18 脳筋令嬢、時空を飛ぶ
「それって……」
言いかけた私の唇に、ヴィンスが自分の人差し指をそっと押し当てる。
それ以上は口にするなという意味を汲み取って、私は無言で頷いた。
そうこうしているうちにも、挨拶の列はどんどん捌けていく。
遥か前方に見えるのは、にこやかに挨拶を交わす王族の方々と貴族の面々。
――――と、そのときだった。
カストル殿下の斜め前に立った背の高い貴族令嬢が、するりと胸元に手を差し入れる。
その手のひらの中に鈍い光を見つけて、私は咄嗟に叫んだ。
「ヴィンス、今――!」
ぶわん、と空気が大きく震える。
視界が歪み、音が消え、突然の浮遊感に襲われる。
と思ったら、次の瞬間には鋭利な短剣をその手に隠した女の眼前に立っていた。
カストル殿下の首元を狙って短剣を構えようとする女の動きが、まるでスローモーションのように見える。
「させるか!!」
その手から勢いよく短剣を払い落として遠くへ蹴り上げると、女は何が起こったのか一瞬わからなかったらしい。
それでもすぐさま私に気づいて、憤怒の表情になる。
「貴様――!」
女の仲間らしい二人の男も異変に気づいて、加勢しようと私に向かってきた。
「ヴィンス!!」
「任せろ」
ヴィンスがさっと右手を挙げた途端、三人の前でいきなり突風が吹く。
「あっ!!」
「うわ!」
「なんだ!?」
ヴィンスの起こした風はそのまま渦を巻き、三人だけを巧みに上へと巻き上げる。
小さな竜巻に足を取られた彼らはなす術もなく、ただ空中で喚き続けるだけ。
ちなみに、三人以外の人間のまわりは完全に無風。
みんな何が起こっているのかわからず、呆然としながらも、ただただ風に煽られ宙に浮く三人を眺めている。
「確保!」
私の合図で風が止み、三人がどさりと床に落とされると、近衛騎士のみなさんはあっという間に群がって彼らを捕縛した。
「こ、これは、いったい……?」
突然の大捕り物に、唖然とするカストル殿下。
「あいつらに殺されるところだったんですよ、殿下」
「え!?」
「彼らはマグノールの刺客かと思われます。とにかく、みなさんご無事で何よりです」
ヴィンスと私がからりと言い放った言葉に、カストル殿下だけでなく王家の方々も、そして近くにいた貴族たちも、一気に血の気が引いたらしい。全員信じられないという顔をする。
王妃殿下なんか、今にも卒倒しそうである。
「アメリア!」
「ヴィンス!」
お父様たちも血相を変えて飛んできた。
「大丈夫か!?」
「もちろん」
「俺も大丈夫っすよ」
「あやつら、もしかして――」
「マグノールの暗殺部隊だと思うんだけど」
私がそう言うと、お父様は騎士たちにぐるぐる巻きにされている哀れな三人組に目を遣った。
「またあいつらか。懲りないやつらだな」
「ほんとにね」
「しかし、あいつらが紛れ込んでいるとよくわかったな」
「それは、まあ」
ふふ、と笑って、私は隣に立つヴィンスに視線を向けた。
ヴィンスも私を見返して、私たちはお互いに小さく笑い合う。
「さすがはアメリア」
「ヴィンスこそ」
してやったりという顔をしながら、ヴィンスが私の手を取って引き寄せる。
「もしかして俺たち、最強じゃね?」
ヴィンスの声がはしゃぐように弾んでいたから、私は返事の代わりに勢いよく抱きついた。
◇・◇・◇
パーティーはそのままお開きになった。
マグノールの刺客たちは、あえなく王城の地下牢へと連れていかれてしまった。
三人が取り押さえられるのを見たリナ様は、動揺したのか慌てて王城から逃げ出そうとしたらしい。
そこで逃げようとすること自体、マグノール側との結びつきを自ら強調することになると思うのだけど。
もともとメルム子爵家にはフリュム密売の容疑がかけられていたこともあり、リナ様はあっさり身柄を拘束された。メルム子爵家にも、すぐに騎士団が向かったらしい。
ただ、リナ様の捕縛に猛抗議した人が、一人。
「なぜリナを連れていくのだ!?」
何も知らないダイロン殿下は、リナ様を連れていこうとする騎士団員を引き止めた。
ちなみに、私とヴィンスが刺客とバトルを繰り広げていたとき、殿下は度肝を抜かれて尻餅をついたまま、まったく動けなくなっていた。さもありなん、である。
「ダ、ダイ様、助けて! 私は何もしていないのに!」
目をうるうるさせ、悲劇のヒロインぶるリナ様。
さっきの化粧室での会話を考えれば、これまでリナ様が私たちに見せていた『庇護欲をかき立てる、天真爛漫な小動物系令嬢』の姿は恐らく全部演技なのだろう。
だって、あの狡猾な話しぶりとはギャップがありすぎるんだもの。
その確かな演技力には、もはや感心を通り越して感動すら覚えてしまう。この際だから、演技派女優を目指せばいいのでは?
「リナが何をしたと言うのだ!? リナほど純粋で、穢れを知らぬ令嬢はいないのだぞ!」
ダイロン殿下が、なおも騎士団員を引き止める。
……いやいやいや。その認識、そもそも間違いだから。
「恐れながら、ダイロン殿下」
どうにも引き下がらない殿下に向かって、ヴィンスがわざとらしく、恭しさを装う態度で、大仰に声をかけた。
「リナ嬢がすでに『穢れを知らない純粋な令嬢』でないことは、殿下が一番ご存じのはずでは?」
殿下の表情を窺いつつも、どこか小馬鹿にしたようにほくそ笑むヴィンス。
それは、リナ様がすでに『純潔』ではないことを暗に指し示すだけでなく、もっといえば殿下とリナ様がそういうただれた関係であることをも、やんわりと指摘する言葉。
その意味に気づいた殿下は一気に顔を紅潮させて、わかりやすく狼狽える。
「ななななぜ、それをっ……!?」
「なぜっていうか、みんな普通に知っていますよ?」
ヴィンスの半笑いに狼狽したのか、殿下は気まずそうに、そしてゆっくりと、私のほうへ視線を移した。
目が合った私は、何も言わずに薄ーい笑みだけを返す。
「い、いや、それはだな、その……」
いくら王族とはいえ、婚約もしていない相手とそういう行為に及んでいたなんて、醜聞以外の何物でもない。
たとえ愛があったとしても、貴族社会や社交界から総スカンを食らうだけでなく、殿下の評価が地に落ちることは目に見えている(もともと落ちていたという説もあるけど)。
言い訳らしい言い訳が思いつかず、ただあたふたと取り乱す殿下を置き去りにしたまま、騎士団員たちはきゃんきゃん騒ぐリナ様をさっさと連れていってしまうのだった。
やっぱり、ヴィンスの言う通りだった……!
残り二話で完結です……!
ちなみに次話は、ヴィンスがどれだけ桁違いの天才かということが判明します。
タイトルは、『天才と変態は紙一重』です(笑)




