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第12話 神様のお食事(後編)

 翌朝、社の扉が開けられた。


 宮司が中を確認した瞬間、境内に歓声が上がった。



「完食じゃ……!」



「今年も神様がいらした!」



 居合わせた参拝客がどよめき、スマホを取り出して社の中を撮影し始めた。


 洗ったかのようにピカピカに空になった器が朝の光の中に静かに並んでいた。



「今年も神様がきたぞー!」



 その声が山に響いた。




 *****



 30年前。

 幽谷達が訪れたあの村が消滅の危機にあった頃の話を二人は後から資料で調べることになる。



 当時の村長は金に目が眩んだ男だった。

 リゾート開発業者と手を組み、村の中心にある古い社を含めた周辺を取り壊してホテルを建てる計画を進めていた。


 反対する村人たちには、札束を積んで黙らせようとした。


「この社を壊してホテルを建てるなんてあんまりです! ここは村の守り神様が……」


「神様だぁ? そんなもんが飯を食わせてくれるのかえ?」


 村長は鼻で笑った。


「いいか。ここには神様なんかいねぇ。もしいるってんなら、証拠を見せてみろ。」


「証拠…?」


「今夜の祭りでこの社に村一番の御膳を供えろ。明日の朝、もし神様がそれを完食してりゃあ、開発は中止してやる。だが、一口でも残ってりゃあ、重機を入れて社を更地にする。見張りも立てるぞ。」


 村人たちは絶望した。


 神様にお供えをする風習はあっても、本当に「物理的に食べる」神など聞いたことがなかったからだ。


 その夜、村人たちは涙ながらに御膳を整えた。

 赤飯、煮しめ、鮎の塩焼き。

 村で一番の料理人が祈るような気持ちで作り上げた一食だった。




 そして、その社の裏の茂みに若き日の津田影路が横たわっていた。

 目は虚ろで生気がない。


 当時の津田は今の九条を上回る自信家だった。


 エリートの同期たちと競い合い「他人の事などどうでもいい」と冷笑するような男だった。


 しかし自らの隠密技術を過信していたのか転送装置を操作ミスで破損させ、帰還不能に陥るという致命的な失態を犯していた。



「(……三日だ。三日間、何も食べていない)」



 プライドのせいで村人に助けを求めることもできず、茂みの中で泥水を啜って耐えていた。



「(……このまま餓死するのか?まだ何も功績を残していないのに?ありえない…俺は価値のある人間だ。こんな寂れた村で終わってたまるか…)」



 そこへ凶悪なまでの香りが鼻を直撃した。



「(……馬鹿な、幻覚か?)」



 茂みの奥の社には、村人たちが涙ながらに供えた御膳が置かれていた。



「(…食い物!)」



 津田は勢いよく起き上がるもどうやら村長の立てた見張りが目を光らせているらしい。だが若き津田にとっては赤子の手をひねるようなものだ。彼の隠密技術は本物だった。使い方を誤らなければ。


「(……私はエリートだ。しかしこのまま任務中に餓死しては経歴に傷がつく。これは緊急避難的エネルギー摂取だ。断じて食い意地ではない)」



 津田はブツブツ独り言をいいながら「気配」を消し見張りの目をかいくぐり静かに社の中へ滑り込んだ。


 村人が精一杯こしらえた御膳がそこにはあった。

 津田は一粒の米も残さず、汁の一滴まで憑かれたように平らげた。



 あたかく優しい料理だ。様々な村人の思いが込められているに違いない。

 こんな温かい思いは何年ぶりであろうか。ここ数年人の温もりや優しさに触れてこなかった。


 自分は今まで一体何をしてきたのだろうか。出世の為に多くの人間を蹴落とし、騙し、陥れてきた。


 現世庁に入庁したのは人のために生きる人間になろうと思ったからだ。

 温かな料理を食べてそんな事を思い出す。



 津田は気がつけば涙をこぼしていた。

 その涙は凍った心をじんわりと溶かしていた。





 翌朝、朝日が昇ると同時に、村長が見張りを連れて社を蹴り開けた。


「ハッ! どうせ手つかずのまんまだろ。さっさと壊し……」


 村長は絶句した。



 そこには洗ったかのようにピカピカに空になった器だけが並んでいた。

 一粒の米も、一滴の汁も残っていない。

 見張りは一晩中目を離していないと言う。



「……食べ……食べとる……」



「神様だ! 神様がいらっしゃったんだ!」



「ありがとう…ありがとう…!」



 村人たちは地面に伏して泣き崩れた。



 村長は腰を抜かし「バチが当たる」と震えながら開発計画書を自ら破り捨てた。

 こうして村は救われた。



 草陰から一部始終を眺めていた津田はとんでもない事をしてしまったと青ざめた。


 だが顔をくしゃくしゃにして泣きながら感謝している老婆を見ると、決して許される事ではないのだが、なんだか心が温まった。



 その後「神様が完食する社」として噂が広がり、この村は奇跡的な復興を遂げることになる。



 帰還後、津田は「現世に実在の神を捏造した」として、死罪に近い叱責を受けた。

 しかし現世庁の下した最終判断は、最も事務的で最も残酷なものだった。


「もし来年から食べ残しがあれば、村人は神に見捨てられたと絶望し再び村長のような者が現れるだろう。それはさらなる業務過失にあたる。よって津田影路。貴様が退職するまで毎年この社の供え物を完食せよ。これは事後処理という名の命令である」



 出世コースから外れた津田ではあったが、その日から人が変わったようだと津田の評判は上がった。




 ****:



 そして現在。



「(……うぅ…なんか量増えてない……?)」



 事務所に戻った津田は、鞄から小田胃散を取り出して即座に煽った。

 それからデスクに腰を下ろし目を閉じてしばらく動かなかった。



 そこへ、九条がやってきた。


「部長、現世の定期監査はいかがでしたか? やはりエリートたるもの現場では論理的な判断力が……」


「……九条君」


 津田は目を開けずに答えた。


「……君もそのうちお腹いっぱいになるといいね」


「……は?」


「……うっぷ」


 津田が青い顔で呟くと、めのうがトテトテと現れた。

 ニヤニヤした顔で津田のデスクの前でぴたりと足を止める。


「小僧。今年の海老天はどうじゃったかの」


「……先生。勘弁してください」


「カカッ! 顔が緑色じゃぞ」


「……私はただ、自分の尻拭いをしているだけですから」



 めのうはしばらく津田の顔を眺めてからニッコリ微笑むとハッカ飴をデスクに置いた。


「まあ、よく続けておるわい」


 褒めているのか呆れているのか、よくわからない声だった。

 九条は話についていけず首を傾げながら自分のデスクへ

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