15 驚愕の事実は最後に
帰りの馬車の中で、私はヴィンスにたった今起こったことを慌てて説明した。
「フリュムの匂いがした? リナ嬢から?」
「そう。リナ様がつまずいたときに、こう、ふわっと、匂いがしたの」
「……マジか」
ヴィンスは私をじっと見返したかと思うと、胸の辺りで視線を止める。
「……嗅覚が異常に鋭くなったのって、そのネックレスに付与した俺の加護魔法のおかげだよな?」
「……そ、そうね、多分」
「そうか。やっぱり俺って天才じゃない? それと、俺の愛が偉大だってことじゃない?」
褒めて褒めてと言わんばかりの顔をするヴィンス。いや、わかるけど。今はそこじゃない。
「それにしても、リナ嬢か。彼女がフリュムの密売組織に加担しているってことなのか?」
「その可能性はあるわよね……」
「そういえばさっき、『うちの商会』とか言ってたよな?」
「メルム子爵家は商会を経営しているのよ。わりと羽振りがいいって聞いたことがあるけど」
「……それだ」
得意げな顔をするヴィンスに、私も頷く。怪しいとしか、言いようがない。
「一度調べてみる価値はありそうだ」
そのまま、一旦ルシオラ侯爵家に立ち寄ると、なぜか侯爵とお父様が待ち構えていた。
というか、フリュムの解析に夢中になっていた二人に会うのは、ちょっと久しぶりである。
「おお、アメリア! しばらく見ない間に、また美しくなったのではないか!?」
うん。お父様は今日も元気らしい。
「お父様こそ、どうしたの? フリュムの解析は終わったの?」
「なんとかな。ガイウスの特殊魔導具はすごいぞ。あのような研究にこそ、じゃんじゃん金を出すべきであろう! 王家も愚かなことよ!」
いきなりの大絶賛に、ルシオラ侯爵もまんざらではない様子である。
「しかしな、解析の結果、とんでもないことがわかったのだ」
「とんでもないこと?」
「事は急を要する。お前たちも、執務室に来なさい」
ルシオラ侯爵はそう言って、すたすたと階段を昇り始める。
そうして侯爵から聞かされたのは、まさにとんでもない話だったのだ。
「解析の結果、新たに判明した重大な事実は二つだ」
ソファの向かい側に座ったルシオラ侯爵は、解析結果が示された何枚もの紙を並べながら説明し始める。
「まず一つ目は、フリュムの効果についてだ。フリュムは摂取する量によって、その効果が変わることは知っているだろう? ごくごく微量であれば媚薬の効果が発現することは明白だが、重要なのはそれ以上を摂取したときだ」
「一気に精神異常をきたすとか、廃人になるとかじゃなかったのですか?」
隣に座ったヴィンスが、勢いよく前のめりになる。
ていうか、ヴィンスってカストル殿下にはぞんざいな口調で話すのに、父親であるルシオラ侯爵には敬語を使うのね。ちょっと意外である。
「最終的には、そうなるだろう」
「最終的には?」
「フリュムはな、一定の量を摂取すると精神的な高揚感や多幸感をもたらし、しばらく持続するのだ。しかし効果が切れると、もう一度あの多幸感を手に入れたいという渇望に支配されることになる。渇望はフリュムの定期的な摂取を継続させ、やがてフリュム依存に陥った者は精神に異常をきたし、最後には死に至るのだ」
「それって……」
あまりにおぞましく、惨憺たるその事実に、二の句が継げない。
「では、フリュムの多量摂取で精神異常をきたした者というのは……」
「恐らくは一気に摂取したのではなく、定期的かつ持続的に摂取した結果であろう。フリュムのもたらす多幸感や高揚感は、一度経験してしまうとそれを知らなかった頃には戻れぬほど強烈なものらしいからな」
「そんなヤバい魔法薬、いったい誰が……」
ヴィンスの言葉に、ルシオラ侯爵は一枚の解析結果を引っ張り出した。
「その答えは、これに示されている」
「え?」
「フリュムの成分を事細かに分析した結果だ。ここを見ろ。ごくわずかではあるが、希少な薬草の成分が検知されている」
「……ファドラの葉? それって確か……」
「隣国マグノールにしか自生しない薬草だ」
私は思わず、顔を上げた。
お父様の表情を窺うと、珍しく感情の読めない顔をしている。
「まさか、マグノールがこの魔法薬を……?」
「その可能性は高い。ファドラの葉はマグノールにしか自生しない希少種であり、その自生地はマグノール王家によって厳重に管理されている。他国には一切流通しておらず、自生地から盗み出すこととて至難の業だろう」
「マグノールのやつらめ、武力では我らに遠く及ばないと知って、こんな姑息な手段を考えついたに違いない!」
お父様が、力任せにドンッとテーブルを叩きつける。
隣国マグノールといえば、この国と我がローヴァル辺境伯家にとっては宿敵。
まさに因縁の敵である。
でも七年前の戦争以降、小規模な小競り合いはあっても深刻な武力衝突はなく、ちょっとは懲りたのかな、と思っていたのに。
あろうことかとんでもない魔法薬を開発し、この国に広めることで内側からじわじわ突き崩そうとしていたなんて……!
「この解析結果については、すでに王家にも知らせてある。じきにフリュム密売にかかわった人物及び組織の検挙に向けて、騎士団による大規模な一斉捜査が始まるであろう」
侯爵の言葉に、私は思わず「あ!」と叫んだ。
大事なことを、思い出したのだ。
「なんだ? どうした?」
「そのフリュムの密売にかかわっていることが疑われる人物がいるんです」
「は? それは誰だ」
「リナ・メルム子爵令嬢です」
それから私は、さっきの王城での出来事について説明した。
お父様もルシオラ侯爵も驚いた様子を見せながら、阿吽の呼吸で次々に仮説を打ち立てる。
「メルム子爵家……。メルム商会か。確かに、最近勢いはあるようだが」
「商会を隠れ蓑にして、フリュム密売に手を染めているということか?」
「となると、メルム子爵家がマグノールと密かに通じている可能性があるな。隣国と通じ、フリュムを密かに広めて、この国を窮地に陥らせるつもりなのか」
「なんにせよ、詳しく調べてみるよりほかあるまい」
いつもは勢いに任せて走り出すお父様が、なんとも冷静な物言いである。これもルシオラ侯爵と仲よくなった影響? お友だち効果?
でも、敵の正体がマグノールなら、そしていずれはこの国の覇権を奪おうとしているのなら、ローヴァル辺境伯家とルシオラ侯爵家とが結びつくことを阻止したかったのも頷ける。
だって両家が手を結んだら、マグノールになんて負ける気がしないもの。
それからすぐに、メルム子爵家と子爵家が経営するメルム商会に対する、秘密の捜査が始まった。
捜査の指揮を執るのは、カストル殿下。
現状、メルム子爵家の疑惑について、陛下やダイロン殿下には知らされていないらしい。
「ダイロン殿下が知ったら、確実に邪魔してくるだろうからな」
ヴィンスの言葉には完全同意なのだけど、私はどうにも釈然としない。
「この前王城で鉢合わせしたときに、リナ様が炭酸飲料を持っていたじゃない?」
「ああ、『売り出し中』とか言っていたわりには、商会の店頭に一本も並んでいなかったっていう、あれか?」
そうなのだ。
あのときの炭酸飲料が怪しいと思って調べてもらったところ、それらしき商品は一つも見当たらなかったというのだ。
だからますます怪しい、と私たちは睨んでいる。
「店頭にないってことは、あの中にフリュムが入っていた可能性が高いと思うのだけど」
「だからフリュムの匂いがしたんだろうしな」
「もしかしてダイロン殿下は、すでにフリュムを摂取させられていて、とっくにフリュム依存になっているんじゃないかしら? だからフリュムをくれるリナ様に、あそこまで入れ揚げて、執着して――」
「いや、それはない」
間髪を入れず否定するヴィンスに、少し驚く。
「え、なんでそう言い切れるの?」
「だってあいつを意のままに操りたいなら、フリュム以上にいい方法があるからさ」
「どういうこと?」
「つまり、殿下とリナ嬢には、とっくに体の関係があるってこと」
ヴィンスがさらりと爆弾を落とした。




