのですが……」
「そうだね。ただ、こちらとしては一切拷問はしていないんだよ」
「え?」
「拷問などしなくても、彼らは隠し事をせず、すべて真実を語ってくれている。そうせざるを得ない状況に追い込まれているんだよね。魔術師団が開発した、特殊な魔導具のおかげで」
ふふん、とドヤ顔を決めるカストル殿下だけど、多分殿下の手柄ではない。
「あー、『マフツの鏡』ですか?」
ヴィンスが訳知り顔で尋ねると、殿下は「ご名答」とやっぱりドヤ顔である。
「『マフツの鏡』っていうのはさ、以前父上が開発した魔導具なんだよ。東方の国に伝わる古い伝承を参考にして作ったもので、その鏡を前にすると嘘がつけなくなってしまうらしい」
ヴィンスが的確に説明してくれる。
「あ、じゃあ……」
「『マフツの鏡』のおかげで、マグノールの刺客たちはするすると面白いように真実を明かしてくれるんだ。言うつもりはないのに口が勝手に話してしまうものだから、彼らも半ばパニック状態でね。おまけに、聴取の場には何度もマグノール軍に対峙してきたローヴァル辺境伯が同席している。うまいことあれこれ聞き出してくれるおかげで、刺客たちは向こうの軍の機密情報までどんどんしゃべってくれているらしい」
勝ち誇ったような声で、カストル殿下が笑う。どうにも高笑いが止まらないらしい。
なんともすごい魔導具があるものだと感心するけれど、そもそもルシオラ侯爵はなぜそんな魔導具を作ろうと思ったのか、ちょっと気になるところではある。
「ルシオラ侯爵は、魔術師として直接魔法を使うよりも魔導具を開発するほうが存外得意なようだね。メルム子爵家の捜査の際にも、彼の作った探索用魔導具にはずいぶんと世話になった。これまで彼が開発を手掛けてきた魔導具には、天才的なセンスを感じるよ」
「それ、直接本人に言ってやって。相当喜ぶと思うから」
とか言いつつ、ヴィンスもどこか誇らしげである。
「それはそうと――」
一転、カストル殿下はちょっと渋い顔になって、ずい、と身を乗り出した。
「ヴィンス。お前、もしかして転移魔法が使えるのか?」
思った以上にドスの利いた低い声は、威圧感が半端ない。
「使えるけど?」
殿下の圧もなんのその、ヴィンスはさらりと答える。
やっぱりと思いつつも衝撃を隠せないらしい殿下は、大袈裟に、深々とため息をついた。
「……どうして今まで届出を出さなかったんだ?」
「うーん、なんか面倒くさくて」
「面倒くさいって、あれは超特級魔法だぞ!? 使える者が発見されたら即刻国の保護対象になるような、難易度最高レベルの希少魔法だと知っているだろう!?」
「だからそういうのが面倒くさくて、言わなかったんだよ」
「お前なあ……!」
カストル殿下が声を荒げるのも、無理はない。
魔法はその希少性と使用する魔力量、習得・発動の難易度などから、「初級」「中級」「上級」「特級」「超特級」にレベル分けされる。
一般的な学園生が習うのは、せいぜい中級程度まで。魔法に関して才能がある者は上級魔法の授業を選択することもできるけど、受講者はそう多くはない。
ちなみに、あの魔法第一主義令嬢ネリッサ様は、上級魔法の授業もばっちり受けていたらしい。
上級魔法の受講者たちの最終的な目標は、上級魔術師試験の合格である。
魔法を生業としたい者にとっての最高峰、宮廷魔術師団に入ることができるのは、上級魔術師試験をパスした者のみ。これは合格者が年に一人いるかいないかの、超難関試験として有名である(もちろん、ヴィンスはとっくに合格している)。
そして「特級」と「超特級」の魔法は、宮廷魔術師団の中でのみ研究され、習得される魔法。その多くが古代魔法を起源としているため、使いこなすには難易度が高すぎるし、威力も使用する魔力量も尋常ではないという。
昨日、ヴィンスが軽々と使った転移魔法は、実はこの超特級レベルに分類される、とんでもなく規格外な魔法だったのだ。
多分、王国の長い歴史の中でも、転移魔法を使えた者は数名程度だったはずである。
あのとき、刺客がカストル殿下の命を狙っていることを知り、ヴィンスに「一瞬でそいつらのところに連れていってやるよ」と言われて、もしやヴィンスは転移魔法を使えるのではないかと気がついた。
案の定、ヴィンスは合図とともに転移魔法を使い、私と一緒に一瞬で刺客の眼前に転移したというわけだ。
「使えるのは自分でもわかっていたけど今まで使う機会はなかったし、父上にも言ってなかったしさ。別にいいかなと思って」
悪びれもせず、淡々と答えるヴィンスを前にして、頭を抱えるカストル殿下。
なんだか私のほうが、申し訳ない気持ちになってくる。すみません、殿下。こんな人で。
「で、転移魔法を使ったあとのあれは何なんだ?」
「あれって? 刺客たちを巻き上げたやつ? 普通に風魔法だけど?」
「そっちじゃない。あんなに豪快に風魔法を使っておきながら、すぐ目の前にいた私たちのまわりはまったくの無風なんておかしいだろう?」
「ああ、あれはさ、刺客以外の人たちには結界魔法を展開していたからだよ」
「はあ!? け、結界魔法って、究極の防御魔法といわれる、あの……!?」
「そうそう」
「じゃあ、お前はあのとき、結界魔法と風魔法を同時に展開していたというのか!?」
「そういうこと」
ヴィンスはなんてことないふうに話しているけど、それがどれほど桁外れで常識破りなのかということは、カストル殿下の反応を見るまでもない。
理論的に、魔法の同時展開は不可能ではないとされている。ただ、実践するとなると、なかなかに容易ではないらしい。宮廷魔術師団の中でも、魔法の同時展開ができる人となると果たして何人いるのか、というレベルの話である。
ついでにいうと、究極の防御魔法といわれる結界魔法も、超特級レベルの魔法だったはず。
今更ながら、目の前の婚約者が天才以上のチートな存在だと知って、なんというかもう、言葉がない。
「お前はほんとにさ……」
独り言のようにつぶやくカストル殿下は、もはや茫然自失である。
と思ったら、突然私のほうにがばりと顔を向けた。
「アメリア嬢」
「は、はい」
「この規格外な破天荒魔術師の手綱を握れるのは、はっきり言って君しかいない。こいつは尋常じゃない魔力量に常識外れの魔法感覚と魔術スキルを持つ、救世主にも破壊の神にもなり得る存在だと思う」
「は!? 破壊の神!?」
な、なんだそれ。言うに事欠いて、破壊の神とは……!!
「しかし、君がそばにいてくれれば、きっとヴィンスが間違えることはない。だからこれからも、ヴィンスが暴走しないようよろしく頼むよ」
懇願するかのような殿下の言葉に、私は大きく頷いた。
「大丈夫ですよ、殿下。まわりからは天才だのなんだのともてはやされていますけど、ヴィンスはただの変態ですからね」
得意げに言い切ったら、ヴィンスに「それ言っちゃダメなやつー!」と怒られた。
ははは。
次話はいよいよ最終話です。
今日中に投稿します……!




