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『佐和山若旦那録 〜湯宿の若旦那、石田三成として帰る場所を守る〜』  作者: 天手古まい
第一章 佐和山の水

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第四湯 水守の代償

第四湯です。

濁った井戸の一件を経て、村に水は戻りました。

しかし、水を戻すには当然ながら代償がありました。

今回は、白那の「水守」としての力と、その危うさが少し見える回です。

口は悪く、態度は大きく、でもなぜか放っておけない白い巫女。


関ヶ原まで、あと九十日。

湊一の佐和山再建は、まだ始まったばかりです。

第四湯 水守の代償


朝一番に、村の井戸が鳴った。


ぎい、と滑車が軋む。


桶が落ちる。


水を打つ音がする。


その音を聞いた瞬間、井戸端に集まっていた村人たちの顔が、一斉に変わった。


昨日まで、桶は底の泥をさらうばかりだった。


水は出ても、濁り、臭い、飲むにはためらうようなものだった。ひどい時には、桶の底に泥だけが重く残った。


それが今朝は違った。


引き上げられた桶の中で、水が朝日を受けて光っている。


澄んでいた。


冷たく、清く、まるで夜のうちに井戸そのものが生まれ変わったようだった。


「……水じゃ」


誰かが、ぽつりと言った。


次の瞬間、井戸端が揺れた。


「戻ったぞ!」

「水が戻った!」

「おっ母、粥が炊ける!」

「赤子に飲ませられるぞ!」


泣く者がいた。


手を合わせる者がいた。


桶に顔を近づけ、ほんの少しだけ水をすくって口に含み、その場にへたり込む女もいた。


石田三成。


いや、現代の湯宿「白峰」の若旦那だった白瀬湊一は、その光景を少し離れた場所から見ていた。


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


水がある。


ただそれだけで、人の顔つきは変わる。


飯が炊ける。


湯が沸かせる。


赤子が泣き止む。


老人が喉を潤せる。


水とは、つまり帰る場所の根っこなのだ。


湊一はそう思い、息を吐いた。


「よかった……」


本音だった。


しかし、安心したのは一瞬だけだった。


若旦那時代の癖が、すぐに頭の中で帳面を開く。


井戸は戻った。


では、誰が管理する。


桶の順番は。


水を汚した時の決まりは。


水番は誰がやる。


また誰かが囲い込んだらどうする。


苦情はどこで受ける。


責任者は誰だ。


湊一は額を押さえた。


――井戸ひとつ戻っただけで、旅館の大浴場より面倒くさいじゃないか。


大浴場ならまだいい。


湯温、清掃、塩素、脱衣所、忘れ物、たまに「お湯が熱い」「ぬるい」で揉める程度だ。


だが戦国の井戸は命に直結している。


湯加減では済まない。


水加減で村が割れる。


「殿」


背後から声がした。


振り返ると、島左近が立っていた。


いつものように腕を組み、目つきは鋭い。


だが今日は、その目が井戸ではなく、湊一の胸元を見ていた。


そこには、小さな鈴が下がっている。


白峰さんの鈴。


湊一をこの戦国へ導いた、不思議な鈴だった。


「昨夜の鈴の音」


左近が言った。


「井戸の底まで響いておりましたな」


湊一は、視線をそらした。


「気のせいだ」


「拙者、耳は悪くござらん」


「戦場で聞き間違いとかあるだろ」


「殿の嘘ほど聞き分けやすい音はありませぬ」


「嫌な特技だな」


左近はわずかに口元を緩めた。


だが、すぐに真顔へ戻る。


「それより、あの白き巫女はどちらに」


湊一の胸が、どきりと鳴った。


白那。


昨夜、井戸の水筋を戻した白い髪の巫女。


水面に立つように現れ、人の世の理など知らぬような顔で、庄屋の嘘も村人の怒りも、まとめて見下ろしていた。


神々しく、美しく、そしてやたら偉そうだった。


だが最後に見た時、白那の姿は揺らいでいた。


白い指先が透け、髪から滴る水が光になって消えていた。


「……祠だ」


湊一は言った。


「見に行く」


村の外れには、古い榎がある。


その根元に、小さな祠があった。


石は苔むし、屋根板は割れ、長く放っておかれたことがひと目でわかる。


昨日までは、そこから黒く濁った水が滲み出していた。


今日は違った。


祠のまわりの土は湿っているが、濁りはない。


水は清く、細い糸のように石の隙間を流れていた。


その祠の前に、白いものが落ちていた。


いや。


落ちていたのではない。


丸まっていた。


湊一は、そこで足を止めた。


左近も止まった。


二人とも、しばらく声が出なかった。


祠の前に座り込んでいたのは、小さな少女だった。


年の頃は、五つか六つ。


白い髪は肩より少し長く、寝癖のようにふわふわと跳ねている。


肌は雪のように白く、頬だけがうっすら桃色だった。


着ている白い衣は明らかに大きすぎて、袖は手をすっぽり隠し、裾は地面に広がっている。


小さな手。


小さな足。


そして、こちらを見上げる大きな瞳。


その瞳だけは、昨夜の白那と同じだった。


湊一は、口を開けたまま固まった。


左近が低い声で言う。


「殿」


「言うな」


「あれは」


「言うな」


「白那殿にござるか」


「だから言うなって」


少女は、むすっとした顔で二人を見上げた。


そして、小さな唇を開いた。


「遅い」


声は幼い。


だが、態度は変わらなかった。


白那だった。


完全に白那だった。


湊一は膝から崩れそうになった。


「……白那?」


「そうだ」


「小さくなってるぞ」


「見ればわかる」


「いや、それはこっちの台詞だ」


白那はぷいと顔をそらした。


その仕草が、腹が立つほど可愛かった。


昨夜までなら、神前で首を垂れるしかないような気配があった。


水の底から人の罪を見透かす、冷たい巫女。


それが今は、袖に埋もれた小さな子どもである。


しかも態度だけは相変わらず上から来る。


左近が真顔で言った。


「殿。これは……」


「わかってる。厄介だ」


「いえ」


「違うのか」


「可愛らしゅうございますな」


「そっちか!」


白那は左近を見た。


「お前、見る目がある」


「恐れ入ります」


「褒美に、そこに膝をつけ」


「はっ」


「左近、従うな!」


島左近が、本当に片膝をつこうとしたので、湊一は慌てて止めた。


白那は不満そうに頬を膨らませる。


「水守に礼を尽くせ」


「礼は尽くす。だが、子どもの姿で家臣を跪かせるな」


「子どもではない」


「見た目は完全に子どもだ」


「中身は水守」


「じゃあ水守として説明してくれ。なぜそうなった」


白那は、ふん、と鼻を鳴らした。


小さな鼻だった。


そのせいで、威厳は半分ほど飛んだ。


「井戸の水筋が傷んでいた」


「水筋?」


「山から村へ流れる水の道だ。土の下にも、石の奥にも、水の通り道がある。人が欲で塞ぎ、怒りで濁し、怯えで乾かした」


白那は祠を指した。


「祠は水筋の結び目。そこが割れていた」


湊一は祠に目を向けた。


割れた石の隙間に、白い筋が入っている。


まるで水そのものが糸になって、石を縫い合わせたようだった。


「お前が直したのか」


「そうだ」


「どうやって」


「わたしの水を使った」


湊一は、すぐには言葉の意味がわからなかった。


「白那の水?」


「水守は、水を守る。だが水を動かすには、水守の身の内の水を差し出す」


白那は自分の胸元に手を当てた。


「たくさん使えば、形を保てぬ。だから小さくなる」


湊一の喉が詰まった。


左近も黙った。


井戸が戻った。


村人は救われた。


その代わりに、白那は削れたのだ。


湊一は、昨夜の自分を思い返した。


水を戻したいと願った。


村を救いたいと思った。


白峰さんの鈴を握りしめ、白那に頼った。


その結果が、これだった。


小さくなった白那は、じっと湊一を見ている。


責めてはいない。


ただ、見ている。


その方が、余計にこたえた。


「……すまない」


湊一は、白那の前に膝をついた。


白那の眉がぴくりと動く。


「何をしている」


「謝ってる」


「なぜ」


「俺が頼ったからだ。井戸を戻すことしか考えてなかった。お前が代償を払うことまで考えてなかった」


白那は首を傾げた。


白い髪がさらりと揺れる。


「お前が謝ることではない」


「ある」


「ない」


「ある」


「ない。しつこい男だ」


「五歳児に説教される三成って、だいぶきついな」


「五歳児ではない」


「見た目はな」


「水守だ」


「じゃあ水守様に聞く。痛かったのか」


白那は、少しだけ黙った。


その沈黙で、湊一は答えを知った。


白那は視線をそらす。


「痛みなど、どうでもよい」


「どうでもよくない」


「水が戻った。村は生きる。それでよい」


「よくない」


湊一の声が、思ったより強くなった。


白那がこちらを見る。


湊一は、自分の胸の奥にある言葉を探した。


現代の湯宿で、何度も見た。


人手が足りないから。


お客様のためだから。


今日だけだから。


あと少しだから。


誰かが無理をして、誰かが笑顔でごまかして、気づいた時には心も体もすり減っている。


湯は沸いているのに、沸かしている人間が冷えていく。


それは、宿ではない。


それは、ただの消耗だ。


「白那」


湊一は言った。


「俺は佐和山を、帰れる場所にしたい」


白那は黙っている。


「水があり、湯があり、飯があり、誰かが待っている場所だ。けど、そのために誰か一人が削れていくなら、それは帰る場所じゃない」


白那の小さな指が、袖の中で少しだけ動いた。


湊一は続けた。


「だから次からは、勝手に背負うな」


「水守は水を守る」


「守るなとは言ってない。ひとりで払うなと言ってる」


「人は水を汚す」


「人は井戸も直す。桶も運ぶ。祠も建て直す。決まりも作る。全部、白那ひとりにさせない」


「……口だけなら、誰でも言える」


白那の声が、少し冷えた。


昨夜の白那が戻ったような声だった。


「人は忘れる。水が澄めば、濁っていた昨日を忘れる。喉が潤えば、乾いていた痛みを忘れる。祠に手を合わせるのも三日だ」


「だろうな」


湊一はうなずいた。


「だから仕組みにする」


白那が目を細める。


「仕組み?」


「井戸番を置く。毎朝、水の色と量を見る。桶の順番を決める。水を囲った者には罰を与える。祠を直す。月に一度、村全員で水場を清める。庄屋だけに任せない。村全体で守らせる」


左近が、そこで小さく笑った。


「殿らしいですな」


「何がだ」


「神仏の話を、番帳と役割分担に落とし込むあたりが」


「現場は役割分担で回ってるんだよ」


「戦場も同じでござる」


「宿も同じだ」


白那は、じっと湊一を見ていた。


その目は幼い顔には不釣り合いなほど深い。


しばらくして、白那はふいと顔を背けた。


「ならば、見ていてやる」


「上からだな」


「水守は上だ」


「その背丈で?」


白那が、ぎろりと睨んだ。


迫力はある。


あるのだが、袖から指先しか出ていないため、どうにも可愛い。


「湊一」


「はい」


「失礼だ」


「すみません」


「あと、腹が減った」


「急に普通の子どもになったな」


白那は胸を張った。


「代償だ」


「便利に使うな、その言葉を」


「水守の身は削れた。飯が必要だ」


「それはわかる」


「団子も必要だ」


「それは違う」


「違わぬ」


「飯が先」


「団子が先」


「飯が先」


「団子が先」


「白那」


「湊一」


二人は、しばらく睨み合った。


左近が真面目な顔で口を挟む。


「殿。ここは水守殿の御身を案じ、団子を」


「左近、お前はすぐ甘やかす側に回るな」


「この小さき御姿で腹を空かせておられるのですぞ」


「言い方がもう負けてる」


「それに、団子ひとつで水が守られるなら安いものにござる」


「戦国武将の判断基準、雑すぎないか」


白那は勝ち誇った顔をした。


「聞いたか。左近は賢い」


「そこで同盟を組むな」


結局、白那は団子を半分だけ手に入れた。


村の老婆が、井戸が戻った礼にと差し出したものだった。


白那は両手で団子を持った。


小さな手には、半分の団子でも大きい。


無表情のまま、ちま、とかじる。


頬が、ほんの少し緩む。


その瞬間、井戸端にいた村人たちの表情も緩んだ。


「水の神様じゃ」

「いや、水の童様か」

「治部様のお連れ様か」

「ありがたや、ありがたや」


村人たちが手を合わせ始める。


白那は当然のように受け入れた。


「もっと拝め」


「白那」


「礼は大事だ」


「お前、そういうところ本当に遠慮ないな」


「遠慮で水は澄まぬ」


「名言っぽく言うな」


湊一は咳払いをした。


「皆、聞いてくれ」


村人たちが顔を上げる。


庄屋の権左も、少し離れた場所でうなだれていた。


昨日、井戸を囲い、水を私物のように扱った男だ。


その罪は軽くない。


だが、井戸を戻しただけで終わりにすれば、また同じことが起きる。


湊一は権左を呼んだ。


「権左」


「……は」


「お前には、水番を命じる」


村人たちの間にざわめきが走る。


「水を囲った男に、また井戸を任せるのか」と言いたげな顔が並んだ。


湊一は、それを承知で続ける。


「ただし、ひとりではない。村から日ごとに二人ずつ、水番を補佐につける。毎朝、井戸の水の色、量、臭いを見る。桶の順を記す。揉め事があればその場で止める。水を汚す者、水を囲う者は、村全体で裁く」


権左は顔を上げた。


「わしに、まだ井戸端に立てと……」


「立て」


湊一は言った。


「お前がしたことは消えない。なら、逃げるな。睨まれながら水を守れ。村人も、権左ひとりに任せるな。水は誰かのものではない。だが、誰も守らねばすぐに荒れる」


井戸端は静まり返った。


湊一は祠を指した。


「この祠も直す。今日だけ手を合わせて終わりにするな。月に一度、水場を清める日を作る。子どもにも教えろ。水を粗末にするな。井戸に嘘をつくな」


白那が、ぽつりと言った。


「よい」


小さな声だった。


だが、不思議と井戸端の全員に届いた。


村人たちは一斉に頭を下げた。


権左も、地面に額がつくほど深く頭を下げた。


「承知……いたしました」


湊一は息を吐いた。


これで全て解決ではない。


人は忘れる。


白那の言う通りだ。


だから、忘れても続く形にしなければならない。


その日の昼、村では久しぶりに飯が炊かれた。


白い飯、というにはまだ少し粥に近い。


山菜の汁も、塩気は薄い。


豪勢な膳などではない。


それでも、湯気が立っていた。


湯気があるだけで、人の顔は変わる。


子どもが椀を抱え、老人がゆっくりと箸を動かし、女たちが互いに水を分け合う。


湊一はその光景を見ながら、胸の奥で何かがほどけるのを感じた。


湯宿も、村も、城も、きっと同じだ。


人は湯気のある場所に帰ってくる。


飯の湯気。


湯の湯気。


誰かが待っている気配。


それがあれば、人はもう一度立てる。


白那は湊一の隣で、椀を両手で抱えていた。


椀が大きすぎて、顔が半分隠れている。


左近が黙って支えてやると、白那は当然のように汁をすすった。


そして、眉を寄せた。


「薄い」


左近の目が鋭くなる。


「殿」


「言うな」


「この汁、疑うべきでは」


「疑うな」


「しかし、水の件の後に薄い汁」


「ただの塩不足だ」


白那が椀を差し出す。


「塩」


「白那まで乗るな」


「薄いものは薄い」


「水守様、遠慮という言葉を覚えてくれ」


「遠慮で汁は濃くならぬ」


「また名言っぽく言う」


村人たちが笑った。


昨日まで、井戸端には怒鳴り声と疑いの目しかなかった。


今日は笑い声がある。


その笑いを聞いて、湊一は思った。


これを佐和山にも持って帰らなければならない。


水と湯と飯。


そして、無理をした者に休めと言える場所。


白那が小さくなったのは、ただの騒動ではない。


警告だ。


誰かの犠牲で成り立つ場所は、いつか濁る。


どれほど立派な城でも、どれほど強い軍でも、内側から水が腐れば終わる。


湊一は、白那を見る。


白那は椀を抱えたまま、こっくりこっくりと船を漕いでいた。


神々しい水守。


口の悪い白い巫女。


そして今は、飯を食べたら眠くなる幼い少女。


湊一は、小さく笑った。


「白那」


「……寝てない」


「完全に寝かけてたぞ」


「水守は寝ぬ」


「今、舟こいでた」


「水の上だから問題ない」


「うまいこと言ったつもりか」


白那は眠そうな目で湊一を見上げた。


「湊一」


「なんだ」


「抱け」


湊一は固まった。


左近も固まった。


村人たちも妙な空気になった。


白那は不機嫌そうに眉を寄せる。


「歩くのが面倒だ。佐和山へ戻るのだろう」


「あ、そういう意味か」


「他に何がある」


「いや、何でもない」


左近が肩を震わせている。


湊一は咳払いをし、白那をそっと抱き上げた。


驚くほど軽かった。


軽すぎた。


昨日、村ひとつ分の水を戻した存在が、今は片腕で抱えられるほど小さい。


白那は湊一の胸元で、白峰さんの鈴に触れた。


ちりん、と音が鳴る。


白那は小さな声で言った。


「湊一」


「ん?」


「次は、払わせろ」


湊一は足を止めた。


「何を」


「代償を」


白那の瞳は、眠たげなのに、妙に澄んでいた。


「水を守る痛みは、嫌いではない。守った証だからな」


湊一は、胸の奥がぎゅっとなるのを感じた。


白那は強い。


神々しいほどに強い。


けれど、その強さは危うい。


自分が削れることを、当然のように受け入れてしまう。


むしろそれを誇りとしてしまう。


それは美しい。


けれど、放っておけば危ない。


湊一は、白那を抱く腕に少しだけ力を込めた。


「駄目だ」


「なぜ」


「俺が嫌だ」


「わがままだな」


「若旦那はわがままなんだよ」


「治部少輔でもある」


「じゃあ、命令だ」


白那が目を細める。


湊一はまっすぐ言った。


「白那だけに払わせない。水守の代償は、佐和山全体で背負う」


白那は、しばらく黙っていた。


やがて、小さく鼻を鳴らす。


「大きく出たな」


「現代人だからな」


「意味がわからぬ」


「俺もたまにわからない」


白那は、ほんの少しだけ笑った。


それはすぐに消えるような、小さな笑みだった。


けれど湊一には、水面に差した朝日のように見えた。


「ならば、見届けてやる」


「上からだな」


「水守は上だ」


「抱っこされながら言う台詞じゃない」


「うるさい。揺らすな」


「はいはい」


「返事は一度」


「厳しいな」


「当然だ」


白那はそう言うと、湊一の胸元に頬を預けた。


鈴が、ちり、と鳴る。


井戸の水面が光を返す。


濁りは消えた。


だが、代償は残った。


そして湊一は、その代償を見なかったことにはしないと決めた。


佐和山へ戻ろう。


水を守る仕組みを作ろう。


湯を沸かす場所を作ろう。


飯の湯気が立つ場所を作ろう。


誰か一人が削れ続けるのではなく、皆で支える場所を。


そのために、まずはこの白い水守を連れて帰る。


口が悪く、態度が大きく、団子に弱く、眠くなると素直になる。


そして誰よりも、水を守ることに命を削る、小さな巫女を。


湊一は佐和山の方角を見た。


まだ遠い。


けれど、帰る場所は遠いからこそ、作る意味がある。


関ヶ原まで、あと九十日。


湯はまだ、佐和山で湯気を待っている。

お読みいただきありがとうございます。

今回は「水を守ることの代償」と、白那の幼児化を中心にした回でした。

水が戻れば終わりではなく、

誰が守るのか、誰が支えるのか。

湊一が現代の若旦那としての感覚を、少しずつ戦国の村や佐和山に持ち込んでいきます。


そして白那は、神々しいようで口が悪く、強いようで危うい存在です。

彼女をどう支えていくのかも、今後の大きな軸になります。


次回は、いよいよ佐和山へ。

湯気の立つ城づくりが少しずつ動き出します。

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