第12話 王都へ向かう道は、思っていたよりも静かだった
12話です。
王都からの使者が去ったあと、ギルドの中には、しばらく妙な沈黙が残っていた。
誰もが忙しく働いているようでいて、実際には手が止まる瞬間が増え、工具を置く音や椅子を引く音が、いつもよりはっきり耳に届くのは、たぶん皆が同じことを考えているからだろう。
――王都。
それは、地方の冒険者にとって遠い場所だった。
遠いというのは距離の話ではなく、関わることなど滅多にない世界という意味であり、まして参謀部などという言葉は、噂話の中にだけ存在するものだと、少なくとも俺は思っていた。
「……行くんですよね」
槍使いが、控えめな声で言った。
その声には、心配と期待が半分ずつ混じっているように聞こえた。
俺は少し考えてから、ゆっくり頷いた。
「呼ばれている以上、断る理由もありません」
そう言いながらも、胸の奥には、わずかな重さが残っている。
地方での仕事は、ある意味で単純だった。
依頼があり、危険があり、準備をして、失敗しないように動く。
だが王都は違う。
そこには、目に見えない利害や、言葉の裏側に潜む思惑があるはずで、慎重に進めば済む話ではないことくらい、さすがに分かっていた。
ギルド長が、ゆっくりと椅子にもたれた。
「王都軍の参謀部が、わざわざ地方の冒険者を呼ぶ理由なんて、そう多くない」
「盗賊団の件ですか」
「それもあるだろうが……」
ギルド長は言葉を切り、窓の外を見た。
「お前のやり方だろうな」
思わず苦笑が出る。
「やり方、ですか」
「止める役だ」
その言葉に、食堂の空気が少し緩んだ。
槍使いが、思い出したように笑う。
「そういえば、最初に会ったときも言ってましたよね、空気を悪くする役だって」
「実際、そうだったんでしょう」
俺は肩をすくめた。
「ただ、必要なときもある、というだけです」
それから準備は、思ったよりもあっさり進んだ。
王都行きの馬車は翌朝に出るということで、荷物をまとめる時間はそれほど多くなかったが、そもそも俺の持ち物は最初から少ないので、必要な書類と装備を確認してしまえば、それで終わりだった。
夜、食堂で簡単な夕食を取っていると、槍使いが珍しく真面目な顔で聞いてきた。
「……怖くないんですか」
その質問に、少し考える。
怖くないと言えば嘘になる。
王都軍の参謀部などという場所に呼ばれることは、冒険者としては名誉かもしれないが、同時に、どこまで巻き込まれるのか分からないという不安もある。
だが、しばらく黙って考えたあと、俺はこう答えた。
「怖いですよ」
槍使いは、少し驚いたように目を丸くした。
「でも」
俺は続ける。
「準備はできます」
それだけの話だ。
危険があるなら、その危険を減らす。
見えないなら、見えるようにする。
ずっとそうしてきたし、たぶん王都でも、それは変わらない。
翌朝、まだ霧が残る時間に、王都行きの馬車がギルドの前に止まった。
使者は無言で一礼し、俺の荷物を受け取ると、淡々と馬車の扉を開く。
振り返ると、ギルドの仲間たちが、入口の前に集まっていた。
大げさな見送りではない。
ただ、いつもの朝より、少し人数が多いだけだ。
ギルド長が言った。
「王都で何があっても、ここは変わらん」
その言葉は短かったが、十分だった。
俺は軽く頷き、馬車に乗り込む。
車輪がゆっくりと動き出し、石畳の音が遠ざかる。
窓の外には、見慣れた街が少しずつ後ろへ流れていく。
王都までは、半日ほどの道のり。
その短い旅のあいだに、俺は何度か考えた。
盗賊団の背後にいる人物。
王都軍の武器。
そして、元いたギルドから届いた抗議文。
どれもが、まだ一本の線にはなっていない。
だが、たぶん――
王都に着けば、その線の続きを、誰かが見せてくれるのだろう。
馬車はやがて、ゆるやかな丘を越え、遠くに城壁を見せ始めた。
朝の光の中で、王都は静かに広がっている。
遠くから見れば、それはただの大きな街にしか見えないが、近づくにつれて、そこに集まっている人間の数と、積み重なっている事情の重さが、少しずつ現実味を帯びてくる。
俺は窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。
どうやら、今回の仕事は、思っていたよりも静かには終わらないらしい。
そして、それはきっと――
ここから始まる。
やっと都に流れつきました。




