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『佐和山若旦那録 〜湯宿の若旦那、石田三成として帰る場所を守る〜』  作者: 天手古まい
第五章 敗れても、帰る場所は残る

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第四十四湯 黒羽、勝ちを笑う

関ヶ原の勝敗は、武将たちの刃だけで決まったわけではありません。


届かなかった文。

先に広がった噂。

そして、人の胸に沈んでいた疑い。


今回は、戦場の表には名を残さない「影」と、敗れた三成が初めて向き合います。


勝った者と、敗れた者。


二人の間に残ったのは、半分の白湯でした。

挿絵(By みてみん)


島津の銃声が、遠ざかっていった。


一つ鳴るたび、誰かが残り。


次の一つが鳴るたび、誰かが倒れる。


やがて、その音も山の向こうへ消えた。


湊一は振り返らなかった。


振り返れば、追いかけてしまう。


豊久を呼び戻そうとしてしまう。


帰れ、と言った者を、自分のために死なせぬよう手を伸ばしてしまう。


だが、もう遅かった。


関ヶ原の西軍は崩れていた。


道には、捨てられた旗が落ちていた。


大一大万大吉。


泥に踏まれたその文字を、湊一は拾わなかった。


旗を守って死ぬより、生きて帰る者が一人でも増えた方がよい。


そう思えるようになるまで、あまりにも多くの者を失った。


「殿、こちらへ」


付き従っていた兵が、山へ続く細道を示した。


その兵も肩を射抜かれていた。


「お前は南へ行け」


「しかし――」


「その傷では、俺といても死ぬ」


「殿を置いては行けませぬ」


「命令だ」


湊一は兵の胸を軽く押した。


「具足を捨てろ。刀も要らぬ。川へ出たら流れに沿え」


兵は歯を食いしばった。


「逃げよと仰せですか」


「生きて帰れと言っている」


兵の目に涙が浮かんだ。


それでも最後には、深く頭を下げた。


「……御免」


兵が木立の向こうへ消える。


一人になった湊一は、北へ続く山道を歩いた。


右脚が重い。


脇腹も痛む。


どこで受けた傷か、もう分からなかった。


日が傾き、木々の間が暗くなり始めた頃。


紙の焦げる匂いがした。


炊事の煙とは違う。


墨と油と、古い紙を焼く匂いだった。


湊一は足を止めた。


林の奥に、小さな小屋があった。


炭焼き小屋に見える。


だが軒下には、泥のついていない草鞋が何足も並び、裏手には乗り換え用らしい馬がつながれていた。


戸の隙間から、火の明かりが漏れている。


中では数人の男が、文箱から紙を取り出し、炉へ投げ込んでいた。


「名の残るものは、すべて焼きなさい」


女の声がした。


「近江へ向かう文だけを残して。終えた者から東へ抜けなさい」


黒い衣をまとった女が、火の前に立っていた。


男の一人が湊一に気づき、刀へ手をかける。


「何者だ」


湊一は答えなかった。


火に投じられる文の一つに、黒い羽根が添えられていた。


届かなかった書状。


先回りした噂。


誰も知らぬはずの道に残された黒い羽根。


湊一の中で、すべてがつながった。


「お前が……あの羽根の主か」


女が振り返った。


男たちが一斉に刀を抜く。


だが女は、片手を上げて止めた。


「先に行きなさい」


「しかし、この男は――」


「分かっています」


女は湊一から目を離さなかった。


「だからこそ、あなた方は行きなさい。まだ運ぶべき文があるでしょう」


男たちは迷った末、文箱を抱えて裏口から出ていった。


馬の蹄の音が遠ざかる。


小屋には、湊一と女だけが残った。


「敗軍の将に名乗る必要がございますか」


女は笑った。


戦場で聞いた、あの笑い声だった。


「俺を敗れさせた者の顔くらい、見ておきたい」


「私一人があなたを敗れさせたわけではありません」


「では、何をした」


女は燃え残った一枚の文を、火箸で裏返した。


「使者を半刻、休ませました」


紙の端が赤く燃える。


「届く順番を、少し入れ替えました」


墨の文字が炎に呑まれる。


「疑っている者へ、疑われていると伝えました」


女は、灰になった文を炉の奥へ押し込んだ。


「それだけです」


「それだけで、何千人が死んだ」


「いいえ」


女の笑みが深くなる。


「私は裏切りを作ってなどおりません」


「何?」


「人の胸には、初めから泥が沈んでいる」


炉の脇には、水を張った桶が置かれていた。


女は指先を水へ入れ、底の灰をかき混ぜる。


澄んでいた水が、たちまち黒く濁った。


「私はそこへ、ほんの少し水を流しただけです」


「濁ると分かっていてか」


「濁らせなければ、底に何が沈んでいるか、誰も見ようとはしません」


女は指についた水を払った。


「人は私を、黒羽と呼びます」


初めて聞く名だった。


だが、不思議と驚きはなかった。


この女には、それ以外の名が似合わないように思えた。


「黒羽」


湊一が呼ぶと、女は満足そうに目を細めた。


「ええ。石田三成様」


「勝った気分はどうだ」


「悪くありません」


黒羽は小屋の外へ目を向けた。


遠くから、東軍の勝鬨が聞こえてくる。


「今日で戦が終われば、明日から焼かれずに済む村があります」


「……」


「刈られずに済む稲があります。父を兵に取られずに済む子がいます」


黒羽は静かに続けた。


「ここで決着がつかなければ、次は今日の十倍が死ぬ」


「そのためなら、今日ここで死んだ者は仕方がないと?」


「仕方があるかないかで、天下は治まりません」


黒羽の声から、笑みが消えた。


「誰かが勝たねばならない。誰かが、終わらせねばならないのです」


その時だった。


小屋の外で、枝の折れる音がした。


次いで、何かが地面を引きずる。


黒羽が振り向く。


戸口に、少年が立っていた。


いや。


立っているのが不思議なほど、傷ついていた。


片方の草鞋は失われ、足袋は血と泥で黒く染まっている。


腹を押さえた指の間からも、赤いものが流れていた。


それでも脇に抱えた細い文筒だけは、離していない。


「黒羽……様」


少年は敷居を越えようとして、その場へ崩れた。


黒羽が駆け寄る。


「弥吉」


初めて、黒羽の声が乱れた。


少年――弥吉は、血のついた文筒を差し出した。


「届けました」


「なぜ戻ったのです」


黒羽は少年の腹を押さえた。


だが傷は深い。


押さえても、指の間から血があふれる。


「そのまま東へ抜けろと命じたはずです」


「戻って……報せろと」


「それは無事ならばです」


弥吉は、叱られた子どものように笑った。


「ちゃんと届いたって……黒羽様に、言いたくて」


黒羽は文筒を受け取った。


その手が、かすかに震えていた。


「これで……」


弥吉は息を吸おうとして、激しく咳き込んだ。


「これで、戦は終わるんですよね」


黒羽は答えた。


「終わります」


「本当に?」


「ええ」


弥吉は安心したように目を閉じた。


「よかった……」


しばらくして、その唇が小さく動いた。


「水……」


炉には鉄瓶がかかっていた。


湯気が細く上がっている。


黒羽はそれを見た。


だが、動かなかった。


「飲ませてやれ」


湊一が言った。


黒羽は少年から目を離さない。


「もう助かりません」


「助けるためではない」


黒羽が顔を上げた。


「では、何のためです」


「人として死なせるためだ」


黒羽の瞳が揺れた。


湊一は鉄瓶へ手を伸ばした。


しかし、傷と疲れで指に力が入らない。


湯を注ごうとした椀が傾き、熱い雫が炉端へこぼれた。


竹筒の中で、ちゃぷん、と水が鳴った。


『やめよ』


白那の声だった。


弱々しく、それでも尊大な声だった。


『その水は、そなたが生き延びるためのものじゃ』


湊一は腰の竹筒を外した。


「俺はまだ、自分で水を探せる」


『愚か者。ここがどこか分かっておるのか』


「湯なら、また沸かせばいい」


湊一は竹筒に残ったわずかな水を、椀へ注いだ。


鉄瓶の白湯と混ざり、湯気がふわりと立った。


「持ってくれ」


湊一は椀を黒羽へ差し出した。


「私に?」


「俺では、こぼす」


「その子をここまで走らせたのは、お前だろう」


黒羽の顔が硬くなる。


「命令をしたのは私です。ですが――」


「なら、最後まで見届けろ」


黒羽は椀を受け取った。


弥吉の頭を起こそうとするが、うまく支えられない。


湊一が少年の背へ腕を回した。


黒羽が椀を唇へ近づける。


弥吉は湯を飲もうとして、むせた。


黒羽の手が止まる。


「ゆっくりだ」


湊一の手が、黒羽の手を下から支えた。


二人の指が、同じ椀に触れる。


「一度に飲ませるな」


「分かっています」


「なら、手を震わせるな」


「……黙りなさい」


黒羽は唇を噛んだ。


もう一度、少しだけ椀を傾ける。


弥吉の口へ、白湯が流れた。


少年の喉が小さく動く。


「あったかい……」


弥吉は笑った。


黒羽の指が止まる。


「姉ちゃんが……冬になると、こうしてくれた」


もう一口。


「帰ってきたみたいだ」


小屋の外で、風が木々を揺らした。


弥吉は薄く目を開け、黒羽を見た。


「黒羽様」


「何です」


「俺……ちゃんと帰ってこられましたか」


黒羽の口が動いた。


だが、声が出ない。


湊一が答えた。


「ああ」


弥吉の目が、湊一へ向く。


「お前は、ちゃんと帰ってきた」


少年は、ほっとしたように笑った。


黒羽がようやく、その手を握った。


「弥吉」


少年の指から力が抜けていく。


「帰りましたよ」


黒羽は、もう一度言った。


「お前は、帰ってきました」


弥吉の胸は、二度と動かなかった。


椀には、白湯が半分残っていた。


黒羽は少年の手を握ったまま、動かなかった。


湊一が弥吉の目を閉じる。


その瞬間、黒羽が湊一の手を払いのけた。


「触るな!」


黒羽は短刀を抜き、湊一の喉へ突きつけた。


「あなたが兵を挙げなければ、この子は死ななかった!」


湊一は刃を見なかった。


弥吉の顔を見ていた。


「そうかもしれない」


「あなたたちが天下を奪い合うから、村の子まで文を運ばされる!」


「そうだ」


「なぜ言い返さない!」


黒羽の声が震えた。


「何か言いなさい! 大義でも、忠義でも、豊臣の世でも!」


「俺が何を言っても、この子は帰らない」


黒羽の短刀が、湊一の首へ触れた。


薄く血がにじむ。


「分かったような口を利くな」


「分からない」


湊一は静かに答えた。


「俺は、お前がどこで生まれたかも知らない」


「……」


「弥吉が、どんな家で育ったのかも知らない」


「なら、黙りなさい」


「ただ、帰りたかったことだけは分かる」


黒羽の呼吸が止まった。


短刀が、わずかに下がる。


「私の村は、一度ではありませんでした」


黒羽は弥吉を見つめたまま言った。


「最初は西から来た軍が焼いた」


炉の火が、ぱちりと鳴る。


「次は東から来た軍が、残った米を奪った」


黒羽の声は平らだった。


平らであろうとするほど、その奥にあるものが伝わった。


「どちらも言いました。これで戦は終わると」


湊一は黙って聞いた。


「井戸へ死体を投げ込まれました」


黒羽の指が、弥吉の髪に触れる。


「弟は熱を出していた。三日間、水を欲しがった」


その指が止まる。


「私は沢を探しました」


「……」


「ようやく水を見つけて戻った時には、もう声を出しませんでした」


黒羽は笑おうとした。


だが、口元が歪んだだけだった。


「だから私は決めたのです」


短刀を握り直す。


「一つの軍が勝てばよい」


「……」


「一人の天下人が、すべてを治めればよい」


黒羽の目に、炉の火が映る。


「十人を死なせれば、百人が生きるのなら、私は十人を選ぶ」


「……」


「一つの城を焼けば、十の村が残るのなら、私は城を焼く」


黒羽は湊一を見た。


「それが、私の正義です」


湊一は、弥吉の足を見た。


草鞋を失った、血まみれの足。


「お前は、弟のように死ぬ子をなくしたかった」


「その通りです」


「それで、弟と同じ年頃の子を走らせた」


黒羽の顔が変わった。


短刀が再び湊一の喉元へ迫る。


「黙れ!」


「俺を刺しても、弥吉は帰らない」


「あなたに何が分かる!」


「何も分からない」


湊一は黒羽から目を逸らさなかった。


「だから聞いている」


「何を」


「お前が終わらせたかった戦は、本当に終わったのか」


黒羽は答えなかった。


代わりに、懐から折り畳んだ紙を出した。


近江の道が描かれている。


その中の一つ。


佐和山へ向かう道に、赤い印があった。


「もう遅い」


黒羽は言った。


「あなたの城へは、すでに兵が向かっています」


湊一の胸が強く打った。


「佐和山には財がある。兵糧がある。そして、石田三成の妻子がいる」


「……」


「帰る場所が残れば、また人が集まる」


黒羽は地図の赤い印を指でなぞった。


「また旗が立つ」


「違う」


「何が違うのです」


「帰る場所まで焼くから、次のお前が生まれるんだ」


黒羽の指が止まった。


「……何を」


「お前の村を焼いた者も、同じことを言ったはずだ」


湊一は静かに続けた。


「ここを焼けば、戦が終わる」


「やめなさい」


「井戸を潰せば、敵は戻らない」


「やめろ!」


「家族を殺せば、次の兵は立たない」


黒羽が湊一の胸倉をつかんだ。


「私は、あの者たちとは違う!」


湊一は黒羽の手を振りほどかなかった。


「なら、違うところを見せろ」


小屋の中が静まり返った。


炉の上では、鉄瓶の湯が小さく鳴っている。


黒羽は湊一を突き放した。


「佐和山を救えと?」


「救えとは言わない」


「あなたを逃がせと?」


「それも頼まない」


「では、何を望むのです」


湊一は弥吉の亡骸を見た。


「城にいる者を、すべて兵に数えるな」


黒羽が眉を寄せる。


「妻子を助けろということですか」


「妻子だけなら頼まない」


「なぜです」


「飯を炊いた者がいる」


湊一は一人ずつ、そこにいるかのように言った。


「湯を沸かした者がいる」


佐和山の湯気が浮かぶ。


「傷を洗った者」


井戸の水音が聞こえる。


「子を抱いて逃げる母親」


妻の顔が浮かぶ。


「刀の持ち方も知らぬ子ども」


鈴を握る、小さな手。


「三成の城にいたというだけで、あいつらまで天下を争ったことにするな」


黒羽は言葉を失った。


「俺の家族だけ帰れて、他の者が焼けるなら」


湊一は黒羽を見た。


「それは、帰る場所とは呼べない」


湊一は立ち上がろうとした。


だが、脚に力が入らない。


身体が傾く。


黒羽が反射的に腕を伸ばした。


湊一の重みが、黒羽の肩へかかる。


血と泥にまみれた、敗軍の将の身体。


黒羽は初めて、噂でも文でもない石田三成へ触れた。


「無様ですね」


「そうだな」


「勝者へ寄りかかるおつもりですか」


「勝者にしては、手が震えている」


黒羽は湊一を突き放そうとした。


だが湊一は、立ち上がるまでその腕を借りた。


「黒羽」


「何です」


「お前も帰れ」


黒羽の手が止まった。


「私に帰る場所などありません」


湊一は、白湯の残った椀を見た。


弥吉のそばで、まだ細い湯気が立っている。


「なら、誰かの帰る場所を残せ」


黒羽は、しばらく何も言わなかった。


やがて、ゆっくり湊一から手を離す。


「敗れたくせに」


声が低くなる。


「残酷なことを言うのですね」


「そうか?」


「私が積み上げたものを、たった一杯の白湯で揺らそうとなさる」


「揺れたのか」


黒羽の瞳が鋭くなる。


「今すぐ斬られたいのですか」


「それは困る」


「なぜ」


「まだ帰す者がいる」


湊一は小屋の戸へ向かった。


「あなたのためには、何もしません」


背後から黒羽の声がした。


湊一は振り返らない。


「それでいい」


「城は落ちます」


「ああ」


「あなたも、いずれ捕らえられる」


「知っている」


「それでも行くのですか」


湊一は立ち止まった。


「俺が帰れなくても、帰れる者はいる」


竹筒の中で、小さく水が鳴った。


『そなたは、本当に愚か者じゃ』


白那の声に、湊一はわずかに笑った。


「今日だけで何度目だろうな」


『数える気にもならぬ』


湊一は山道へ出た。


木立の向こうへ、その姿が消えていく。


黒羽は追わなかった。


しばらくして、弥吉のそばへ膝をつく。


少年の手に、空になった文筒を握らせた。


「役目は終わりました」


黒羽はそう言った。


「もう、走らなくてよい」


炉の火へ、新たな文をくべる。


佐和山の城下に住む者たちの名が書かれた紙だった。


妻。


子。


女房衆。


飯炊き。


湯番。


荷運び。


一枚ずつ、火の中へ消えていく。


黒羽は地図を広げた。


佐和山の裏手。


井戸の祠。


水路に沿う細い道。


そこへ引かれていた印を、墨で塗り潰す。


代わりに、北の寺道へ新たな線を引いた。


「石田の妻子は、北へ逃れた」


黒羽は誰に聞かせるでもなく呟いた。


嘘だった。


次に、佐和山へ急ぐ使者へ渡す札の刻限を書き換える。


ほんの半刻。


別の確認を挟めば、一刻ほど遅れる。


城は救えない。


攻め手も止められない。


それでも、子どもの足で一つ山を越えるほどの時間にはなる。


黒羽は筆を置いた。


「一刻だけです」


弥吉のそばに残された椀から、最後の湯気が消えようとしていた。


「それ以上は、私にも残せません」


黒羽は少年の顔を見た。


「……水を飲ませる時間くらいには、なるでしょう」


遠くで、徳川方の勝鬨が響いた。


関ヶ原は終わった。


天下は、勝者を選んだ。


黒羽は立ち上がった。


いつものように、口元を上げる。


戦は終わった。


自分は勝った。


これで焼かれずに済む村がある。


水を求めて死なずに済む子がいる。


そう信じてきた。


だが、指にはまだ、弥吉へ白湯を飲ませた椀の温かさが残っていた。


黒羽は笑おうとした。


けれど、喉の奥からは何の音も出なかった。


炉の中から、黒い灰が舞い上がる。


羽根のような灰は、小屋の隙間から夜空へ抜けた。


そして、佐和山へ向かう軍勢とは反対の方角へ流れていった。


慶長五年九月十五日、夕刻。


関ヶ原の戦は終わった。


その夜、佐和山へ向かう追手は、一刻だけ道を誤った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


黒羽と少年・弥吉、敗走路にある「影の継ぎ所」は、本作独自の創作です。


黒羽もまた、戦乱によって帰る場所を失った一人。


多くを救うために少数を切り捨てる黒羽と、すべてを救えなくても目の前の一人を帰そうとする三成。


どちらも戦を終わらせたいと願いながら、選んだ道は正反対でした。


けれど、一杯の白湯を二人で支えたことで、黒羽は初めて自らの正義に潜む矛盾へ触れます。


三成の言葉によって佐和山に残された、わずか一刻。


次湯、第四十五湯「佐和山、炎上す」。


関ヶ原の敗北は、ついに佐和山へ届きます。

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