第八話 公開査問
8話です。
査問は突然決まった。
朝、倉庫に来た伝令が紙を差し出す。
封蝋は黒。
参謀本部査問部の印だった。
倉庫長がそれを見て、小さく舌打ちした。
「……来たな」
私は封を切る。
内容は短い。
――補給停止命令についての査問。
――本日正午、参謀本部大講堂。
倉庫の空気が一瞬で重くなる。
兵士たちが顔を見合わせる。
子どもたちまで、なぜか黙った。
私は紙を畳み、机に置く。
「行ってきます」
倉庫長が腕を組んだ。
「帰って来られるといいな、少佐」
声は冗談の形をしていたが、冗談ではなかった。
⸻
参謀本部大講堂。
そこは会議室ではなく、半ば裁判所だった。
階段状の席。
中央の机。
そして一段高い場所に、三人の将官。
中央に中将。
左右に少将。
さらに周囲には、大佐や中佐たちが並んでいる。
空気は静かだが、温度が低い。
私は中央に立った。
足音がやけに響く。
「少佐」
中将が言う。
声は柔らかい。
だが、その柔らかさの中に、重さがあった。
「貴官は命令を無視し、輸送を停止した」
「はい」
「理由は」
私は答える。
「在庫が合わなかったためです」
講堂のあちこちで、くすりと笑いが起きる。
少将の一人が言う。
「戦争を止めた理由が、それか」
私は頷いた。
「はい」
⸻
大佐が立ち上がる。
背が高い。
声がよく通る。
「中将閣下、この少佐は現場の混乱を拡大させました。
補給停止は、軍規違反です」
ざわめき。
私は何も言わない。
大佐は続ける。
「結果的に襲撃を避けたことは認めます。
しかしそれは偶然に過ぎない」
講堂の空気が少し動く。
私はゆっくり口を開いた。
「偶然ではありません」
視線が集まる。
私は地図を広げた。
紙が机に触れる音が、小さく響く。
「輸送量は三日で破綻する計算でした」
中将が顎を引く。
「証明できるか」
「できます」
私は帳簿を並べた。
袋数。
列の人数。
輸送距離。
数字が机の上に並ぶ。
私は言う。
「兵站は嘘をつけません」
講堂が静まる。
誰も笑わない。
⸻
大佐が低く言う。
「数字で戦争は動かない」
私は少し考えた。
そして、静かに答える。
「崩れるときは数字から崩れます」
沈黙。
長い沈黙。
講堂の空気が重く沈む。
やがて、中将がゆっくり口を開いた。
「……少佐」
「はい」
「貴官は、戦争を止めた」
言葉が落ちる。
誰も動かない。
「だが、結果として前線を救った」
中将の指が机を叩く。
「大佐」
呼ばれた男が姿勢を正す。
「貴官の輸送案では、三日後に補給が枯渇していた」
大佐は黙った。
反論がない。
中将が続ける。
「戦争は剣で勝つ。
だが戦争は、兵站で負ける」
その言葉は重かった。
そして、静かに宣言された。
「少佐の処分はなし」
ざわめき。
だが中将は続ける。
「むしろ――」
空気が止まる。
「補給再編の指揮を任せる」
講堂が揺れた。
大佐たちの顔が変わる。
中佐たちが小さく息を呑む。
私は頭を下げた。
胸の奥が少しだけ熱い。
だが、それは誇りではない。
重さだった。
⸻
講堂を出ると、廊下は静かだった。
窓から冬の光が差し込んでいる。
中佐が追いついてくる。
「……大出世だな、少佐」
「仕事が増えただけです」
中佐が笑う。
「それを出世と言う」
少し歩いてから、彼は低く言った。
「だが覚えておけ」
私は顔を向ける。
「軍は、数字を嫌う」
中佐は窓の外を見た。
「数字は嘘を暴くからだ」
⸻
倉庫に戻ると、列は昨日より長かった。
兵士たちが静かに並ぶ。
子どもたちが水を運ぶ。
倉庫長が言う。
「どうだった」
私は帳簿を開いた。
「仕事が増えました」
倉庫長が笑う。
「……そうか」
列の端で、夕日が落ちる。
戦争はまだ続く。
だが私は知っている。
剣より先に、
帳簿が戦争を壊す日が来ることを。
そして、その帳簿を握っているのが――
今は、私だということを。
一難去ってまた一難




