第七話 会議室と言う戦場
7話です。
参謀本部第三会議室は、戦場より静かだった。
厚い扉が閉まると、外の音が完全に消える。
残るのは椅子の軋みと、紙をめくる乾いた音だけ。
長机の中央に大佐。
その両脇に中佐たち。
少し離れた席に少佐――私。
席の位置が、戦場の地形図のように感じられた。
誰が前線で、誰が後方か。
誰が撃たれ、誰が撃つのか。
「始める」
大佐の低い声で会議が動き出す。
机の上には地図が広げられていた。
赤線は補給路。
青印は前線。
そして――黒い×印。
昨日、私が止めた輸送路だった。
「少佐」
大佐がこちらを見る。
目は冷たいが、怒ってはいない。
「貴官は独断で輸送を止めた」
「はい」
「理由を述べよ」
視線が集まる。
私は立ち上がった。
背筋を伸ばすと、椅子の脚がわずかに鳴った。
「在庫が合わなかったためです」
部屋の空気がわずかに揺れる。
誰かが小さく笑う。
「それだけか」
中佐の一人が言う。
声には侮りが混じっていた。
私は頷く。
「それだけです」
⸻
地図の端に近づき、指で線をなぞる。
「この輸送路、三日前から袋数が増えています。
ですが列の長さは変わっていない」
沈黙。
「つまり?」
別の中佐が腕を組む。
「途中で数字が足されています」
部屋の温度が一度だけ下がった。
大佐が静かに言う。
「証拠は」
私は紙を差し出した。
帳簿。
配給記録。
列の人数。
「……列は嘘をつきません」
その言葉に、空気が止まる。
誰も反論しない。
だが、納得もしていない。
⸻
「少佐殿」
低い声。
昨日の中佐だった。
「戦争は列で動いているわけではない」
「はい」
私は答える。
「ですが、崩れるときは列から崩れます」
短い沈黙。
大佐が椅子にもたれた。
視線は私から外れない。
「……仮に貴官の判断が誤りだった場合、
前線は三日で瓦解していた」
「はい」
「怖くなかったか」
私は少し考えた。
怖かったか。
答えは簡単だった。
「……順番が違う方が、怖いです」
誰かが息を呑む。
言葉が強すぎたのかもしれない。
だが訂正はしない。
⸻
そのとき、扉が開いた。
伝令が入ってくる。
大尉の階級章。
顔色が悪い。
「報告!」
大佐が顎で促す。
「停止された輸送路、昨夜襲撃を受けました。
護衛部隊、壊滅寸前です」
部屋の空気が固まる。
誰も動かない。
ただ、紙の端が小さく揺れた。
伝令が続ける。
「輸送が出ていれば、前線は孤立していました」
沈黙。
長い沈黙。
大佐の視線がゆっくり私に戻る。
誰も褒めない。
誰も謝らない。
ただ――
席の位置が、少しだけ変わった気がした。
⸻
「……少佐」
大佐の声は低い。
「座れ」
私は席に戻る。
椅子の感触が、少しだけ違って感じた。
「補給再編案を出せ」
部屋がざわめく。
中佐の一人が立ち上がる。
「大佐殿!
現場上がりの少佐に、そこまでの権限を――」
「黙れ」
短い一言。
それだけで空気が切れる。
大佐は地図を押さえたまま言う。
「戦場を救ったのは剣ではない。
帳簿だ」
言葉は重く落ちた。
私は何も言わない。
勝った感覚はない。
ただ、順番が少し変わっただけだ。
⸻
会議が終わる頃、窓の外は夕焼けに染まっていた。
参謀本部の廊下は長く、足音が響く。
中佐が隣に並ぶ。
「……敵が増えたな、少佐」
「はい」
「後悔は」
「在庫が合えば、ありません」
中佐が小さく笑う。
「本当に鬼だな」
私は否定しない。
鬼という言葉の意味が、少しだけ分かってきた。
怒鳴るから鬼なのではない。
譲らないから鬼なのだ。
⸻
倉庫に戻ると、列が伸びていた。
子どもたちが走り、兵士たちが静かに待つ。
誰も知らない。
会議室で何が起きたか。
それでいいと思った。
私は帳簿を開く。
戦争はまだ終わらない。
だが、少なくとも今日は、
剣ではなく数字が勝った日だった。
まだまだ、帳簿の上で戦争は続きます。人が本当に死んでしまうのはとっても嫌なので、帳簿にしてます。




