76.薬堂と新居
こちらに構わず、さっさと歩いてゆく孟長老の後を付いて行けば、見慣れた外門の街並み。
ある意味じゃ、一番中国風の世界にやって来たと感じやすいこの場所が、今後自分の拠点となる。
大通りを行きかうのは、ほとんどが修士と見られる人たちばかり、まさに修行の場でありながら生活の場だ。
大通り沿いはほとんどが二階建ての大きな建物で、外門の主要な施設となっている。
何なら、任務堂一つとっても雑役弟子用の建物とは、サイズも豪華さも全然違う。
雑役弟子達の区域ではかなり大きな任務堂も、外門弟子用の任務堂と比べれば、小屋と言ってもいいだろう。
道を一本入れば一階が商店、二階が住居の日本で言うところの商店街のような風景が続き、真っ直ぐ抜けると突然視野が広がった。
それまで多くの人が行きかい、路地も狭く感じたのだが、急に自然豊かな庭園に出た。
妙に芳しくもあり、スッとした気分になる様な不思議な匂い。
よくよく周囲を見渡し、花やら草やらを観察すると、どうやら薬草の類らしい。
つまりハーブ園みたいなもんだ。
その奥にはやや古めかしくもありながら、かなり立派な平屋というか、道場というか、俗世の剣派に拾われた時にちょっとだけ見た屋敷を思い出すような造りの建物だ。
「ここが薬堂だ。明日より通いなさい。詳しい事は明日また説明する。おい!誰かいるか!」
淡々と明日からくるように指示をすると、大きな声で奥の誰かを呼んだ。
「はい!師父!柏沐晴ここに居ります!」
奥から元気のいい声が聞こえたかと思うと、科挙でも受けそうな雰囲気の白い修士服の女性が早歩きでやって来た。
「ふむ、沐晴か丁度いい。明日よりここで修行する百木青だ。先ずはお前が面倒を見なさい」
「はい!師父!心得ました!」
すると、そのまま孟長老は建物の奥へと向かい、自分と柏沐晴が残された。
「あの、百木青と申します。師姉につきましては……」
「ああ、いい!いい!修行の邪魔さえしなけりゃ気にしないから!何か分からない事があれば聞きにおいで、私は大体あそこの部屋で修行してるから!」
それだけ言って、指さした部屋へと戻って行ってしまった。
何か妙に名前の発音の似た相手だったが、多分気は合わないだろうな。まぁでもお互い一線引いて修行に専念出来ればそれもまた良しか。
さてと、明日から来いって事は今日の内に引っ越しは済ませてしまえよって事かな?
まぁ、雑役弟子の区域の隠れ家も当面は借りっぱなしだし、荷物はある程度持って来ればいいとして、問題は住まいか……通いだと近くて広くて、他人の邪魔が入らない所だといいな。
「ふむ、百師弟にちょうどいい物件なんだが、心当たりがあるぞ」
うん、程師姉に普通に声かけられたんだが、
「まだ付いてきてたの?」
「そりゃ、小白が同輩になるんだから、歓迎しないとな!」
「ああ……って、おい洵美!今は百師弟だ」
相変わらず程師姉と楊師姉は無言の睨み合いが続いている。
「歓迎?」
「うむ、百師弟程の腕だ。正直我々としても懇意にしておきたい。そちらの楊師姉、静師兄も多分同じ考えだろう」
袁師兄が理由を簡潔に教えてくれる。
正直な所、一人でコソコソ家を借りるつもりだったんだが、この四人は自分の正体を知ってるし、あまり強気にも出られない。
とはいえ、弱みを握られてるからと下手に出過ぎれば舐められかねない。それがこの世界の怖さ。
「そうだね。この場の皆は自分の秘密を共有している訳だし、自分も是非皆を頼りたいとは思うけど、秘密が漏れれば分かるよね?」
「私達は口が裂けても秘密は漏らさん!」
「いやさっき、孟長老にバレたから自分はここに連れてこられたんだよね?」
軽く突っ込むと、あっさりとヘコむ程師姉に、ニヤニヤと笑いかける楊師姉。
「まぁいいや。一応自分はそこそこお金は溜め込んでるし、秘密を守れるだけの作りの家で、出来ればここから近いと良いんだけど」
「「じゃあ、こっちだ!」」
楊師姉の程師姉が同時に真逆の方を指さす。
そのまま睨み合いになったので、袁師兄と小淵師兄を見やると、軽く溜息をついて二人同時に同じ方を指さしてくれた。
どうやらまだ、男勢の方が話が分かりそうなので一旦そちらに向かうと、それぞれ道侶から小言を言われている。
男勢が可哀そうなので、自分からちょっと気になっていたことを聞いてみる。
「何でさっきから、そんなに張り合ってるの?」
「そりゃあ、楊師姉が碧蒼峰に上がる第一番に名前が挙がってから早何年たつと思う?後ろがずっと詰まってるから……」
「五月蠅いね!あんたらだって鴛鴦剣術だとかで二人一組でしか力を発揮できないくせに!」
「どういう事?」
「我々は外門の中じゃ同じ剣派だ。別に使う剣術が同じという訳じゃないんだが、どうしてもこの宗じゃ雑多な寄合になりがちでな。俗世の剣技を持ち込んで各々剣術に昇華するって建前の剣派に属してるんだが……」
「ここのところパッとしなくて、内門に上がれるものが出てないのさ。それで一位と二位の二人がこの調子って訳だ」
「師兄達は何位なのさ?」
「これが難しくてな。さっきも話に合った通り二人一組なら我々の鴛鴦剣術の方が強い、個なら楊師姉が一番だろうな」
「小淵師兄は?」
「状況によるな。怪我するつもりで思い切りいくか、魔物相手なら多分一番強いだろうが、試合で綺麗に怪我をさせないように、しないようにってなると途端に弱い」
そんなこんな着いたのは、三合院とでもいうのか、黄師姉の家よりはこじんまりしているものの、それでもこれまで三間房子の家をまとめて借りていたよりはいくらか広い、過ごしやすそうな家だ。
「いいね。ここ借りるよ」
そう言うと、大通り沿いの家屋の割り当てをしている場所に案内されて無事契約と成った。
金額的には正直全然安いので半年分一括で払ったら、ちょっと皆に引かれた。




