第9話:私……君にとって、最高のヒロインですか?
映画の余韻に浸りながら、堂也はソファに腰を下ろし、胸の中で渦巻く様々な感情に身を委ねていた。
自分の作品が映像化された喜び。
悠花の圧倒的な演技に対する感動。
そして、言葉では言い表せないいくつかの複雑な感情。
「そうだ、悠花にメッセージを送ろう」
スマホを取り出し、文字を打つ手がふと止まった。
(迷惑にならないかな……)
しばらく迷ったあと、
(でも、一言だけなら大丈夫だよな)
そう自分に言い聞かせて送信した。
【今、見終わったよ。すごく良い演技だった】
【!】
【本当に?】
返事は堂也が思っていたよりもずっと早かった。
【うん。最高だったよ】
次の瞬間、スマホが鳴った。
「えっ?」
堂也は慌てて通話ボタンを押した。
「こんばんは~」
受話器越しに聞こえてきたのは、鈴の音のように澄んだ悠花の声。
けれど、何かを気遣うように、いつもより少しだけ声を潜めていた。
「こんばんは」
「お姉ちゃんがお風呂に入ってる間にこっそり電話してるから、少ししか話せないんだけど」
「そうなんだ」
まるで二人だけの秘密話をしているようで、堂也は胸の奥がくすぐったくなる。
「堂也、もう見終わった?」
「うん。全部観たよ」
「あのね……堂也」
「うん」
悠花は少しだけためらってから、小さな声で尋ねた。
「私……堂也にとって、最高のヒロインだった?」
「もちろん」
堂也は考える間もなく答えた。
悠花より演技が上手くて、もっと有名な女優はたくさんいるのかもしれない。
それでも――。
堂也にとって、悠花だけが唯一のヒロインだった。
「……そっか」
その言葉を噛みしめるように、悠花は微笑み混じりに答える。
「ありがとう」
二人は少しだけ他愛のない話を交わし、それから「おやすみ」と言って通話を終えた。
堂也は電話を切ったあともしばらく、静かにスマホの画面を見つめていた。
ピロン。
【先生! 映画がさっき急上昇ランキングに入りました!】
画面には里奈からのメッセージが表示される。
【今はトレンドランキング一位です】
【そうなんだ】
堂也は数字のことはあまり詳しくない。
それでも少なくとも、映画は失敗ではなかったのだと理解した。
【明日、集計が出たらまた先生にご報告しますね】
【ありがとう。でも、ちゃんと休んでね】
【ありがとうございます。でも、今は先生にとって絶好のチャンスですから。絶対に逃せません】
里奈からの返事を見て、堂也は苦笑した。
***
深夜。
堂也は天井を見つめながら、小さくため息をつく。
「思っていた以上に気になってるんだな……」
悠花との仕事は、本当に良い結果へつながるのだろうか。
何度も寝返りを打ち、ようやく少し眠りについた、その時だった。
激しく鳴るスマホの着信音で、堂也は飛び起きた。
「先生!」
向こうから聞こえてきた里奈の声は、興奮で弾んでいた。
「再生数がとんでもないことになっています! 今、ネット中が『カタッ』の話題でいっぱいです!」
「つまり……順調ってこと?」
「はい! 一晩でこれほどの数字を叩き出すなんて、この勢いを維持できれば『大成功』と言って間違いありません!」
「そうか……」
堂也は安堵の息を吐いた。
「それから先生。編集部で『カタッ』の映画公開記念限定版として、新たな映画シーンを収録した重版を出すことになりました」
「限定版か……」
堂也は感慨深そうにその言葉を繰り返す。
これまでにも重版は経験してきた。
だが、ここまで大きく作り直されるのは初めてだった。
これも全部悠花のおかげだ。
「はい。それに、インタビュー記事も収録される予定です」
「インタビュー?」
「出演者や監督だけじゃなく、もちろん先生にも取材がありますから、心の準備をしておいてくださいね」
「心の準備って……俺、インタビューなんて受けたことないぞ」
「詳しい内容が決まったら、改めてご説明します」
そこで何かを思い出したように、里奈は嬉しそうな声を上げた。
「それと、『恋するアイドル〜みんなには内緒だよ〜』の第三巻も無事に校了しました。編集長が宣伝にも力を入れてくださるそうです」
「編集長に、お礼を伝えておいて」
「はい、承知しました」
出版社。
映画公式。
そして配信プラットフォーム。
三者が同時に動き出し、宣伝は一気に加速していく。
それが、御堂逸中という作家が世に知られる始まりだった。
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