第8話:【カタッ】
カタッ、カタッ。
歯車が回転する音が響く。
画面いっぱいに映し出されたのは、悠花の瞳のアップだった。
「おお……」
堂也は思わず少し身を引く。
その瞳は、どこか見慣れた悠花とは違って見えた。
感情の宿らない、淡々とした眼差し。
次の瞬間。
彼女がゆっくりと瞬きをする。
まるで人形に命が宿ったように、その瞳へ生きた感情が灯った。
画面は一人称視点へ切り替わる。
彼女は自分の手を見つめた。
腕は白い袖に包まれていた。
「頭が痛い……」
カメラのレンズが、左右へと弱々しく揺れた。
「それに、この音は……時計?」
彼女は周囲を見回す。
今はどこかの一室にいるようだ。
空間は狭く、家具らしい家具もほとんどない。
体の下にあるのは、金属製のフレームでできたシングルベッド。
近くの壁面は金属特有の質感を帯び、鏡と言っていいほど滑らかに光を反射している。
彼女は立ち上がり、その壁へ歩み寄る。
映ったのは、白衣をまとった金髪の少女。
その下には淡い水色のワンピースを着ていた。
「これが……私?」
彼女は鏡に映る自分を、呆然と見つめた。
首元にはひどく不釣り合いな金属製の首輪がはめられている。
それは、何かの機械装置のようにも見えた。
「これは……?」
首輪を引っ張ってみる。
近づいて観察しても外すための留め具は見当たらず、少女は諦めて手を離した。
「……やっぱり綺麗だな」
金髪の少女の、その純白無垢な姿を見つめながら。
堂也はメイクを終えた悠花を初めて見た時の衝撃を思い出し、思わずため息を漏らした。
画面は再び三人称視点へ切り替わる。
「この首輪が音を鳴らしてるのかな?」
少女は辺りを見回す。
しかし、他に音の発生源は見当たらない。
部屋に何もないことを確認すると、少し離れた扉へ向かった。
カタッ。
少女はロックを解除し、扉を押し開ける。
外には長い廊下が続いていた。
左右には同じような扉がいくつも並んでいる。
いくつか開けてみるが、中はどれもほとんど同じ造りだった。
「これは……」
彼女はそのうちの一室で、旧式のテープレコーダーを見つけた。
「何か入ってる……聞いてみよう」
手がかりのない少女は、再生ボタンを押した。
カタッ。
耳障りなノイズが流れたあと、途切れ途切れに女性の声が聞こえてくる。
『私は……。ここは……研究所。逃げなきゃ……』
『来ないで! 近づかないで! きゃあああああっ!!』
引き裂くような悲鳴が響き渡り、そこで録音は途絶えた。
少女はしばらく沈黙したのち、静かにそのテープをポケットに収めた。
ここから先は基本的に原作通りだった。
しかし、映画ならではの演出が随所に加えられ、堂也ですら思わず驚く場面がいくつもあった。
例えば。
少女が長い廊下を歩いていると、BGMが徐々に不気味に歪み始める。
得体の知れない不安がじわじわと胸を締めつける。
そして突然。
壁に映る反射の中だけ、自分の背後へ誰かが立っている。
慌てて振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
あるいは。
研究員の死体から通行証を回収し、その場を立ち去ろうとした瞬間。
何かに掴まれた感覚に驚き足を止める。
視線を落とすと、死体の指が服の裾に引っかかっていただけだった。
「それにしても、悠花の演技すごいな……」
記憶を失った少女の戸惑いと不安を、見事に演じ切っていた。
しかし。
画面全体には、ずっと説明のつかない違和感が漂っている。
物語はクライマックスへ向かう。
少女は半機械化された狼の群れを倒し、正体不明の仮面の怪人からも命からがら逃げ延びる。
本来なら、これだけ走れば汗だくになり、息も切れているはずだった。
だが少女はわずかに二度深呼吸をしただけで、すぐに平静を取り戻した。
顔色一つ変えず、息も乱れていない。
それどころか、一滴の汗さえ流していなかった。
さらに。
死体から回収した通行証が、そのまま認証を通過し、封鎖された実験室の扉が開いてしまう。
数々の違和感が、観客へ告げていた。
この物語は、なにがおかしいのだと。
突然、激しい頭痛に襲われる。
少女はよろめきながら実験室を進む。
片側には人間の臓器が無数に並び、
反対側には、様々な動物が培養ポッドの中を漂っていた。
「……何、これ?」
少女は呆然と目の前の光景を見つめる。
「それは全部、消耗品よ」
返事が返ってくるとは思っていなかった少女は、勢いよく顔を上げる。
声のした方へ駆け出す。
実験室の最奥。
そこには巨大なガラス壁があった。
その向こうには、一基の培養ポッド。
中に浮かんでいたのは、
上半身と左腕だけとなった女性の体だった。
顔立ちは、目の前の少女とほとんど同じ。
ただ少しだけ大人びている。
「ここから出して!」
少女は必死にガラスを叩く。
しかし、防弾ガラスによって拳の皮膚が裂けた。
「あ……」
少女は自分の手を見つめた。
赤い血は流れなかった。
見えていたのは──
無数のコードだった。
少女は絶望に満ちた表情を浮かべた。
「そう。あなたも消耗品なの」
ガラスの向こうの女性が、マイク越しに冷たく告げた。
少女は力なく膝をつく。
培養ポッドへ向かって手を伸ばす。
涙を流しながら。
しかし、その手は途中で力尽き、床へ落ちた。
水泡がゆっくりと浮かび上がる音が響く。
「45回目……今回の実験も失敗だ」
培養ポッドの中の彼女が目を開く。
目の前で動かなくなった体を見下ろすその瞳には、何の感情も宿っていなかった。
まるで無機質な機械のように。
「やはり記憶転送はまだ安定していないわ。もう少し調整が必要ね」
「博士、この後はどういたしましょうか?」
若い男性が丁寧な口調で尋ねる。
(うわ、俺の声だ……)
その声を聞いた堂也は、全身がむず痒くなるのを感じた。
撮影当日。
監督から、イースターエッグとして音声出演しないかと誘われた。
『ほんの数セリフですし、演技もほとんど必要ありませんから』
深く考えずに引き受けた。
まさか、自分の声が映画の中から流れてくると、こんなにも落ち着かないものだとは思わなかった。
「回収してちょうだい。現場も元どおりにしておいて」
「かしこまりました」
女性は静かに目を閉じた。
泡がゆっくりと水面へ昇っていく。
再び闇がすべてを飲み込んだ。
耳の奥で、またあの聞き覚えのある機械の音が鳴り響いた。
カタッ。
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