87.井兄も男か
例の通り魔の件に関してある程度は自分の中で納得できたとは言え、怖い事には変わりなく、雑役弟子の方の自分の家に戻って来た。
理由は単純で、外門弟子達の区域より見知った顔ばかりだし、知らない人が来たらすぐに分かりそうだから。
薬堂の仕事はそれこそ自分にできるような依頼は大半こなして急ぎの物は無いみたいだし、いっそ自分の畑と言う名の森にでもいた方が安全な気がしてリラックスしに来たのだ。
どうやら今日の作業は一通り終わってたみたいで、森の中も綺麗に清掃されていたから、適当にその辺の木の根に腰かけていると、井兄がどこから噂を聞いたのか訪ねてきた。
「久しぶり井兄!」
「久しぶりなんて言う程、時間は経ってはいないが外門は合わなかったか?」
「いやいや、結構周りには良くして貰ってるし、合わないとかじゃないんだけど、最近通り魔的な事件があってさ、ずっと気を張ってるのもあれだから、ちょっとこっちで休憩中」
「は~そういう事か!外門の方じゃままある話だな。こっちじゃある程度、取りまとめる兄貴達がいるから見知らぬ人間はすぐに分かるし、暴力事件何かあればすぐに広まるから、それこそ分かりやすい喧嘩位しかないもんな」
そう、何だかんだ同じ宗内なのにこっちは牧歌的な田舎村の様相で、向こうはちょっと都会的な喧噪がある。どちらにも良い所と悪い所があって、自分の都合に合わせて行き来できるってのは中々いい宗に弟子入りできたのかもしれない。
どこから聞こえているのか、鳥のさえずりに耳を澄まし、木々の隙間から洩れる太陽の光に目を細める。
「そう言えばさ?井兄って修行の才能がいまいちって聞いたけど、何か理由あるの?」
何とはなしに思い出してつい聞いてしまったが、ちょっと失礼だったか?
「誰から聞いたか知らんが、確かに霊力の吸収が悪いんで、修行の進みは悪いな」
「それでも、雑役弟子って身分で修行してるんでしょ?何か目標とか夢とかあるの?」
「そりゃ夢は、立派な大修士さ。今はこんなでも若い頃は将来を期待されて宗に入ったんだ。でもまぁ、何だ?若気の至りっつうのかな……修行者が欲に負けちゃあ碌な事にはならねぇよ」
こりゃ何かあったんだな?とは思うが、果たしてこの先を聞いていいものかどうか。
「百兄弟も才能のある身だし、いつ自分の力を過信したり、悪い奴にいいように言われてその気になっちまう事もあるかもしれん。後学の為だと思って、笑ってもいいからちゃんと俺の話を受け止めてくれ」
うん、話してくれるんだ?ちなみに兄弟って呼ばれてるのは、自分が外門弟子になって師兄になっちゃったから、流石に百弟とは呼べないらしい。
「分かった。ちゃんと聞くよ」
「さっきも言ったが俺はこれで結構将来を嘱望された修行者だったんだ。何しろ双霊根でこそあったが、片方が雷霊根の上品でよ。きっと大物になるってもてはやされてたって訳だ」
未だ霊根の事はちょっとよく分かってないが、あの沈紅羽でも極品だったんだから、上品ってだけでそんなにもてはやされるものなのか?
〔雷霊根はちょっと特殊だからな。確かに瓶首突破するにも有利だし、少しは優遇されるかもしれん〕
瓶首?
〔ああ、要はそこを抜けられる者が極端に減る関門だと思えばいい、練気から築基に入る時とか、前にも言ったが大抵の修行者はそれこそ練気で一生を終える者が大半だ〕
まぁ、狭き門を通り抜けやすいなら確かに優遇されるのもおかしな話じゃないのか。
「それで、なんでまた修行の才能がなくなっちゃったのさ?」
「百兄弟は合歓宗を知ってるか?」
「いや、知らないけど?その宗派が何?」
「知らないなら、ただ危険で絶対に近づいちゃならない宗だと覚えておくんだ。人によってはアレのコレのと良くいう者もいるかもしれないが、間違いの元だ」
「うん、つまり井兄はその宗に何かされて修行の才能を無くしたんだ」
「ああ、採陰補陽と呼ばれる外道の術が存在する。そしてその術にかける為にさらに多くの罠が仕掛けられているんだ。兎にも角にも人の心を奪い、意のままにする技法に長け、採陰補陽の術で修行を奪うのが奴らの常套手段だ」
〔採陰補陽か、なるほどな?こいつも男だ性悪な美女にでも騙されたんだろう〕
「ふーん?気をつけはするけども、井兄は修行を奪われたのであって、才能はどうしたのさ?」
「分からん。多分もっと深い秘法なんだろう……俺の雷霊根は奪われ、残るは廃品の木霊根だけになっちまった。まぁだからこそこうして農作物に囲まれながら、ちまちまと霊力を集めてる訳なんだがな。はは!まぁ俺の話を笑って聞いてくれる弟弟子達に、俺の二の轍を踏ませなければ、それが俺の生きた証さ」
随分と明るく後ろ向きな事を言ってる気がするけども……前に聞いた時は霊根の種類って少ないほど修行に向いてるんじゃなかったっけ?
〔その筈だな。廃品ともなると確かにきついが、やりようが無い訳でもないと思うが?もっと鍛体を中心にやるとか、後は自然の霊気を吸収するには向かない分、丹薬を服用するとか、霊力を多く含む食事を摂るとか〕
「井兄の忠告はちゃんと受け止めたけども、井兄も霊根の事でクサクサしてないで、これでも飲んで、体を鍛えなよ」
そう言って、使う当てもない取り合えず大量に作っただけの真霊丹を差し出す。
「おい!こんなに買い取る金なんて俺にはないぞ!」
「いいよ世話になってるんだから、これ位いくらでも作れるし」
そう言って、真霊丹を押し付けて外門に向かう。
何か、くだらない事にビビってボケッとしてる自分にちょっとイラついてきた。通り魔なんざ倒せるくらい修行すりゃいい話じゃん?




