第11話 神様のお食事(前編)
「九条君、君の始末書は……うん、いいんじゃないかな」
津田部長はそう言って、柔らかく微笑んだ。
「次はもっと頑張ろうね」
「……はい」
「うんうん」
九条は眉間にしわを寄せながら始末書を受け取った。
また何かやらかしたのだろう。
幽谷は自分のデスクで書類を繰りながらその光景を眺めていた。
九条冥人が現世に爆誕させた新怪談はもう両手では数えきれない。通常であれば上司の堪忍袋はとっくに底を抜けているはずだった。
しかし津田は怒らない。
柔らかく微笑んでよくわからない一言を添えて始末書を返す。それだけだ。
「(なんなんだろうな、あの人……)」
幽谷は茶をすする津田を眺めながら考えた。
切れ長の目は鋭いようで、よく見ると目尻にあたたかみが滲んでいる。
年を重ねて刻まれたわずかな皺がその顔をかえって柔らかくしているようだ。
削ぎ落とされた顎のラインは凛としているのに笑うと不思議と安心感がある。
津田はそういう顔だ。めちゃモテるそうだ。いいな。
だがお人好しにしても度が過ぎるし聖人君子にしてはたまに遠い目をしすぎる。
あの穏やかさの裏に何があるのか入庁してからずっと謎だった。
その日の午後、津田が珍しく自分で鞄を用意し始めた。
「……部長、どちらへ?」
「ちょ、ちょっと現世まで。定期監査みたいなものだよ」
にこやかに答えて津田は転送室へ消えていった。
幽谷が首を傾げていると、隣から低い声がした。
「……気になるなら追うぞ」
美影が煙草を灰皿で押しつぶしながら立ち上がっていた。
「部長、毎年この頃になると定期監査とか言っていなくなるんだ。噂じゃヤバい事に手を貸しているとかなんとか。一体なにをしてやがるのか暴いてやろうじゃねぇか」
「暇なんですか?」
「うるせぇ!!」
*****
転送先は山間の小さな村だった。
秋の夕暮れ時、色づいた山を背景に古い社が夕陽を受けて静かに佇んでいる。
しかし境内はとても静かとは言えなかった。
参道の両側には露店が並び、甘酒や串団子を手にした観光客がそぞろ歩いている。
地元のテレビ局らしきカメラクルーが、社をバックにリポーターを映している。
境内の一角には「神様御膳 奉納中」という立て看板があり、その周りに人だかりができていた。
「(え、なにこれ、すごい人……)」
幽谷が木陰に隠れながら周囲を見回すと、美影が顎をしゃくった。
視線の先には津田の背中があった。
参道を歩く津田は、存在希薄装置(通称消えるやつ)を作動させ普段と変わらない穏やかな顔をしゆっくりと境内の中心へ向かっていく。
社の正面まで来ると、津田は立ち止まった。
そして深く息を吸い社の中へと吸い込まれていった。
2人は思わず目を凝らした。
津田は確かにそこにいたはずなのに。
「……ありゃうちらが持ってないいヤツ使ってんな」
美影が低く呟いた。
噂には聞いていたが現世庁にはまはまだ自分達の知らないトンデモ機能搭載のアイテムがあるらしい。津田はきっと壁をすり抜ける類のものを使ったのだろう。
幽谷と美影は顔を見合わせ、社の脇へ回り込んだ。
格子窓のわずかな隙間から薄暗い内部をそっと覗き込む。
そこには御神体の前に静かに座った津田が、神妙な面持ちで箸を取り上げていた。
「……今年も……胃にきそうだな……」
津田の眼前には海老天、鯛の塩焼き、炊きたての赤飯、煮しめ、椀物、山盛りのぼたもちなどなどが所狭しと丁寧に並べられている。
津田は箸を進め始めた。
鯛の塩焼きを丁寧にほぐし、椀物を一口すすり、山盛りの赤飯をゆっくりと噛む。表情は穏やかだが目が若干据わっている。
普段の津田は少食で、山盛りいっぱいにご飯を頬張る部下を眺めてはご飯を追加してやるような人間だ。大食漢だとは思えない。
その津田が必死の形相で赤飯をかき込んでいる。なにか事情があるに違いない。
「部長、なんでこんな事…?」
「現世には干渉しちゃいけねぇのに…」
社の扉一枚を挟んだその先で老婆が手を合わせ「今年も来てくださいますように」と呟いていた。




