第3話 新たな権力の朝
暁闇がまだ濃い時間だった。三度の鶏鳴でレイは目を覚ました。分厚いカーテンの隙間から一条の光が石畳に落ち、部屋の中は青灰色の薄闇に沈んでいる。壁の向こうで使用人の咳払いとかすかな足音が聞こえた。城が目を覚ましつつあった。
レイは起き上がり、黒のマントを羽織った。先週、仕立て屋に注文したものだ。粗い生地で、仕立ても良くなかったが、贅沢に金を使うつもりはなかった。寝室の脇の小部屋には水を張った洗面器がある。冷たい水で顔を洗い、堅い布で拭った。
廊下に出ると、執事が杖を頼りに立っていた。目は充血し、さぞ眠れなかったのだろう。レイは執事の頭上に浮かぶタイマーを一瞥した。
残り寿命:5年
数字は微動だにしない。
執事のスキルは『静寂の歩み』。音もなく移動できる能力だ。レイは密命を託す時、このスキルを重宝していた。
「朝食のご用意がございます、若様」
「いや、まずは政務だ」
大広間は冷え切っていた。暖炉の火はまだ灯されておらず、壁は湿気を含んでいた。長い楢の机は松明の灯りを鈍く反射している。レイは上座に腰を下ろした。
真っ先にやってきたのは東方隊の隊長だった。四十男。四角い顎に、眉間の傷跡。彼のスキルは『堅牢肌』。一時的に防御力を高める。危険な任務には必ず彼を遣わしていた。
「報告する、若様」
「話せ」
「東方国境の賊を殲滅いたしました。村は解放され、住民は帰還を始めております。負傷者三名、死者はなし」
レイは隊の長のタイマーを見た。
残り寿命:7年と1ヶ月
数字は微動だにしなかった。
「上出来だ。褒美として銀貨三十枚をやる」
隊長が礼を述べる。タイマーが二ヶ月ほど伸びた。
次に荘園管理人が入室した。白髪混じりの髭を蓄えた老人である。よれよれの上着は汚れていない。彼のスキルは『位置記憶』。あらゆる物や人の所在を記憶する。書類を失くしたことはなく、誰がどこにいるのかも正確に把握している。レイはこの能力を高く買っていた。
老人は机の上に地図を広げた。
「若様、南部の廃村の復興は明日にも始められます。資材を至急…」
「隣の伯爵領に頼め。ブロムという商人が値引きを承知しているそうだ」
荘園管理人のタイマーは変わらず、二十年と二ヶ月を示していた。
「任せた」
昼前、レイは城内を視察した。厨房は腐りかけた食べ物の臭いで満ちていた。かまどの前には太った女中が立っている。彼女のスキルは『風味増強』。堅くなったパンでさえ、なんとか食べられるようにする能力だ。
「蔵の状況を報告しろ」
「は、全て順調でございます」
彼女はあまりに早口で答えた。レイはタイマーを見る。
残り寿命:53年
零落した城の料理人としては、数字は大きすぎた。
「嘘を吐いているな。蔵は空で鼠が袋を齧っている」
料理人は顔を青ざめさせた。
「首だ。荷物をまとめて夕刻までに出て行け」
女中はむせび泣きながら厨房を飛び出した。タイマーが数日縮まった。
「新しい料理人を探せ。それから蔵を調べろ」
執事は深々と頭を下げた。
次にレイは兵舎へ向かった。衛兵たちはサイコロに興じ、彼が来たのに気づかない。赤毛の若者は見張りを務めるはずだった。彼のスキルは『鷹の目』で、遠くの物を見通す能力がある。本来なら監視に重宝する人材だ。
「お前たちはクビだ」
三人が凍りついた。赤毛の衛兵が振り返り、血の気が引いた。
「身分証を預けろ」
「も、若様…私たちは…」
「ただ賭事に興じていただけか?」
何も言い返せない。レイは手を振った。
「出て行け」
三人が追い出されるのを見送りながら、レイは執事に命じた。
「新しい者を雇え。スキルも確かめるのだ。『静寂の歩み』、『鷹の目』、『堅牢肌』、役に立つ能力があればそれで構わない」
「かしこまりました」
午後、レイは会計係を呼んだ。老人が震えながら入室し、頭を下げる。彼のスキルは『暗算』。頭の中で複雑な計算を瞬時にこなす。かつては役に立ったが、今やその持ち主は横領に手を染めていた。
「報告書を出せ」
会計係が書類を差し出す。レイは数字に目を走らせた。
「合わないぞ。金はどこへ消えた」
「若様…納税が滞っております。未納分が…」
「嘘だ」
彼のタイマーは一年を示していた。数字が激しく揺らいでいる。
「家宅を捜索せよ。見つかった物は全て没収する。こいつは地下牢へ」
会計係はその場に崩れ落ちた。レイは背を向けた。
「連れて行け」
衛兵が老人を引きずり出す。タイマーがたちまち二ヶ月にまで減少した。
「残りの職員も調べろ。共犯者は全員、解雇だ」
執事は再び頭を下げた。
夕暮れ。鍛冶屋がやってきたという知らせがあった。
四十男。手は硬い皮で覆われ、前掛けは煤で真っ黒。彼のスキルは『剛腕』。尋常ならざる力で金属を打つ。作る物は驚くほど頑丈で、刃こぼれも少ない。
レイは男のタイマーを見た。
残り寿命:45年
数字は微動だにしない。嘘を吐いている気配はない。
「錠前を作れるか」
「お望みとあれば」
「どれほど頑丈だ」
「この辺りでは私の右に出る者はおりません」
「注文だ。金庫と物置の戸に取り付ける錠前を十個、一週間で仕上げられるか」
鍛冶屋は顔を上げた。少し驚いたように、しかし怯えはなく。
「承ります」
「値段は」
「銀貨五枚」
レイは鼻で笑った。あまりに安すぎた。
「上等な仕事をすれば、倍はやる。それから、蝶番や掛け金や窓の格子も注文する」
鍛冶屋は礼を述べて退出した。タイマーは一年伸びていた。
夜。レイは窓辺に立っていた。月明かりが空っぽの中庭を照らし、風が枯れ葉を石畳の上で踊らせている。城壁の向こうでは、何百もの人々が眠っている。彼らはそれぞれ固有のスキルを持っている。それぞれに値段もある。
窓を閉め、ロウソクの火を吹き消し、ベッドへ向かう。朝になれば、新たな報告と新たな問題と新たな決断が待っている。しかし、今この静けさの中では、ただ目を閉じ、規則正しく呼吸することだけに専念できた。




