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『後方勤務の鬼 ― 在庫が合わないので戦争やめます。左遷された補給官、気づけば参謀本部』  作者: くろめがね


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7/9

第七話 会議室と言う戦場

7話です。

参謀本部第三会議室は、戦場より静かだった。


厚い扉が閉まると、外の音が完全に消える。

残るのは椅子の軋みと、紙をめくる乾いた音だけ。


長机の中央に大佐。

その両脇に中佐たち。

少し離れた席に少佐――私。


席の位置が、戦場の地形図のように感じられた。


誰が前線で、誰が後方か。

誰が撃たれ、誰が撃つのか。


「始める」


大佐の低い声で会議が動き出す。


机の上には地図が広げられていた。

赤線は補給路。

青印は前線。

そして――黒い×印。


昨日、私が止めた輸送路だった。


「少佐」


大佐がこちらを見る。


目は冷たいが、怒ってはいない。


「貴官は独断で輸送を止めた」


「はい」


「理由を述べよ」


視線が集まる。


私は立ち上がった。


背筋を伸ばすと、椅子の脚がわずかに鳴った。


「在庫が合わなかったためです」


部屋の空気がわずかに揺れる。


誰かが小さく笑う。


「それだけか」


中佐の一人が言う。


声には侮りが混じっていた。


私は頷く。


「それだけです」



地図の端に近づき、指で線をなぞる。


「この輸送路、三日前から袋数が増えています。

ですが列の長さは変わっていない」


沈黙。


「つまり?」


別の中佐が腕を組む。


「途中で数字が足されています」


部屋の温度が一度だけ下がった。


大佐が静かに言う。


「証拠は」


私は紙を差し出した。


帳簿。

配給記録。

列の人数。


「……列は嘘をつきません」


その言葉に、空気が止まる。


誰も反論しない。


だが、納得もしていない。



「少佐殿」


低い声。


昨日の中佐だった。


「戦争は列で動いているわけではない」


「はい」


私は答える。


「ですが、崩れるときは列から崩れます」


短い沈黙。


大佐が椅子にもたれた。


視線は私から外れない。


「……仮に貴官の判断が誤りだった場合、

前線は三日で瓦解していた」


「はい」


「怖くなかったか」


私は少し考えた。


怖かったか。


答えは簡単だった。


「……順番が違う方が、怖いです」


誰かが息を呑む。


言葉が強すぎたのかもしれない。


だが訂正はしない。



そのとき、扉が開いた。


伝令が入ってくる。


大尉の階級章。


顔色が悪い。


「報告!」


大佐が顎で促す。


「停止された輸送路、昨夜襲撃を受けました。

護衛部隊、壊滅寸前です」


部屋の空気が固まる。


誰も動かない。


ただ、紙の端が小さく揺れた。


伝令が続ける。


「輸送が出ていれば、前線は孤立していました」


沈黙。


長い沈黙。


大佐の視線がゆっくり私に戻る。


誰も褒めない。


誰も謝らない。


ただ――


席の位置が、少しだけ変わった気がした。



「……少佐」


大佐の声は低い。


「座れ」


私は席に戻る。


椅子の感触が、少しだけ違って感じた。


「補給再編案を出せ」


部屋がざわめく。


中佐の一人が立ち上がる。


「大佐殿!

現場上がりの少佐に、そこまでの権限を――」


「黙れ」


短い一言。


それだけで空気が切れる。


大佐は地図を押さえたまま言う。


「戦場を救ったのは剣ではない。

帳簿だ」


言葉は重く落ちた。


私は何も言わない。


勝った感覚はない。


ただ、順番が少し変わっただけだ。



会議が終わる頃、窓の外は夕焼けに染まっていた。


参謀本部の廊下は長く、足音が響く。


中佐が隣に並ぶ。


「……敵が増えたな、少佐」


「はい」


「後悔は」


「在庫が合えば、ありません」


中佐が小さく笑う。


「本当に鬼だな」


私は否定しない。


鬼という言葉の意味が、少しだけ分かってきた。


怒鳴るから鬼なのではない。


譲らないから鬼なのだ。



倉庫に戻ると、列が伸びていた。


子どもたちが走り、兵士たちが静かに待つ。


誰も知らない。


会議室で何が起きたか。


それでいいと思った。


私は帳簿を開く。


戦争はまだ終わらない。


だが、少なくとも今日は、


剣ではなく数字が勝った日だった。


まだまだ、帳簿の上で戦争は続きます。人が本当に死んでしまうのはとっても嫌なので、帳簿にしてます。

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