80.剣修の喧嘩
「う~~~ん、ん、ん~~~~ずは~~~」
大きく伸びをすると変な声が出た。外はすっかり日が傾き、数刻もしない内に夜になるだろう。
宗内とは言え、夜の治安については自分もちょっと分からんし、一旦早く帰って今日使った符を作り足すなり、手に入れたばかりの《陣術》の実験をするなり、家でもやれることはいっぱいある。
そう思って、さっさと歩き出しながら今日作った丹薬の感覚を思い出し、更には他にも出来そうな事を考える。
結局いつもそうやって気が逸れているのがいけないのだろう。急に周囲がざわめき立つ。
あっ!これまずいやつだ。そう思った時には人の波に押されて、もみくちゃにされ、ゴロゴロゴロッと地面を転がると、目の前には剣を抜いて向かい合う二人の人物がいた。
そして後ろには人の壁、どれだけ野次馬が好きなんだよここの人達!そして、どれだけ喧嘩が好きなんだよ楊師姉!
そう、喧噪の中心にはいつもこの師姉がいる。美人で気が強そうなのを隠しもせず、胸を張って堂々と歩く女侠。
向かい合うは小淵師兄よりは一回りか二回り小さいがそれでも堂々とした体つきの男修士、手に持つ剣は幅広で重厚なイメージを抱かせる。
いつも見慣れた楊師姉の剣は誰もが中国の直剣と言えば思い出されるような細身の直剣なのだが、それと比べると男の持つ剣は西洋的なブロードソードにも似てなくもない。
「洵美よ。そろそろ気が変わらんか?いつまでもあのうだつの上がらん静淵などと一緒に居ても修行がはかどらぬだろう?」
「あんたに下の名前で呼ばれる覚えはないよ。剣派は違えど宗へ入門は私の方が先なんだから、楊師姉と呼びな!」
「そうは言っても、お前の剣派からはとんと内門に上がった者はいないではないか、次の選考では確実に俺が上がるぞ?」
「だったら何だい?中途半端な家伝剣術だけで成り上がれるほど、内門はお安くないよ!」
「それで言ったら、お前は俗世の剣技なんぞ持ち込んで、どうやって内門に上がる気だ?宗に来てからもうずいぶんと経つだろう?そろそろ築基は見えてきたのか?」
「うるさいね!剣修なら剣で語りな!」
楊師姉が言うなり二人の気が膨れ上がる。
例えとかそう言うんじゃなく、本当に体からエネルギーを一気に発してるのが感じられるし、見えるんだよね。
〔随分とその目にも慣れてきた様じゃないか、気の流れを読むのはその目の持つ力の一部さ。そうやって部分的に力を引き出していきなりぶっ倒れないようになったんなら、随分な進歩だ〕
何か、システムさんが褒めてくれているようだが、一旦それどころじゃない。
二人から吹き上がる気の様なものが、それぞれ剣へと収束していくと、示し合わせたかのように同時に踏み込む。
男の方は真っ直ぐと力強い振り下ろし、対して楊師姉はまるで地面数センチを浮いて滑るかのような鋭い突きを放つ。
お互い切っ先同士が触れ合うと、男は剣を跳ね返され大きく仰け反り、楊師姉はフワッと宙返りをうちながら勢いを殺して着地する。
今度は男が右手に持った剣を左上へと振り上げ、そのままそれを体の左側面に擦るかのように振り、更にクロスするように今度は右側にも剣を振り下ろす。すると剣から炎を発して、燃える剣の切っ先を楊師姉に向けた。
その見せつける様な動きに、楊師姉は嫌な顔をしながら左手に剣訣を作って前に出し、半身に構えた状態で右手に持った剣は地面に水平になる様に顔の横に構える。
「さぁ、お前の苦手な火花炎舞だ。とくとくらって今日こそ俺のものとなれ」
「嫌だね。例え黒焦げになったって、あんたとは付き合わないよ」
言うが早いか、アイススケート選手の様に空中浮き上がりながら回転しつつ剣を叩きつける楊師姉に、幅広の剣を両手で構え直して力づくで撃ち返す男。
再び力が拮抗し、お互い弾き飛ばされ、男は力づくで踏みとどまり、楊師姉は回転力で勢いを殺して地面に降りた。
その時、剣の間合いとしてみれば絶対当たらない様な距離から、男が強引に剣を振る。
すると、剣から炎の斬撃が発せられ楊師姉へと飛ぶ。
楊師姉は咄嗟に剣先で何かを描こうとしているが、自分の目がそれは間に合わないと告げている。
反射で指輪から護符を取り出して、楊師姉に投げつけると、間一髪間に合い炎を無効化した。
一瞬戸惑った楊師姉が周囲を伺い、自分と目が合うとニヤリと一つ笑って、剣の炎の残火をものともせずに突っ込んで行って、男の首に剣を突き付けた。
「これに懲りて、私に話しかけてくるのをやめな!」
それだけ言うと、剣を鞘に納め揚々と引き上げて自分の方へと向かって来る。
男の方は、キツネにつままれたような顔でその場に立ち尽くし立ち去る楊師姉を見つめ続けた。
騒動が終わったと思ったら、あっという間に散り散りになっていく野次馬達の間を抜けて、その場を離れつつ、先ほどの喧嘩の事を聞く。
「あいつは、ずっとあんなんなんだよ。この辺じゃそこそこ名の通った剣修の家柄で、家伝の火花炎舞とか言う剣術で威張り散らしてるのさ。それで昔とっちめてやったら、アレだよ」
「ふーんやられて、ときめいちゃった系ね。それで?楊師姉押されてたように見えたけど?」
「くっ!そう意地悪すんなよ。どうしたって私達は俗世から来てるから、ああ言う聖域の術みたいなのには反応が遅れるのさ」
「俗世から来ると、ハンデがあるんだ?」
「いや、そんな事は無いよ。ああいう無駄に派手な術が使えない代わりに霊力を身体能力に回すからね。だからあれだけ体格が違っても、正面から撃ち合えるんだし」
「じゃあ、正面から撃ち合わなければ勝ってたんじゃないの?」
「そりゃね?でもそれで殺しちまいました。腕の一本も切り落としちまいました。じゃ今後の評価にも関わるからね。こういう行きづりの喧嘩が一番損なんだよ」
「じゃあ、何でやるのさ?」
「そりゃ売られた喧嘩を買わないのは信条に反するからかね?」
何とも楊師姉らしい豪快な理由だが、それで怪我でもされても困るんですけどねぇ。




