16 天才魔術師の独占欲が炸裂する
「えーーーーっ!?」
ついつい大声を上げてしまった私を眺めながら、ヴィンスがふっと可笑しそうに笑う。
「な、な、なんでそう言い切れるの?」
「まあ、見てればわかるよ。なんていうか、あー、こいつらとっくにやっちゃってんなーっていう距離感だろ?」
「だろ?」と聞かれましても。
わかるわけがないでしょう!
「じゃ、じゃあ、ダイロン殿下はフリュム依存でああなっているわけではなく……」
「別に、フリュムがどうとか関係なく、あいつは昔から馬鹿で無能だっただろ」
「……相変わらず、辛辣すぎない?」
「事実だと思うけど」
なんだかちょっと、ヴィンスの声に不機嫌そうな色が混じっている。
理由がわからなくて首を傾げると、ヴィンスが私に甘えたような視線を向けた。
「ダイロン殿下のことなんか、心配する必要ないだろ」
「でも、もし、殿下がフリュム依存になっているのなら、黙って放っておくわけには――」
「フリュム依存にはなってないし、もしなっていたとしても別に構わない。アメリアが殿下を気遣う必要なんてないよ。あんなにひどい扱いを受けてきたんだから」
「それとこれとは、別の話っていうか――」
「そんなことない。第一、俺が嫌だ」
「はい?」
「殿下のことなんか、考えてほしくない。俺のことだけ考えててほしい」
「え……」
いきなり激強な独占欲にさらされて、ちょっと身の置き所がない。
「ヴィ、ヴィンス……?」
「アメリアはさ、もっとちゃんと自覚したほうがいいよ。俺の魔力量、舐めないでほしいんだけど?」
「魔力量……?」
「魔力量の多さと執着の強さは比例するって言っただろ。俺の魔力量、尋常じゃないんだよ? 神殿の魔力測定器が壊れちゃったんだから」
その話は、私もどこかで小耳に挟んだことがあるけれども。
「アメリアの口から、ほかの男の名前とか聞きたくない。いつでもどこでも俺のことだけ考えて、俺のためだけに生きてほしい。早く俺だけのものになってほしいし、早く俺だけのものにしたい」
まっすぐに、射るような視線で私を見つめるヴィンスを、私も見返した。
物騒すぎるくらい過激な執着を隠す気もないヴィンスに、私は思わずふふ、と微笑む。
「ヴィンスのほうこそ、私を甘く見てるんじゃない?」
「……え?」
「だってヴィンス、最初に言ったじゃない。自分は多分変態だって。毎日破廉恥な妄想してるとか、もっといろんなことしたいとか」
「……あー、エロい妄想ね」
「そういうのわかってて、どんどん好きになっちゃってるんだから。私も大概だと思うのよ」
「……似た者同士ってこと?」
「そういうこと」
「アメリアも変態ってこと?」
「それは違うけど」
断じて違うと言わせていただきたい。
「じゃあ、変態同士ってことで、いちゃいちゃしてもいい?」
だから私は変態じゃないってば。
言い返そうと思ったけど、いちゃいちゃに関しては概ね異議がなかったから、結局そのまま頷いたのだった。
◇・◇・◇
なんだかんだで、建国記念パーティーが近づいてきた。
メルム商会に対する秘密の捜査は、着々と進んでいる。カストル殿下の指揮のもと、魔術師団の探索用魔導具も存分に駆使して捜査した結果、メルム商会がフリュム密売に関与しているという証拠は確実に集まりつつある。
ただ、敵もさるもの。メルム商会と隣国マグノールとのかかわりを示す決定的な証拠は、まだ掴めていない。
マグノールがこの国を狙い、姑息な手段で揺さぶりをかけているとわかった以上、建国記念祭を延期したほうがいいのでは、と主張する重鎮たちは意外に多かったらしい。
でも、カストル殿下はこう言ったのだ。
「こんなときだからこそ、我々がどんな卑劣な敵にも屈しないということを、国の内外に知らしめるべきだろう!」
そんなわけで、殿下は今、パーティーの準備と秘密捜査の指揮で大忙しである。
パーティーには、なぜか私とヴィンスも招待されている。王太子の友人枠らしい(そんな枠があるのか?)。
「パーティーなんてどうでもいいけど、アメリアに俺好みのドレスを贈れるのはいいかも」
そう言ってヴィンスが贈ってくれたドレスは、深くて渋い青のグラデーションが胸元から裾にかけて広がる、シンプルなドレスだった。夕暮れどきの光と闇とが溶け合うような神秘的な色合いは、ヴィンスの瞳の色そのままである。
まさに、ヴィンスの独占欲が遺憾なく発揮された、唯一無二のドレス。
お父様なんか、目にした瞬間言葉に詰まっていたもの。まあ、無理もない。
そうして迎えた、パーティー当日。
「ヤバい。直視できない」
私を迎えにきたヴィンスは、玄関ホールで私の姿を見た途端、ぴしりと固まった。
「何これ。きれいすぎてヤバい。本当にヤバい。マジでヤバい」
衝撃なのか動揺なのか、彼の語彙力が完全に死んでいる。
「まずいな、これ。きれいすぎるし可愛すぎるし、どうしよう。心臓に悪いよ、ほんと。ほかの男になんか、絶対見せたくないんだけど。パーティー行くのやめたくなってきた」
「ダメでしょ、それは」
「だって、可愛すぎるアメリアが悪いよ。何なんだよ、もう。俺の色だけを纏うアメリアがここまで破壊力あるなんて……」
はあ、と大きくため息をついたヴィンスは、一言つぶやいた。
「魔力が暴走しそうだから、一回キスしていい?」
「え?」
「一回キスしないと、どうにかなりそうだから。いい?」
「ダ、ダメよ、化粧が取れちゃう――」
結局、化粧はやり直す羽目になりました。はい。
到着した王城の大広間は、絢爛豪華を極めたような眩さと美しさに溢れていた。
自国の貴族はもちろんのこと、他国の要人も数多く集まる中、私はなんとも場違いな人物を見つけてしまう。
「……ヴィンス、あそこ見て」
私の視線の先を追ったヴィンスは、あからさまに眉をひそめた。
「……ダイロン殿下のやつ、リナ嬢をパーティーに呼んだのか? 正気かよ、あいつ」
ヴィンスの言葉を聞くまでもなく、私は軽いめまいを覚える。
本来、こういった王家主催の公式パーティーに参加できるのは、伯爵家以上の人間だけ。リナ様は子爵令嬢だから、当然参加資格はない。お呼びでないのだ。
それでも、ダイロン殿下とリナ様が正式に婚約しているなら、婚約者として参加が認められることもある。でも彼らは、婚約を結んでいるわけでもなんでもない。
先日の話からすれば、ダイロン殿下はリナ様との婚約を望んでいるけれど、王太子であるカストル殿下からは反対されているらしい。恐らく、陛下や王妃殿下もあまりいい顔をされていないのだと思う。ダイロン殿下には殊更甘い国王夫妻でも、さすがに子爵令嬢を王族として迎え入れることには抵抗があると見える。
「殿下が呼んだとしても、リナ嬢がここにいるのはちょっと怪しくないか?」
「そうよね。パーティーのどさくさに紛れて、何かしらしでかそうと計画していてもおかしくはないわよね」
「いや、むしろ、そっちの可能性のほうが高い気がする」
ますます深刻そうな顔になって、ヴィンスが耳元で声を潜めた。
「俺、リナ嬢が紛れ込んでいることを騎士団と近衛騎士たちに知らせてくる。何か起こってからじゃ遅いからな」
「じゃあ私は、しばらくここでリナ様を監視しているから」
そう言うと、ヴィンスが急に不安げな目をして私を抱き寄せる。
「何かあっても、一人で行動を起こすなよ。俺が戻るまで、ここにいて」
「……『わかった』って言いたいけど、約束はできないかも」
「なんだよそれ」
「だって、嘘はつきたくないもの」
あっけらかんと言った私を見下ろして、ヴィンスは諦めたように苦笑する。
「わかったよ。じゃあ、無理はするな」
「ヴィンスも気をつけて」
「ああ。あと、ほかの男に話しかけられても、絶対無視しろよ」
……この期に及んで、やっぱりそこなの?
と思ったら、ちょっと笑ってしまった。




