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第10話 トイレの花子さん、外へ出る

「幽谷君、ちょっといいかい?」


あいも変わらず熱いお茶をすすりながらちょいちょいと手招きをする津田。


「今日はこの小学校に行って来て欲しいんだ。亡くなった校長がどうしても確認してほしい書類を金庫にしまったままだと言っているそうでね」


「小学校ですか!?」


津田部長がそう告げた瞬間、幽谷灯のスイッチが音を立てて入った。


「部長正気ですか!小学校といえば怪談のデパート、オカルトのバイキング、都市伝説の聖地じゃないですか!!」


幽谷は身を乗り出し、驚くべき速度で言葉を畳み掛けた。


「いいですか!?二宮金次郎像が走る、理科室の解剖模型が踊る、音楽室のベートーヴェンの目が光る!これらはすべて学校の七不思議という強固なプラットフォームの上で、子供たちの純粋な恐怖心と閉鎖的な空間が生み出す極上のコンテンツなんですよ!」


「あ、あぁ…そうなんだね…」


口早にまくしたてる幽谷。

明らかに津田が引いている。


「僕はね、あの湿った木造校舎や、夜になると不気味に反射するワックスがけされた廊下の質感を想像しただけで、もう…全細胞がスタンディングオベーションしてるんです!」


「あ、うん、そうだね…まぁ幽霊はいないんだけどね…」


「それはそれ!いいですか部長!学校の七不思議というのは」


「うるさい小僧じゃのぉ」


「めのうちゃん邪魔しないでくれるかな。今は部長に学校のロマンというものを」


「キモいぞ、小僧」


「ききききキモくないし」


「さてはおぬし、女とキャッキャした事ないな」


「なんでそれを!僕は仕事の話をしているんだよ!」


「お主、現世に行くのかえ?わしも一緒行くとするかの」


「「え?」」


幽谷と津田が同時に声に出す。




*****




「なんじゃこのヒラヒラした布は。股がスースーして落ち着かぬわい」


「現世で着物は目立ちすぎるんだって。可愛いよ?」


めのうは不服そうである。着慣れた着物ではなく上はくまさんがプリントされたトレーナーに下は膝丈の赤いチェックプリントのスカートだ。


「わしは生まれてずっと着物なのじゃ。気に入らん。」


幽谷はまぁまぁとなだめる。

めのうの事は「ませた口を叩く幼女」としか思っていない。

実際は現世庁立ち上げからいる超古株なのだが。


しかめっ面をするめのうを眺めながらそういえば、と以前から気になっていたことを口にした。


「めのうちゃんって本当に『座敷わらし』にそっくりだよね」


「なんじゃそれは」


「あ、知らない?めのうちゃんそっくりなおかっぱで着物姿の妖怪。家に居着くとその家は繁盛するって言われていて。出ていくと没落するなんていう言い伝えがあるんだ」


「ほぅ」


「現世を特集した深夜番組で石手県の有名な宿をやったんだけど、そこの言い伝えに出てくる座敷わらしの掛け軸と瓜二つなんだよ。ほら。」


そう言って幽谷はスマホを見せる。

めのうは目を細めながらその画像を見つめた。


「石手……あぁ、あそこの宿か。あそこは寝心地が良くてのぅ。宿の主がハッカ飴を絶やさぬ良い男での、つい数十年ほど居着いてしまったわい」


「あはは!そうなんだね。はいはい。」


幽谷は笑い飛ばすが、彼女は嘘はついていなかった。


昔、気まぐれで訪れた現世で住み着いたその宿。めのうが夜中に飴を探して歩き回ったりいたずらに物を動かした形跡が、現世では「座敷わらし伝説」として結実していたのである。


「宿主はわしが住み着いている頃は働き者でのぉ。そのうち客が増えだしての。金に目がくらんできおってからに気に食わんので出ていったわ」


「はいはい、めのうちゃんはお話が得意だね」


本人は自分が伝説の張本人だとは露ほども思っていないようだ。




*****





任務は、亡くなった元校長が校長室の金庫に忘れた書類の内容を確認すること。


夜の小学校。静まり返った廊下。ワックスがけされた床が非常灯の薄明かりを鈍く反射している。


元オカルト好きの幽谷にとってはこれ以上ないシチュエーションだった。


「くぅ〜……」


思わず漏れる声を、幽谷はギリギリのところで飲み込んだ。


「(この感じだよ……この、空気が少し湿ってて、遠くで換気扇がずっと回ってる感じ……!)」


「何をニタニタしておる」


隣を歩くめのうが、くまのプリントのトレーナー越しに胡乱な目を向けてきた。


「ニタニタしてないよ。仕事してる顔だよこれ」


「嘘をつくな。目が逝っておる」


「……校長室、あっちだね。さっさと終わらせよう」


幽谷は話を打ち切り廊下を進む。

めのうは不服そうに口をへの字に曲げながら、その後を追った。


「……のぅ、小僧」


「なに?どうしたの?」


「この学校、ガキが忍び込んでおるぞ」


幽谷の足が止まった。


「……え?」


「さっきからずっと気配がしておる。三人じゃな」


言い終わるのとほぼ同時に、理科室の方からガシャーン!と重いものが崩れる音が響いた。


幽谷の全身から、一気に血の気が引いた。


「(いかん、見つかったら始末書だ!消えるやつ起動しないと!」


「めのうちゃん消えるやつ起動して!」


あわあわと装置を操作しながらめのうを振り返ると、彼女はトレーナーのポケットをごそごそと探っていた。


「……電池切れじゃ」


「は?」


「電池切れじゃと言っておる」


「なんで!?」


「知らん」


廊下の奥から、子供たちのライトが揺れながら近づいてくる。


幽谷はとっさに「消えるやつ」を起動し、廊下脇のロッカーの影にぴったりと体を押しつけた。


実体化したままのめのうは素早く視線を巡らせると、迷いなく近くの女子トイレの一番奥へと滑り込んだ。


幽谷はロッカーの影から、固唾を飲んで廊下を見守った。


小学生が三人、懐中電灯を持ちながら恐る恐る歩いてくる。

度胸試しで忍び込んだはいいが自分たちが出した音に怯えきっている様子だった。


「もう帰ろうよ…」


不安そうに女子小学生が呟く。


「なんだよお前、ビビってんのかよ」


と息巻く男子小学生を見るや「自分も怖いくせに」と幽谷は心の中で呟く。


女子小学生が立ち止まり、女子トイレ前で足踏みをした。


「……ここ、やってみる?花子さん」


「え、やだよ……」


「でもなんかしないと明日皆に言う事なくない?」


しばらくのためらいの後、三人は女子トイレへと入り奥の扉を三回小さくノックした。


いつの世になっても花子さんは全国の小学校に生息している。

一番奥の扉を3回ノックすると返事があるとかないとか。

そう思うと花子さんは「今、用を足しています」という返答をくれるのだから律儀な性格と言えるし好感が持てそうだ。



コン、コン、コン



「……は、花子さん……いますか……?」


沈黙。


幽谷はロッカーの影の中で祈った。


「(めのうちゃん頼む。黙っていてくれ。気配を消す達人なんだろ)」



続く沈黙。めのうはしっかりと気配を消している。



「な…なんだよいねえじゃん!」


先ほどまで顔を引きつらせていた男子小学生がドアをガンッと足で蹴る


「つまんねぇの!あー興ざめだー!」


安心したのか残りの二人の女子小学生もドアをドンドンと叩く。



「……おるわいッ!」



個室の中から幼女の怒号が炸裂した。


「うるさいわい!さっきからガタガタガタガタ!夜中に何をしとるんじゃこのクソガキどもが!!食ってやろうか!!?」



「ひ、ひぃぃぃいいい!!」

「返事がしたぁぁぁ!!」

「逃げてぇぇぇ!!」


三人が一斉に踵を返して走り出す。


その一人が壁に激突しよろけながら腕を振り回した瞬間、手が非常ベルのカバーを直撃した。


―ジリリリリリリリ!!


耳をつんざく警報音。赤い非常灯が点滅する。


幽谷がロッカーの影で呆然としているとめのうが個室から猛然と飛び出してきた。


「なんじゃ!何事じゃ!」


「非常ベル!とりあえずここから脱出しよう!」


「さっさとせんか!」


「めのうちゃんのせいだよ!?」


口論しながら二人は廊下を走る。


スカートのめのうが猛烈な速度で幽谷を追い越し、「早く来んか、この腑抜けが!」と怒鳴り散らしながら非常口へ消えていく。


警備員が駆けつける靴音が聞こえる。幽谷は全力で後を追った。




*****




翌日、その小学校では新たな怪談が猛烈な速度で広まっていた。


「夜中のトイレで花子さんを呼んだら、めちゃくちゃ口の悪いちびっこが出てきた。しかも爆速で追いかけてくる」


バリエーションもすぐに増えた。


フリルスカートを履いている

ハッカ飴の匂いがする

ババァ口調だった

令和の花子さんはキレやすい



戻った幽谷は始末書を前に深々と頭を垂れていた。


「めのうちゃん……同じ子ども同士なんだからさ…」


「知らん。バカな童は厳しいしつけが必要じゃ」


めのうは九条から貰ったハッカ飴をゆっくりと舐めながら、どこ吹く風だった。


幽谷は何も言わず、ペンを取った。


書類の上段に日付を書きその下に案件名を書く。


『トイレの花子さん発生に関する経緯報告』


幽谷はひとつ息を吐いてペンを走らせた。

こうしてトレイの花子さんは生き続けるのであった。

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