17 超人並みの力再び
リナ様はダイロン殿下を探しているのか、大広間の中をきょろきょろしながら歩き回っていた。
たくさんの人で溢れかえっているせいか、コソコソと動き回るリナ様に注意を向ける者はいない。
見失わないよう素知らぬ顔で少しずつ近づくと、リナ様は不意に大広間から廊下に出て、化粧室のほうへと向かった。
あとを追い、私も廊下に出たそのとき、突然胸元の辺りがじんわりと熱くなる。
すかさずヴィンスにもらったあのネックレスに触れると、お茶会のときと同様、しっかりと熱を持っている。
次の瞬間、聞こえてきたのは――――
「だって、仕方ないじゃない。全然近づけなかったんだもの……!」
リナ様の声だった。
ただし、きょろきょろと辺りを見回しても、リナ様の姿は見えない。
恐らく、廊下のずっと先にある化粧室にでも入ったのだろう。
だというのに、なぜか声だけはしっかりと聞こえてくる。
「とにかくガードが固すぎるのよ!」
「相手は王太子なのだ。そのようなこと、当たり前だろう?」
「うるさいわね」
「まあ、いい。端からさほど期待していない」
「はあ? 失礼なこと言わないでよ。誰のおかげでここに忍び込めたと思ってるの?」
「お前の協力などなくても、忍び込むくらい造作もない」
「……ふん。マグノールの人間って、性格悪いのね」
聞こえてきた会話に、息を呑んだ。
ちょちょちょっと待って。
い、今なんか、決定的瞬間を目の当たりにしてない!? いや、直接見てはいないけれども……!
廊下のずっと先にある化粧室の中での会話なんて、本来聞こえるはずはない。それがばっちり聞こえているのは、ヴィンスがくれたネックレスのおかげだろう。
ヴィンスの加護魔法は私の嗅覚だけでなく、五感すべてを驚異的なレベルにまで引き上げてくれるらしい。
だから今回は、超人並みの聴力でリナ様とマグノールの間者らしき女性の密談を聞き取ることができているのだ。
それにしても。
これってどうすべき? このまま化粧室に踏み込んで、リナ様とマグノールの間者を取り押さえるべき?
でも、マグノールの間者がほかにもまだいるとしたら?
彼らが何を企んでいるのかわからないのに、動いてしまっていいものか……?
「……アメリア?」
今度は後ろから名前を呼ばれて、がばりと振り向くと息を切らしたヴィンスが立っていた。
「どうした? 何かあったのか?」
「ちょちょっと待って」
私はヴィンスに一旦待ったをかけてから、もう一度化粧室の中の会話に意識を傾ける。
「……とにかく、お前は作戦通りに動いてくれ」
「その作戦、出番が少なくて嫌なのよね。結局は何もするなってことでしょう?」
「王太子にフリュムを飲ませられなかったのだ。文句を言うな。あとは我々が動く」
「仕方ないわね。じゃあ、マグノールきっての精鋭部隊にお任せしようかしら。あとはお手並み拝見ってことで」
「ふん。我らの力、とくと見ておれ」
そこで会話は途切れ、顔を上げるとリナ様が化粧室から出てくるのが見えた。
「あれって――」
「ヴィンス、一緒に来て」
私はヴィンスを連れて、平然とリナ様に近づいていく。
「あ! アメリア様! ヴィンス様も!」
私たちに気づいたリナ様は、何事もなかったかのようにいつも通りのはしゃいだ声で駆け寄ってきた。
「あのぉ、ダイ様を見ませんでした? ずっと探しているんですけど、見つけられなくってぇ」
さっきまでの間者との会話に比べれば、同一人物とは思えないほど間延びした口調である。もしかしたら、あっちが本来の姿で、こっちは演技なのかも。
ていうか、『ダイ様』って誰よ、『ダイ様』って。
「……すみません、ダイロン殿下のことはお見かけしておりませんが」
「えー? もう、どこ行っちゃったんだろう?」
「ところでリナ様、化粧室はこの先ですか?」
「あ、すぐそこですよぉ」
私は軽く会釈をして、化粧室に近づいていく。
私たちに構わず大広間に戻っていくリナ様を確認してから、私は化粧室のドアを思い切り開けた。
でも、中はもぬけの殻。
よく見ると、化粧室の奥の窓が一枚だけ大きく開け放たれている。
「どうした? 何があった?」
訝しむヴィンスに、私はたった今起こった一部始終を手短に伝えた。
「マグノールの間者?」
「多分、女性よ。リナ様と話してた」
「マジか。ヤバいな。敵の狙いはカストル殿下なのか?」
「そうね。恐らく、間違いない」
さっきの会話で、マグノールの間者はリナ様に向かって「王太子にフリュムを飲ませられなかった」ことを非難していた。
もしかして、最初からマグノールの狙いはカストル殿下だったのでは……?
そしてリナ様は、フリュムをカストル殿下に飲ませる機会を窺うために、意のままに操りやすいダイロン殿下に近づいたのでは?
だって、フリュム最大の特徴は、その高い依存性にある。
一度でも摂取させることができたら、フリュム欲しさに身を滅ぼすことは目に見えているのだ。
王族で唯一まともな王太子が正常な精神状態を保てなくなったとしたら、この国の覇権を奪いたいマグノールにとってはまたとない好機となる。
王太子カストル殿下を亡き者にすること。
それこそが、マグノールの真の狙いだとしたら……?
「殿下が危ないわ」
焦る気持ちで踵を返す私を、ヴィンスが引き止める。
「でも、そろそろパーティーが始まってしまう。騎士団や近衛に伝える時間はないぞ」
「じゃあ、どうしたら……」
救いを求めるようにヴィンスを見返すと、彼は心得たとばかりにニヤリと笑った。
「だったら、俺たち二人でなんとかしようぜ」
◇・◇・◇
大広間に戻ってしばらくすると、けたたましいファンファーレとともに王家のみなさまが順番に入場してきた。
そのまま陛下の挨拶が始まり、それが終わると王族は中央の大階段を降りてきて、貴族たちや他国の使節団の挨拶を受ける。
そのための長い列が、どんどんできていく。
「ここまで来てもまだフリュムを使おうだなんて、まどろっこしいことはしないだろ」
列の後方に並びながら、ヴィンスは小声でそう言った。
「今フリュムを使ったとしても、依存症状が出るまでちょっと時間がかかるからな」
「私もそう思う。せっかくここまで来てるんだから、実力行使に及ぶはずよ」
「殿下を直接狙うのか?」
「多分ね。私の読みが当たっているなら、今日ここに潜り込んでいるのはマグノールの暗殺部隊よ」
私の言葉に、さすがのヴィンスも目を見開く。
「それ、あれだろ? 戦争のときによく出てくる――」
「そう。七年前の戦争のときもその前も、あの暗殺部隊のせいで辺境伯軍はひどい目に遭っているのよ。といっても、毎回返り討ちにしているんだけど」
マグノールの暗殺部隊は一人ひとりが高い身体能力を持ち、闇に紛れた俊敏な身のこなしで一撃必殺の攻撃を仕掛けてくる特殊精鋭部隊である。
辺境伯軍の大将たるお父様とて、何度命を狙われたかわからない。
でも、奇襲や隠密作戦で直接命を狙われるたびに、お父様はそれをことごとく跳ね除けてきたのだ。
お父様いわく、「あいつらは、いつも詰めが甘いからな」とのこと。
「彼らは多分、国内貴族のふりをして、この列の中に紛れ込んでいると思う。カストル殿下に一番近づいたところで、直接命を狙うはずよ」
「殿下のすぐ脇に控えていられたら攻撃を防げるだろうけど、そうもいかないしな」
いきなり私たちがカストル殿下のそばに行ったところで、近衛の人たちに追い払われるのが関の山だ。そもそも、そこまで行くのにこの人だかりの中をどうすればいいというのか?
こんなとき力を借りたいお父様やルシオラ侯爵だって、全然見つけられないというのに。
「わかった」
何がわかったのかまったくわからない私を尻目に、ヴィンスは私の耳元に顔を近づける。
「そいつらがどこに紛れているのかはわからないけど、アメリアなら怪しい動きを瞬時に見極められるだろ? 俺の加護もあるんだし」
「……あ、そうかも」
「じゃあ、今だ、と思ったら合図して。一瞬でそいつらのところまで連れていってやるよ」




